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25話 ある日森の中、クマさんは絶望と出会った

前回のあらすじ

・ルアノ「痛い(´;ω;`)」

・ジルディアス「……」

・恩田「これ、多分バイコーンの呪毒」

 支度を終えたジルディアスは、宿屋の女将から背負子を借りて、そこに眠った少女を乗せると、移動を開始した。いつもなら走って移動するところだが、流石に後ろにいる少女に配慮をしているのか、歩いて移動している。


『エルフの村って、すげー山奥にあるっぽいな』

「……いい加減、語彙力は何とかならないのか?」


 暇だったため話しかけた俺に、ジルディアスはあきれたように返事をする。


「地図を見る限り、エルフの村はさほど遠くもない。しいて言うなら、村に張られてた結界のおかげで、外界から村の中に入るまでに時間がかかる程度だ」

『へえ、でも、随分うっそうとした森だな』


 ジルディアスが歩いているのは、エルフの村との交易路。一応、下草は払われ、少しだけ地面の色が違うように見えることから、道として舗装してあるように見えなくもないが、アスファルトの道路になれた俺からしてみれば、歩きにくそうな地面である。


 野草なのか、手入れしているのかわからない、山百合にも似た形の花から甘い香りが漂う。色が真っ青でなければ百合だと言えた気がした。日本の山よりも手入れがされていない分、雑多な植物の生えた山は、見ている分には楽しいが、移動は大変そうだ。


『アレなんて花?』

「答える意味があるか?」


 面倒くさそうに言うジルディアス。あ、ごめん。


 そんなこんなで山を歩いていると、ふと、ジルディアスが足を止めて、鞘から俺を抜きはらった。


『うおっ、どうしたんだ?』

「何か気配がした。……くるぞ」


 ジルディアスの言葉通り、数秒後、木々をなぎ倒す何かの音が聞こえてきた。

 山の奥から現れたのは、一頭のクマ。大きさは、二メートルを超える巨体。日本にいたらまず大ニュースになるタイプのクマだ。


 ジルディアスの存在に気が付いたクマは、大きな唸り声を上げると、突進してきた。

 俺は思わず叫んでいた。


『おい、逃げろ!!』

「なぜ逃げる必要がある? ……クマ肉は硬くてまずいから苦手なんだが」

『お前じゃねえよ、クマだよ!!』


 残念なことに、俺の言葉はジルディアス以外には届かない。当然、たまたま森の中でジルディアスに出会ってしまったクマは、野生動物ということもあって力量差を理解できない。


 少しもスピードを落とさずにジルディアスの方へと突進し……


「そこの旅人、逃げろ!!」

「……む?」


 突如、木上から若い女性の声が響く。しかし、その声は一歩遅かった。


 突撃してきたクマの首を、すれ違いざまに一刀。自分が死んだことを理解する暇もなく首と胴が泣き別れたクマは、慣性の法則に従って数メートル前に進んだが、そのまま地面に崩れ落ちた。


 俺が文句を言う前に、ジルディアスは布で俺についた血をぬぐい、鞘に戻す。

 流れるような一連の動きの後、ジルディアスは木の上をちらりと見上げる。


「何者だ?」


 その言葉の直後、矢をつがえていない弓を握った女性が、樹上から降りてきた。

 若葉のような輝く緑の髪に、夏の日差しのような輝く金の瞳。整った顔は美しく、体は引き締まりぜい肉はない。そして、耳は人間のそれよりも尖っている。一般的なエルフの女性だ。


「すまない、私は狩人のアリア・デ・ミナだ。ところで、尋ねたいことがあるのだがいいか?」

「……なんだ?」

「貴様が誘拐犯であっているな?」


 その言葉の直後、ジルディアスは反射的に俺を引き抜くと、目の前の空間を切り払う。


『うおっ?! 何、何?!』


 無言で聖剣を振るったジルディアス。その瞬間、何か透明な糸のような物を切断したと、体に振れた感覚が示す。そして、一拍遅れてジルディアスの背後に生えていた青色の百合のような花が真っ二つに裂けた。

 俺が言葉にならない悲鳴を上げていると、その瞬間、目の前のエルフ……アリアは、光の粒子でできた矢を弓につがえていた。彼女の瞳には、確かな怒りが含まれている。


「止めろ、ルアノ様を保護してからだ!!」


 響く男の声。その声に、アリアとジルディアスは目を丸くする。声はするが、気配はない。音の位置から、樹上にいるのはわかったが、生い茂った葉で、正確な位置までは特定できない。


 いや、それ以上に、樹上に幾人かの足が見えた。囲まれている。


「……クソ、何人いる……?」

『マジで? お前がわかんないんなら、オレもわかんないわ』

「使い物にならん魔剣め……!」

『俺に期待すんなよ!』


 舌打ちをするジルディアス。どうやら、彼でも何人いるかまではわからないらしい。

 光の矢をつがえたまま、アリアはジルディアスを睨み、言う。


「ルアノ様を離せ」

「……ルアノとは、後ろの娘のことか?」

「そうだ、人攫い。貴様のような下賤なものが触れていいお方ではない!」


 キッと目を細め、そう怒鳴るアリア。人攫いの言葉に、俺は思わず首を傾げる。


『なんか果てしない誤解が生まれていないか?』

「そんなことわかっているわ阿呆」

「何をぶつぶつ言っている! ルアノ様を離せと言っている!!」


 俺と話していたジルディアスに再度怒鳴るアリア。ジルディアスはこめかみに手を当ててから、口を開いた。


「先に言っておく。俺は人攫いではない。第四の聖剣……聖剣? の勇者、ジルディアスだ。この娘は道中で拾って、そちらの村に届けるために移動していただけだ」

『疑問符つけないでもらえる?』

「黙れ魔剣」


 俺の言葉をばっさりと切り捨てるジルディアス。その言葉に、アリアは困惑したように耳をへにょりと下げた。どうすべきか迷ったらしい彼女は、樹上にいるらしい男に声をかける。


