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36話 捧げよ祈りを、捧げよ献身を

前回のあらすじ

・ダークユニコーン「死んだ」

・恩田「ジルディアス、危ねえ!」

・ジルディアス「刺された」

『ジルディアス!!』

「……」


 深くえぐれたジルディアスの左脇腹。本来なら鎧が守るべきその箇所は、修練着のせいで無防備になってしまっていたのだ。

 俺はとにかく急いで杖に変形する。そして、即座にヒールを行使した。かなりの致命傷だ。すぐに治療しなければ命に係わる。


 魔法は正しく行使され、柔い金の光がジルディアスの脇腹に集まる。そして、光が霧散すると……傷は、そのままであった。


『なんで……何で血が止まんねえんだ?!』


 零れ落ちる血液が、じわりじわりと白地の修練着を汚していく。傷は治っていないらしい。慌てヘルプ機能を使う。何があったのだ?


【ジルディアス=ローゼ=フロライト】 Lv.71

種族:人間 性別:男 年齢:18 異常状態:【ユニコーンの呪毒】

HP:1021/121 MP:916/502

STR:528 DEX:581 INT:843 CON:398


『ユニコーンの呪毒……?』


 異常状態欄に現れた、見たことも無い異常状態。というか、穢れのないユニコーンの呪いって何だ。それよりも、四ケタ超えていたHPがもうあと百と少ししかない。これって、相当ヤバいのじゃあないのだろうか?


 返事すらできないらしいジルディアスは、吐血しながらもなんとか魔法を形にする。


「水魔法第5位【ヒールウォーター】」


 水魔法の唯一の回復魔法。口の中を座標にし、直接体を癒す効果を持つ水を生成したジルディアスは、少しだけむせながらもその水を飲み干す。傷口は少しずつふさがり、一瞬だけHPも回復したが、すぐに持続ダメージによって赤字に変わる。


『嘘だろ……?』


 光魔法の使えないジルディアスにできる唯一の回復手段ですら、使い物にならないという現状。

 俺の言葉に返答する余力もないのか、ジルディアスは俺を地面につきながら、ふらふらと泉の方へ歩き出す。滲む脂汗が、軽口一つ叩けない彼の現状が、深刻な現状を表していた。


 どうすればいい? どうしたらいい?


 肉体を持たない俺は、彼を支えることすらできない。どこからどう見ても瀕死でしかない彼を前に、俺は何もできない。唯一使えるヒールですら使い物にはなりはしない。


 とにかく、できることをしなければならない。表情が引きつるのを自覚しながら、俺はヘルプ機能を行使した。【ユニコーンの呪毒】をどうすればいいか知りたかったのだ。


 【ユニコーンの呪毒】についてヘルプ機能を使う。すると、おかしな文字列があふれてから、再度翻訳された。意味不明な現象に少しだけ困惑しながらも、俺はヘルプで見えてきたユニコーンの呪毒の情報を読み取った。


『ユニコーンの呪毒……穢れを帯びたユニコーンの角に宿る呪いで、反転した光魔法が呪いの主を死に至らしめる……呪毒って名前の癖に、光魔法なのかよ?!』


 なるほど、あのジルディアスが瀕死になるわけである。光魔法はジルディアスの弱点だしな。いや、納得している暇じゃない。

 本来、ユニコーンが穢れるなどと言うことは起こりえない。光の魔法が擬獣化したような存在なのだ。闇魔法が原因であることの多い穢れを帯びるわけがない。だからこそ、解呪するにはどうすればいいのだ?


『解呪……解呪……あった!』


 ヘルプの膨大な情報を漁って、ようやく見つけた。そして、俺は絶望した。


『……【アンチポイズン】で、解呪可能……アンチポイズンは、光魔法第二位……』


 俺のレベルは、たったの1。光魔法第二位を使うには、光魔法のスキルレベルを2にしなければならない。だがしかし、俺はスキルレベルを上げることはできない。__戦えないからだ。


