29話 犬猿と若干共感できる勇者
前回のあらすじ
・恩田「人形に変形したら動けるんじゃね?」
・ジルディアス「朝食をとったら出発する」
・安藤「何でここにいるの、鬼畜裏ボス!!」
『すげえや、一目で勇者ってわかるぞあれ』
思わずつぶやいた俺に、ジルディアスはただ頭を抱える。
ジルディアスに対して最終鬼畜系外道裏ボスとのたまった彼女はともかく、その隣にいる赤色のバンダナをまいた青年は、何故か見覚えがある。
「……何だ、お前の仲間か? あっちは人間のようだが……」
聞き覚えのある呼び方に、ジルディアスは小声で俺に耳打ちする。そんなジルディアスに、俺は思わず言い返していた。
『ああうん、裏ボス云々言うのは大概アレだし……流石にあんな見た目の人は知らないけど、同郷出身だとは思うぜ?』
「どうでもいいが、貴様の出身の人間はどういう礼儀を学んでいるのだ? 初対面の人間に外道だ何だと……」
『いや別に、俺は初対面は外道なんて言ってないぞ。先にへし折ってきたのお前だし』
あきれたように言うジルディアス。でもまあ、実際俺も初対面は野郎呼ばわりしていたので、あまり強くは言えない。しばらく何も聞かなかった振りをしようとしたジルディアスだったが、それよりも先に桜色の髪の毛の女性である。
桜の模様の入った白地のローブを身にまとったその女性は、手に杖を持っている。だが、なんとなく、なんとなくだが、あの杖に共鳴するものがあった。
いや、共鳴するのは、この場に二つある。
一つは真っ先に分かっている。赤色のバンダナをまいた青年の腰の聖剣だ。だが、杖は何故共鳴するかわからない。
『何かわかんないけど、多分、お前よりもあっちの女性の方が強い……?』
「……技巧では上回れる。肉体自体の精度の高さの割に、歩き方が素人そのものだ」
『負けず嫌いかよ』
冷静に分析するジルディアスに、俺は思わず口を挟む。ぴきっと額に青筋を浮かべたジルディアスは、俺の柄にギリギリと爪を立てる。ああクソ、地味にいてえ!!
とりあえず、俺はヘルプ機能を使って二人を確認する。
【安藤桜】 Lv.100(限界突破可能)
種族:人間 性別:女 年齢:18
HP:600 MP:800
STR:500 DEX:500 INT:709 CON:500
『あれ? 低いな……?』
己と比べれば、十分以上に高い。だが、俺は改めてジルディアスのステータスを見る。
【ジルディアス=ローゼ=フロライト】 Lv.71
種族:人間 性別:男 年齢:18
HP:1021/1021 MP:916/852
STR:528 DEX:581 INT:843 CON:398
レベル差がかなりあるというのに、ジルディアスのステータスはCONを除いて軒並みピンク色の髪の毛の人以上である。……これが裏ボス補正なのか?
