41話 草原のキャラバンと盗賊団
前回のあらすじ
・恩田「折れたまま戻れないんだけど」
・ジルディアス「次の町まで待ってくれ」
・恩田「平原ひろーい(現実逃避)」
草原を風魔法で薙ぎ払いながら、道なき道を進むジルディアス。
魔法を行使していても、体はさほど動かしていないからか、ジルディアスは汗ひとつかかずに悠々と草原を歩く。
「どうせなら日暮れまでに遊牧民と合流したいな。野営をしなくて済む」
『下心丸出しだなぁ。まあ、俺も賛成だけど』
遊牧民が排他的でなければ、仮宿なり、宿営地の隅っこなりを貸してもらえるはずである。そうすれば、夜通し起きている必要はない。
現在の時刻は時計がない以上詳しくはわからないが、太陽は頭上を少し通り抜け、若干傾いているくらいである。あと四、五時間は日光があるかもしれないが、その後は夜だ。平原は現在、ジルディアスによって大胆な除草作業が行われているが、それでも結局、視界不良であることに変わりはない。
できるだけ早く遊牧民の村落に合流し、そこそこ平和に休憩できれば一番だ。そうじゃなければこのアホは二十四時間移動を決行しかねない。アレ、アイツの体力どうこうっていうよりは単純に俺が心配になってくるからやめてほしい。
適当に草を薙ぎ払い、散歩と見間違うほど優雅に歩くジルディアス。時々魔物も出てくるが、薙ぎ払われていく草葉を見て力量差を察した賢い魔物たちは、回れ右して逃げ出していく。ヤバいな、今のところ、人類よりも魔物たちの方が賢いぞ? ちゃんと力量差を察して逃げ出すだけの知能があるからな……
『遊牧民って、どんな生活をしているんだろうな……』
「詳しくは知らんが、本で学んだ記憶だとなめし皮でできたテントで暮らし、食性は狩猟や牧畜で手に入れた肉と乳製品が中心だと聞く。あとはまあ……略奪婚の悪習があるとも聞くな」
『略奪婚? ああ、あの、よそから嫁を攫ってくるあれか』
苦々しい表情で言うジルディアス。こいつの居たところは婚約してからの結婚だったから、風習が違うのがそこまで嫌なのだろうか?
そう思った俺だが、ジルディアスは盛大に舌打ちをしながら言葉を続ける。
「あの無法連中、国二つ離れた俺の領土にもその悪評が轟くからな。敵国の王妃を攫って嫁にしただの、既婚者攫って嫁にしただの、逆にルアノほどの都市の子供を攫って嫁にしただの……面倒なことこの上ない」
『ルアノの年齢だったらまあ、大丈夫なんじゃないのか? あの子確か20歳だろ?』
「言葉が足りなかったな、見た目の年齢の方だ」
『それはまごうことなきアウトだな』
何だ、遊牧民ってNTR好きが多いのか? 普通にヤバい連中じゃないか。
悪いが俺はNTRとリョナは趣味の範疇外なのだ。あれはちょっと友人ですら履修する気にはなっていなかったはずである。……いや、アイツの本棚の片隅にR18Gの同人誌あったっけか……?
考えすぎるとだめだな。
ともあれ、ジルディアスがここまでボロクソに言うなら、話し半分くらいには準備しておいた方がいいだろう。なんかこう、経験的に『婚約』やら『結婚』やらのワードが入ると、ジルディアスは当社比4割増しくらい面倒になる。
何だかんだ言ってユミルのことをどう思っているか知らないし、ゲーム本編でユミルが主人公の従者になったことは知っているが、それ以上も知らない。にわか知識しかないと面倒だな。
しかし、牧畜が中心となると、土産物はあまり期待しないほうが良いか。多分、食料品が多くなるだろうし……余計なことは言わず、静観と観光を楽しんでいれば、ストーリーに悪影響は与えないだろう。
どうせジルディアスが外道ムーブ決めるのはもう少し先なのだろうし。
__この時の俺は知る由もなかったが、ジルディアスの外道ムーブはオープニング以前から始まっており、何ならヒルドライン街でのオルス叩き落し未遂も外道行為の一種である。
さらに、本来のシナリオで、主人公とジルディアスが初めて対面するのが、このサンフレイズ平原である、と言う事実など、知りもしなかった。
森から抜けたあたりから見えていた建物に向かってひたすら進んでいたジルディアスだが、ふと、魔法の発動を止めてあたりを見回す。
『どうした?』
「静かにしていろ、魔剣」
ジルディアスは短くそう命令して、スッと目を細める。そして、あることに気が付いて肩をすくめた。
「何だ、強盗の類か。さっさと殺すぞ」
『うっへえ、物騒……ってか、こんな草原で何を強盗するんだ?』
首をかしげる俺に、ジルディアスは小さくため息をついて答える。まるで先生ができの悪い子供に「こんなことも知らないのか」と言いたげなその反応に、少しだけムッとしたが、事実なので口は閉じる。
「おそらく隊商からだろう__ふむ、強盗側はまあまあの人数のようだな。護衛が一人使い物にならなくなった」
『おいバカ、解説している暇あったら、さっさと助太刀に行けよ?!』
冷静に実況しだすジルディアスの足は、完全に止まっている。マジかコイツ。というか、イメージとしてキャラバンは砂漠のイメージがあるけど、平原にもいるのか?
