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30話 巻き込まれ型主人公(外道)

前回のあらすじ

・サクラ「何であんたがここにいるん?」

・ジルディアス「何だこの不敬な女」

 ジルディアスの宿泊していた客室の前で騒ぐエルフたち。そんなエルフたちを止めているのは、ロアとアリアだった。


「ここは客人の部屋だ! 後で呼び出すから押し入るのは止めろと言っている!」

「うるさい、邪魔だどけ!!」


 おおよそ話が通じているように見えないエルフたち。そんな彼らに、圧倒的な殺気が押し寄せる。


「何の、ようだ?」

「ひっ?!」

『うわぁ……』


 割とガチギレしているらしいジルディアス。こいつ、血圧大丈夫か? 怒ったり怒らなかったり忙しいなおい。

 怒りで表情を凍り付かせたジルディアスは、肩をすくめてロアに問う。


「何があった? そして、この見たくもない面の阿呆どもはどうした?」

「その……ルアノ様に精霊様からのお告げがあったらしく、勇者を樹上に呼び出すようにと……」


 気まずそうに視線をさ迷わせながら言うロア。あー、なるほど?

 俺はなんとなく納得した。どうやら、エルフたちは勇者、つまるところ、主人公たちのことを探し求めていたらしい。だが残念ながら、ここにいるのは主人公じゃないほうの勇者である。


『人違いじゃね? ジルディアスは勇者じゃないだろ』

「へし折るぞ魔剣。いや、後でへし折る」

『げっ』


 肩をすくめてつぶやいた言葉に、ジルディアスは不機嫌そうに舌打ちをすると、ロアと側にいたエルフたちに向かってばっさりと言う。


「俺は、もう次の町に向かう。この町に来たばかりの方の勇者を頼れ」

「そんな訳に行くわけがないだろうが! さっさとついてこい!」

「貴様らに俺を捕縛する権利はない。さっさと失せろ」


 かなり強めに拒否をするジルディアス。まあ、あんな態度で言われれば、ジルディアスもまあまあ嫌な気分になるだろう。俺が仮にチート級に強かったとしても、こんな頼まれ方をすれば、拒否するはずだ。


 だがしかし、エルフたちは引く気がないらしく、拒否するジルディアスの手をつかもうと不用意に歩み寄った。


『おいおい、止めておけって! 死にたくないだろ?! 俺だって人殺しに使われたいとは思わねえんだよ!』

「……いつも思うのだが、魔剣、貴様俺を何だと思っているのだ?」


 流石に心外なのか、ジルディアスは深くため息をつきながらも、不敬にも手をつかもうとした下郎にローキックを食らわせる。容赦のかけらもないその一撃は、エルフの(すね)を強打する。うわ、見てるだけでいたそう。


 肉が骨を蹴るあまりに痛々しい音に、アリアは小さく息を飲んだ。ロアに至っては完全に目を逸らしている。


 悲鳴を上げてうずくまるエルフをよそに、ジルディアスは低い声で最後通告を言いのけた。


「これで最後だ。__邪魔だ、どけ」

『わあ、すっげえ悪役面』

「黙れ魔剣」


 ぎらつく瞳。鋭く殺意のこもったジルディアスの視線が、客室の前にたまっていたエルフたちを射抜く。不敵に吊り上げられた口角が、彼の自信と強者である事実を物語っていた。


 不敵に笑むジルディアスに壮絶な力量差と恐怖をくみ取ったエルフたちは途端に耳をへたりと恐怖で下げた。そして、ほぼ本能的に、彼の前に道を作る。

 その様を見たジルディアスは、大変満足そうに笑顔を浮かべると、気迫を緩めて客室に足を踏み入れた。満足げな笑みは、あまりにも嗜虐的で、そして、あまりにも美しかった。


 やっぱりコイツ、悪役だな。纏う気迫が、目的のための手段が、正道のそれとは異なる。あまりにも規格外だからこそ、正しい道を歩くことを拒まれ、だからこそ、彼は『外れた道』を歩く以外の選択肢を選びえない。選べない。


