28話 主人公っぽい主人公があらわれた!
前回のあらすじ
・ルアノ「精霊の愛し子は私とロア兄さん」
・エルフ一同「どけ、地の民ども!」
・ジルディアス「(#^ω^)ピキピキ」
結局ジルディアスの機嫌は直らず、夕食を旅の保存食で済ませたジルディアスは、さっさと宿の部屋に引きこもり、武器の点検だけをして済ませた。もう少し町を見たかったという思いはもちろんあったが、流石にあんなことがあった後だと、下手に口を開くことすらはばかれた。
エルフの村では風呂文化はあまり盛んではなく、もっぱら水浴びが主流であるらしい。部屋に置き去りにされたまま水浴びを済ませたらしいジルディアスは、俺に一言、「明かりを消しておけ」とだけ言って、そのまま眠ってしまった。
俺はおとなしくジルディアスの言葉に従い、明かりを消す。
そうすれば、ジルディアスはすぐに眠ってしまった。
ピクリとも動かずに眠るジルディアスを見ると、もしかして死んだのかと疑いたくもなる。だが、余計なことを言って起こせば、腹いせに折られるのは目に見えていた。
正直夜は暇だ。寝られるわけでもないし、しゃべる相手がいるわけでもない。そんな暇な時間を潰すために変形の練習や魔法の練習をしたりもするが、MPには限界がある。正直なところ、夜通し移動するジルディアスとしゃべっているか、一方的に話しかけているくらいがちょうどいいくらいだ。……流石に寝ろよとは思うが。
日本のものと比べると、やや不透明で分厚い窓ガラスの外には、暗闇が広がっている。視点を少しだけ上にずらせば、樹上にはまだ明かりがともっているのが見られたが、地上にはヒカリダケの幻想的ではあるが、弱弱しい光しかともっていない。
いや、地下のショッピングモールにも似たあの施設に行けば話は別なのだろう。だが、ジルディアスは今寝ているし、俺は歩けない。
『動けるもの……玩具とか、人形になるとか? お、割と良くないか?』
思いのほかいい案が浮かんだ気がする。ともかく、人形だ。一瞬真っ先にテディベアが浮かんだが、アレは中身は綿だっだはずだ。なろうと思えばなれるが、流石にあんな不安定な形状で動けるわけがない。
人型の人形、となると、友人の妹が持っていた『ルカちゃん人形』か友人の持っている美少女アニメのキャラフィギュアか、ロボットアニメのプラモデルがパッと思い浮かぶ。消去法的にプラモデルを選び、変形のスキルを使った。悪いな友人。俺は美女は見たいのであって、なりたいわけではないのだ。
どこぞの赤い彗星を思い浮かべ、俺は変形していく。
『あっ、やべっ、思ったよりも難しい……!』
時間をかければ鉄板にもなれるが、流石にいきなりプラモデルに変形するのは無理があったらしい。長座体前屈でギリギリつま先が触れないような、あともう少しヒントがあれば解ける数学の問題のような、とにかく、なにか、あと一歩が足りない。
結果として、いびつな鉄板の張り付いた張りぼて人形になってしまった。当然、可動域はないため、一ミリたりとも動けない。
『まあ、人型には近づいたし、一歩前進でいいのか……?』
そんなことを考えながらも、俺は変形の練習を続ける。
長座体前屈も、少しずつ柔軟性を上げればつま先に手が届くように、今解けない数学の問題も、勉強すれば解けるようになるように、いずれは人形に変形できるはずだ。
完全な人間になって、魔王退治やら魔物やら盗賊やら、危険なものとは無縁な生活を送りたいところだ。上には上がいることは十分に知っているのだ、チートハーレム生活とかもはやどうでもいい。安全安定な毎日を健やかに送ることができれば十分である。
『光魔法も需要あるっぽいしな……人間になれたら、診療所で働くか』
エアルノの町なんかは特に、ルアノが死にかけたこともあるように、あまり光魔法使いがいないように見えた。田舎の光魔法使いが少ない場所の診療所なら、安定した生活が送れるのではないのだろうか。
結局、どれもこれも人間になれなければ意味はない話なのだが。
『ハーレムとか考えたの、どこのどいつだよ……』
俺の場合のハーレムって何? 他の剣に囲まれているの? それって、ただの武器屋だろ。ずいぶん需要のないハーレムだな。いやまあ、武器屋に置きっぱなしになっているってことは、需要はないのだろうけれども。
いやいや、そんなハーレムの話はどうでもいい。重要なのは、まずは何で俺が剣になっているかって話だ。ステータスを作っているあたりでは、確実に人間だったはずだ。種族だって陣族を選んだし、年齢も性別もきちんと選んで、見た目も死ぬ前と同じにした。
なのに何で、選んだステータスからかけ離れた、『聖剣』に何て転生しているのだろう?
