27話 蜂蜜食べたい
前回のあらすじ
・ルアノ「( ˘ω˘)スヤァ」
・ロア「ここが村」
・恩田「フードコートだ」
完全に本調子らしいルアノは、トテトテとジルディアスのそばに歩み寄ると、隣の席に座った。今まではしっかりと見れていなかったが、ルアノの瞳は美しいエメラルドグリーンだった。
突然現れたルアノに、ジルディアスは困惑したように首をかしげる。
「何の用だ?」
「お礼、言いに来ただけ。初めて来たけど、地上って楽しそうなところだね」
ルアノはそう言いながら、そっとポップコーンの屋台を見る。どうやら、蜂蜜のたっぷりかかったポップコーンに興味があるらしい。
「あのポップコーン、これで足りるかな?」
そう呟きながらルアノがポケットから出したのは、銀貨の数枚入った袋。それを見たジルディアスは顔をしかめて銀貨の袋から一枚の銀貨を拾うと、銅貨と両替した。
「こっちを使え。蜂蜜のかかったものは四分の一銅貨3枚だ。釣りで四分の一銅貨を一枚懐に収めれば誤魔化しはない」
「! ……銀貨でも買えるの?」
「銀貨で買うな。釣銭を払うのが面倒だろうが」
「そっか。買ってくるね」
蜂蜜のかかったポップコーンは普通のポップコーンよりも高いらしい。とはいえ、銅貨一枚以下ならほぼお小遣いの範疇内であるため、凄く高価かと言えばそうでもない。
銅貨一枚をポップコーンと四分の一銅貨一枚に変えたルアノは、嬉しそうにジルディアスの下に戻る。
「おいしそうだね。砂糖みたいだけど、砂糖じゃない」
「砂糖よりも廉価だがな」
「お花の香りがする砂糖なんて、あんまりないよ?」
ルアノはそう言ってポップコーンを食べる。手と口元を蜂蜜でベタベタに汚すルアノに、ジルディアスは少しだけ眉をしかめつつ、ため息をついて塗れ布巾を持ってくる。
「口を汚すな」
「……じいやみたい」
そう言ってそっと目を逸らすルアノ。そんな彼女に、ジルディアスは肩をすくめて隣の席を指さした。
「そこの人族の子供でもきれいに食べているぞ?」
「熟練度が違うからしょうがない。私はぽっぷこーんを食べるのは初めて。あの子たちは何度か食べたことがある。もしかしたら、スキルも持っているかもしれない」
「ポップコーンを食うのに使うスキルがあってたまるか阿呆」
ベタベタの口をジルディアスにぬぐわれ、ムッと顔をしかめるルアノに、ジルディアスは再度ため息をついた。
『子供には面倒見がいいよな』
「子供だからではない。権力者だからだ。流石に宿が見つかったのにもかかわらず外に蹴りだされるわけにもいかんだろう。土産もまだ見つけていないしな」
『そういうことを言うからクズなんだよな……』
思わずしみじみとそう言った俺を、ジルディアスは足だけで鞘から抜きはらい、ルアノに見えないようにテーブルの下で踏み砕く。まるでサッカー選手のような一連の行動に、ジルディアスの絶妙な器用さを感じた。普通にいてえ!!
「何か、折れる音しなかった?」
「お前が気にする必要はない」
「そっか」
『あっさりしてるな、この子……あっ、折れたところ踏まないで、ささくれ剥かれてるみたいで痛い』
旅に使う固いブーツのそこで俺をぐりぐりと踏むジルディアス。特殊性癖を持っていない俺は普通にご褒美ではないし、痛い。何なら野郎に踏まれたって腹が立つだけである。
半分ほどポップコーンを食べたところで、飽きてきたのか、ルアノはジルディアスにポップコーンの入ったカップを押し付ける。
「俺は甘いものはあまり好きではないのだが?」
『そうなのか? 俺は結構好きだけど』
「魔剣お前、どこに口があるのだ……?」
眉間にしわを寄せ、問うジルディアス。そんなジルディアスに首を傾げ、ルアノは質問した。
「ねえ、独り言多いけど、どうしたの?」
「……俺にだけ幻聴が聞こえているだけだ」
「……? 嘘つかなくてもいいよ?」
「嘘だと?」
首をかしげるジルディアス。
そう言えば、ロアも嘘をついていなそう、みたいなことを言っていた気がする。エルフは人の言っていることが本当のことがわかるのか?
