23話 エルフ()
第二章、すたーと
結局、ヒルドライン街でいくつかの武器を購入するために数日滞在し、メイスとオルスからもらった(剥ぎ取ったともいう)数枚の鱗でローブを補強し、耐熱性も防御力も上げてもらった。
国境を越えた後は、さほど急ぐ気もないのか、きちんと野営をするようになった。前回までの軍行と比べればまだましな水準を維持して魔王の居城へと向かう。
事実上の国境である山脈を通る街道を進むジルディアスに、俺はふと、声をかける。空には、遠近法なのか、単純に大きいのか、見たことも無い鳥が山に向かってはばたいていた。
『にしても、いい武器もらったよなー。これで俺が折られる回数も減るか?』
俺の隣にあるのは、見事な装飾のナイフ。透き通った群青色の宝石があしらわれたそのナイフは、魔法が付与してあるため、数回ならジルディアスの魔力を癒すことができる。また、充電器と同じように、魔力を充電することもできるため、実質MPが増加したと言えなくもない。
魔法の付与の結果、有機物をいくつかナイフに使うことになってしまったため、指輪の倉庫に入れることができず、すぐに使えるように腰に取り付けることにしたらしい。
俺の言葉に、ジルディアスはあきれたように言う。
「馬鹿か魔剣。お前を折れば武器の消耗ゼロだというのに、何故わざわざ別の剣を折らなければならない」
『そう言うもったいない精神、いらないんだよなぁ……』
少しだけ残念そうにそう言う俺に、ジルディアスは武器代も馬鹿にならないのだぞ、と小さく文句を付け加える。対人戦のように他人の武器を破壊できるならまだしも、魔物の多くは武器を所持してはいないし、野生動物が武器を扱う知能があるわけがない。
つまり、対人戦以外でバフを得ようとすると、自前の武器を破壊するしか方法はないのだ。
そう考えると、ジルディアスって勇者ととことん相性のいい裏ボスだよな……勇者なら、聖剣を持っているだろうし、従者たちも何かしら武器を持っているはずなのだから。敵の武器をへし折りながら自己強化し、そこからステータスで殴るだけで勝てそうだ。
まあ、言うは易し、っていうやつだろう。少なからず、俺にジルディアスの能力があったとしても、そもそも対人戦をやるだけの度胸はない。
無謀にもとびかかってきた野犬を俺で切り捨てながら、ジルディアスは歩いていく。おい、体についた血をぬぐえよ! いくら勝手に綺麗になるからって気持ち悪いものは、気持ち悪いんだよ!
比較的平穏な旅路をたどるジルディアス。することも無い俺は、ジルディアスに問いかける
『次の目的地はどこなんだ?』
「……最終的な目的地は北の魔王城だからな。正直、ここからは食糧を買うだけにとどめて、町をすべてスルーしても構わない。国境だけは検査がある以上、止まる必要があるがな」
『おー、不健康極まりない予定だな。早死にしそう』
「何がだ。それが一番手っ取り早いだろうが」
むっとした表情を浮かべるジルディアス。手っ取り早さよりも、健康と精神安定を重要視してほしい。というか、町の観光なしだと俺がとことんつまらない。この外道としゃべるか、街並みを見ること以外にやることがないのだ。
『えー……それだとつまらないだろ。ってか、ユミルちゃんにお土産買いたいし、町に寄って行けよ』
「俺の婚約者を気軽に呼ぶな魔剣。第一、隣国の土産物なら普通に取り寄せられるだろうが」
『町に寄らねえの?』
「ああ、当たり前だ。そんな暇があるか」
あっさりとそう言うジルディアスに、俺は思わずブーイングの声を上げる。すると、ジルディアスの俺を見る目がゴミクズを見る目に変わり、次の瞬間、へし折られた。
『いってぇ?! 何すんだよ!!』
「黙れ、駄々っ子か」
『別いいじゃん! 大した手間じゃないだろ?!』
「手間だから嫌だと言っている。第一、金はあるとはいえ町で宿をとると金がかかるだろうが。いちいち国ごとに金を両替するのは面倒だ」
『あー、そういう手間?』
俺の言葉に、ジルディアスはあきれたように肩をすくめた。
よくよく考えてみれば、町を移動すれば貨幣が変わってもおかしくはない。ジルディアス曰く、使えないわけでもないが、それでも安く見積もられたり、場合によっては騙されたりすることもあるため、換金は必須だそうだ。
電子決済ができないのはなかなか不便だとどこかで思いながら、俺は話を聞き流す。
「いいか、大きな商会や、良い宿でない限り、基本他国の金など安く見積もられるに決まっている。特に、距離が離れれば離れるほど、使えない貨幣だとして安く扱われる」
『あー、王都から離れれば離れるほど、宿代が高くなっていたのって、そういう感じなのか?』
「……? 何の話だ? 魔剣お前、旅でもしたことがあるのか?」
『いや、あまり気にしないでくれ』
よくあるRPGのインフレ現象の理由をなんとなく察し、俺は夢が無いな、と心のどこかで思った。STOに宿屋システムがあったかは知らないが、さほど科学や情報分野が発展していないこのプレシスでは、換金やらなにやらは相当手間がかかっているはずだ。
