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31話 大切だけど土産にされたり薬にされたり扱いが雑な世界樹

前回のあらすじ

・エルフ「さっさとこい!」

・恩田「手伝ってやったら?」

・ジルディアス「まあ、手伝ってやらんことも無い!」

 樹上神殿の奥座。そこに座った豪華な神殿服のルアノは、俺たちに言う。


「__勇者様、どうか、この村の世界樹を救うため、お力を貸していただけませんか?」

「……世界樹イベント……」


 誰にも聞こえなくらい、小さな声でつぶやくサクラ。俺とジルディアスには聞こえていたが、ルアノを守るように配備されたエルフたちや、隣の勇者ウィルには聞こえなかったらしい。


 ともかく、サクラがイベント云々言うということは、これはSTOでも起きたゲームイベントなのだろう。問題は、これで死人が出るかどうかという話なのだが……。

 だが、一般に人気のあるゲームで、そんなに人が大規模に死ぬような鬱イベントが起きるのだろうか? というか、鬱イベントが頻繁に起こるゲームに人気が出るのだろうか?


 まあ、STOを詳しく知らない俺が考えても、意味はないことだ。最低限自分の倫理観とジルディアスの機嫌に従えばとりあえずは問題ないだろう。どちらにせよ、シナリオ本編は主人公っぽい彼らと転生者らしいサクラがどうにかするはずだ。


 そう気楽なことを考える俺に対し、ジルディアスは怪訝そうに眉をひそめ、ルアノに問う。


「世界樹は貴様らエルフの誇りだろう。何故よそ者である俺たちに頼む」

「……精霊様より、この問題は勇者が解決するというご神託を賜りました。ですので、村にお越しになった勇者様お二方と従者の方々をお呼びしました」


 つややかな絹の着物に金の装飾の施された、荘厳な神殿服をまとったルアノが、淡々と答える。その姿はまさしく『神官』であったが、それでも、蜂蜜のかかったポップコーンで喜んでいたルアノの笑顔が脳裏によぎる。


 大人びた雰囲気のルアノは、ちらりと俺に視線を投げかけた。彼女にも俺の声は聞こえていないという。それでも、ルアノの視線は、確かに俺を見ていた。


 多分、従者の方々ってことは、俺も従者カウントされているな。その事実に気が付いたらしいジルディアスが何かを言いたげに眉を下げる。しかし、何も口には出さなかった。


 ついで、勇者ウィルがルアノに質問をする。


「えっと、俺たちは、何をすればいいのですか?」

「今、世界樹は死を迎えようとしています。原因不明の衰弱で木が枯れかけているのです。ですので、どうにか世界樹を__」


 そこまでルアノが言いかけたところで、突如、ルアノのそばに控えていたエルフがルアノの言葉を遮るように口を開く。


「世界樹の枯死を防ぐ薬を探してきていただきたい」

「……いい加減、冷静になりなさい、シルブ。そんな薬、仮にあったとしてももう間に合わないわ。神域の浄化をしてから、世界樹の分木を行う。これは決定事項よ」

「……?」


 はっきりと言うルアノ。しかし、そんなルアノにシルブと呼ばれたエルフはただ表情を歪める。そして、そんな光景を見て、サクラは目を開いて首を傾げる。そして、何かを考え込むように顎に手を当て、さっと顔色を青に変えた。


 キッとジルディアスを一睨みしたサクラは、ルアノに対して口を開く。


「……ユニコーンの角の浄化作用を使うのはどうなのでしょうか?」

「……? どうしてそんなことを聞くのですか?」


 首をかしげるルアノ。だが、シルブはハッとしたようにサクラの言葉に頷き、口を開いた。


「素晴らしい! もしや、貴女は高名な薬師でしょうか?! ユニコーンの角なら、世界樹にとりついた穢れも払えるはずです!!」

「シルブ、控えなさい。ユニコーンは神獣よ。そんな神獣の角を切り落とすことなど、許されないわ」


 あきれたように言うルアノ。しかし、シルブの興奮は収まらない。


「世界樹のためなら、ユニコーンも許してくださるはずです! 私たちが世界樹を救えるのです! 素晴らしいことではないですか!!!」


 次第にシルブの声は大きくなっていく。そして、身振り手振りも激しくなり、エルフ特有の長い耳は興奮で赤く染まる。何だコイツ。

 ルアノ以下での位であることは着ている服の豪華さから予想できるものの、シルブはそこそこ高位の神官であるらしく、たくさんの琥珀があしらわれた首輪をつけ、紫色の神官服は光沢も刺繍も素晴らしい出来栄えだった。


