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3話 貴様の名は

前回のあらすじ

・男の声「ステータス決めて」

・女の声「元の自分からかけなはれすぎると死ぬよ。あと、ヘルプ機能つけとくね」

・恩田『剣になっているんですけど?!』

 石の台座に突き刺さった剣になってから、三日。することも無い俺は、往来の人々の目を盗んで、定期的に光魔法と変形の練習をし始めた。残念ながら、錬金術は材料がなければスキルを発動することができないため、できそうなことをひたすらやる毎日である。


 薄暗くなってきた今も、絶賛光魔法の練習中だ。具体的には、初日の夜に気が付いた、俺の刺さっている台座の後ろの街灯。これに光魔法で明かりをともしているのだ。


 黒色に染色された金属でできた街灯には、何やらオレンジ色の水晶が治められており、他の街灯は町の7つ目の鐘が鳴ると、何がどうなっているのやら電気がつく仕組みになっている。見たところ、電線のような物は一つもなく、中に収められた水晶そのものが発光しているらしく、俺の背後にある電灯は壊れていたのか、接続が悪くなってしまっていたのか、明かりがつかなかったのだ。


 そのため、人目を盗んで光魔法を練習するにはもってこいな環境だったのだ。


 今日もまた日が暮れる。レンガ造りの町の街灯が一斉につく中、俺も併せて光魔法を詠唱した。


『【ライト】』


 次の瞬間、光の付いていなかった背後の街灯に、柔らかいオレンジ色の光がともる

 一番簡単な光魔法で、ちょっとした明かりをつける魔法だ。使い方によっては目くらましにもなる。また、光を維持するのにもなかなかコツがいるようで、うっかり力を籠めすぎると、街灯の光の色が変わってしまったり、明るく着きすぎたり、また、逆に光が消えてしまうこともある。


 出力を維持しながら、ライトの魔法を行使し、ちらりと周囲を見る。


 剣になってから三日目の夕方。つまり、俺が死んでから三日目。見事にやることがない。

 体が剣であるため、腹はすかないし、喉も乾かない。眠る必要もないし、何なら息をしなくたっていい。だとしても、動けないというのがただ苦痛だった。


 広場に誰もいないのを確認してから、背後のライトを操ってミラーボールのように色と光の反射を変えてみる。ちかちかとする光が広場を照らすが、結局それだけだ。


 誰かと話したい。どこかに行きたい。

 人間だったころにはあまりにも簡単にできていたそれらの行為ができない。酷く嫌だった。


 人がいるうちに背後のライトで遊ばないのも、こちらが話すことができない以上、不気味だからと言う理由で撤去されてしまえば、本当にすることがなくなってしまうためだ。

 退屈は人を殺す。実際、俺は退屈で心が折れかけていた。


 人通りはあるのに、しゃべりかけることができない。もともと、しゃべるのが大好き、と言うほどではなかったが、しゃべれないとなると話が変わってくる。


 友達と話したい。くだらない会話をして、次のセッションのシナリオを少しだけ聞いて、ばかばかしいキャラクターを作っては笑いあって。今日も色々あったな、と振り返りながらベットで眠って。


 日常が恋しい。誰かと話をしたい。ゆっくり眠りたい。散歩をしたい。


 そんなことを思いながら、俺は街灯の光を元に戻す。そして、ちらりとステータスをチェックする。


【恩田裕次郎】 Lv.1

種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳

HP:10 MP:20(5up)

STR:2 DEX:10(2up) INT:8 CON:2

スキル

光魔法 Lv.1(熟練度 10) 錬金術 Lv.1(熟練度 0) 

ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 3)

祝福

復活 Lv.1(熟練度 0) 変形 Lv.1(熟練度 11)


 光魔法の練習をしているうちに、いつの間にかMPとDEXが上がっていた。どうやら、レベルを上げなくともステータスを上げることはできるらしい。とはいえ、移動もしゃべることもできない今、ステータスを上げたところで意味などないのだが。