道として成り立っているものの、街道と呼ぶにはいささか舗装の甘い道を黙々と歩く俺たち。特筆すべきことも無く、今日も日が暮れるまでは歩き続けるかと思ったその時。
唐突に、ジルディアスが俺に魔力を流す。
『えっ? 何?』
「いいからさっさと直れ。何かいる」
慌てて復活スキルを使い、俺は周囲を確認する。ジルディアスは何かを感じたようだが、俺にはまだ何があったかなどわからない。
そばに森のある街道。左手側は山で、右手側は谷。トンネル技術が発展しないため、山を抜けるために創られた道なのだろう。地盤がしっかりしているのか、そういう加工を施しているのか、山崩れが起きそうな雰囲気はない。
風の中に、緑の香りが混ざる。柔らかな山風がジルディアスの髪を優しく撫でた。
次の瞬間、山側からバキバキ、と、細かな枝がへし折れる音が響く。それを見たジルディアスは一瞬目を丸くすると、俺を地面に突き立て、山から落ちてきた何かを受け止めた。
「ぐっ……!」
『まっ、シンプル痛い!!』
勢いがあったのか、重たかったのか、谷川に滑りそうになるジルディアス。地面に突き立てられた俺は、反射的に変形して地面にくさびを打ってジルディアスが谷底に落ちないように協力する。何があったかわからないが、ともかく、ジルディアスが谷底に落ちないようにしなければならない。
ぱらぱら、と、少しの石が谷底に落ちる音が聞こえる。
数センチ反動で谷側に足を滑らせたジルディアスだが、持ち前の筋力でそれをきっちりと受け止めると、小さく舌打ちをしてそっとそれを地面に横たえた。
『いっっっってえ……! 折れるかと思った……』
「まあ、折れたら折れたで力が増すことだし、別に構わんが」
『俺が構うんだよ。ってか、どうしたんだ?』
そう問いかけた俺は、ジルディアスが地面に横たえたそれを見て、息を飲んだ。
『ジルディアス……ついに、事案か?』
ジルディアスが受け止めたのは、裾にレース編みの施されたワンピースに、何やら植物の刺繍の施されたリボンをボロボロにほつれてしまった髪の毛にとめた、綺麗な若緑髪の幼女だった。
尖った耳、幼女ながらに整った顔。ぷっくりした唇は健康なピンク色だったが、足には何やら細かな傷がついて、うっすらと赤く血がにじんでいる。
何があった?
そう思った俺だったが、ジルディアスは額に青筋を浮かべたまま俺を地面から引き抜き、そして言った。
「ジアンが何かは知らんが、馬鹿にされていることは理解した。とりあえず谷底で反省して来い」
『おい馬鹿止めろ……あああああああああああ!!』
次の瞬間、俺は美しい放物線を描いて谷へとぶん投げられる。
剣投げという競技があれば、間違いなく金メダルが取れるであろう、美しいフォームでの投擲で、俺は失言のツケを支払う羽目になった。__ああ、空がきれいだ……待って高い怖いうわあああああああ?!!
結局、聖剣としての特性で、谷底に落ちるよりも先にジルディアスの足元に転がる羽目になった俺は、恨みがましくジルディアスを睨み、そして、幼女に目を向ける。
『大丈夫か、この子?』
「とりあえずヒールでもかけてやれ。確か、この先に町があったはずだから、そこに預ければいいだろう」
『あ、結局、町には寄るのか』
思わずそう言った俺に、ジルディアスは不服そうに眉をひそめてから、答える。
「この小娘、見るからにエルフの子だからな。人族の俺が適当に街道に放り出しておくと、後々エルフどもに何かを言われかねん」
『うわー、打算的ー』
俺はそんなことを言いながら、緑髪の幼女にヒールをかけておく。流石に意識までは戻らなかったものの、足に残っていた傷はきれいさっぱり消え、後も残りはしなかった。
面倒くさそうにため息をつくジルディアス。
「荷物が一人増えたな」
『扱い雑だな』
遥か下の谷底では、川の水が流れる音が小さく聞こえていた。
『エルフについて』
エルフは、人族の中でも比較的長寿命であるとされている。見目は人間基準で見れば大層美しいが、エルフたちにとっての美醜の基準は、どれだけ妖精や精霊に好かれているかであるため、見た目に頓着しない種族としても有名である。
また、人族の中でも妖精や精霊との親和性が高い種族であることが知られている。理由として、エルフたちは村ごとに『世界樹』の分け木を育て、それを信仰していることにあるとされている。
世界樹は妖精や精霊が多く住む樹木であり、報告によると、樹齢三千年を超えてなお、育ち続けているという。分け木ですらその様であるため、世界のどこかにあるとうわさされている、本当の世界樹は、一体どのような樹木なのか、様々な学者やエルフたちがたびたび会議している。
精霊の力の宿った世界樹の葉は、多量の魔力が含まれており、葉を一枚食べるだけで寿命が一年延びると言われている。