19話 勇者(笑)と聖剣(笑)
前回のあらすじ
・オルス「逃げてくれ!」
・メイス「お父さん……」
・少年「雨降らせた!!」
降り注ぐ雨が、傷ついた兵を癒す。しかし、それだけではない。
「グRuァa……!!」
不愉快そうにうなり声を上げる黒の竜。よく見ると、黒の竜に触れた水は、黒く汚れ、地面に滴っていた。どうやら、雨に黒が解かされているらしい。水に濡れ、黒も溶け出し、動きの鈍りだす黒の竜。
対するメイスは傷が癒えはじめ、調子を取り戻していく。本来、レッドドラゴンである彼女は、さほど水は得意ではないが、回復効果があるなら話は別である。ジリ貧の状況からかろうじて立ち直ったメイスは、荒く息を吐きながらかつて父だった怪物を睨んだ。
「ああああああああああああ!!」
メイスは絶叫しながらきりもみ回転し、黒の竜に鋭い爪で一撃を加える。黒曜石のような黒が砕け、血のように黒色のモヤがあふれた。手強い反撃に、黒の竜は低く唸り声を上げると、無理やり魔力を全身に回し、黒炎のブレスを吹きかける。
空気すら焦がす黒炎を大きく回避し、メイスはお返しとばかりに炎のブレスを返した。
当然、元々はレッドドラゴンであった黒竜に炎が効くわけはない。だがしかし、目の前を白にも近い光で覆われるという目隠しの仕事は十分に果たした。
瞬間的な光量に網膜を焦がされた黒竜はいら立ち紛れに目の前の空間に牙を立てる。まるでバスターソードのように太く切れ味のある牙は、高速飛行をしているメイスに掠ることも無く虚空をかみ砕いた。
空中で急旋回し、長い尾で黒竜の左わき腹を強打する。円運動と加速力で威力を底上げさせたその一撃に、黒竜の優位が揺らぎだす。
傷を負っても雨で回復するメイスに対し、黒竜は傷を負えば負うほど雨に打たれ弱るのだ。フィジカルの不利を上回る状況不利に、理性と知恵のない黒竜は上回るすべも、撤退の方法も思いつくことはなかった。
「ガrAァァぁア!!」
意味もない咆哮を叫びだしながら、黒竜は無茶苦茶に暴れる。振り抜かれた爪は何の意味もなく地面をえぐり、あてもなく吐き出されたブレスは空を黒く黒く焼き焦がす。あたりにまるで埃か何かのように飛び散る拳サイズの石に、黒の炎で肺が焼けてしまうほど熱せられた空気。
距離と小回りを利用して避けるメイスも、直撃すれば死を免れないようなこの状況に、冷や汗をかいた。
黒の竜の攻撃に当たって紅が先に死ぬか、紅が黒を上回るか。もはやだれも読むことはできない。少なくとも、この雨が止むまでは。
「……」
目の前で繰り広げられる竜同士の戦いに、アルガダはただただ見入った。そこに恐怖や畏怖はもちろんあった。だが、それ以上に、あまりにもありえない光景に、一種の神秘を感じたのだ。
戦いの余波で飛んできた熱波を、アルガダと魔術師たちは防御結界で防ぐ。傷ついていた兵士たちも動けるようになったのか、何人かは他の兵士たちの救護に回り始めた。
あわただしく動き出す人間たち。そんな中で、戦いを見守っていたアルガダ卿だけが、戦いへの乱入者……いや、正当な決闘者を認めた。
「……ともかく、両方地に落とせば問題あるまい? __誰が馬鹿だたわけが」
「……?!」
まるで誰かと話しているかのような独り言を吐く、美しくも不気味な男。物々しい防御魔法の刺繍が施されたローブを身にまとったその男は、一振りの聖剣を片手に笑みを深める。
「さて……覚悟は良いな?」
何に問いかけているかはよくわからないが、おおよそ空を我が物顔で荒らしまわる黒竜に向けられているのであろうその言葉。その姿は、勇者と言うにはあまりにも慈悲がなさ過ぎた。
アルガダ卿は、無意識のうちに喉をならしていた。わからない。彼が、本当に勇者なのか。わからない。彼が何をしたいのか。
次の瞬間、男はその聖剣をたたき折る。甲高い金属音とともに、砕けた聖剣の切片が空中に溶け落ちた。
不可解な行動をする男から、アルガダ卿は目が離せない。何故、自分の得物をわざわざ破壊したのだ? 何故、聖なる剣をへし折るなどと言う暴挙に出たのだ?