思わず首をかしげる俺に、ジルディアスは怪訝な表情を浮かべ、小さな声で問う。
「どうしたいきなり」
『いや、ステータスが思いのほか低くて……?』
俺はそこまで言ったところで、しびれを切らしたらしい桃色の髪の女性が、つかつかとジルディアスの元に歩み寄ってきた。
「何で、貴方がここにいるのよ、ジルディアス……!!」
まるで怨敵を見るかのような女性の様子に、ジルディアスは盛大に舌打ちをすると、短く言った。
「誰だ貴様は。いきなり話しかけてくるなど、不敬だろうが」
『うわあ、上から目線』
「黙れ魔剣」
俺の言葉に短く苦言を呈しながら、ジルディアスは不機嫌そうに女性を睨む。まあ、実際、ジルディアスは貴族だし、普通に礼儀がなっていない。初対面で睨まれれば、ジルディアスでなくとも不機嫌にはなるだろう。
剣呑なジルディアスの気配に、桃色の髪の女性は一瞬ひるむも、それでも睨み返した。
「ちょ、まって、アンドウ……いや、サクラ! この人、多分貴族だから……!」
「ウィルは下がっていて。貴方じゃ勝てない」
赤色のバンダナをまいた青年の言葉を遮り、ピンク髪の女性……サクラは短くそう言うと、金属製のロッドを握る。それを見たジルディアスは、ピクリと眉を動かすと、軽く周囲を確認する。
『流石にここで大乱闘は止めろよ?』
「するか阿呆。人がいるだろうが」
『人がいなければいいって話じゃないからな?!』
豆煮込みのスープを片手に、ジルディアスはサクラに言う。
「何の用だ。用がないなら、去れ」
「……! アンタねえ……!」
まだ噛みつこうとするサクラ。そんなサクラを無視して、ジルディアスはウィルに声をかける。
「俺は、朝食の途中だ。名乗りもしない不敬な女にかまけている暇はない。そして貴様、勇者なら、従者の管理くらいしておけ。俺はどこの馬の骨かも知らん女に絡まれる筋合いはない」
『うわ、ぐう正論。ただ、もうちょい言い方柔らかくできない?』
「何故俺が言い方を改めねばならん。十割この女が悪いのだぞ?」
『いやまあ、そうだけどさ』
あくまで我が道を行くジルディアス。一応、こいつの未来の所業を知っている俺からしてみても、サクラが悪いようにしか見えないが、それでも若干口が悪い。
現に、サクラは表情をきゅっと引き締め、ジルディアスを睨んでいる。
先に争いをやめたのは、ジルディアスに指摘をされたウィルであった。
ウィルは、サクラが握り締めていた杖をつかむと、淡々と諭した。
「サクラ、止めてくれ。ここは君がいた世界じゃないんだ。彼はまだ何もしていない」
「………………そうね。そうだったわ」
『めっちゃ考えたなおい』
「止めろ魔剣、笑わせるな」
思わずつぶやいた俺に、ジルディアスは笑いをかみ殺す。
サクラは深く息を吐くと、ジルディアスに頭を下げた。
「ごめんなさい。私はサクラ。第100の聖剣の勇者、ウィルの従者で、魔術師を生業にしているわ。貴方のことはその……予知夢のような物で知っていて」
「予知夢……?」
首をかしげるジルディアス。
サクラの発言に、俺はなんとなく察した。こいつ、STOのプレイヤーだ。よかったなジルディアス。初手グーパンが無くて。ゲーム本編では結構外道ムーブしていたから、STOプレイヤーから盛大な恨みを買っているはずである。少なくとも、俺の友人なら間違いなく出会ってしょっぱなに顔面ストレートを決めにいっていたはずだ。
疑問を抱くジルディアスに、サクラは言葉を続ける。
「その、私はいろいろ事情があって、少し先の未来を知っているの。その未来で、貴方が……その……少し、道を踏み外すというか、道なき道を突っ走るというか、外道と言う名前の道をつき進んでいくっていうか……」
『はっきり外道って言ってるじゃん』
「んっ……!」
俺のツッコミについ笑ってしまったジルディアスは、一瞬二人から怪訝な目で見られる。どうやら、二人にも俺の声は聞こえていないらしい。転生者らしいサクラには少しだけ期待していたが、聞こえないのか。ちょっとだけ残念だ。
ともかく、一度言葉を切ったサクラは、少しだけ不信そうにジルディアスを一瞥し、そして言葉を続けた。
「ともかく、予知夢であなたのことが大嫌いになるような未来を見てしまったの。それだけよ」
「そうか。何故だか知らんが、最近はどこぞの誰かにも似たようなことを言われてな。少しばかり気になっていただけだ。今回は許すが、次はない」
ジルディアスは俺をジトッと睨みながら、割とあっさりそう言うと、少しだけ冷めてしまった豆のスープに手を伸ばす。どちらにせよ、これを食べた後は土産物を漁って次の町に行く予定である。これ以上二人にかまう気はないらしい。
サクラもまだ何かを言いたげな表情を浮かべたが、すぐに口を閉じて深く息を吐いた。
「そう……こっちも前はあなたにさんざん辛酸をなめさせられたけど、今は違う。……悲劇を繰り返せるとは思わないことね」
剣呑な瞳でジルディアスを睨み、そう言うサクラ。
……俺は、STOをプレイしたことはない。だからこそ、彼女が何故そこまでジルディアスを恨んでいるのか知らない。だが……だが、流石に言い過ぎではないのだろうか。
ジルディアスはクズだがまだ外道ではない。この世界の常識の範疇の行為のみしか行っておらず、言動が若干……うん、若干……厳しいだけである。打算ありきとはいえ子供には優しいし、町を無駄に破壊することはない。レッドドラゴンとの戦いでは一応俺の話を聞いてくれたし、相当怒りの沸点は低いが、まあまあ慈悲はあるっちゃある。……うーん待て、こいつマジで勇者か?
