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4話 勇者(外道)の爆誕

前回のあらすじ

・恩田「できることをしておこう(どこにも行けなくて暇)」

・銀髪の男「くたばれ下郎」

 石の台座に叩きつけられ、高らかな金属音とともにへし折れた聖剣。茫然とする観衆。少しの静寂の後、折れた剣先が地面に転がる、何ともむなしい音が響き、そして、司会進行を務めていた男が我に返った


「おいおい、君?!」

「……何だ?」

「えっ? ……えっ?!」


 あまりにもあっさりとした銀髪男の態度に、視界の男は困惑を隠せない。

 折れた聖剣を片手に、銀髪の男は口を開く。


「おおよそこれは、魔剣のように見えるが……」

「いえ、どこからどう見ても聖剣ですよね?! へし折れていますが、聖剣ですよね?!」

「いや、精神に影響を及ぼす剣の類が聖剣であるわけがないだろう。あと、聖剣が女好きだと聞いた覚えはない。よってこれは魔剣だ」


 銀髪男はそう言うと、折れた聖剣を地面に放り捨て、踵を返す。後ろに立っていた黒髪の美女は心配そうに銀髪男と剣を見比べる。


『いや、待ってくれる?! 俺も悪かったけどさ、普通初対面でへし折るか?!』

「……。」


 すっと目を細め、警戒しながら俺を睨む銀髪男。さらりと流れる銀髪に、俺は一瞬既視感に近い何かを覚える。


__なんか、見覚えがある。いや、めっちゃ見覚えがある。


 誰だったか……ゲームをやっていなかった俺でも、なんとなく知っている彼。もう、名前が出かかっている。

 そんな俺の考えを知らずに、銀髪男は口を開く。


「神官殿。この魔剣を回収しておけ。少なくとも、俺はこれが聖剣だとは認めぬ」

「えっ、いや、あの」

「帰るぞ、ユミル。ここにいる意味はない」


 銀髪の男はそう言って、後ろでおろおろとしていた黒髪美女の手をつかむ。

 ユミル。その名前を聞いて、俺はようやく思い出す。


『ああああ! お前、あれか! 裏ボスのジルディアス=R=フロライトか!』


 思わず叫んだ俺に、銀髪の男、ジルディアスは、けげんな表情を浮かべる。

 銀色の髪に、冷たい赤色の瞳。整った表情でありながら、何故か恐怖を感じるような無表情。腰に差している聖剣は無いが、確かに彼はソードテールオンラインの敵キャラ、ジルディアスだ。


「うらぼ……? 何だこの魔剣。何故俺の名前を知っている?」


 そう質問してきたジルディアスに、俺は即答する。


『外道系の中でもえぐいくらい実力と人気があったから。何かのタグで『ジル様に踏まれたい』って言うのがあって、めっちゃ記憶に残ってた』


 俺の答えに、納得できない、と言うよりかは理解できない、と言う表情を浮かべ、不満そうに睨むジルディアス。彼は盛大に舌打ちをすると、面倒くさそうに足を止めた。



 さて、ここで一度、ジルディアス=R=フロライトという、いかにもな名前の男のことを紹介しておこう。


 ジルディアス、通称ジル様。公式から認められた、魔王を除いての最強キャラクターである。ただし、敵として、だが。


 旅の途中でちょこちょこ出てくるジルディアスは、基本的に主人公よりも上のスペックを持ち合わせていながら、それゆえに人を見下し、勇者としての誇りを持ち合わせず、自分の害になると判断すれば、人だろうが魔物だろうが容赦なく蹴散らすという苛烈な性格の持ち主として描かれる。

 そして、友人の最押しのユミルちゃんの婚約者である。__こう考えると、友人と似通った思考をしていると思ってしまうが、それはまあ、彼女がよほど魅力的だから、ということにしておこう。


 さて、上記の時点で十分ジルディアスと言う男がヤバいヤツだということは伝わっただろう。だがしかし、それ以上に頭がおかしいと思えるのは、敵としてのジルディアス、つまり、彼の戦闘能力である。


 友人は、毎回ジルディアス戦で詰まっていたため、何度か愚痴を聞いたことがある。そこから考える限り、主人公とジルディアスが敵対するのは5回、そして、裏ボスとして1回、といった具合だ。


 一回目の対立は、最初期、村の防衛戦である。村人の避難を優先させようとする主人公と対立し、最初の戦闘となる。その時は、村人の少女が戦いに割り込み、ジルディアスが矛を収めることとなる。

 二回目以降も大体似たような理由で主人公と対立し、最後の対立は、勇者の称号と聖剣を剥奪されたジルディアスが単身で魔王に挑み、敗北し、魔王の破片である黒結晶を埋め込まれた状態で対峙することになる。つまり、最終的に闇落ちからの抹殺でジルディアスの一生は終わる。


 公式の発言によると、主人公が魔王を退治できたのは、ジルディアスがあらかじめ削ってくれていたから、であるらしい。主人公の立場なさすぎないか? と思ったが、シナリオクリア後の追加ダンジョン、『イフ』にて、公式のその発言が正しいものだったと知らしめられることとなる。


 追加ダンジョン『イフ』のコンセプトは、実に簡単である。シナリオに出てきた敵キャラクターやもともと味方キャラクターだった登場人物たちの、『if』が敵となるのだ。


 具体的には、味方最強とされていた騎士団長『アルフレッド』が魔王に敗北し、黒結晶を埋め込まれた存在が敵となって出てきたり、闇落ちヒロインと戦ったり、と言った感じだ。


