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32話 浄化作業と言う名前のボス戦

前回のあらすじ

・サクラ「世界樹イベント」

・シルブ「分木反対! 世界樹は薬で治すべき!」

・ルアノ「……世界樹は分木しないともう持たない」

 膝をつき、誓いの言葉を紡ぐジルディアス。

 無駄に美形なその顔は、言ってしまえば悪役顔ではあるものの、この現状には妙に似合っていた。


 誓いをされたルアノは、一瞬目を丸くするも、それでもすぐに表情を戻し、椅子から立ち上がる。そして、周りの大人たちに宣言する。


「世界樹は分木します。原因究明ができても、既に今代の世界樹は限界を迎えているため、治りきりません。百年の延命よりも、何千年の接ぎ木をした方が良いと判断します」

「だが……!」


 ジルディアスに殴打され、赤く腫れたほほを手で押さえながら、シルブはルアノに何かを言いかける。しかし、ルアノはそれを視線だけで静止すると、淡々と命令する。


「勇者ジルディアス。貴方に神域に踏み入れる許可を下します。ですが、神域ではいくつかの事項を守っていただく必要があります。それでも、よいですか?」

「……! おやめください、ルアノ様!! 地の民ごときを神域に踏み入れさせるおつもりですか?!」


 叫ぶシルブ。だが、ルアノは決意を変えない。


「精霊様からのお告げは絶対です。控えなさい。ジルディアス、よろしいですか?」

「……構わん。ただ、俺は光魔法は使えないが、大丈夫か?」

「問題ありません。ただ、聖剣を使っていただく必要がありますが……」


 ルアノはそう言いながらも、支度を整えるために従者を伴って別室に移動する。そんなルアノに聞こえないくらいの小声で、シルブは小さく吐き捨てる。


「……化け物め」


『うっへ、なんかヤバそうだな』

「は?」


 首をかしげるジルディアス。ん? こいつならシルブの罵倒も聞こえていると思ったけど……?

 ともかく、シルブはまだ何か思うところがあるらしく、ルアノの指示に従う気はないようだ。また、神殿にはシルブに従う者の方が多いらしい。去っていくルアノを不安そうな目で見る神官たちのその表情が、それを物語っていた。


 そんな俺の思惑に気が付いていないのか、気が付いていても無視を決め込んでいるのか、ジルディアスは小声で俺に言う。


「聖剣を使うのか……どうせならインゴットにされてその金属を使われると良いのだが」

『素材扱い止めてもらえる?』


 ナチュラルに聖剣を聖剣として扱う気のないジルディアスの言葉に、俺は思わず言い返す。ねえ、剣って基本武器として扱うモノだって知ってる? いやまあ、こいつは基本、俺を切れ味のいいバフアイテムとしてしか使っていないけれども。


 ともかく、エルフの村の神域に足を踏み入れるということで、ジルディアスもまた、準備をしなければならない。

 困惑したように足を止め、視線をさ迷わせる勇者一行に、ジルディアスは言う。


「貴様らも勝手にすればいい。こちらは分木を手伝うが、別に木の穢れを払う薬を作っていても問題はないだろう?」

「……!」


 ジルディアスの言葉を聞いたシルブは、表情を変えない。だが、その耳が確かにピクリと動いていた。

 シルブは、勇者ウィルたちに声をかけ、何やら別室に移動する。互いに背を向ける勇者ウィルとジルディアス。二人は、それぞれ別々に行動を始めた。


『なーんか、キナ臭いんだよなぁ』

「今に始まったことではないだろうが。エルフなど、排他的なものだ。むしろ、この村はハーフエルフを受け入れているのだから、まだましな方だろう」


 肩をすくめて俺の言葉に返すジルディアス。マジで? これで良心的なの?




