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22話 小さな魔導士の冷や汗

前回のあらすじ

・恩田「治った!」

・アルガダ卿「ごめん、杖壊れたって」

 湯屋に移動した俺とジルディアスたち。そこには、先端の部分が完全に壊れたロッドを握っている少年がいた。なるほど、見覚えがある。彼は確か、ジルディアスを火事場泥棒と勘違いしていた少年だ。


 少年は青い顔をしながらロッドをつかんでいる。


 ジルディアスは盛大に舌打ちをすると、つかつかと少年に歩み寄る。


「そこの少年。俺の杖を壊したと?」

「は、はい……」

「客が忘れていったものを勝手に使って?」

「……はい」


 目を逸らしながらも、きちんと返事をする少年。

 見れば見るほど、いっそ見事にすら感じるほどの壊れ具合だ。壊れたロッドの先端は、随分おかしな力のかかり方があったのか、花弁のように金属が裂けている。それ以外にも、杖の柄の部分には妙に青っぽい紋章が這っており、ところどころ金属が解けていたりもした。


 ジルディアスは壊れたロッドを受け取り、そして、ガシガシと頭をかいた。

 その表情は、怒りと言うよりもむしろ呆れと言うか、どこか驚きとも納得ともいえるような感情がまじりあっていた。


 そんなジルディアスに、ガタイのいい親父が勢い良く頭を下げた。


「この度は、息子が大変申し訳ないことをいたしました。エル坊の……いえ、息子の保護者として、全責任を負う覚悟です」

「親父……! 親父は悪くねえ、俺がかってにやったんだ!」

「黙ってろ、エル坊!」


 頭を下げる親父に、目を丸くする少年。小さく震える親父の拳に、この後下される沙汰への緊張が現れていた。

 しかし、そんな親父に興味がないのか、ジルディアスは頭を下げる男と少年をちらりと一瞥した後、無言でロッドの紋章を眺め、そして、近くに控えていたヒルドライン子爵に投げ渡す。


 驚きながらも分厚い腹の脂肪でロッドを受け止めた子爵。少年が破壊したロッドを初めて見たためか、ヒルドライン子爵は驚いたようにロッドと少年を見比べ、そして、問いかけた。


「……これは……本当に、君が壊したのかい……?」

「……はい、本当に、ごめんなさい」

「あ、いや、ワシは怒っているわけではないんだ。むしろ、弁償が必要なら、ワシにさせてほしい」


 うなだれた様子で言う少年に、ヒルドライン子爵は慌てたように言う。何故だかジルディアスも怒る気はないのか肩をすくめて少年に言う。


「__構わん。いや、むしろ、替えの発動体をくれてやる。その杖は貴様のものだ。よもや、お前が水の精霊の愛し子だったとは」

『ん? 何それ?』

「今説明している暇はない。少年、どちらにしろ、その杖は返されたところで俺には使えん。水の精霊の力が強すぎる」


 ジルディアスはそう言うと、指輪から布にくるまった何かを取り出すと、少年に投げ渡した。

 驚く少年に、ジルディアスは言う。


「変えの発動体だ。ミスリル合金の出力調整型で、フロライトの魔具屋で注文すれば購入できる。合金配分までは俺も知らん。詳しいことは店のものに出も聞け」

「ちょっ、これ、ミスリルなのか?! ってか、何で……?」

「正しくはミスリル合金だ。一応永続型だが、小僧並みに荒い使い方をすると、普通に壊れる。くれぐれも丁寧に扱えよ?」


 気前よく発動体を渡したジルディアスは、ちらりとヒルドライン子爵を見る。子爵は無言で頷くと、まだ頭を下げていた親父に言う。


「すまない、頭を上げてもらえるか?」

「公爵様、息子は……」

「ああ、大丈夫だ。むしろ、町を守る協力をしてもらえて感謝をしている。竜の襲撃で満身創痍だった兵士を治したのはあの雨だからな。あの雨に、何人の兵が救われたことか。少年……エル君、でいいのかな? 彼が救ったその命は、そのロッドよりもはるかに高く代えがたい」