 どうすればいい。どうしたらいい。


『__か……』


 無意識のうちに、声が漏れていた。

 ダメだ、口を動かしたって意味などない。俺の言葉が届く相手は、瀕死なのだ。頼むから、頼むからやめてくれ。


 そう思っていても、気持ちに反比例して、言葉は口をついていた。


『だれか、たすけてくれよ』


 何でジルディアスを助けられる人間がいないんだ。何で俺は無力なんだ。

 零れ落ちた俺の本音に、ジルディアスは心底苛ついたように舌打ちをすると、俺に怒鳴る。


「黙れ、やかましい……! 貴様はせいぜいできることをしておけ!」

『できることって何だよ?! 俺に何ができるってんだよ?!』

「それくらい己で考えろ……!!」


 ジルディアスがそう叫んだ直後、ごふり、と、嫌な音が響く。そして、いきなり視点が下がった。


『いだっ?!』


 容赦なく地面に頭をこすりつけ、俺は間の抜けた声を上げる。何で、と声を上げかけて、俺は思わず息をのんだ。


 腐葉土の上。木漏れ日の差し込むその地面に。ジルディアスは、倒れていた。

 じっとりと赤黒くにじんだ地面。そして、ドス赤く染まった修練着。出血のし過ぎだ。ヒールウォーターでは、回復が間に合っていなかったのだ。


 目の前が真っ暗になるように感じた。

 ……死んだ……? いや、そんな訳ない。こいつ、仮にでも裏ボスだぞ? 死ぬわけが……ない……はず、だよな?


『ジルディアス……?』


 声を、かける。へんじは、ない。

 発狂しそうになった。いや、していたのかもしれない。どうせ、俺の言葉は持ち主の勇者以外には届かないのだ。


『おい、おい、起きろ、起きろよ!! 俺だけじゃ何もできねえの、分かってんだろ?! 俺はただの剣なんだぞ?! 足もねえし、腕もねえし、スキルだって光魔法の一番弱いのしか使えねえんだぞ?!』


 半ば叫ぶように言う。だが、男はピクリとも動かない。ただ、じわりじわりと赤があふれて、滲んでいくだけだ。涙すら流れないこの体では、現実逃避すらろくにできない。

 発狂することも取り乱すこともできず、妙に冷静になってしまったこの頭で、俺はひたすらどうすればいいのか思考を繰り返す。


 どうしたらいい。どうすればいい。俺に、今の俺に、何ができる?


 考えて、考えて、差し込む木漏れ日を見て、ようやくジルディアスが言わんとしていたことを理解した。


『そっか、呼ぶだけなら、声が出なくったって問題ねえよな』


 すとんと腑に落ちた感覚を覚えた。そして、時間がさほどないことも理解し、すぐに呪文を唱えた。


『光魔法第一位【ライト】!!』


 魔力を極端にこめ、ひたすら光量だけを意識して、ライトの呪文を行使する。一気に体から魔力が抜けていくのを感じながらも、俺は、その出力を維持する。


 練習していたかいがあり、光は森の木立を優に超え、あたりから見ても異様なほどに輝いている状態だろう。これなら、他のエルフたちは無理でも、ルアノなら気が付いてくれるはずだ。


『やっべ、魔力込め過ぎたか……?』


 ゴリゴリと削れていくMPに、俺は思わずつぶやく。とはいえ、ここまで深い森だと、全力を出しても若干足りな気がするくらいなのだ。

 ジルディアスの手がまだ俺を握っていることをいいことに、ジルディアスの魔力を無断拝借しつつ、全力でライトの出力を維持する。俺じゃどうしようもないのなら、俺以外にどうにかしてもらう。きっと、それが最適解のはずなのだ。


『頼むからルアノ、早く来てくれ……!』


 祈りにも近い感情を覚え、俺はひたすらライトの術式を維持し続ける。魔物以外であれば、何が来たっていい。とにかく、ジルディアスを助けてくれる人間であれば。


 ひたすら光を放ち続けて、一分足らず。人の声が聞こえてきて、俺は改めて主張するように光を強弱させた。


「何か、凄く光っているけど……はぁ?!」

「誰か倒れて……ジルディアスさん?!」


 がさがさと揺れた茂みの奥。そこから、目を丸くしたサクラと驚いているウィルが飛び出してきた。


 人が来た。その事実に、俺は肩の力が抜けるのを感じた。

 俺は、俺にできることが、できたらしい。





 修練着のジルディアスとは異なり、フル装備の二人はわき腹から出血しているジルディアスを見て、慌ててポーションと回復魔法をそれぞれかけていく。

 アンチポイズンをかけてほしいと思ったが、俺がそれを伝える前に、サクラがウィルに見えないようにこっそりと光魔法の最上位魔法、【パーフェクション】を行使して、傷ごと異常状態を消し飛ばした。


 流石は転移者(プレイヤー)と言えばいいのだろうか? 俺も下手に遠慮せず、せめて光魔法をレベル2まで上げておけばよかったと若干後悔した。

 出血多量で意識を失っていたジルディアスも、パーフェクションをかけられたことで目が覚めたのか、小さく咳き込みながら地面から体を起こす。そして、二人を見て首を傾げた。