 だがしかし、俺は希望を捨ててはいなかった。理由は、復活とともに手に入れていたスキル、変形にある。


 ヘルプ機能を使って、変形のスキルを確認する。


【変形】:自分の体を変形することができる。


 今のところ、装飾を少し変えることぐらいしかできないが、いずれは手足を生やすこともできるかもしれない。剣に足が生えるというシュールな様子を脳裏に浮かべ、そっと首を横に振りたい気分になったが、一番可能性があるのは、この変形スキルだった。


 戯れに変形スキルを使って、刃の部分を鏡のようにぴかぴかにしてみる。


『うぬわっ、目がっ!!』


 ……ガラスに光が反射して眩しかったため、二度としない。あと、目は無いだろとか言うな。眩しいものは眩しいんだよ。






 さて、俺が死んでから早くも二週間がたった。気分的には半月だが、この世界の一か月が地球と同じかどうか知らないため、あくまでも二週間と表記させてもらう。


 あれから、俺は適度に魔法の練習と変形の練習を繰り返し、レベルこそ全く変わっていないものの、熟練度は練習量に比例して上がっていった。

 熟練度が上がっていくにつれて、スムーズに変形ができたり、魔法が使えるようになるのを自覚した。


 最近は、リスクを気にせず、広場にいる人間に【ヒール】を使うことも多くなってきた。というか、(おれ)の刺さっている台座のあるこの広場は、待ち合わせや子供の遊び場に使われているらしく、走り回っている子供がまあまあいるのだ。


 しかしまあ、地面は雨や風で摩耗したレンガ。凹凸も大きく、子供が走れば転ぶのは目に見えている。そう言う子供たちの擦り傷を治したり、あとは、よぼよぼのおじいさんにヒールをかけたりもした。あと、少し前に酔っぱらいがすっころんで頭から流血していたため、とりあえず止血程度にヒールをしておいたが、アレは本当に心配だった。


 そして、何やら今日はこの広場……というよりかは、町で祭りがあるのか、前日の夜から準備をしている人であふれかえっていた。

 何故か花道のような物が俺の前に用意され、石の台座の前には小さな階段とも踏み台ともいえるような木箱が置かれる。何? 何か儀式でもあるのか?


 とはいえ、何やら準備がはじまったとしても、こちらができることは何もない。しいて言うなら、街灯を定時でつけたり、準備の最中に怪我をした人々にヒールを投げたりくらいしかしていないが。


 せわしく動き回る人の群れを眺めているうちに、ふと、人の声が聞こえてきた。


「今年の勇者候補って誰だ?」

「うーん……一番人気はフロライト家の次男坊、次いで長男ジルディアス様ってところか?」


 声が聞こえるほうを見ると、そこには大きな小麦袋を抱えた男。どうやら、明日の出店の準備をしているらしい。小麦袋を抱えた男は、隣の木箱を抱えた男に言う。


「でもよ、ジルディアス様っていうと、冷酷の騎士だろ? 勇者って称号は似合わねえんじゃないのか?」

「あー、わかる。勇者って言うよりは、軍曹とか、拷問官とか、そんな感じだよな」

「おい馬鹿、誰かに聞かれても知らないぞ?」

「やっべ、聞かなかったことにしてくれ」

「いやまあ、わかるけどさ」


 二人はそんなことを話しながら、建てかけの出店の前に荷物を置いていく。どうやら、明日は勇者を決める儀式をするらしい。


 勇者か……。

 俺は石の台座の上から楽しそうに働く人々を眺めながら考える。

 たしか、STOの世界での勇者は、神に選ばれた、魔王を殺すことのできる人間のことを言う。成人である18歳の決まった日に勇者選定の儀式がおこなわれる。勇者になる人間は大抵、強力なスキルに目覚めていたり、オリジナルスキルと言う固有の能力を持っていたりもする。