そんなことを疑問に思った俺をよそに、ルアノはエメラルドグリーンの瞳をきらりと輝かせ、ジルディアスに言う。
「精霊様が教えてくれるの。時々余計なことも教えてくれるけど……」
「精霊様、か。まあ、本当のことを言ってもいいが、結局狂人扱いからは逃れられんだろう。魔剣が口をきいている。その声が俺にしか聞こえないだけだ」
「ふうん……本当だと思うよ?」
濡れた布巾でベタベタになった手をぬぐいながら、ルアノはあっさりと言った。あまりにもあっさりと言ってのけたルアノに、ジルディアスは思わず目を丸くした。
「だって、精霊様は嘘って言っていないし」
「……俺が薬物中毒者なり、脳の病気なりで思い込みを言っていたらどうするつもりなのだ?」
「……? そうじゃないのでしょう? だったら本当のことを言っているのじゃあないの?」
きょとんとした表情を浮かべてそういうルアノ。
そんな彼女に、ジルディアスはヒクリと表情をひきつらせた。
「……その能力、まさかすべてのエルフが……?」
「ううん。普通のエルフは完全に身につけているわけじゃない。精霊様に好かれてないと無理。この村でも、できるのは私とロア兄さんくらい」
『あ、ロアもできたのか』
俺の脳裏に、村まで案内してくれた戦士のロアがよぎる。なるほど、人数は少ないほうなのか。
ルアノの言葉を聞き、ジルディアスは少しだけ考え込む。
「なるほど……真偽が分かるのは、まあまあ有用そうだが……使い方によっては恐ろしいことになりそうだな」
「うん。だから私は、将来は神官になるの。それで、精霊様に仕えて……多分、それで一生をおえるの」
そっと目を伏せて言うルアノ。人間換算すればたった四歳の女の子だというのに、随分達観している様子だ。
「ロア兄さんは……わかんない。木の上に住んでいないから、多分旅にも出られるし、精霊様は従者に適性があるっていうし……」
「ああ、俺は従者はいらんぞ。あとから来た勇者にでもつけておけ」
「別にいいよ。決めるのは私じゃなくて大人たちだから」
ルアノはあっさりとそう言うと、椅子から降りた。
どこかませた雰囲気の彼女からは、あきらめにも近い感情が見て取れた。子供がしていい表情ではない、と思った俺だが、彼女に伝える手段はない。俺の言葉は彼女には届かないし、そもそも何かしらの覚悟があるらしい彼女に行っていい言葉かもわからない。
「両替、ありがとう。今度はトツィアを食べに来るね」
「勝手にしろ。ただ、トツィアは銅貨一枚だ。銀貨を渡すなよ」
「わかった。覚えておくね」
ルアノはそう言って小さく手を振る。すると、次の瞬間、フードコートに悲鳴が響き渡った。
「どけ、地の民ども!!」
「ルアノ様を保護しろ! 下賤の民になど触れさせるな!」
「……やめて。彼らに危害を加えないで」
響く大人たちの罵声に負けないよう、ルアノは声を張り上げる。
緑髪のエルフたちは、それぞれ弓を持ってフードコートにいた人々を威嚇する。そして、ルアノとともにいたジルディアスを敵視した。
「何だ、お前がルアノ様をかどわかしたのか?!」
「違う。この娘は勝手にこの場に来ただけだ。第一、俺がどうやって樹上に昇ったというのだ」
「やかましい、精霊の加護のない人間風情が!!」
その言葉に、額に青筋を浮かべたジルディアスはテーブルの下の俺を蹴り上げると、即時に魔力を流した。
『うっぉあ、治ったほうが良い?』
「ああ、とっとと直れ。あの屑の首を撥ね飛ばしてやる……!」
『あっ、治っちゃいけないやつだ』
ガチで怒っているのか、開き切った瞳孔でエルフを睨むジルディアス。
「俺がいつ精霊の愛し子になりたいと言った! 何故、何故、よりにもよって……! 知りもせずに余計なことを言うな!」
割と冗談抜きで激怒しているジルディアスは、俺が復活のスキルを使わないと理解するやいなや、俺をテーブルの上に叩きつけるように置き、指輪の倉庫から先ほどまで手入れしていた槍を取り出す。
武器を持ち出したジルディアスに、エルフたちは警戒を示しだす。中には弓に矢をつがえた者も現れ始めた。
一触即発のその雰囲気を止めたのは、ルアノであった。
「止めて。貴方たちはそれでも誇り高きエルフなの? 勇者である旅人に対してそんな態度をとるなんて、野良犬みたいよ?」
「ですが、ルアノ様!」
「私が悪かったの。地面を歩いてみたかったから、勝手にエレベーターを使った。私を助けてくれた恩人にお礼を言いたかったの」
まだ文句を言いたげなエルフたちにそう言い切るルアノ。エルフたちは少しだけしょぼんと耳を垂れながら恨めしそうにジルディアスを睨む。
盛大に舌打ちをしたジルディアスは、大変不満そうに指輪に槍をしまった。そして、地を這うような低い声で、エルフたちに警告する。
「次は、ない」
「ひっ?!」
ガチギレラスボスボイスを一身に浴びたエルフは、その表情を凍り付かせ、耳を恐怖でへたらせた……耳の方が表情よりも動いてないか?
