33話 バイコーン狩り
前回のあらすじ
・世界樹の分木と薬で勇者二人が別れる
・恩田「世界樹でっかい」
・ルアノ「とりあえずバイコーン倒して」
バイコーンとはそもそも何か。要するに、ユニコーンの闇落ちの最終形のような物である。
ユニコーンは頭に角を一本生やした馬であり、光属性の妖精に近しい存在である。角には穢れを浄化させる作用を持ち、傷ついたものを癒す。そして、度を超えた処女厨だ。あと度を超えたロリコンでもある。
ユニコーンに対になる存在であるバイコーンは、その逆。頭部に生える角は二本であり、闇属性の妖精に近しい存在である。角どころか全身が穢れをまとっており、周囲に病魔や精神汚濁やらを与える。で、コッチは別にチェリーボーイ好きとまではいわないが、度を越えたショタコンだ。
どっちもどっちな存在だが、人族にはバイコーンは害にしかならないため、討伐が推奨されている。
ここまでがヘルプ機能による説明である。TRPGで知っているバイコーンと似たり寄ったりと言ったところなので、あまり気になることはない。まあ、問題はこの世界のバイコーンがどれだけ強いか、ということなのだが。
『なあ、バイコーンって強いのか?』
「む……そこいらの魔物と変わらんな。少なからず、ドラゴンよりかははるかに弱い。ついでに、俺は闇魔法の適性があるからな。よっぽどのことがない限り、バイコーンの精神汚濁が効かない以上、さほど怖くもない」
『ああ、そう言えばそうだったな』
かなりあっさりと言うジルディアスだが、闇魔法無効はバイコーンとの戦いではかなり有利になれるだろう。問題は、バイコーンがショタコンであることだが……まあ、屈強な男であるジルディアスに反応するほどバイコーンだって飢えていないはずだ。
そんなことを考えていると、どうやらジルディアスは目的のバイコーンの気配を察知したらしい。三節棍の俺をこなれた手つきで振るい構えると、ニッと不敵に笑んだ。
「さて、さっさと倒すぞ」
『このままで大丈夫なのか?』
「問題ないだろう。むしろ鞘もないのに剣を使う意味がない」
そう言うジルディアスだが、倉庫の指輪はまだ所持したままであるため、使おうと思えば他の武器を使うこともできる。
そして、悠々と草を食んでいるバイコーンたちに、勝負を挑んだ。
闇魔法を使って気配を消し、奇襲を仕掛けるジルディアス。
敵はバイコーン三体。真っ黒な双角の馬は、突然現れたジルディアスに対応もできず、一匹の頭蓋が三節棍によって砕かれた。
一拍遅れて高くいななき、凶手を殺さんとオスのバイコーンがジルディアスに向かって突進する。
森を揺らさんばかりの蹄の音。一トンを軽く超して良そうな巨体の黒馬がすさまじい速さを持ってジルディアスを押しつぶさんとする。
しかし、ジルディアスの笑みは崩れない。
ジルディアスの腹部を突き破らんと低く構えられた双角。もう一体の雌のバイコーンは高くいななき、角と角の間に黒色の魔力をためていた。
雄々しいいななきを聞き流し、ジルディアスは三節棍を逆三角形に交差させると、バイコーンの突進を受け止め、そして、威力をかち上げた。
「グル?!」
低いバイコーンのいななき。しかし、すぐに前足二本を高く振り上げ、目の前の人間を踏み潰そうと力を籠める。だが、そのときにはもう、手遅れであった。
後方から跳んできた、暗闇を押し固めた槍が、バイコーンの首をたてがみから貫く。想定外の攻撃に、オスのバイコーンは絶命の悲鳴さえ上げる暇もなく、地に伏した。
この魔法は、ジルディアスのものではない。後ろで魔法の準備をしていた雌のバイコーンの仕業である。
プレシスはSTOに酷似した世界だ。だが、ここはゲームではない。味方からの誤射によって絶命した雄のバイコーンを踏み越え、魔法を撃った直後で動けない雌のバイコーンに三節棍を振るう。
ステータスで殴り殺すと表現するのが一番だろう。遠心力と単純な力によって、まるで鞭のように叩きつけられた金属棒に、雌のバイコーンはなすすべもなく頭蓋を砕かれ、そのまま絶命した。
脳漿と血、それに、体液によって汚れた三節棍を軽く振るい、液体を払い捨てる。空気を切る音が、やけに重く森に響いた。
「さて、他も殺しに行くぞ」
『へいへい。相変わらずエグイな……』
殺戮に体が熱せられたのか、開き切った瞳孔でそういうジルディアスに、俺はあきれてしまった。多分強そうな感じがするのに、哀れである。