「……貴様ら、神域で何をしているのだ?」

「……へ? 神域?」


 間の抜けた反応を返すサクラ。目を丸くするウィル。そんな二人の反応を見て、ジルディアスは頭を抱えて深くため息をついた。


「礼は言わん。どうせ貴様らのせいだろう。いいからさっさと助けが来る前に神域から出ろ。国際問題になったら俺が面倒だ」


 ドス赤く濡れた修練着を不愉快そうに一瞥し、全身についた落ち葉を叩き落としながら、ジルディアスはその場に立ち上がる。どうやら、パーフェクションなら失った血液まで戻すことができるらしい。


 さりげなく肩を支えていたウィルの手を弾き、ジルディアスは俺を地面につく。まって、つく場所を選んでくれ。俺だって好き好んで血まみれになりたくないんだよ。


 憎らしいジルディアスの言葉に、サクラは額に青筋を浮かべて言う。


「はぁー?! 助けてもらっておいて、あんた何様よ!!」

「勇者様だが何か問題でもあるか?」

「あー、もう、何なのその減らず口! 私が助けなかったら、アンタ死んでたわよ?!」

「貴様が助けずともルアノが来るはずだ。というか、俺の怪我のおおもとはお前等だからな?」

「だから、その怪我の元とやらはなんなのよ!」


 イライラしたようにそう問うサクラを鼻で笑い、ジルディアスは親指で後方を指さす。そこには、ジルディアスの脇腹をえぐった二体目の黒いユニコーンが倒れていた。


「俺が奥の一回り大きい方と戦って、勝ったと思ったら後ろからやってきてな? 既に傷ついていて死にかけだったが、どこの誰と戦ってああも傷ついたのだろうな?」

「……あっ」


 声を上げたのは、ウィルだった。どうやら、心当たりがあったらしい。

 ウィルは慌ててジルディアスの傷口を確認しようとして、再度あしらわれる。


「その、ごめんなさい。黒いユニコーンに逃げられてしまって……とどめを刺すために追いかけてきたのだけど」

「ああそうだな。いきなり背後から現れたユニコーンに殺されかけたな」

「ほ、本当にごめんなさい!」


 勢い良く頭を下げるウィル。あまりに素直な行動に、ジルディアスはポカンとした表情を浮かべ、そして、決まり悪そうに眉を下げた。

 そんなジルディアスのらしくない行動に、俺は思わず首を傾げた。


『あれどうしたんだ? 嫌味とか言わないつもりなのか? いかにも言いそうなのに』

「魔剣、お前は一体俺を何だと思っているのだ? あと単純に腹立つから一回反省しておけ」

『理不尽?!』


 ウィルとサクラに聞こえないくらいの小声でそう言いながら、ジルディアスは杖の状態の俺の細かな装飾部分をへし折る。指を逆間接にへし折られたみたいで、目立たないくせに派手に痛い。


 わかりやすくへし折らなかったおかげで、二人には小さくうつむいて何かを考えているように見えたのだろう。不安そうにこちらを覗き見るウィルの、まるで怒られた子犬のような視線に若干の申し訳なさを感じる。


 見てくれからして光属性のウィルに、ジルディアスは眉間を抑えて呻くように俺に言う。


「あのな、俺はああいうタイプが一番苦手だ。嫌味を言うと十割俺が悪いようにみえるだろう」

『うっわぁ、打算的。確かに、最初に素直に謝られると、許さざるを得ないよなぁ』


 闇属性代表のジルディアスは、どうやらウィルが苦手らしい。不服ではあるものの、流石に彼をしてもこれ以上ウィルに何を言いたくもないのか、眉間にしわを寄せながら、口を開いた。


「気にするな。流石に俺とて気を抜きすぎていた。とはいえ、流石に次からは気をつけろ」


 俺でなければ死んでいた、とこぼすジルディアス。まあ、光属性が弱点のコイツだったから死にかけたところもあるのだが。

 そうこうしているうちに、助けを呼びに行っていたルアノがロアを伴って戻ってきた。いつの間にか合流していた勇者一堂に、ルアノとロアは互いに目を合わせて首を傾げた。

【パーフェクション】

 光魔法の最上位魔法。異常状態どころか、生きてさえいれば四肢欠損も、病気も、全てを癒すことができる魔法である。魔法に精通した術師でなければ、正しく行使することもできない。

 事実上すべての回復魔法の上位互換に当たる呪文であるが、仕様魔力量の桁が一つ違うため、これを使う術師はあまりいない。というか、そもそもできる人間があまりいない。

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