 形あるものなど、いつか壊れるからなと付け加えるヒルドライン子爵。そして、ついで少年エルに声をかける。


「その……もし君が良ければなのだが、魔術を学ばないか? 君は、魔導士になる器がある」

「なる器、ではない。実力だけ鑑みれば、下手な魔導士を上回っている。適当な教師に論文の書き方だけ教えさせれば、十分に魔導士として活動できるだろう。出資してやろうか? フロライト公爵家に来れば、好待遇も検討してやる」

「勇者殿、ウチの未来ある少年を攫おうとしないでくれるかね?」

「何を。先に見つけたのは俺だぞ?」


 軽く肩をすくめてそう言うジルディアス。話においていかれた少年エルは、大人たちの会話をポカンと見つめていた。

 少年同様に驚いていた親父も、少しして正気に戻ったのか、慌てて貴族二人に声をかける。


「待ってください、お貴族様! エル坊はウチの息子で……」

「そんなこと知っているわたわけ。一応本人次第だが、結局のところ精霊の愛し子なら必然的に争いを避けては通れない。力があるに越したことがないのは確かだぞ?」


 ジルディアスはあっさりとそう言う。

 精霊の愛し子は実のところ、死因のほとんどは行方不明である。精霊にさらわれたのか、人間にさらわれたのか、はたまた別の何かか。ともかく、ろくな死に方をしていない。


 力があったり、もしくはなくとも一般人並みならさほどひどい目には合わないが、少年エルはまだ子供である。人間が相手でも、精霊が相手でも、力不足であることには変わりない。


 少年を守護できるものが身近にいれば話は別なのだが、親父は一般人でしかなく、ヒルドライン子爵は領主としての仕事で手一杯。しかも運が悪いことに、少年エルは町を守護する過程で身の丈に合わない大魔法を行使したため、水の精霊の愛し子であることは見る人が見ればわかる。


 力を暴走させないためにも、身を守るためにも、少年エルはヒルドライン街の外に行かなければいけないことは自明であった。


「学びに行くなら、距離的に国外になるがソフィリアか? ギリギリ日帰りしようと思えばできる距離だからな」

「……? ソフィリアまでは丸一日の移動が必要だと思うが……?」


 あっさりと言うジルディアスに、ヒルドライン子爵は首をかしげる。まあ、仕方ない。こいつの移動時間は休みなしでずっと走ることが前提である。


 どうすればいいかわからず、おろおろしている少年エル。

 そんな彼に、親父は声をかけた。


「……エル坊、魔法の勉強、したいか?」

「……で、でも、俺、湯屋継がなきゃ……」

「湯屋のことなんて後でいい。長くて二十年くらいか? それだったら俺たちもまだ生きているだろうし、何なら別のやつに頼んでもいいだろ。大切なのは、お前さんの意思だ。行きたくねえってんならそれでもいい。その代わり、勉強してえってんなら、しっかりして来い。どうする?」


 そう質問された少年エルは、しばらく考え込む。

 彼自身は魔法をもっと勉強したかった。それでも、家族と離れて暮らすことになるのはさみしいという本音もあった。


 口を一文字に引き締め、少年は考える。

 そして、数分考えこんで、彼は答えを出した。


「俺、もっと勉強したい。魔法は楽しいし、今度は勇者の力がなくても町を守れるくらい強い魔導士になりたい!」

「ほう、言うではないか」


 少年エルの宣言に、ジルディアスはニタリと笑う。そう言えばコイツ、少年エルの魔法の才能を自分以下って予想していたけど、今ならどうなのだろう?

 ジルディアスの悪役笑顔に少しだけ表情を引きつらせながらも、少年エルは笑みを返す。

 

 こうして、ヒルドライン街に、新たな魔導士が生まれることとなった。





 主人公のウィルと合流した安藤は、元々聖剣らしくない見た目の聖剣を所持していたため、勇者であることを隠し、ウィルの従者として付き従うこととなった。


 一応、当事者であるウィルには別世界で第百の聖剣の所有者として勇者をしていたと伝えている。ステータス的にはそのまま魔王と殴り合いに行ける安藤だが、アニメ版のSTOであるらしいこの世界において、各種フラグを回収しなければバッドエンドになりかねない。そのため、彼の旅についていくことにしたのだ。