『というか、俺が選んだ無難な服とか靴とか、どこに消えたんだ?』
思い返してみても、剣の下に服が散らばって居たりなどということはなかった。靴も履けるわけがないし、服が台座にめり込んでいたわけでもない。肉体が何らかの理由で剣になったとしても、服はどうしてしまったのか、まったくわからなかった。
今更だが、両手がなければ錬金術の技術も使えないため、まさしく宝の持ち腐れ状態である。うんまあ、持つための手が無いから困っているのだけれども。
そんなことを考えていると、あの真っ白な空間を思い出し、背筋がぞくりとするのを感じた。やめておこう、これ以上考えてもSAN値が減少するだけで、いいことは何一つない。
小さく首を振り、俺は思考を切り替えて光魔法の練習をすることにした。もちろん、光を発する【ライト】の方ではない。【ヒール】の方だ。
魔王の呪いがある以上、光魔法は練度を上げておくに越したことはない。後は、レベルを上げなくても訓練次第ではステータスも上がるため、どうせならステータスを上げられるだけ上げてしまいたい。
『今の俺のステータスはどうなっているかな?』
そう思って確認すれば、依然見たときよりも随分成長していた。
【恩田裕次郎】 Lv.1
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:10/10 MP:40/37(10up) 状態異常 【なし】
STR:2 DEX:38(20up) INT:30(19up) CON:2
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 54)(19up) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 22)(10up)
祝福
復活 Lv.1(熟練度 42)(21up) 変形 Lv.1(熟練度 56)(23up)
『相変わらず、ステータスの偏りが酷いな……』
魔法と変形スキルでDEXとINTを増やすことはできているが、耐久や筋力は上げようがない。上げられるとすれば、鍛冶屋で金属を増やしてもらうことくらいだろうか?
ともあれ、当面の目標は変わらず、『人間になること』であり、ついでにジルディアスが死なない程度に光魔法を練習することだろうか。スキルレベルを上げるためにレベルを上げなければならない仕組みを作った神をグーで殴りたい気分だ。
そんなことを考えながら、俺はそっと目を閉じる。今残っているMPだけ消費してしまって、後は変形の練習で時間を潰そう。そうすれば、すぐに朝になっているはずだ。
俺は、ジルディアスにヒールを重ね掛けした。
翌朝、毎朝恒例の低血圧の時間が終わったらしいジルディアスは、大あくびをしながら旅支度を済ませる。土産だけ見繕えば、もうあとはここに残る意味はないのだ。
『樹上も観光したかったなー』
「そこまでしたいのなら、投げてやろうか?」
『原始的だなおい!』
昨日のエルフの態度で、どうやらご機嫌はまだ斜めらしいジルディアスは俺を見ずにそう言うと、さっさと背負い袋に手をかけた。
客室から出たジルディアスは、さっさと地下商店街に向かう。土産屋がやっているかはわからないが、最低限朝食は取れるはずである。流石にジルディアスでも保存食よりかは普通の食事の方が好ましいらしく、出発前はフードコートを利用するらしい。
まだシャッターと言えばいいのか、雨戸と言えばいいのかわからない木材でできた戸の閉まっているところが多い商店街を通り抜け、ジルディアスはフードコートに足を運ぶ。
フードコートは多少やっている店は少なかったが、それでもたくさんの店が競うように料理を作っていた。
ジルディアスは様々な屋台を見比べた後、豆のたくさん使われたスープとパンを購入し、適当な席に座る。
すると、次の瞬間、フードコートの入り口付近から悲鳴にも近い声が響いた。
「あー、最終鬼畜系外道裏ボス……!」
随分聞き覚えのあるフレーズに、俺は思わず声を上げた。
『えっ、マ?』
「ま?」
突然の言葉に、ジルディアスは思わず俺の言葉をオウム返しした。
フードコートの入り口には、勇者とそれに付き従う従者が一人、立っていた。




