40話 そもそも俺って何なの?(哲学)
前回のあらすじ
・恩田「樹上から投げられた」
・ジルディアス「うっかり投げた」
めちゃくちゃエルフに嫌われた俺たちは、結果的に手紙だけを手早く書いて、そのまま村から出て行った。エルフの村人たちからお礼の一つもなかったが、ハーフエルフたちからはそれなりに感謝されたので、多少はジルディアスの機嫌もマシにはなった。
吹き抜ける風もそろそろ近づく夏を想起させるような、なんかこう、いい感じの風だ。うん、そう、いい感じ。おいそこ、語彙力がないとか言うな。
__うん、まあ、いい加減現実逃避を止めよう。
『なあ、マジ俺どうなってるん?』
「それは俺の台詞なのだが?」
事故とはいえ、ジルディアスによって樹上から放り投げられた俺は、粉々に砕けてそのままになった。現在残っているのは、多少装飾の施された剣の柄の部分のみである。
つまり、今の俺は剣ですらない。聖剣って何?
エルフの村を出て行き、エアルノの町を抜け、俺たちは次の国境を目指す。ジルディアスは用心のため、指輪から一振りの剣を取り出して背中の金具に固定している。
刀身がない以上、俺を鞘にしまうこともできず、ジルディアスは困ったように俺に向かって問いかける。
「貴様本気で直らないのか? いい加減手で持っているのも嫌なのだが」
『あー、うん。さっきからずっと復活のスキル使っているけど、治るのは剣の柄だけだな。どうすんだよコレ』
「だからそれは俺の台詞だ。……とりあえず、次の町に着いたら神殿でも探すか」
ジルディアスの言葉に、俺は顔を上げる。……うん、柄だけだけどな。
『神殿? ああ、そう言えば、行ったことも無かったな』
「貴様、足もないくせに何を……」
吹き抜ける風が涼しい。既に森は抜けてしまったため、あの青葉の香りの混ざった匂いはないが、目の前に広がった平原に、俺は思わず感嘆の声を上げた。
『すげえ、地平線なんて、初めて見た……!』
輝く緑の平原。ところどころ建物は立っているものの、それ以外は、ひたすら真っ平らである。牛が平原を闊歩し、その横で遊牧民たちが家畜の番をしていた。
背後の森以外、遮蔽物のない、ただひたすら広い平原。
吹き抜ける薫風に揺られ、膝丈ほどの草々がまるで大海原の海面のように、うねるようにして揺れてはさざめいた。
「……ここは、サンフレイズ平原だ。プレシスでも有数の面積を誇る平原であり、その広さを生かして放牧などが行われている。一応、サンフレイズ平原の中に隣国との国境はあるのだが、あってないようなものだ。牛やら馬やら犬やらを一匹一匹審査するだけの暇もないからな。ついでに、馬鹿馬鹿しいほど広すぎて、人員配備をするだけ無駄だからな。国境審査はない」
『へえ、そうなのか。……おい待て』
親切にも解説してくれるジルディアス。だがしかし、俺はあることに気が付き、思わず表情をひきつらせた。
『待ってくれ、ここ、世界有数の広さの平原?』
「ああ、そうだな。」
『いる人の大半は、遊牧民?』
「ああ、そうだな。」
『遊牧民ってことは、定住しないから、神殿なんて作らないよな?』
「……ああ、そうだな。」
『……次の町まで、どれくらいかかる?』
「……一週間以内には、おそらく」
そっと目を逸らして言うジルディアス。次の瞬間、俺の絶望の悲鳴が平原に響き渡った。誰に伝わるでもない俺の絶叫は、残念ながら夏風に吹き攫われ、そのままかき消えてしまった。
『ばーかばーか、あーほどーじ、まぬけー』
「……いい加減にしろ、駄剣。確かに、あれは俺が悪かったが、そのガキ以下の下らん罵倒は聞くに堪えない。せめてもう少し捻れ」
『捻ったらいいって話なのか?』
平原をひたすら歩きながら、ジルディアスは額に青筋を浮かべる。やべっ、流石に言いすぎたか?
一瞬そう思い、へし折られると身構えた俺だったが、ジルディアスの拳は空を握り締めただけで、俺をへし折りはしなかった。
『えっ、どうしたん?』
「……へし折ったら貴様、戻らないかもしれないだろう?」
すっと細められたジルディアスの赤い瞳。高圧的ながらもしおらしさを感じられないことも無いかもしれないけど、若干、ほんの少しは……いや、1ミリもないな。
ともかく、若干いつもの上から目線よりも数センチ下からの目線になったその言葉に、俺は思わず思ったことをそのまま口に出してしまった。
『えっ、熱でも出たのか? それとも、遅れてユニコーンの呪毒の後遺症が……?』
「よし死ね!!」
『いってええええええええ!!!』
理不尽にも容赦なく拳の中で砕け散った俺に、ジルディアスは軽蔑の視線を向けて舌打ちをした。クッソ、めっちゃ悪役面するじゃねえか……!
