37話 湖底にあったもの
前回のあらすじ
・恩田「誰か助けてくれよ」
・ジルディアス「自分でできることを考えろ!」
・サクラ「死にかけてる人がいる」
黒いユニコーンを討伐した後、改めて普通のユニコーンを探し、そして、なんやかんや戦闘になることなく角を分けてもらった。恥を忍んで女装したウィルのおかげで、男女比が女性よりに増えたことが決め手だったのだろう。
ちなみに、ジルディアスは、するくらいならユニコーンの首を切り落として角をへし折ると言い張って聞かなかったため、意地でも女装しなかった。したら面白かったのに。
ユニコーンは光の妖精の愛し子のルアノよりも女装したウィルの方が気に入ったらしく、セクハラをしようとしてサクラに鉄槌を下されていた。ユニコーンの行動が、嫌われる飲み会でのおっさんそのものである。
気力も完全に復活したジルディアスは、嫌味をサクラにのみ言いながら、世界樹の湖にまで戻る。女装した羞恥で既に心が瀕死なウィルに追撃するのは、流石に俺が止めた。
「貴様ら案内もなしに森をうろつきおって……勇者だったから許されたが、本来なら首切りにされても文句は言えないのだぞ? わかっているのか?」
「はいはいはいはい、わかったわかった。うるさいし面倒だから、その口とじておいてくれないかしら?」
「ほう? 森で獲物を逃がしたのはどこのどいつだ?」
「それとこれは話が別でしょうが! ってか、ちゃんと謝ったじゃない!」
サクラが律義にもいちいち嫌味に言い返すため、収拾がつかない。森を吹き抜ける風は爽やかであるにも拘らず、二人の間には目に見えない火花が飛び散っていた。
馬鹿馬鹿しくなってきた俺は、肩をすくめて会話に割り込む。
『いい加減お前も大人になれよ。くだらない言い争いしたって無意味だろ、お前が死んだわけじゃないんだし』
「死んだら言える文句も言えないからな。生きているうちに言って当然だろう。第一俺は貴族だぞ?」
『へいへい、ジルディアスおぼっちゃまは性格が悪うございますね』
「言い方が腹立たしい。くたばれ魔剣」
『貴族の横暴だ! いってえ!!』
片手で容赦なく杖をへし折り、切片を茂みに蹴り飛ばすジルディアス。周り……主にウィルに見えないような、ある種の早業である。クソいてえ。
空気に溶け込んだ俺の体の一部を冷たい目で睨み、ジルディアスは俺に魔力を注ぎ込んだ。そして、ふと、思い出したように首をかしげて俺に小声で問いかける。
「杖だと発動体の部分から復活するのか……?」
『そういや、いつもは柄が残るよな。考えてもいなかった』
八つ当たりやらバフ目的やらでたびたびジルディアスに破壊される俺だが、よくよく考えてみれば復活のシステムはよくわかっていない。とりあえず、MPをすべて使いつくして元の刀身に戻ることはわかっているのだが、それ以上は特にわかっていない。
と言うか、ぶっちゃけ身体的に頭がどこにあるのかよくわかっていないため、正直どこから復活するのかもわからない。脳みそがないのに思考はできているしな。
『考えるとSAN値が減りそうだし、止めておかねえ? マジカルな力で何とかなってんだろ』
「さんち……? まあ、別にいいのだが……実に摩訶不思議な生態をしているよな、貴様」
肩をすくめてそう言うジルディアス。スキルだから生態扱いされても困るんだよなぁ。
不意にぼそぼそと独り言を言いだしたジルディアスに、サクラは眉をひそめる。
「……何であんた、独り言が多いの?」
ドストレートなサクラの質問。その質問にジルディアスは一瞬悩むも、すぐに答えた。
「貴様ごときが知る必要はないな。答える理由がない」
「言葉の刺抜きできないの、アンタ?」
あまりにもばっさりと言われた言葉に、サクラはあきれたように言う。へえ、説明しないんだ。
山歩きになれていないらしいサクラは、明らかに魔法の発動体にしか見えない杖を、本来の使い方で使いながら、道を進んでいく。差し込む光が木漏れ日くらいしかないせいで、下草はあまり繁茂していない。それでも、森の道なき道は歩きにくそうだった。
それに対して、エルフのルアノとハーフエルフのロアは森歩きになれていた。ほぼ素足であるにも拘らず、すいすいと進んでいくため、ウィルとサクラは少し無理して速度を合わせているように見えた。
ジルディアス? 寝ずに山道を歩き通すことができる人外じみた体力の持ち主が、こんな森で四苦八苦するとでも?