 ……うんまあ、ぶっちゃけ俺は、安心安全な日常生活を送るのが目的だから、人間になれ次第、こいつとは縁を切りたいとは思っている。それが結局のところ、最適解なのだ。

 それでも、何故だか、俺はこいつが『外道』に堕ちるところを見たいとは思えない。


 突っ走る道が『正道』でないともわからず、ひたすらに前に歩み続ける彼を、どうにかして『普通』にしてやりたい。年もさほど変わらない彼を、『悪』にしないでやりたい。

 そんなことをできる力が俺にはない。だとしても、そうしたかった。……まあ、自分の命が第一優先だが。


 堂々とした態度で客室に戻ったジルディアスは、後ろ手で扉を閉め、そのまま荷物を抱え始める。そんなジルディアスに、俺は声をかけた。


『なあ、暇なら手伝ってやってもいいんじゃないのか?』

「……何を?」

『いや、エルフの人たちのこと。結構切羽詰まった感じもしてたし、何かあったんじゃないのか?』


 できるだけ穏やかな声で、できるだけ穏便に声をかける。

 一応機嫌のいい彼だが、それでも上機嫌の要因はよろしくない。『弱者をいたぶった愉悦』で上機嫌な彼は、できれば放置したくはない。なんかこう、気分的に嫌だ。


 当然のように、俺の言葉に、ジルディアスはピクリと行動を止め、俺を冷たい視線で睨む。その視線は、『余計なことを言うつもりか』と訴えかけていた。


 それでも、俺は『余計なこと』を言い続ける。


『そりゃ、お前に何のメリットもないぜ? ぶっちゃけ俺もエルフたちの上から目線には腹立つし、言ってる俺自身は事実上何もできないわけだしな。でもさ、たまには英雄的なことをしたっていいんじゃないか?』

「……ヒルドライン街では、そうしたはずだが」

『ああ、確かにな。でもさ、お前は、ルアノを見捨てるつもりか?』


 ジルディアスの血のように赤い瞳が、俺を睨む。

 静かに感じられる、確かな怒気。人間の体だったら、ワンチャン腰を抜かしていたかもしれない。ぶっちゃけ、凄く怖い。


 それでも、俺は引きたくない。引き下がりたくなかった。


この世界(シナリオ)が必要としている『勇者』は多分、お前じゃない。それでも、ルアノ(あの子)が必要とした『勇者』は、多分お前だ』

「……さっきから、貴様は多分だのなんだの……何の理由にも説明にもなっていないだろうが」


 腰に俺を固定するための金具を外し、ジルディアスは俺をベッド横のテーブルに投げる。ガチャンという重たい音とともに、テーブルの固い平面に体を打ち付けられ、一瞬息が詰まる。痛え。


 STOの詳しいストーリーを、俺は知らない。

 それでも、さっきであった勇者の従者、サクラの反応を見る限り、ジルディアスはこの村に関わりはなかったはずなのだ。


 思いつくままに、俺は言葉を紡ぎ続ける。もはや、頭の中で文章を遂行する暇すらなかった。彼を引き留められるのが、『今』しかないと、直感していた。


『あのさ、ルアノが呼び寄せた『勇者』はお前なんだよ。だって、さっき会った勇者……ウィルだっけ? ルアノはそいつと出会っていない。だから、ルアノが必要としている『勇者』はお前だ』

「……そうだとして、何故俺がわざわざあの子供を助けなければならん」

『明確な理由はないぜ? 俺がお前に提示できるメリットも正直ない。それでもさ__』


 俺は、そこまで言って、言葉を切った。


 ジルディアスの冷たい目が、俺を睨んでいる。ああ、そうだよ。俺は文字通り手も足も出ない。だから、口を使うしかないんだ。


『このままあの子をおいて行って、さっきの『勇者一行』が問題を解決していったら、お前のした親切全部ひっくるめてあっちの手柄になっちまうんだぜ? ぶっちゃけ腹立たねえか?』