ともかく、俺は本日何度目かの復活スキルを行使する。残念ながら柄までしか戻らないが、きちんと原状復帰はできた。
一応剣の柄に戻った俺に、一瞬複雑な視線を向けたジルディアスだったが、俺がそれについて触れるよりも先に、敵が現れる。
がさがさと揺れる草むら。即座に顔を上げたジルディアスは、背中の大剣を引き抜き、そして、無造作に振り抜いた。
ざく、と、鈍い音が響き、そして、次の瞬間、少量の血液が草むらを揺らした。
「……毒蛇か。油断も隙も無いな」
頭を縦に割られた蛇の死体をグローブの付いた手でつまみ上げ、ジルディアスは小さくうめく。一応彼は解毒薬を持ってはいるものの、アンチポイズンの魔法は使えない。異常状態にはならないに越したことがないのだ。
毒蛇と言うこともあり、食べるにしても皮を剥ぐにしても小さすぎると判断したのか、ジルディアスは草むらに毒蛇の死骸を投げ捨てる。何の見せ場もなく散って言った毒蛇に若干の同情を覚えつつ、俺は改めてあたりを見回した。
広々とした草原は、隠れ場所がないかと言えば、実のところそうでもない。草は背の高いジルディアスのひざ下くらいまでの高さであり、移動すれば彼の肩ほどの高さの単子葉類が生えている。
鋭い葉っぱばかりで、こんなところを歩いていたら、体中に小さな傷がたくさんできそうだ、とどこか他人事のように思う。だって体が金属でできている以上、俺には関係ないし。
話がそれた。
ともかく、草原には割と背の高い草の生える地帯がある。そこなら、ドラゴンやらユニコーンやらの巨体は流石に隠せないまでも、4足歩行中のクマやオオカミくらいなら覆い隠してしまう。
つまり、草むらは入ってしまえば360度不意打ちし放題なのである。ついでに視界も悪いし、足場も悪いと来た。油断する方がアホだろう。
ジルディアスもそれを実感したのか、小さくため息をつくと、大剣を布でぬぐってから鞘に戻し、金属製のロッドを取り出す。
「焼き払うと草原中が大火事になりそうだな」
『えっ、するなよ?』
「するわけないだろうが、阿呆! ……風魔法第一位【ウィンドカッター】」
短い詠唱の直後、鋭いつむじ風が発生し、目の前の草むらを通り抜ける。
そして、一拍遅れて、草むらが抉り取られた。
『おお、すげえ。草刈り機いらずだな』
「魔法をそんなくだらないことに使おうとする阿呆は、貴様くらいだろうがな」
俺の間の抜けた感想に、ジルディアスはあきれたようにそう言いながらも、ニッと不敵に笑む。どうやら調子が戻って来たらしい。
「一番簡単な風魔法の攻撃術式だ。単純であるがゆえに攻撃力は低いが、草を薙ぎ払うには足りる」
『攻撃が見えないのも地味にプラス点だな。後ろからザクッてされたらなんもできないだろ』
「語彙力がないが、まあ、そういう使い方もあるな。どうせ魔法抵抗がある程度あるものだと即死はしないのだがな」
肩をすくめて言うジルディアス。なるほど、ステータスがあれば、耐えきれる程度の火力しか出せないのか。なんだかんだ言って風魔法って結構不遇だな。
魔法で草を薙ぎ払いながら、俺とジルディアスは草原を歩いていく。太陽から降り注ぐ日光が、草原を眩しく照らし出していた。
【サンフレイズ平原】
プレシスでも有数の広さを誇る平原。多数の遊牧民が家畜を放牧している。
一瞬牧歌的に見える場所であるが、戦争になった場合は真っ先にここが戦地になるため、アンデットが沸きやすい。また、平原の中央部にはいくつかの遺跡が残されており、その大半は戦争で消滅している。しかし、ただ一つの祠だけは、その姿をそのまま平原に残している。
幾度となく繰り広げられた戦争を意に帰さず、その翡翠の祠はいつまでもいつまでも佇んでいる。
__翡翠の祠は、STOの一章ストーリー上では、ただの設置物であった。