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21話 くっ、殺せぇっ!

前回のあらすじ

・オルス?「があああああああああ」

・恩田「治せるかわからない」

・ジルディアス「どうでもいいからさっさとやれ!」

 空に響く竜の咆哮。

 鼓膜が裂けそうなほどの声量に、俺は小さく顔を歪める。耳も鼓膜もないとか言わないでくれ。うるさいものはうるさいのだ。


 そして次の瞬間、黒色の鱗が、どろりと融解し始めた。溶けた黒色は重力に従って地面に零れ落ち、やがて、地面の陰に吸い込まれていく。泥に変わった黒の穢れは、そのまま蒸発して消えていった。


 黒の竜は、元の太陽を押し固めたような、美しい赤の鱗に戻っていた。しかし、意識は失ったままらしく、体は呼吸で小さく動くのみだった。


 無言で黒竜がレッドドラゴンに戻る様を眺めていたジルディアスは、不機嫌そうに舌打ちをしてからグラビティの魔法を解除する。重力から解放されたメイスは、ぐったりと人間の姿に変貌する。今度は全裸ではなく、ジルディアスのマントを軽く羽織った状態である。


「ひ、酷いじゃない」


 体力を相当消耗したのか、地面の上でぐったりと倒れたまま、顔を上げることすらできずに言う。ジルディアスは首を傾げた。


「何がだ?」

『それなんて冗談?』

「冗談でも何でもないわ。この程度の魔法、抵抗の一つや二つすればいいだろう」


 あっさりと言うジルディアス。そんなジルディアスを、メイスは信じられないとでも言いたげな目で見る。


「……ウチの村で一番魔法が得意なおばさんでも、この出力の三分の一くらいしか出せないよ?」

「杖が悪いか能力が低いかの二つに一つだな」


 ばっさりと言い捨てたジルディアスは、軽く体を伸ばすと、メイスに問いかけた。


「さて、貴様らはこの後、親子ともども領主からの事情聴取に応じてもらう。俺も報告が終わればさっさと国境を越えて次の町に向かうつもりだ」

「じじょうちょうしゅ……? 何で?」

「貴様の父は町を破壊しかけ、貴様は山火事を起こしただろうが」


 首をかしげるメイスに呆れたように言うジルディアス。何にせよ、【魔王の呪い】なる異常状態にかかっていたのだ。何らかの情状借用措置はあってもおかしくはない。

 ヘルプを見る限り、最悪鱗を数枚売れば賠償金を作ることもできるはずだ。竜の鱗はその珍しさからも、魔法の発動体としても、また、防具や武器にも使えるため、かなりの高値で取引されているのだ。


 メイスはずるずると地面から起き上がると、少しだけためらった後、ジルディアスに頭を下げる。


「……何だ?」


 燃えるような赤色の髪の毛が、また地面に触れる。

 突然の行為に、ジルディアスは思わず眉をひそめた。


「お父さんを助けてくれて、ありがとう。多分、ワタシもお父さんと同じ状況になりかけてた。でも、【光魔法】で治してくれたんだよね?」

「は……? あぁ……なるほど?」


 ジルディアスは眉間にしわを寄せ、俺をジトッと睨む。え? 俺、何かした?

 思わず首を傾げた(もちろん気分の話だ)俺に、ジルディアスは小声で言う。


「何かしたではないわ阿呆。確か貴様、あのメスドラゴンにもヒールを使っていただろうが」

『あー……言われてみれば。あれで【魔王の呪い】が解けていたのか』


 確かに、ジルディアスがメイスを殺そうとしたとき、翼をヒールで治した記憶がある。ヒールも光魔法の一種であるため、明確な意思もなく【魔王の呪い】を解呪していたのだろう。


 もしかして、【魔王の呪い】って、名前だけの見かけだおしなのか? ヒールだけで治るということは、深度如何によっては気が付き次第すぐに治療すれば重症化はしないはずである。


『なあ、ジルディアス。魔王の呪いについて、伝えといてもらえるか?』

「伝えぬ理由がないな。秘匿する意味もない」

『あ、そこはちゃんと勇者しててよかった』

「……」

『無言で柄を握るのやめてもらえるー? 痛いからねー?』


 流石に誰にも伝えないという外道を踏まずに安心した俺を、ジルディアスは片手でギリギリと締め上げる。なんだかんだ言って柄はほかの部位に比べれば痛覚が鈍いものの、地味に痛いのだ。


 嫌がらせに柄の装飾をトゲトゲに変えてから、俺はメイスを見る。そして、思わず目を逸らした。


 長い髪の毛とマントがギリギリのところで見えてはいけないところを隠してはいるが、正直、刺激が強すぎる。もうちょっと隠すか、せめてドラゴンの状態になっていてほしい。ジルディアスが一ミリも反応していないほうがおかしいのだ。