そして、八つ当たりとばかりに俺を雑に鞘にしまう。だから、鞘の内側にこすりつけんのやめろって! 何か背筋がぞわってするんだよ!
不機嫌そうに表情を歪めるジルディアスにルアノは一礼し、そして、謝罪する。
「第四の聖剣の勇者、ジルディアス様。この度は、私たちの村の者が非礼を働き、大変申し訳ありませんでした」
「……子供に謝罪を要求するほど器量がないつもりはない。頭を上げろ」
ジルディアスは短くそう言うと、さっさと席を立った。
フードコートは騒然としており、ルアノを守るように立つエルフたちを横目に、ジルディアスはさっさと地下商店街から出ていく。
歩き去っていくジルディアスの背中を睨むエルフたちの視線は、あまりにも冷たかった。
「もうすぐね……」
「そ、その、もう少しゆっくり進んでもいいんじゃないのかい? 息切れがすごいけれども……」
安藤とウィルはヒルドラインを抜けた後、すぐに隣国のエアルノの町に向かっていた。やや速いペースで移動したせいか、旅慣れしていない安藤は若干息切れをしていた。
だとしても、安藤はどうしてもすぐにエアルノの町に向かわなければならない理由があった。
「アニメ版のSTOで、エルフの村の悲劇はエルフの村の精霊の愛し子が事故でなくなってしまったことが原因って公表されたの。バイコーンの異常繁殖でエアルノの町の医療従事者たちにもバイコーンの呪毒の解毒方法を伝えるためにエルフの村に招待していた。それが、最悪の事態を生んでしまったの」
安藤はそう言ってストレージの中に入っていたポーションを水代わりに飲み干す。低級ポーションは正直ストレージの肥やしになっていたため、容赦なくじゃぶじゃぶと使う。
薄緑色の液体を飲み干し、安藤は話を続ける。
「事故の結果、精霊の愛し子はバイコーンの呪毒を受けてしまうの。たまたま通りがかった旅人にエアルノの町に預けてもらったところまでは良いのだけれども、エアルノの町の光魔法使いは皆、バイコーンの呪毒の解毒方法を学ぶためにエルフの村に行っていたため、彼女は毒が原因で死んでしまうの」
「なんとも皮肉な話だね。バイコーンの呪毒を学ぶために光魔法使いが出払っていたから、バイコーンの呪毒で女の子が死んでしまうなんて……」
目を伏せ、悔しそうに言うウィル。そんなウィルに、安藤は言う。
「大丈夫。だから急いでいるの。私は光魔法くらい使えるし、何故か山頂のレッドドラゴンもいなかったから、タイムロスも少なくて済んだし。急げばまだ女の子を救うことができるはず」
そうすれば、エルフの村の悲劇は未然に防げる。そう続けた安藤は、杖を握り締めると前を睨む。とにかく、急がなければすくえるものも救えない。
そう思った二人は、急いでエアルノの町へと向かう。
数時間後、出会うはずのない人物と出会うことになるとも知らずに。