 無駄に冷たい水で体を洗ったジルディアスは、儀式用なのか妙に布質のいいバスローブのような物を身にまとうと、同じく無駄に冷たい水で洗われた俺をエルフの従者から受け取る。


 近衛をしていただけあって、鍛え上げられたその体にはところどころ古傷が残っていたが、それでもまるで彫刻のような美しい肉体だった。いいな、筋肉。俺も欲しいよ。まずは普通の体からだけど。


 ひやりとするほど冷たくなった俺に、ジルディアスは眉をひそめて従者に問いかける。


「鞘はどうした」

「その、穢れを持ち込まないためにも、武器はそのままでお願いいたします」

『へえ、鞘はダメなんだ』


 申し訳なさそうに言うエルフの従者に、ジルディアスは一瞬冷たい目を向けるも、これ以上何を言っても意味はないと判断したのか、俺の柄をつかんで小声で言う。


「なまくらになっておけ。何かあった時に面倒だ」

『はいはい。どうせなら鉄の棒にでもなっておくか?』

「……まあ、それでもかまわんが、聖()としてどうなのだ……?」

『弓にだってなっているんだし、今更だろ』


 俺はそう言って変形のスキルを行使する。

 目の前で聖剣の形が変化したところを見たエルフの従者は、驚きで目を丸くするが、ジルディアスも俺もさほど気にしない。魔剣扱いはこいつで慣れている。


 どうせ変形するならと金属の総量を変えずにできる限界までの変形を行い、三節棍に姿を変える。……画像で見たことがあるものよりも若干小さいが。


 流石に初めて見る武器だったのか、ジルディアスは首をかしげて俺をつかむ。


「……これは?」

『三節棍ってやつ。俺の居た世界だとそこそこメジャー……メジャー? だったぞ』

「……まあ、鉄の棒には違いはないが……扱いに修練がいりそうだな」


 ジルディアスはそう感想を残して、真ん中の節をつかむと、そのまま移動する。単純に邪魔そうだったため、俺は自分で内部の鎖を短くして、一本の鉄の棒に変わった。


 ちょうどそこで、身支度を整え終えたらしいルアノが、穢れを払う道具なのか大きな背負子を背負って現れる。聞いた説明によると、神域には巫女であるルアノと副神官長しか入れないらしい。一応、精霊の愛し子であるロアも神域に踏み入れられるのだが、副神官長と他のエルフたちの反対が多く、顔見せの儀すらもできていないという。


「正直、わたしよりも、ロアの方が適任……」


 森の深部にある神域に移動しながら、ルアノはそう呟くように言う。繊維で編まれた草履のような物で森を歩き移動するしかないため、かなり歩きにくそうだ。


 ハーフエルフであるロアは、ルアノと同い年でありながら成長は人並みである。人族なら成人の年齢であるロアだが、ハーフエルフであるという理由で神官にはなりえないという。


「……精霊様に近づくのが、わたしたちエルフの目標。そのために、魂の格を上げて、祈りをささげる。だから、ハーフエルフのロアが、精霊様に愛されたとき、みんな困った」


 ぽつりぽつりと事情を話すルアノ。幼い彼女は、きっと誰かに言いたかったのだろう。まだ、この大役を任されるには幼過ぎるということを、彼女自身が十分に理解していた。

 できるなら、同年齢であれども成熟しているロアに頼みたかった。だが、宗教的な理由で、それは許されない。精霊様の寵愛は、最も精霊に近しいエルフでなければならないから。


 ユグラシアと呼ばれる巨木の森を歩きながら、ルアノは静かに目を閉じる。そして、小さくため息をついた。


「わたしは、誰だって精霊様に近づくことができると思っている。だって、他の種族にだって精霊の愛し子はいるから。でも、大人たちはそう思わないの。わたしが、間違ってるって」

「……そうか。別にあんなもの、なりたくもなかったがな」


 ジルディアスは吐き捨てるように言う。そう言えば、フードコートでもそんなことを言っていたな。こいつも精霊の愛し子なのか?

 ジルディアスの言葉に、ルアノは少しだけ驚いたように目を見開き、そして、首をかしげる。


「なんで?」

「何でも何も……まあ、子供であるお前が知る必要はない」


 言葉を濁すジルディアス。正直なところ、俺は精霊の愛し子について詳しいことを知らない。知っている限り、ロアとルアノとジルディアス、それに、ヒルドライン街の公衆浴場の少年が水の精霊の愛し子であるということは知っているが、それ以外はどうなのだろう?


 そこまで考えたところで、俺はふと、ジルディアスがヒルドライン街に向かう道中でぼやいていたことを思い出す。


『あいつは、ただでさえ妖精の愛し子であるがゆえに目をつけられている。我が家の名誉のためにも、ユミルを神殿に引きずり込まれるわけにはいかん』


 ん? ユミルちゃんは、精霊の愛し子じゃなくて、妖精の愛し子?