 ジルディアスは思い出したようにメイスに問う。


「そう言えば、貴様とそこのレッドドラゴンが陥っていた異常状態の名を【魔王の呪い】と言うらしいが、何か心当たりは?」

「……?! 魔王の呪い?!」


 目を丸くして驚くメイス。そして、次に困惑したような表情を浮かべた。


「……村の詳しい場所は教えたくはないけど、別に魔王の近くに村があるわけじゃないよ?」

「俺が知ったことか。何らかの理由があるのだろう。魔剣が言った通り、光魔法で治ったのだからな」


 無責任にもとれるジルディアスの言葉に、メイスは一瞬むっとした表情を浮かべる。

 メイスの言葉に、俺は少しだけ考え込んでしまった。てっきり、魔王と対面するか何かして魔王の呪いにかかったものだと思っていたが、彼女の口ぶりだとどうやら違うらしい。まあ、この国から魔王の居城の距離を考えると、妥当なのだが、それでも何故、メイスらが魔王の呪いにかかっていたのだろう?


 考え込む俺をよそに、メイスは首をかしげてジルディアスに問う。


「そのさ、さっきから言っている、魔剣が言ったって何? まさか剣がしゃべっているの?」

「そうだと言っているが? おおよそ、持ち主に悪意を与えるタイプの魔剣なのだろう」

『めちゃくちゃ失礼なこと言っていないか?』


 思わずジトッとした目でジルディアスを睨む俺。ジルディアスは当然のように俺を無視すると、メイスに向かって俺を放り投げる。

 俺を受け取ったメイスはじっと俺を観察する。近づくと見てはいけないところまで見えそうで、俺は思わず悲鳴を上げていた。


『あー、あー、見えちゃう! 見えちゃうから! 前隠してくれよ!!』

「そこは役得ぐらい言わんか。童貞か貴様」

『童貞で何が悪い!!』


 俺に言葉に、ジルディアスは一瞬、ポカンとした表情を浮かべた後、露骨に同情するような表情を浮かべた。嘘だろお前、そんな顔もできたのか? 普通に腹も立つが、それ以上に『同情』の感情が理解できる表情を浮かべられるジルディアスに対する驚きが勝った。