 しかし、ルアノはそんなシルブに対して、不愉快そうに眉をしかめると、ばっさりと言い捨てた。


「控えなさいと、言っている」

「っ! は、はい……」


 ルアノのエメラルドグリーンの瞳に睨まれ、シルブはびくりと体を引きつらせる。そして、残念そうに耳をぺたんと下げた。

 ルアノはすっと目を細め、サクラに言う。


「ユニコーンは我が村の神獣です。傷つけることは許しません」

「で、ですが、ユニコーンの角で我が村が救えるなら……!」


 その言葉に噛みついたのは、シルブではなかった。ルアノの警護のエルフの一人が、目に不安と期待を混ぜ込みながら、ルアノに縋る。その若いエルフに続くように、周囲のエルフたちもシルブの案を支持しだした。


 一斉に紛糾しだした神殿。ジルディアスは不愉快そうにサクラを睨んだ。


「……貴様、一体何をしたいのだ?」

「……分木は失敗する。それで、世界樹は一気に弱ってしまうの。その責任を、世界樹の分木を指示した神官ロアが全て背負わされる。ぶっちゃけ、副神官シルブの言うことを聞かなかったからだから、さほど罪悪感はなかったけど、それでも、つらい思いをする人が減るなら、そっちのほうが良いと思っただけ」


 紛糾し、騒がしくなった神殿。その中で、サクラはジルディアスにかろうじて聞こえる程度の声で言う。ん? 神官ロア? ロアって、ハーフエルフの?


 思わず首を傾げた俺だったが、ふと、あることに気が付く。


__そう言えば、サクラの反応を見る限り、ジルディアスがこの村にいることは予想外なんだよな……?


 何故ジルディアスがこの村に来たのか。珍しい土産を買うため? いや、死にかけていたルアノの命を救うためだ。エアルノには光魔法使いがいなかった。そのまま放置していれば命にかかわるから、エルフの村まで彼女を連れて行った。


……もしかして、本編のシナリオでは、ルアノはエアルノの村で休養していて、代理としてロアが神官を務めていた?


 ルアノ曰く、精霊に特別好かれているのは、彼女とロアの二人だけらしい。つまり__俺は、矢面に立つはずだったロアを押しのけ、その席に子供を座らせてしまった?


 そう思ったその瞬間、俺にすさまじい罪悪感と後悔がのしかかった。

 良かれと思ってしたことが、シナリオに巻き込まれて最悪な事態に上書きされる。ルアノは、世界樹の分木を支持している。サクラのシナリオをなぞるのだとすれば、分木は失敗し、ルアノがその責任を背負うことになる。


 ロアならそれでいいのか、と言われれば、もちろん首を横に振る。だが、ロアは大人だ。最悪、村の外でも生きていける。だが、だが、ルアノは、まだ買い物の仕方もしらない、子供なのだ。


 軽率な自分の発想に、吐き気を覚える。そして、改めて理解した。__未来を変えるということは、他人を不幸にする可能性も含まれる、ということを。


 紛糾する神殿の奥座で、ルアノはエメラルドグリーンの瞳を陰らせ、表情を無にする。大人たちの醜い言い争いになれているのか、何も言わず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ彼女。


『あっ……』


 反射的にルアノに手を伸ばそうとして、自分に手がないことを思い出す。

 俺のせいであるのに、その始末すら、自分でできない。むせ返りそうなほどの無力感が、俺を襲った。


「……どうした、魔剣」

『俺は、俺は、なんてことを……』

「魔剣?」


 突然声を上げた俺に、ジルディアスは眉間にしわを寄せて問いかける。だが、俺は答えることができなかった。ただ茫然とうわごとを吐く俺に、ジルディアスは盛大な舌打ちをすると、俺の柄に手をかける。そして、俺の柄の装飾を握力でへし折った。