今だけは肉体が無くてよかったと少しだけ喜びながら、俺はロアと一緒に歩くルアノを見る。どこか、ルアノは楽しそうにロアの左手をつかんでいる。見てくれだと似ていない兄弟に見えなくもないが、ヘルプを見てもロアとルアノは同い年らしい。
ロアは戦士として成熟した青年であるが、まだルアノは小さな子供である。年齢は同じでも、種族が違うだけで、ここまで違いが出てくるのか……すごいな、異世界っぽい。異世界だけど。
「ロア兄さん、今度はいつ上に来てくれるの?」
「んー……長老からの許しが出ない限り、しばらくは無理だろうな。神域への侵入許可だって相当嫌味を言われたからな」
「そっか……私、下行ってもいい?」
「ダメだろ。ルアノは巫女様なんだから」
「……うん」
残念そうにうつむくルアノ。どうやら、ルアノはロアと一緒に居たいようだが、それは許されないらしい。残念そうなルアノに対して、ロアは特に何とも思っていないのか、励ますように言う。
「大丈夫だ、ルアノ。世界樹に近寄る不届き者を地上から俺が守る。ルアノは世界樹の恵みを樹上から守る。そうだろう?」
「そう、だね。」
残念ながら、若干的外れな励ましだったらしい。ルアノはきゅっと下唇を引き締めると、そっと不貞腐れたように履物を見る。そして、ロアと握っていた右手をぎゅっと握り締めた。
『……何か、俺たちおじゃま虫感が半端ないな』
「……わからんでもない。あれは見ていてもどかしいな。ハーフエルフの方の背中を蹴り倒したくなる」
『物騒かよ』
自分へ向けられる感情に鈍感すぎるロアに、俺たちは顔を見合わせてつぶやく。ルアノ、多分ロアのこと好きだろこれ。
絵面的に犯罪臭がするが、それでも年齢だけ見れば、ルアノとロアは同い年である。寿命を考えても、多分結ばれるのは難しいだろうな……
ルアノ自身もそれをわかっているのか、せつなそうに表情を歪めると、そのままそっと口を閉じて、首を横に振る。そして、無理やり明るく言葉を紡いだ。
「湖についた。作業、しよっか」
世界樹の湖の水面は、相変わらず黒くねばついた油膜が覆っている。世界樹にも力はなく、枯れた葉が水面に浮かび、黒の油膜に溶かされていた。
とてとてと湖のそばまで駆け寄るルアノ。ユニコーンの角を手にしたロアは、湖に入る前の準備運動を始める。ルアノよりも身体能力の高いロアが泉を探索することにしたのだ。
『なんか水中探索系の援護魔法とかないのか?』
「あるにはあるが……エルフの泳力を持っていれば、誤差のような物だぞ?」
『なるほど』
そう言えば、エルフは水中で呼吸をしていなくても一時間は泳ぎ続けていられるらしい。なら、どんな魔法をかけたところで誤差のような物だろう。ついでに、強化魔法の類は属性強化以外は光魔法の領域である。基礎体力や能力値はジルディアスでは上げようがないのだ。
肩をすくめて傍観を決め込むジルディアス。それに対して、ウィルとサクラは献身的に動く。
「強化魔法っていうと、確か【バイタリティ】と【インテリジェンス】だったかしら? とりあえずどっちも使っておくわね」
「ありがたい」
短く礼を言うロア。サクラとウィルがそれぞれ強化魔法をロアにかけている間に、ルアノは呪文を詠唱する。
「光魔法第三位【ピュリフィケーション】。水から出てくるときには何か合図して。もう一度水をきれいにする」
「わかった。ありがとうルアノ」
「……うん」
礼を言われたルアノは、小さく微笑んで頷くと、水面に触れるロアにそっと手を組んだ。祈りをささげているらしい。
ロアは小さく手を振ってから、湖の中へ飛び込んでいった。
世界樹の湖は、広く深い。エルフの文献によると、この湖はかつての世界樹の枯れたくぼみであるらしい。そう考えると、過去の世界樹の方が大きかったのか、と言う話になるのだが、まあ、与太話のような物だろう。
湖に潜ったロアが一番最初に気が付いたことは、水中に生き物がいないことであった。
神域の湖は、そばに魔力の源である世界樹が生えていることもあって、多数の生物が存在していた。魚はもちろん、苔や藻、手のひらほどの大きさの蟹まで生息していた。しかし、今はそれらの影も見えない。
ロアは眉をひそめながらも、一気に潜水していく。
湖のそこから沸き立つ黒の油膜が、ぷくりぷくりとロアの横を通り過ぎていく。穢れは湖底から来ているらしい。
黒の油膜に触れないよう、細心の注意を払いながら、ロアはどんどん潜水していく。生きモノはいない。ただ、時折枯れた世界樹の葉が水面から湖底に向かって沈み込むのが見えていた。
ごぼごぼと空気が湖面に向かって浮かび上がる。冷たい水がロアの四肢に絡まり、重く沈んでいくのを感じた。
ひたすら垂直に潜っていき、そして、ロアは湖底のそれを見て、目を丸くした。
__これは……?!
ロアは、少しだけ悩んだ後、そっとソレに手を伸ばす。
世界樹の湖の遥か底には、人の頭ほどの大きさの禍々しい黒の結晶が沈んでいた。
【バイタリティ】【インテリジェンス】
光魔法第五位、第六位の強化魔法。バイタリティはVITだけでなくCONも、インテリジェンスはINTだけでなくDEXも上げることができる。