 そんな俺の考えに気が付いてか、ジルディアスはその表情を無に戻すと、メイスに言う。


「一応その剣の気分にもよるが、へし折っても治るぞ。そら、ブレスで焼いてみろ」

『おい待て、もしかしなくともゴブリンの鉄板焼きの件、まだひきずっているな?! 絶対嫌だからな?!』


 叫ぶ俺に、ジルディアスは見事な外道スマイルを浮かべると、俺の言葉を捏造した。


「その魔剣も貴様のブレスごときでは何にもならんと言っているぞ?」

『ふっざけんな! ぜってえ痛いじゃん! 頼む、頼むからやめてくださいメイスさん!』


 俺の真剣な祈りが通じたのか、メイスは俺を見て一瞬だけ眉を顰めるも、肩をすくめてジルディアスに言う。


「この姿でもブレスを吐けないわけじゃないけど……でも、すると喉痛くなるし止めておく。返すよ。この棒きれでよくワタシの爪を切れたよね」

「この魔剣、無駄に魔力の通りがいいからな。適当に魔力を流すだけで、切れ味が良くなる」


 俺の刃先をジルディアスに向けて返すメイスに、ジルディアスは舌打ちをしながらメイスの手をはたいて柄をとる。まあ、普通に危ないから仕方ないな。


 そんなことをしているうちに、ようやく領主の団体がこちらに来た。

 完全武装で警戒しながらこちらに歩み寄ってくるヒルドライン子爵。でっぷりした体が部分鎧からはみ出て、ほぼ意味をなしていないように見えるが、まあ、ご愛嬌である。


「何用だ?」

「……それは、こちらのセリフだ。どういうことだ、勇者よ」


 ひきつった表情でそう問うヒルドライン子爵。その視線の先には、地に伏して気絶したレッドドラゴン。ジルディアスは軽く肩をすくめると、子爵に言う。


「見たままだ。状態異常に罹っていたドラゴンを光魔法で治しただけだ」

「__今まで、どこにいた?」

「そこのメスドラゴンで無駄足を踏んでいた」

「ワタシはメイス・ドラゴニア・エイリーンだ!」


 不名誉なあだ名に憤慨するメイス。しかし、ジルディアスは華麗にメイスをスルーすると、言葉を続ける。


「此度は町を破壊してはいないぞ? 山火事もあらかじめ雨を降らせて被害を最低限にとどめた。賠償責任を負う理由は無いな」


 既に雨が止んだ空には、雲の切れ目から太陽がこちらの様子をうかがっている。

 俺を鞘に戻したジルディアスはちらりとヒルドライン子爵に目を向ける。ヒルドライン子爵は、少しだけ気まずそうに目を逸らしながら、言う。


「……町の危機を救ってくれたこと、感謝申し上げる。昨日のことに関して、謝罪及び返金をさせてほしい」

「金は要らん。山が多少焼けた分に使え」

「山火事の復興に使ったとしても、余る。その分すら返金させてもらえないのかね?」

「ああ。旅に使う金は支度金だけで十分足りている」


 ジルディアスはあっさり言うと、そのまま宿に置いたままの荷物を取りに行くため、足を前に出す。そんなジルディアスを、ヒルドライン子爵は小さく呼び止めた。


「……金は要らないというなら、せめて謝罪だけはさせてもらう。昨日は済まなかった。貴殿をあの勇者とも呼べない下郎と同一視したこと、許されることだとは思っていない。申し訳なかった」


 そう言って頭を下げるヒルドライン子爵。どうやら、昔何かあったらしい。ヒルドライン子爵の言葉に、俺は思わずつぶやいていた。


『え? お前みたいな外道勇者、他にいるの?』

「喧嘩は言い値で買うぞ魔剣。今日はさほど消耗していないから、このままゴブリンの巣にでも殴り込みに行くか?」

『絶対やめろ!』


 額に青筋を浮かべ、小声で俺に凄むジルディアス。悪いが勘弁してくれ。返り血が付くだけで普通に不愉快だし、特にゴブリンは見た目が若干でも人間に似ているため、不愉快が少しランクアップしているのだ。


 しかも、昨日のことを忘れていないこの外道勇者は、おおよそ俺でゴブリン焼き肉を実現するはずだ。それだけは全力で回避したい。

 ぶつぶつと何やら話し合いをしている俺たちに、ヒルドライン子爵はさりげなく頭を上げると、言葉を継いだ。


「金品を受け取っていただけないというなら、従者はいかがだろうか? 我が街にも優秀な人員はそれなりにいるのでな。見たところ、貴殿は従者を釣れていないように見える」

「俺は従者などいらん。いたところで足手まといでしかない」

「……貴殿の実力なら、お世辞抜きでそうなのだろうな」


 ちらりと気を失ったレッドドラゴンに目を向け、独り言つヒルドライン子爵。実際、ジルディアスのイカレた二十四時間休憩なし移動についていける人間はおおよそ存在していないだろう。していたら俺はそいつを人間とは呼ばず、尊敬を込めて『化け物』と呼ぶはずだ。


 ジルディアスの言葉に、ヒルドライン子爵は少しだけ困ったように眉を下げる。今の彼には、昨日のような脅迫的な怒りは見えない。いっそ、どこか憑き物が落ちたような表情ですらある。


 ふくよかな腕を組み、悩むヒルドライン子爵に、部下の一人がそっと耳打ちをした。その報告に、ヒルドライン子爵は少しだけ驚いたような表情を浮かべると、ジルディアスに向き直り、眉を下げて口を開いた。


「すまない、勇者殿。先ほどの報告で知ったのだが、貴殿はとある平民に杖を貸しただろうか?」

「杖……? ああ、そう言えば、昨日の湯屋で小僧に杖を貸したな。忘れていた」

「それなのだが……」


 ヒルドライン子爵は困ったように眉を下げる。


「その杖なのだが、どうやら少年が破損してしまったらしい……」

【魔法の発動体に関する研究】


 魔法の発動体には、様々な種類がある。杖、本、魔法陣、指輪など、それぞれ魔法の詠唱を助けたり、魔力をうまく調整したり、物によっては魔力を増幅させる作用すらもある。

 そして、発動体にはおおよそ二種類の区別がある。


 一つは、永続型。杖や本、指輪などがそれらに値する。目的は、詠唱の補助や魔力調節などで、武器として破損することはあれども、発動体のおおもとさえ残っていれば、修復することができるものである。


 二つ目は、使い捨て型。紙に描いた魔法陣などがそれに値し、安物の杖や粗悪品の指輪もこの使い捨て型にしてあることがままある。魔石を発動体に組み込むことで、瞬間的な魔力の増幅を行い、文字通り魔力の発動体を使い捨てにして一撃を増幅させることに特化したものである。


 一応、永続型の杖にも魔力の増幅作用を組み込むことができないわけではない。しかし、使い捨てのものと比べてしまうと、どうしても瞬発的な出力に劣る。



 また、永続型の杖も、行使する魔力が膨大であるなど、魔力の出力に対して杖の耐久が足りない場合、使い捨て型と同様破損することがある。永続型の杖が破損する場合の多くの理由は、杖が劣化品であるなど、杖の方に問題がある場合が多い。

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