「あと、なんだかんだ言って最初の方のストーリーなんてあんまり覚えていないしね。強化フラグ魔王弱体化フラグ見逃しで死ぬのもごめんだし」

「? どうしたんだい、アンドー?」

「気にしないで、独り言。一応、私も魔王は()()()()とはいえ、満足いく結果だったわけじゃないし、私と同じ道をたどってほしくないのよ」

「そうか……別世界の勇者も、大変なんだな?」


 首をかしげながら言うウィル。彼の純粋さにやや助けられがちな安藤だったが、良心が抉られないわけでもない。


__でもまあ、ウィルはユミルちゃんと結婚してほしいし……


 この後の章で出会うはずの、女神ことユミル。ゲーム本編ならなかなか手強い魔法で主人公の援護をしてくれるのだ。魔王と戦うにも、丁度良い戦力になるため、早めに仲間になってほしいのだが……残念なことに、ユミルが仲間になるのは五章後半。


__ユミルちゃん、凄い美人さんだからなー。ゲームのフレンドもユミルちゃん推しだったし、私以外の転移者がいたとき、ちょっとまずいかもしれないな……


 安藤はそんなことを考えながら、それでも脳裏によぎるアニメ版STOの最鬱シーンを頭から振り払う。大丈夫大丈夫。流石に私がいるから、ユミルちゃんがあの外道に殺されることはない。絶対にない。


 とはいえ、どちらにしろすぐにアニメ版鬱のスタートである。


 最初に行く、ヒルドライン街。そこは、レッドドラゴンの襲撃によって焼けてしまっている。ゲームのストーリーで件の外道が街中でレッドドラゴンを叩き落したせいで大火事が発生したことが示されている。

 ジルディアスを止めれば火事を未然にとめることもできたかもしれないが、残念ながら王都に立ち寄った時点で時間が足りないことが確定してしまった。


「ヒルドライン街だと……エルフィン君がヒルドライン出身だったっけ? NPCの水魔法使いとしては強かったけど、水魔法しか使えないからな……」


 安藤はそう呟きながら、第一章の内容を思い出す。


 確か、第一章はレッドドラゴンの討伐が中心だったはず。

 ジルディアス(外道)が討伐したはずのレッドドラゴンだったが、何故かもう一匹が山にいて、それを討伐するのだ。第一章の敵ということもあり、そこまで強くなかったことを覚えている。


__ヒルドラインだと子爵の部下が一時的に仲間になるはずだけど……アレがトラップだったとは思わなかったわね……


 生粋の勇者嫌いの子爵は、勇者ウィルに対し壮絶な嫌がらせをする。結局従者は手に入らず、子爵も勇者に対する嫌がらせがバレて爵位剥奪される。

 正直、子爵の爵位剥奪はざまぁとしか言いようがないのだが、ぶっちゃけアレも後味が悪かった。変えられるなら変えたいシナリオだ。__まあ、人の命にかかわらない分、優先度は限りなく低いのだが。


「ああ、そう言えば、ウィル君。ヒルドライン街では勇者迫害の傾向があるから、気を付けてね?」

「え、そうなのかい?」

「うん。いやー、前はあのデブの子爵の顔面に何度聖剣つけたててやろうと思ったか」

「ぶ、物騒だね?」


 そして、二人はジルディアスと入れ替わりにヒルドライン街にたどり着く。


 当然その時、安藤は町が燃えていないことに気が付き、ただ目を丸くした。

【紅き竜】

 STOゲーム本編において、第一のボス。その名も、【紅き竜】メイス

 魔王の呪いによって狂ってしまった父であるオルスを追い、村から飛び出したレッドドラゴンであり、その後、自身も気づかぬうちに蝕まれていた呪いで完全に発狂する。

 その結果竜喰らいに堕ち、ヒルドライン街にほど近い山に巣食うようになった。


 呪いに対抗していたため、戦闘力は本来よりも限りなく弱体化し、まだ戦いに不慣れであった主人公一同にも負けてしまうほどの強さになってしまっていた。

 しかし、紅き竜はとある勇者と聖剣のおかげで既に本来の力を取り戻した。おそらく、親子の竜は罪滅ぼしのため、翼を持ったその体で【魔王の呪い】についてを広く伝えに行くことになるだろう。






 世界は、既に変革している。

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