 疑問に思った俺は、ジルディアスに質問した。


『なあ、ジルディアス。精霊と妖精って何か違うのか?』

「は? そんなことも知らぬのか、魔剣」


 あきれたように言うジルディアス。その声に、ルアノは興味深そうに鉄の棒に変わっていた俺を見た。


「聖剣様は、何をおっしゃったのですか?」

「魔剣に様付などしなくてもいい。精霊と妖精の違いを聞いてきただけだ」

「……? 何でそんなことを?」


 きょとんとした反応をするルアノ。どうやら、かなり常識的なことを聞いたらしい。俺は慌ててヘルプ機能を使って確認する。


『精霊は一般に目には見えず、妖精は実体を伴っている。どちらも属性魔力の結晶体に近い存在である__なるほど?』

「知っているではないか。……いや、例のへるぷきのうとやらか?」

『まあ、そうだな。へえ、妖精って、触れるんだ』

「……妖精を触ろうなどど思う阿呆は貴様ぐらいだと思うがな」


 眉間に深くしわを刻み、呆れたように深くため息をつくジルディアス。どうやら、妖精は属性魔力の影響が大きく、触れるとかなり危険らしい。せっかく異世界に来てみたのだから、妖精も一度はお目にかかりたいところだ。


 そうこうしているうちに、神域の湖にたどり着く。


 湖の中央には、見上げるほど大きな、大木。

 大きく広げた葉は遥か高くに存在し、空でも飛ばない限り、一番下の葉に触れることすらできなさそうである。幹のところどころに琥珀の水晶を生やし、神々しいという形容詞が相応しい巨木であった。


『……すっげえ』

「……語彙力がないと言いたいところだが、たしかに、そうだな」


 湖の対岸から中央の木を見上げ、ジルディアスもまた、そう答える。木の大きさに対し、随分葉が少ない気もするが、おそらくこれが穢れとやらの影響なのだろう。


 ルアノの言う通り、湖の湖面は何やら黒い油のような物が浮かんでいる。そして、遥か対岸に見える世界樹の根はどろどろに腐り、黒ずんでいる。早めに対処しなければ、木が枯れてしまうだろう。


 ジルディアスは湖面に浮かぶ黒を見る。そして、金属棒である俺を伸ばし、黒い油にそっとつける。

 流れるような動きに、文句を言う暇すらなく、俺は黒色の油面に触れる。その瞬間、凄まじい痛みが俺に走った。


『あっつ、何だこれ?!』

「ふむ、酸か……?」


 冷静に分析するジルディアス。黒色の油面に触れた俺の一部は、どろどろに融解してしまっていた。じわじわと浸食しかけたところを見たジルディアスは、容赦なく俺をへし折って、どす黒く融解した部分を光の粒子に変える。


 ルアノは黒い油膜の浮いていない水面に手を当て、詠唱する。


「光魔法第三位【ピュリフィケーション】」


 次の瞬間、湖面の油膜が一気に光に包まれ、空気に溶けるように消えていく。神々しい光景を茫然と見ていた俺とジルディアスだったが、残念なことに、油膜は湖のどこから湧いているのか、すぐに現れてしまった。


 ルアノは力なく肩を落とし、ジルディアスを見上げる。


「この黒い粘液が理由だと思う……」

「ふむ……だが、見る限り光魔法で消えるなら、俺には何もできないように思えるが?」

「これ、多分、バイコーンの呪毒。溶ける感じも、消える感じも、そんな感じがする」

「ほう?」


 ルアノはそっと自分の胸元に手を当て、そう言う。マジで? 皮膚に触れるだけであんな痛いのが、胸の中とか絶対痛そうなんだけど? 俺に皮膚がないとか余計なことは言わないでほしい。


 復活スキルを使っている俺を放置し、ルアノはジルディアスに言う。


「とりあえず、異常繁殖したバイコーンの間引きをお願いします。その後は、バイコーンの異常繁殖の原因を探る。そうすれば、湖の浄化ができるはず」

「わかった。とりあえず、貴様は安全なところにいろ」


 こうして、俺とジルディアスによる一方的な狩りが始まった。

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