 ゲーム本編での主人公は、総じてオリジナルスキルの『無限の可能性』をもっている。それがあるからこそ、どんなスキルでも習得することができるのだ。


『ってか、ジルディアスって……どっかで聞いたことのある名前だな……』


 俺は思わずつぶやくが、当然剣であるため、誰かに聞こえる心配は皆無である。

 うっすらと記憶に残っている名前に、俺はしばらく記憶を探るも、友人がこの名前を言っていたことがあった、と言うくらいしか思い出せず、それ以上を考えるのを諦めた。


 せわしく働く人々も夜半を過ぎるころには数人の番を残して引き上げ、そのまま宿屋へ向かう。ワクワクとする祭りの雰囲気に、少しだけ煽られながら、俺も明日を楽しみに夜空を見上げた。




 翌朝。

 すがすがしく晴れ渡った青空の下、タンスの中にしまい込んでいた、色とりどりのとっておきを引っ張り出し、町の住人たちは祭りに繰り出す。


 にぎやかとも騒がしいとも取れる祭り。

 俺は、トマトソースのかけられた焼き肉が気になったが、動くこともできないうえ、何なら食べることもできない。移動式のオーブンの中でこんがりと焼かれていくチキンが非常においしそうだった。


 ふと、親とはぐれたのか、大声で泣く少年が目に入る。


「おかーさん! おかーさん!」


 ぽろぽろ泣きながら、母を呼ぶ少年。そんな少年を憐れむ周囲の大人たち。そして、一人の青年が少年に近づく。


「大丈夫かい?」

「ひぐっ、おかーさんが、おかーさんと、はぐれちゃった!」


 そう言って泣く少年に、赤色のバンダナをまいた青年は、励ましの言葉をかけると、祭りの中央本部の方へと連れていく。彼の母親らしい女性を探しながら。


『すげー。行動力あるな……』


 一連の行動を見守っていた俺は、思わずそう呟いた。多分、ああいう人が勇者になるのだろう。

 広場の中央で装飾に覆われた俺は、ただ赤色のバンダナをまいた青年と、泣くのをこらえる少年を見守るほかなかった。


 __なお、この時の()は知る由もなかったが、この赤色のバンダナをまいた青年こそ、ソードテールオンラインにおける主人公、ウィルである。




 祭りもしばらく続き、そして、太陽が空の真上に来た時、この祭りの一番の目玉の儀式が始まった。


「これから、勇者選定の儀を始める!」


 偉そうな人の宣言の後、俺の前にたくさんの人間が一列に並ぶ。


『えっ、なにこれ』


 思わずつぶやく俺。

 そんな俺を放置して、儀式は進む。


 偉そうな人は、まずは一番先頭に並んでいた青年に声をかける。


「では、聖剣を」

「はい! 俺はオリジナルスキル持ちだ! 絶対勇者になってやる!」


 妙に高そうな服をまとった、太り気味の青年は、木箱でできた階段を上る。あまりの体重に、踏みしめられた木箱がギシギシと悲鳴を上げる。


『うわ、何お前』


 何のためらいもなく俺の柄に手を伸ばし、剣を引き抜こうとする青年。しかし、俺は思いのほか深く石の台座に突き刺さっているのか、びくりとも動かなかった。


 少しも抜けない剣に、太り気味の青年は驚いた表情を浮かべ、そして、不満そうな表情を浮かべると、すごすごと木箱の階段を下りて行った。


 突然柄を引っ張られた俺は、単純に意味も解らず、茫然と周囲を眺める。


『……もしかして、この剣を抜いたやつが勇者だ、とか、そう言うパターン?』


 ふと、意識して変形のスキルを使用する。……うん、もしかしたら、少しだけ剣の幅を狭めることで、抜けやすくなれるかもしれない。

 そして、俺はハッとして列を見る。


 最前列は野郎ばかりだが、後半になるにつれて女性も交じってきている。……これは、アレなのでは?