ともかく、俺が知る限り、こいつはまだ環境に悪影響は与えていない。人類にしては若干強すぎる気がしないでもないが、それならサクラも同様である。何せ彼女はレベル100である。この世界の事情を俺はさほど知らないが、彼女は相当強いはずだ。
さらに、彼女の隣には相当勇者っぽい勇者がいる。サクラは弱いから下がれと言っていたが、それでも、そのうち脅威になりえるような、そんな予感がしていた。っていっても、俺はレベル1だから、この4人の中で一番弱いのだが。
『喧嘩腰は止めようぜ? なんかこう、いかにも主人公っぽい人とはこの後何度か会いそうだし……』
「喧嘩腰はやめてくれ、サクラ。彼もまた勇者だ。僕たちの仲間だぞ?」
俺と勇者はそれぞれジルディアスとサクラをなだめる。
二人はしばらく剣呑な瞳でにらみ合いを続けるが、先にジルディアスが目を逸らした。
ぬるくなってしまったスープにパンをつける。エルフの村の主食はトウモロコシであるためか、幾分か質の悪いパンをスープで柔らかくして、腹に収める。手早く食事を済ませたジルディアスは、さっさと席を立つと、スープの入っていた器をとった。スープ椀は店に返さなければいけないのだ。
ジルディアスは二人を一瞥すると、冷酷な声で言う。
「貴様らが何を思って俺に声をかけたかは知らんが、俺はもうこの村を立つ。せいぜい死なぬ程度に魔王討伐を目指すと良い」
「……あんたに言われるまでもないわよ。あんたこそせいぜい他人に迷惑かけないようにしていればいいわ」
『だから喧嘩腰は止めろって!』
「サクラ!」
煽るジルディアスに言い返すサクラ。俺と勇者は互いに頭を抱えた。
どうやら、出会って数秒で犬猿の仲となったらしい。
スープ椀を店に返したジルディアスは、地下商店街の店を見ていく。
エルフの村の特産品は、世界樹の落ち枝を使った置物や、杖、それに琥珀である。
俺が知っている限り、琥珀は樹液の化石であるため、一応世界樹の木に樹液があるとしても、木から琥珀が採取できるの正直よくわからない。だが、取れるものは取れているのだから、異世界のそういう何かがあるのだろう。
特産品はどちらも、上質な魔術触媒となるため、高値で取引されている。ただ、あくまで婚約者に送るものを選ぶジルディアスからすれば、見た目さえよければ魔法の発動体云々はさほど気にしないはずだ。
そう考えた俺だったが、そんな俺の考えとは裏腹に、ジルディアスは何のためらいもなく魔術の道具の売っている専門店に足を運んだ。
そして、店内を一瞥して、あるものに目をつける。
それは、箱いっぱいに詰められた、薄い茶色の石のような物だった。その箱に下げられた札を見ると、それが琥珀石なるものであると理解できた。なるほど、琥珀は琥珀でも、ぱっと見はただの石にしか見えないものもあるのか。
そんな琥珀石を見て、ジルディアスは小さくつぶやく。
「ふむ、防護用の風魔法の発動できる琥珀石か……性能はよさそうだが、使い捨てか……」
『お前別に、風魔法使えるだろ』
「違うわ阿呆。婚約者に送るものに決まっているだろうが。店主、これを三つ、あとは、守りの小枝を一本」
『えっ? 婚約者に石と枝……?』
マジかコイツ。彼女いない歴イコール年齢の俺でも流石にこれはないと分かるぞ? しかもこのアホ、ラッピングの概念がないのか、買った時についてきた布袋にそのまま入れてやがる。