そんなアルガダの困惑をよそに、男は聖剣を納刀すると、指輪から剣を取り出す。分厚く、長く、鉄板のような、随分と重そうな両手剣。刃の鋭さで切断する、と言うよりも、刃の重さを利用して叩き切るという使い方が正しそうなその一振りを両の手でつかみ、男は笑った。
「__何だ、何なんだ、アレは……?!」
気が付けばアルガダ卿は、震えた声でそう呟くように言っていた。本当に、無意識に口から出た言葉だった。
雲は、少しずつ薄くなっていっていた。
飛んでいったメイスを追って、俺とジルディアスは全力で山を下っていた。流石に、竜の移動速度と人間の疾走では差がありすぎたため、ヒルドラインの町の前にたどり着いたときには、メイスと名乗っていた彼女が竜に変わった姿……いや、多分、竜の方が真の姿なのだろう……が、黒色の竜と戦っていた。
サアサア降り注ぐ雨の中、赤色の炎と黒色の炎が交差する。
ジルディアスは盛大に舌打ちすると、ぼそりとつぶやいた。
「逃がした竜か……」
『えっ? あの黒色の竜が?』
「ああ。ずいぶん見てくれは変わっているが、おそらくな。さて、さっさと殺すか」
『おい待て』
まるでさっさと宿題やるか、くらいの気軽さであっさりと言うジルディアスに、俺は思わず突っ込みを入れる。
俺の言葉に、ジルディアスはきょとんとした顔で、鞘から俺を引き抜く。頼むから「何言ってんのお前」って顔を止めろ。俺がおかしいみたいだろうが。
俺は深くため息をつくと、ジルディアスに言う。
『なんか事情があると思う。とりあえず、黒色の竜の方を止めるのでとどめたほうが良い』
「……? 馬鹿か貴様。止めるも何も、あの竜にもはや知性はあるまい。交渉などできぬぞ?」
あきれたように言うジルディアス。
……正直、あまりにも正論だ。だが、俺は聞こえていた。メイスがあの竜を「お父さん」と呼んでいた。つまり、今暴走している竜は、何らかの理由でああなっているのかもしれない。
俺は言葉に詰まった。
この世界の事情を、俺は知らない。この世界の常識を、俺は知らない。でも、聞こえていた。黒色の竜の悲痛な叫び声が。懇願にも似た絶叫が。
『早く、早く逃げてくれ!』
『今にも殺してしまいそうなんだ! 娘にだけは手をかけたくない!』
『痛い、痛い、痛い、痛い! 頭が割れそうだ!』
『頼む、頼むから、逃げてくれ、メイス……!』
崩れた咆哮に混ざる、血のにじむような絶叫。言語が理解できるがために、理解できる悲痛。これが聞こえてさえいなければ、俺はきっとジルディアスにそのまま力を貸していたかもしれない。でも、聞こえていた。
わからない。俺にはわからない。もはや何が正しいのか。
『……ジルディアス。あの竜に、まだ知性はある。でも、時間はあまり残されていない。助けられるのは、今が最後なんだ』
「……何が言いたい」
『できれば、あの黒いドラゴンを殺さないでほしい』
「……む」
ただの、懇願だった。そこに、説得力などなかった。
しかし、何かの気まぐれか、それとも何か思いついたのか、ジルディアスは俺を鼻で笑うと、言った。
「余りに馬鹿馬鹿しいな。説得力のかけらもない。理由もなければ、根拠もないなど、愚かにもほどがあるだろうが馬鹿め」
『……。』
まあ、そうだよな。あっさりと言われたその言葉に、俺は落胆を隠せない。当たり前なのだ。ジルディアスは、勇者である以前に一人の人間である。わざわざ自分が危険な目に合うと分かっていながら、くだらない選択をする理由はない。
……俺にできることは、ない。武器である俺に、使われるだけしかできない俺に、できることなど。
深く息を吐いて、俺はやるせなさを飲み下す。何で俺は、人間として転移できなかったのか。何で俺は、文字通り手も足も出せない存在でしかないのか。非情なまでの理不尽を、不条理を、ジルディアスにぶつけることもできずに、俺は胃の腑に落とした。