『いってえええええ?! えっ?! 何、何?!』


 すさまじい痛みに、思わず顔を上げた俺に、ジルディアスは苛立ったように問いかける。


「質問に答えろ。どうした、と聞いている」

『い、いや、お、俺が……』

「貴様が何だ」

『俺が、ルアノに、こんな目を……』


 そこまで言ったところで、ジルディアスはわざとらしくため息をつくと、俺に魔力を流した。さっさと直せ、ということだろう。

 復活のスキルを使った俺に、ジルディアスはあきれたように言う。


「馬鹿か貴様。貴様には手も足も無ければ、言葉すら俺以外に通じないだろうが。貴様がどうやってあの娘に危害を加えるというのだ」

『俺が、お前にあの子をエルフの村まで連れて行けなんて言うから……』

「ついに脳まで消えたか? いや、そもそも脳がないのか? あの娘は、すぐにでも治療を受けなければそのまま死んでいた。あの娘を救うという点では、貴様の判断は正しかった。__運んだのは俺だがな」


 はっきりと、あまりにもはっきりと断ずるジルディアスに、俺はただアホみたいな瞬きを繰り返すことしかできない。

 茫然としている俺にしびれを切らしたのか、ジルディアスはつかつかと前に歩き出すと、一番騒がしくしていたシルブの前で足を止めた。


 そして、流れるような手さばきで俺を鞘ごと腰から外すと。シルブの頭を殴打した。


 ガツン!!


 重たい殴打の音が、響く。


「ぐぺっ?!?!」

「はっ?!」

「うわっ?!」


 上から、シルブ、サクラ、ウィルの反応である。

 鞘付きとはいえ、剣で殴られたシルブは情けない悲鳴を上げ、神殿の床に崩れ落ちる。意識も飛んでいるのか、シルブは起き上がりもせず、声を上げることもできない。


 突然の蛮行に、神殿が静まり返る。

 エルフも勇者も、ルアノさえも、茫然とジルディアスを見ていた。


 そんな注目の中、ジルディアスは堂々と口を開いた。


「やかましくてかなわん。意見もまとめず、俺に助力を乞うなど……馬鹿にしているのか?」


 静寂を打ち壊すように、ジルディアスはカツカツとそのまま奥座に歩を進める。蛮行に混乱したエルフたちは、ジルディアスを止めることもできず素通りさせてしまった。


 ジルディアスはすらりと俺を鞘から抜くと、容赦なくルアノの目の前の床に突き立てた。普通に痛いが、今はそれどころではない。


『おい待て、大馬鹿野郎!! 何やってんの?! ってか、何考えてんの?!』

「黙っていろ、魔剣」


 俺の叫び声にも近い声をばっさりと切り捨てたジルディアスは、だんだん正気に戻りかけてきたエルフの近衛たちを完全に無視し、茫然とジルディアスを見上げるルアノに向かって、言う。


「__問おう。貴様が俺に望むのは何だ」

「__。」


 突然の問いかけに、ルアノはポカンとしたままエメラルドの瞳でジルディアスの血のような赤の瞳を見つめる。そして、はっとしたように、答えた。


「__神域の、世界樹の湖の、浄化を。分木を成功させるためにも、新たに世界樹を植える場所を、浄化したい、です」


 その言葉を聞いたジルディアスは、確かに笑みを浮かべて、ルアノの前に片膝をつく。そして、俺の柄に右手を添え、恭しく一礼して、宣言した。


「いいだろう、第4の聖剣の勇者、ジルディアス=R=フロライトが、その望みを手伝ってやろう」

 世界樹について


 世界樹は、エルフが信仰する樹木であり、膨大な魔力を保有する超巨大木である。

 エルフの村には最低一本の世界樹の分木があり、エルフたちはその分木を守り生きている、ある意味共同体のようなものである。

 世界樹には精霊をはぐくむ役割があり、世界樹のそばにはたくさんの精霊がいることが知られている。エルフたちは世界樹とその周辺の土地を聖域とし、穢れを許さない。


 葉は薬に、枝は魔法の発動体にと余すことなく素材として利用することができるため、たびたび他の人族や魔族に狙われることもあったが、世界樹を信仰しているエルフたちが、その侵攻を許したことは、一度たりともない。


__世界樹を狙ったものは、何人たりとも、許されることはない。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとまあ、頼もしい。 18歳とは思えない程に。
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