そして、ジルディアスは用事は済ませたとばかりに店から出て、宿の方へと向かおうとする。そこで俺は耐えきれずに口を開いた。
『おい待て大馬鹿。正気か?』
「……? 何がだ? 魔術付与されている防護用の品など、現地に行かねば買えないものだぞ? 軽くて大きさも小さく、土産にも最適だ」
『えっ? もしかして、俺の常識がない感じ? だとしても女の子への贈り物に石と枝をそのまま送るのって、常識的に考えて、なくない?』
あまりにも堂々としたジルディアスの態度に、俺は思わず困惑した。俺の言葉に、ジルディアスは首をかしげる。そして、小さくつぶやいた。
「まさか、前に遠征先で採取した、珍しい薬草を渡したとき困惑されたのは……」
『うわぁ……そういうのって、普通花とかじゃないのか? つーか、これを土産だって言い張るのは良いけど、それにしたってせめて使い方なり物の説明なりをしないと、ただの石と枝にしか見えないだろ』
俺の言葉に一理あると判断したのか、ジルディアスは肩をすくめると隣の文具店でレターセットを購入した。何の気なしに見た目のよさそうなものを選んで購入したジルディアスだが、購入したレターセットもまた世界樹の枝細工の端材を使って作ったものらしく、なかなかの高級品だった。
『金あるんだったら、土産屋さんであと何か一つつけておけよ。俺だって女性に何送ればいいかなんてよく知らないけどさ、それだけじゃダメだろ』
「……そうか? なら、護身用のショートロッドでも……」
『ああうん、そういうの俺もよくわかんないけど、お前じゃダメそうなのは分かった。いいからお店の人に聞け』
土産屋のショーケースに入れられたお値段金貨数十枚のロッドを見て手を伸ばしかけたジルディアスを止め、俺は言う。ちなみに、俺は基本的に女性への贈り物はクッキーとかその辺で済ませていた。残るものだと面倒くさがられるからな。ソースは友人の妹だ。
ハーフエルフの女性店員に話を聞き、最終的に、バラの花びらの閉じ込められた琥珀のブローチを購入したジルディアスは、少しだけ満足そうに表情をほころばせ、上の客室に向かう。
しかし、その上機嫌もそこまで長くは続かなかった。
客室に戻ったジルディアスを待っていたのは、ジルディアスの個室の前で何やら言い争いをしているエルフたちだった。
【ステータスについて】
ゲームSTOにおけるステータスは、プレシスのものとは異なり、ゲーム性を保持するために一定の決まりがある。具体的には、努力や行動によってステータスが上下しなくなっている。
STOにおいては、レベルが1上がるごとに、全てのステータスが5ずつ上がり、そして、6のフリーポイントが与えられる、与えられたフリーポイントは自分の好きなように割り振ることができ、振り直しは課金アイテムで可能となっている。
また、フリーポイントは特別なイベントや特殊なクエストをクリアすることでも入手可能であり、ポイントは割り振らずに残しておくことも可能である。
努力によるステータスアップは、ステータスが低ければ低いほど起こりやすいが、代わりにゲーム内システムのように必ず6上がる保証があるわけでもない。筋トレのように、極めれば極めるほどステータスは上がりにくくなるものなのである。
また、逆説的に、体を動かさなければステータスは下がる。