唐突に無言になった俺に、ジルディアスは眉を顰める。
「貴様、ついにただの剣になったのか?」
『……ただの剣になれたら、多分一番楽だろうなとは思う』
嫌味を言う気力もなくそう答えた俺に、ジルディアスは首をかしげる。
「何を言っている? 貴様は最初からただの魔剣だろうが。ついに目すらも悪くなったのか?」
『そもそも俺に目なんてねえし』
「そうだったな。だが、貴様にはあの黒の竜が見えているのだろう? 少なからず、俺とは違うように」
嫌味っぽいジルディアスの言葉。しかし、その言葉の中には、確かに何か、別の意図が宿っていた。意味が解らず、ただ、俺は空を見上げる。雨雲はだんだんと薄くなっていき、うっすらと太陽の日差しが見え始めてきている。
それでも、降り注ぐ雨の中、赤の竜と黒の竜は戦っていた。赤の竜は怒りと悲しみを、黒の竜は懇願と絶叫を空に吠えたてながら。
ジルディアスはニタリと笑うと、
「確かに、あそこまで空高くで戦っていれば、届かないように見えよう。馬鹿にも見えるように__ともかく、両方地に落とせば問題あるまい?」
不敵で、不遜な笑み。彼が見上げているのは、恐ろしい竜ではない。町を破壊する絶望でもない。ただ、彼に敵対する『それ』を見上げ、ジルディアスは美しく笑んだ。
『……! 話の分かる馬鹿だな!』
「誰が馬鹿だたわけが!」
俺もつられて笑いながらそう言えば、ジルディアスは吐き捨てるように言い返す。
二人は、空を見る。ヒルドライン街の外壁の上、天の下で戦う竜を見る。
そして、同時に笑った。
「さて、覚悟は良いな?」
ジルディアスが、俺に問いかける。俺は、小さく笑って言った。
『俺が言い始めたことだし、何回へし折られたって我慢してやるよ。__まだ、救える。いや、まだ救う。絶対に、助ける』
「__俺より勇者らしいことを言うな魔剣」
『勇者っぽくないって自覚はあったのか__痛ってえ?!』
俺がそう言った瞬間、ジルディアスは容赦のかけらもなく俺をへし折った。
景気良く響く破壊音。それとともに、ジルディアスのステータスが急増する。バフを終えた俺を納刀すると、ジルディアスは武器として馬鹿でかい両手剣を指輪から取り出した。
即座に復活のスキルを行使すると、それを見計らってジルディアスは俺に魔力をこよす。
『【ヘルプ機能】』
MPが回復しているのを自覚しながら、俺は黒の竜にヘルプ機能を行使する。
【オRUス・Dラゴniア・エiリーn】 Lv.???
種族:ドラGoン 性別:男 年齢:(読み込めません)
HP:(読み込めません) MP:(読み込めません) 状態異常 【魔王の呪い】(深度3)
STR:(読み込めません) DEX:(読み込めません) INT:(読み込めません) CON:(読み込めません)
スキル
(読み込めません)
『クッソ、全然わかんねえけど、状態異常に【魔王の呪い】ってかいてある!』
「魔王、魔王か」
俺の言葉に、ジルディアスは小さくつぶやくながら、大剣を構え、不敵な笑みを携えたまま空を睨む。
俺は再度ヘルプ機能を使い、魔王の呪いについて調べる。
『魔王の呪いは、魔王の切片を体に取り込んだものに起きる感染状態の一種である。深度は3段階あり、時間経過とともに魔王の配下に変貌する。__ああ、クッソ、解除の方法は何なんだよ!!』
脳裏に溢れる馬鹿馬鹿しい量の情報に、俺は思わず悪態をつく。調べて、眺めて、脳内で反芻して、ようやく一文を見つけた。
『最終深度である3に至る前であれば、光魔法によって解除可能……! 光魔法だ!』
俺に言葉に、ジルディアスは盛大に舌打ちをした。えっ? 何? いきなり機嫌悪くなった?