いや、そんなことを考えている暇はない。
俺は必死に頭を使って、このクズが動くであろう理由を考える。そして、頑張って言葉をひねり出した。
『ほ、ほら、キャラバンを助ければ、寝ずの番なしで一泊ぐらい許してもらえるだろ?! ついでに、何か乗り物に乗せてもらえるかもしれないし!』
「……まあ、いいだろう。あと一応言っておくが、俺は助けないとは一言も言っていないつもりだったが?」
『様子見をしている時点で大分怪しかったろ。四の五の言っていないでさっさと助けに行けよ』
面倒くさそうに言うジルディアス。だがしかし、やる気は出たのか、右手に持っていたロッドを指輪にしまい、背中に固定していた大剣を鞘から抜きはらう。
そして、ジルディアスは不敵な笑みを浮かべ、俺を片手で砕くと、魔法を発動する。
「風魔法第一位【ウィンドカッター】」
激痛を耐えながら見上げた俺が見たのは、薙ぎ払われた草葉が烈風に巻き上げられ、空に吸い込まれていくその光景。開けた視界の先、見つけたのは、石や砂で舗装された道路。__おい待て、道路なんてあったのかよ。そっち歩けばよかったじゃないか。
道路の中央には、馬鹿でかい岩が転がっており、隊商の荷台をひく馬は先に進むことも戻ることもできず、哀れにいななき声を上げている。
対して、その岩の上には黒色のターバンで顔と髪型を隠した男たちが一方的に矢を射かけている。どうやらあちらが盗賊であるらしい。
盗賊たちの装備は思ったよりもしっかりとしており、そろいの黒色なめし皮の鎧を着ており、射かけている短弓のほかに、サブ装備として曲刀を腰に差しているものが多い。
対して、不意打ちを喰らったらしい護衛たちは陣形すらも整えられず、降り注ぐ矢から護衛対象である商人と自分たちを守るので精いっぱいのようだ。戦闘能力皆無の商人たちは、言わずもがな。
ジルディアスは少しだけ何かを考えてから、大剣で草むらから商人を刺し殺そうと短槍を持っていた盗賊を一刀両断し、宣言した。
「助太刀する。巻き込んだら盗賊とみなして殺す」
『うわ、物騒』
「黙れ魔剣」
もうこの時点で、盗賊たちの敗北が決定した。
「新手だ! 警戒しろ!!」
叫ぶ盗賊の一員。その瞬間、ジルディアスの短縮詠唱は完了していた。
風魔法のウィンドステップで空中を蹴り、ほぼノーモーションで加速したジルディアスは、警告の声を上げた盗賊の元に一足飛びで迫ると、首を大剣で刎ね飛ばす。
振り抜かれた大剣は、容易に男の頭と胴体に永遠の別れを与え、ドス赤い色を地面に振りまく。地面に男の頭が落ちる鈍い音が響き、一拍遅れてから、盗賊たちは力量差に気が付く。
「頭がやられた!! 総員撤退!! 撤退だ!!」
「ほう、頭がつぶれても、次の指揮をとれるものがいるのか。訓練された盗賊ではないか」
上げられた若い男の声に、ジルディアスは見事な魔王スマイルを浮かべ、楽しそうにそう言う。やっていることは正義側のはずなのに、何でこいつの方が悪役に見えるのだろう?
声を上げたのは、ガタイからしても大人から中年くらいが平均年齢であろう盗賊団の中でも、ひときわ若そうな男。しかし、肉体は屈強そのものであり、身長は高身長なジルディアスといい勝負である。左手に掘られた青色の竜の入れ墨が特徴的であった。
手早く撤退を始めようとした盗賊団。しかして、ジルディアスの辞書に「手加減」、「慈悲」、「見逃す」という文言はない。
「逃がすか__闇魔法第五位【ダークジャベリン】」
多重展開された、展開された黒の槍。それが、逃げ出す盗賊団の背を追う。しかし、次の瞬間。
「土魔法第三位【アースガード】!!」
ジルディアスによって瞬殺された盗賊団の頭に変わり、指示を出していた若い男が、ナイフを片手に魔法を詠唱する。すると、地面の土が盛りあがり、ジルディアスのダークジャベリンを遮った。
「チッ」
盛大に舌打ちをするジルディアス。うわぁ、悪役の舌打ちだ。
というか、いつも一方的な戦い過ぎて、攻撃を防御されるところなんて久々に見た気がする。
そんなことを思っていた俺をよそに、土壁の向こうから、盗賊団の生き残りの声が聞こえてきた。
「すまねえ、イル!」
「礼行っている暇あったら足動かせおっさん!!」
「手厳しいな若頭!」
どうやら、盗賊団は元気であるらしい。ジルディアスが大剣で盗賊団の作り出した土壁を砕くころには、既に草むらに紛れ込み、逃げ出してしまっていたため、ジルディアスは諦めて小さくため息をついた。
土魔法第三位【アースガード】
土魔法の代表的な防御魔法の一種。光魔法で展開できる防御、【バリア】と比べ、物理攻撃に強いのが特徴である。
ただし、発動速度は熟練度に左右され、熟練度の低い術者がアースガードを使用すると、土壁ができる前に攻撃が届いてしまうことが多いため、術者はとにかく練習をしなければならない。
応用方法として、アースガードをうまく使えば仮宿の建設などができる。だが、魔法をひとたび解除すると、アースガードを作っていた土は魔力に還ってしまうため、定住には向いていない。