「……ロア、魔剣って言っているし、勇者ってのは嘘じゃないの?」

「……精霊様たちは嘘はついていないと言っているが……?」

『ガチ困惑してんじゃん。よお、勇者っぽくない勇者代表』

「貴様が聖剣に見えていたら、俺は疑われないのだが、どうした魔剣? ん?」


 かなり困惑しているらしいエルフたちをよそに、くだらない言い合いをする俺とジルディアス。くそ、こいつ煽りスキル高いな。

 空気を換えるためにも、ジルディアスは一つ咳ばらいをすると、背負子に乗せていたルアノをおろし、両手に抱きかかえる。突然の動きに、周囲のエルフは警戒を強める。


 そんな中でもおそらく心臓にヤマアラシ並みの毛が生えているであろうジルディアスは堂々と口を開く。


「バイコーンの呪毒を受けている。エアルノの町には解毒できる人間がいなかったため、応急処置としてスリープで眠らせたままだ。光魔法が使えるものはいるか?」

「……?! バイコーンだと?!」


 樹上から響く男の声。そして、次の瞬間、木上から革鎧と弓を持ったエルフの男が下りてきた。


「アリア、エルスタ、クラウスの三名は、すぐにルアノ様を村に! イリダは長老たちに連絡を!」


 地面に降りて命令をするエルフの男。このエルフは、耳はずいぶんエルフのように見えたが、髪は茶色く、瞳は黒であった。色味だけなら日本人にも似た見た目だったが、残念なことに顔の堀の深さが人のそれとはかけ離れていた。


 若干懐かしさを感じる見た目の彼の指示に、エルフたちは即座に行動を開始した。まるで山の中を走っているとは思えないほどの速度で移動する四人。すごい、忍者みたいだ、なんてアホらしい感想が浮かぶが、口に出してもおそらくジルディアスには通じないので、口を閉じておく。


 緑髪のエルフ、アリアに変わって、茶髪の男エルフは、軽く頭を下げると、ジルディアスに口を開いた。


「すまない、俺は戦士のロアだ。ジルディアス殿、我が村に同行願う」

「……まあ、いいだろう。こちらも買いたいものがあるからな」


 不愛想に言うジルディアス。前の扱いを見ればまあ妥当なことだとも思えるのだが、それにしたって言い方がある。

 だが、気がいいのか性格がいいのか、男エルフ……ロアは少しだけ申し訳なさそうに耳を下げると、ぼそりと言った。


「目的は……観光か? だとしたら、今はできないのだが……」

『観光できない……? 何で?』


 思わず首をかしげる俺。ジルディアスも同様に眉を顰めると、ロアに問うた。


「婚約者に土産を買いたいのだが……それもできないか?」

「ものにもよるが、相当難しいかもしれない……いや、在庫があれば購入できるかもしれないが……」


 新しいものはおそらく無理だろう、と肩を落として言うロア。肩を落としたはずみで、腰に固定されていた山刀が小さく揺れた。


「ともかく、一緒に来てくれ。手違いであったなら、謝罪とともにその土産をこちらで用意させてもらう」

「ああ、待て。このクマはどうするつもりだ?」

「む……」


 小さく声を漏らして、しばらく黙るロア。どうやらかなり悩んでいるらしく、長い耳がぴくぴくと揺れていた。ジルディアスは面倒くさそうに口を開く。


「解体していいならするが? クマの内臓は薬用に高く売れる」

「! ああ、内臓か! そっちなら構わない。その、厚かましいんだが、肉は分けてもらえないだろうか? もちろん、対価は用意する」

「肉?」


 首をかしげるジルディアス。

 よくわからないが、これだけ大きいクマならば、取れる肉の量も多いのではないのだろうか。だが、ジルディアスは俺の考えていたこととは異なることを言う。


「クマの肉は硬くて食えたものではないと思うが……?」

『へえ、熊の手ってあるし、食べられるもんだと思ってた』

「クマノテ……? 薬用にするならまだしも、熊肉を食うのはもっぱら飢饉の時だけだぞ?」


 そこまで熊の肉ってまずいのか?

 おおよそ畜肉しか食べたことのない俺は、そもそもジビエなど食べたことがない。ジビエは硬いだとか獣臭いだとか聞くが、熊も同様なのだろう。もしくは、文化が違うのか。


 ジルディアスの言葉に、ロアは少しだけ気まずそうに頭をかいて言う。


「その、村では害獣駆除のためにクマを狩るのだが、エルフ族はあまり肉を食わなくてな。俺はハーフエルフだから、時々肉を食わないと体が持たないんだ。多少硬くても、肉であれば栄養素にはなる。ついでに、この量なら、仲間にも分けられるからな」

『へえ……大変そう』

「そうか、なら勝手にしろ。そもそも食う予定もなかった故、対価はいらん」


 ジルディアスはあっさりとそう言うと、俺に向かって命令した。


「さっさとナイフになれ。解体する」

『解体用のナイフ、持ってんだろ?! 俺じゃなくたっていいじゃん!!』

「なるほど、鉄板希望か?」

『ならねえもん! 絶対鉄板に何てならねえもん!!』


 こうして、俺たちは熊を解体した後、エルフの村へと向かった。

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