 なら、闇落ちこと、黒結晶堕ちをキメたジルディアスは、一体どう裏ボスになったのか。簡単だ、『闇落ちしていない』、『聖剣を持った、最盛期のジルディアス』を敵にすればいい。


 よって、裏ボスジルディアス、公式名称【ルナティックジルディアス】が出没することとなった。ルナティックの称号に相応しく、えげつない強さを持ち合わせて。

 追加ダンジョン『イフ』は、最初の攻略が報告されるまで、実に一か月かかったのが、その難易度を示していることだろう。


 その話を聞いたかつての俺は、「こいつ一人でよくね?」とうっかり友人に行ってしまい、大喧嘩になったのだが、その話はまた今度にしておこう。



 閑話休題、さて、俺をへし折ったこの目の前の外道系裏ボス野郎。彼はしばらく冷ややかな目で俺を見下し、そして、口を開いた。


「騒ぐな魔剣。剣ごときが俺の名前を呼び捨てにするな」

『体をへし折られたら、そりゃ文句だって言うだろ!』


 あまりの理不尽な言葉に、俺は思わず言い返す。その声に、ジルディアスはその赤い瞳に確かな不快感をにじませた。

 俺も次の言葉に言い返そうと(気分だけ)前のめりになり、ジルディアスの不機嫌そうな面を睨み返す。


 しかし、そのピリピリとした対立を打ち切ったのは、司会をしていた神官だった。


「お、落ち着いてください、ジルディアス様! ともかく、そちらの剣は紛れもなく聖剣です。よって、ジルディアス様、貴方は勇者となりました! おめでとうございま……ひぃっ!」


 悲鳴を上げる神官。

 俺に向けられていた、ジルディアスの不満最高潮と言った顔で睨まれた神官は、涙目になって腰を抜かした。


 ジルディアスは、怒りをこめて、1単語1単語ずつ区切りながら、口を開く。


「一体、何が、めでたいのだ?」

「ひぃぃぃっ?! そ、そのっ、ジルディアス様が、神に選ばれたことが……」


 そこまで言って語尾を濁らす、哀れな神官。ジルディアスは、ただ冷たい視線でその神官を見下す。祭りの場が凍り付く。まさか、勇者に選ばれた、幸運な男であるはずの彼が、ここまで不機嫌になるとはだれも想像していなかったのだ。


 不機嫌真っただ中のジルディアス、またか、と顔を曇らすユミル。ジルディアスの癇癪は珍しいことではないのか、ユミルの黒色の瞳からハイライトが消えうせる。


 ジルディアスは、ゆっくりはっきりと言う。


「俺は、勇者としての権利をすべて放棄する。」

「……は?」

「だから、俺はそもそも、公爵家の長男だ。実家を継ぐ必要があるというのに、何故勇者稼業も並列してやらねばならん。よって、勇者としての権利をすべて放棄する」

「えっ、あの」


 困惑する司会の神官。今まで、こんな発言をする人間はいなかった。彼が言っていることはまあ、そこそこ正論ではあるものの、立場を利用した暴論であった。


 ようやく騒ぎに気が付いたのか、神殿からまた一人、今度は紫色の法衣をまとった神官が出てきた。紫色の法衣を見た観衆は、ざわざわとさざめきだつ。


 紫の法衣の神官は、ジルディアスに向かって言う。


「新たな勇者様の誕生ですね?」

「いや、俺は、勇者としての権利を放棄する所存だ。」


 はっきりと言うジルディアス。そんな彼に、紫の神官は一見寛大そうに見える笑みを浮かべ、言う。


「残念ながら、ジルディアス様。聖剣を抜いたものが勇者となるのは教会の教えです。貴方がどれだけ拒もうとも、神は貴方を選んだのです。」

「だからどうした。そんな下らん理由で、俺に人生を棒に振ってでも魔王を殺して来いというのか?」

「違いますよ、ジルディアス様。」


 柔らかな笑みを浮かべたまま、紫の神官はジルディアスを諭すとうに言う。


「勇者として魔王を殺すのが、貴方の人生の道なのです」

「……チッ」


 ジルディアスは、盛大に舌打ちをすると、己がへし折った聖剣のうち、柄が付いているほうを拾い上げると、ジルディアスは恭しく紫の神官に向かって折れた剣をささげる。


 妙に恐ろしい笑みを浮かべたまま、紫の神官はジルディアスから俺を取り上げ、用意していたらしい鞘をはめてから彼に返す。

 そして、ゾッとするような笑みを浮かべ、神官は口を開く。


「では、第4の勇者、ジルディアス。貴方に天命を与えます。勇者として、魔王を殺してきてください。」

「……………」


 無表情で口を横に引くジルディアス。そんな彼に、神官はさらに言う。


「どうしましたか、第四の勇者。返事が聞こえませんが?」

「…………はい、拝命いたします」


 奥歯を噛みしめ、不服そうにジルディアスは言う。握られた俺の柄の部分には、酷く力がこもっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖剣は女好きな上に婚約者を標的にしてくるし、神官は話を聞かずに勇者になれと命令してくるし、ジルディアスくんかわいそう……。
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