「……何を決まったことのように言っている」

『言い切るぜ? 絶対に()()()()。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()。だって、お前悪役だもん』

「……?」


 首をかしげるジルディアス。正直言って、俺も今何を言っているのかよくわかっていない。それでも、俺はなんとなく焦っていた。


 STOで『悪役』であるジルディアスは、彼が何をしたって、その行為は裏目に出る。ヒルドライン街だって、レッドドラゴンを町に叩き落してでも討伐しようとしていたが、それだって被害を最小限にするためという理由があった。それでも、彼は『ヒルドライン街の救世主』ではなく、『町を破壊した悪役』になったはずだ。


 だからこそ、彼がこの件に何も関わらずに村を立ち去れば、世界(シナリオ)はジルディアスの献身を忘れる。無かったことにする。


『俺はさ、正直言ってお前のこと大嫌いだぜ? 折るし扱い雑だし口悪いし、何よりも大馬鹿だし。でもさ、外道に堕ちていくところを黙ってみていられるほど、お前に対して無関心じゃあないんだよ』

「……何が言いたい」


 赤色の瞳に、困惑が混ざる。

 俺は、ジルディアスにただ、伝えた。


『ルアノの呼び出しに、答えてやってほしい。あの子は、確かにお前に助けを求めている。『勇者』を呼んでいるんじゃない。お前を呼んでいるんだ』

「……」


 ジルディアスは、口を閉ざし、ただ何の感情も浮かべず、俺を見た。


 そして、たっぷり一分間の無言の後、深くため息をついた。

 ガリガリと頭をかくジルディアスは、盛大な舌打ちの直後、俺に言う。


「言いたいことが何なのかわかりにくい。もっと言葉をまとめてから言え」

『悪かったな、だって、考えてたらお前、この村から出て行っていただろう?』

「まあ、そうだろうな」

『そうなのかよ』


 こめかみに手を当て、きつく目を閉じるジルディアス。数秒間、何から考えこんだ後、スッと俺に手を伸ばす。そして、容赦なくへし折った。

 甲高い金属が破壊される音。そして、一拍遅れて、俺の全身が痛んだ。


『いってえええええええ?! え?! そういう雰囲気だった?!』

「雰囲気もクソもあるか、阿呆。俺は言っただろうが、後でへし折ると」


 思わず叫ぶ俺に、ジルディアスはあきれたように言う。

 砕けた切片が、空中に溶ける。へし折れた俺を鞘に戻し、ジルディアスは先ほど買い物したものをしまっていた布袋に手を伸ばす。そして、布袋から白紙のレターセットを取り出す。

 しばらくじっとそれを見たジルディアスは、仕方ないな、と言う雰囲気をにじませて俺に言った。


「……そうだな、この手紙に魔道具の使い方だけ書いても余白ができてしまいそうだ。余白を埋めるためにも、エルフの村でも救ってやるか」


 真っ白なレターセットをサイドテーブルの上に滑らせ、ジルディアスは不敵な笑みを浮かべる。

 俺は一瞬、言葉を失った。

 そして、気が付けば口をついていた。


『雑な動機だな』

「もう一回へし折ってやろうか?」

『遠慮させてくれ』


 額に青筋を浮かべるジルディアス。そんな彼に、俺は肩をすくめた。





 数分後、装備を整えたジルディアスと俺は、ルアノの居る樹上の町の神殿にたどり着いていた。

 神殿には先ほどの勇者一行、サクラとウィルが既に到着しており、サクラは遅れてやって来たジルディアスをみて、目を丸くした。


「アンタ、次の町に向かうんじゃなかったの?」

「気が変わった」


 あっさりとそう言うジルディアスに、サクラは思わず眉をしかめた。

 だが、これ以上口論するつもりもなかったのか、予想外なことに何が起こったのか脳内を整理するためか、サクラは口を閉ざしてそっとジルディアスから視線を逸らした。


 到着した勇者二人に、神殿の豪華な椅子に座っていたルアノが、淡々と口を開いた。


「__勇者様、どうか、この村の世界樹を救うため、お力を貸していただけませんか?」

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