『……かわいい女の子の時に抜けやすくすれば、その子と一緒に旅に出られるんじゃね?』


 瞬間的に下心が沸き立つ。いやうん、剣だから本当に健全な関係しか築けないだろうけれども、それでも、むさくるしい野郎に引き抜かれるよりかは、はるかにマシである。


 それに気が付いた俺は、しっかりと列の並びを確認する。この広場から離れられるなど、願ったりかなったりだ。ついでに、堂々と魔法の練習や、錬金術ができるならもっと嬉しい。


 そうなれば、他の勇者候補の時には、意地でも石の台座から離れないようにしなければならない。


 にやける口元をそのままに、俺は変形のスキルを使って台座に突き刺さって隠れている部分の刃を無理やり巨大化させる。石とこすれ、幾分かいたかったが、そんなことより女の子である。


 鼻歌でも歌いだしそうな勢いで、あとからあとから湧いてくる勇者候補を軒並み無視していく。一人、一瞬抜けるかも、と思った男がいたが、意地でも石の台座にしがみついた。


 そして、列も前半があと少し、と言ったところで、一目見て『美しい』と思える女性が見つかった。

 仏頂面で突っ立っている男の後ろ。控えめな装飾の施された、白色のワンピースの少女。つややかな黒の髪と対比するように、白い肌。その姿は、あまりにも儚く、いつの間にかいなくなってしまうのでは、という危うさすらも感じた。


『……あの子だな。』


 はかない黒髪美女が、普通にドストライクだった。

 次の挑戦者が、真っ赤な顔で俺を引き抜こうと全身全霊を出しているのを流しながら、俺は彼女を主とすることを決める。……ちょっとまって、お前、手汗酷くない? 匂いが付くからそろそろ諦めてほしいのだけれども?


 黒髪美少女まであと一人。彼女の前に並んでいた仏頂面の銀髪男が、俺の柄を使む。

 そして、次の瞬間、俺は叫んでいた。


『う、嘘だろ?!』


 がっちりと俺を挟みこんでいた石の台座がするりと割れ、一瞬ぐらりと体が傾いた。反射的に変形を行って石の台座にかじりつくが、しかし、今までびくともしていなかった聖剣が大きく動いたのは、観衆の目に映っていた。


「おおおおお!」

「すげえ!」


 憧憬と感嘆の交じった声が、巻き上がる、

 銀髪男は、一瞬不愉快そうに眉を顰め、そして、再度柄に手を伸ばす。


『くそっ、野郎に抜かれてたまるか!』


 反射的に変形を行い、柄の部分に細かい棘の装飾を入れる。地味だが確実に痛いあれだ。突然変わった柄に驚いたのか、男は怪訝な表情を浮かべるも、棘の装飾ごと俺の柄をつかんだ。


『うへぇ?! 嘘だろ?! これ、結構いたいやつだぞ?!』


 俺は驚いて盛大に独り言を言いながら、必死に石の台座にしがみつく。石の台座は、今までしっかり俺を挟みこんでいたのが嘘のように、まるでチューブの歯磨き粉のように俺を押し出そうとしてくる。


 どれだけ頑張ろうともずるずると持ち上がっていく俺。俺は、ひきつった顔で叫んでいた。


『野郎は嫌だ―! 後ろの女の子が良い! 色白系黒髪美女が良い! はかない雰囲気とか、すっごい好みなのに!』


 そう叫んだ直後。

 何故か急激に力が加わり、俺は台座から引き抜かれる。そして、ありえないほど冷たい視線が男から注がれていることに気が付いた。


「……黙れ、下郎。彼女は俺の婚約者だ」

『あっ、えっ、は、はい?』


 次の瞬間、銀髪の男は石の台座に向かって俺を振り下ろす。


__マジか、彼氏持ちだったかあの子……


 体がへし折れるのを感じながら、俺はひそかに心の中で涙をこぼした。

【ライト】

 光魔法の最下級魔法。光魔法への才能がなくとも、練習すればだれでも使える、簡単な魔法。

 熟練度を上げることで、光がともる時間や、色、光り方などを変えることができる。もちろん、使い方によっては目くらましに転用することもできる。

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