いつもの装備でないためか、負傷に気を付けながら、ジルディアスによる一方的な狩りが始まっていた。
一方、世界樹を治すための薬を作ろうとしている勇者ウィルとサクラもまた、神域近くの森にいた。
神域に足を踏み入れたジルディアスとは異なり、しっかりとした装備をした二人は、それぞれの武器と回復薬を準備し、森の奥を目指す。
「えっとサクラ。僕たちは何をすればいいんだい?」
「そうね……一言でいうなら、前半の探索パートをこなすわ」
「……?」
サクラのそのセリフに、ウィルは首をかしげる。そんなウィルに、サクラは言葉を続けた。
「えっとね、世界樹を癒すための薬には、いくつか材料がいるの。その材料は森で採取しなければいけないのだけれども、男女で難易度に差があるのよ」
「……男女?」
きょとんとした表情を浮かべるウィル。サクラは肩をすくめて言う。
「森には異常繁殖したバイコーンがうじゃうじゃいるの。バイコーンは性別が男の存在にはそこそこ優しいのだけれども、女だとまるで容赦なくてね……基本的に、レベル差があるからバイコーンと出会わないように採取をしたの」
でも、今回はそのままで大丈夫だけど、と付け加えるサクラ。現在カンストレベルであるサクラは、もしバイコーンに囲まれても、ワンパンで倒せる自信があった。
ついでに、バイコーンは男には妙に優しい。ゲームでも男性パラメータの時は進路妨害をされるだけにとどまる。
もちろん、ゲームとしてバランスはきちんととられており、男性パラメータは探索パートではバイコーン相手に楽をすることができるのだが、後半では野郎に容赦のないユニコーンと戦う羽目になる。ユニコーンと戦うときは女性パラメータなら難易度が下がるのだ。
ちなみに、裏技として女装もしくは男装することで双方の難易度を下げることもできる。だが、この裏技は一度でも攻撃を受けると正体がバレるため、使用するタイミングは考えなければならない。
「後で女装してもらうけど、スカートとワンピースだったら、どっちがいい?」
「待ってくれサクラ。意味が解らない」
にっこり笑って問いかけてくるサクラに、ウィルは思わず表情をひきつらせた。
「探索の後はユニコーンと戦闘になるから。ユニコーンは女の子で光魔法が得意な子には優しいのよね。だから、女装したほうが怪我しないわよ」
「その、僕にもプライドと言うものが……」
「あら、プライドで瀕死になってもいいの?」
「いや……うん……」
流石に幻獣相手に無茶はできないと分かっているらしいウィルは、頭を抱えて、最終的に「考えさせてくれ」と絞り出すように言った。流石に女装は恥ずかしいらしい。
自分には全く関係のないサクラは、笑顔で口を開いた。
「じゃあ、まずはバイコーンでも倒そうかしら。一応、エルフの村に害を与えているから、間引いたほうが良いはず」
サブクエストでもバイコーン討伐があったし、と心の中で付け足すサクラ。イベントアイテムであったこともあり、世界樹を治す薬の材料はサクラとて持っていない。
遠くからのスチルのみで世界樹を見たことがあったが、時間があまりないことは明白なのだ。早く、材料を集めてしまおう。
サクラはそう判断して、女である彼女に敵意むき出しのバイコーンと対峙する。鼻息は荒く、視線はあまりに鋭く、殺意に満ち溢れている。
「ウィル、さっさと行くわよ!」
「わかっている!」
二人はそう言って武器を構えた。
森でそれぞれバイコーンを討伐する二組。
シナリオは、既に乖離を始めている。
『バイコーン、ユニコーンについて』
大別すると、ユニコーンは過激派処女厨、バイコーンはショタコンである。もう少し言い方があるだろと思う方もいらっしゃると思うが、実際そうだ。
バイコーンは穢れを帯びているため、ユニコーンと戦うと簡単に負けてしまう。だが、バイコーンはユニコーンよりも繁殖力に優れており、拮抗状態が保たれることが多い。
ちなみに、バイコーンとユニコーンは互いに冷戦状態であり、関わることはめったにない。百合と薔薇は分かり合えない運命なのだ……
バイコーン「処女じゃないと女の人殺すとか、意味わかんないわー」
ユニコーン「気に入った野郎攫うとかありえなくない?」
……争いとは、得てして同レベルでないと発生しないものなのである。