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18話 立ち向かう勇気

前回のあらすじ

・ハイネス教授「ミスター・ユージは魔力抵抗ゼロです」

・阿鼻教授「あれんの仕事を手伝うがいい!」

 錬金術の授業で俺が魔力抵抗ゼロという特異体質であると発覚した次の日。

 木漏れ日の差し込む山とも森ともつかないその場所で、俺は刻印を刻んだ箒を片手に顔を上げた。緑の木々の隙間から幻想的な色合いの鳥が見えた。……あの色合いは金属っぽすぎて、流石においしそうだとは思えない。


 分厚く丈夫なローブを身にまとったギルダは、ハイネス教授から貸してもらったネズノキの杖を胸に抱きしめながら不安そうに周囲をうかがっている。その後ろには、自分の体には合わない大きさのショートソードを携えたベルと、いつも通りの格好に指揮棒のような短いロッドを持ったエルフィンが付いてきていた。


 阿鼻教授から提案されたのは、錬金術の授業に使う素材の収集に、一年生では踏み入ることさえ許されない【賢者の森(ソーサレスフォレスト)】の特別探索許可を出すというものだった。


 緊張した面持ちで、しかし、どこか楽しそうに、吹き抜ける森の香りをまとった風を浴びながら、ベルは口を開く。


「しかし……すごいな、この森は。どこもかしこも魔力が満ちていて、息をするだけで体に生命力が宿るのを感じる」

「確かに、魔力が多いけど……その分、魔物も寄ってくるみたいだから、ベルは本当に気を付けてね。あと、ギルダさんも」


 ロッドを軽く振りながら、エルフィンは言う。


 今日の目標は、来週の講義に使うペガサスの羽根だ。

 ユニコーンならエルフの森で出会ったが、地域差なのか、ペガサスだからなのか、あそこのユニコーンほど女好きではないらしい。その代わり、対価となる物を要求してくるのだとか。


 そんなペガサスたちの求める対価のために魔石とポーション、それに、聖銀の装飾具を持ってきた。人間用の首飾りとかどう使うんだ、と、思わなくもないが、賢者の森のペガサスはどうもおしゃれが好きらしい。


 オリハルコンなど基本的に錬金術の素材以上に使ったことがなかったため、見事な金属彫刻の施された装飾品をちらりと見ながら、黙々と歩く。

 即死しなければ回復魔法で耐久出来るため、俺は前衛だ。なお、敵察知能力は低いので、その辺は水の加護を持っているエルフィンに任せている。生物は体の大半が水分なので、森の中なら察知できるらしい。すごいね。


 どこかはしゃいでいる様子のベルは、森の木々を見上げて言葉をつぶやく。


「すごいな。__外だ」


 そう言って笑うベルに、エルフィンは肩を竦めて言う。


「賢者の森の探索は、大学生の二年生から許可されますからね。街中ならともかく、ソフィリア周辺は高レベル帯の魔物が多いですし……僕たちは本来ならまだ探索できないんだ。レベル上げも兼ねて、しっかり勉強しようか」


 木漏れ日で淡く透ける茶色のくせっ毛を揺らし、エルフィンはベルは言う。正直、対人戦ならレベル差があろうともなかろうとも首だとか心臓だとか致命傷になる個所を狙えばそれまでのため、レベルより技能とその熟練度が重要になる。

 しかし、対魔物となると、そうもいかない。


 人類では自前の筋力で魔物の防御力を上回ることができない。非力な肉体では、数の多いスライムにすら勝てない可能性がある。

 それをひっくり返すのが、レベルだ。


 レベルが上昇することで、人類のステータスは上昇し、生物の持つ防御力を上回るだけの攻撃をすることができる。同時に、喰らったら死にかねない攻撃を耐えるだけの耐久力を得ることもできる。俺は無理だが、人によっては魔法への耐性も得ることができるらしい。

 もちろん、急所や弱点を狙うことでレベル上の魔物に下克上を果たすことも無理ではないことは無理ではないのだが、正直それが実現するより先に攻撃が通らず死ぬのがオチだろう。


 そして、レベルは魔物狩りで向上させることができる。ステータスは筋トレや日々の生活で上げることはできるが、低レベルのうちはレベル上げでステータスを上げる方が効率が良いのだ。実際俺もそうしたし。


 レベル上げのための魔物狩りは、別に最後に倒した人が経験値を得るとかそういう仕組みではない。援護だろうが肉壁だろうがどんな形であれ戦いに貢献していれば経験値は得られる。筋トレや勉強と同じように、『いつの間にかレベルが上がっていた』という感覚が強い。

 プレシスでは兵士や戦士でない民間人の平均レベルは地域により多少誤差はあれども20歳まではレベル×1.5くらいが目安らしい。そして、それ以降は特にレベルを上げることもなく一生を終えるのだとか。


 なお、ソフィリア大学の学生の平均レベルは45。魔法分野のスキルレベルを上昇させるために、卒業時には50を超える学生も多い。俺は転生した後にシスさんにレベリングを手伝ってもらったので、現在のレベルは72だ。そして、教師陣は平均80だ。肉弾戦を行っているイメージのないアレン師匠でさえ75レベルである。つっよ……


 ともかく、今回の賢者の森探索は、レベル上げも兼ねている。

 正直俺単独なら死なない程度にゾンビ戦法をすればいいのだが、ほかの人がいるとなれば話が違う。特に、出発前に話を聞いた感じ、ベルの現在のレベルは10と年齢の割にレベルが低い。入学したてのギルダでさえレベルは35だ。同い年のエルフィンに至ってはヒルドラインで黒竜戦に参加し、多大な貢献をしたということもあり、37とそこそこ高い。


 ギルダとエルフィン以外はレベルに差がかなりあるため、戦闘は注意して行う必要があるだろう。


「一応戦闘前に整理しておくか……。エルフィンが得意なのは水魔法、接近戦は基本無理だったな?」

「うん。熟練度の差で剣術ならベルの方が強いよ。ただ、レベルのこともあるから、あまり前線に出過ぎない方がいいとは思うけど……」

「私は剣術のレベルは高くないが、父に手ほどきを受けているから、熟練度はある。魔法は得意でも下手でもないが、レベルが足りないから火力として貢献することは難しいだろうな」


 エルフィンの返事に重ねるように、ベルはショートソードを撫でて言う。見た感じ結構質のいい剣だ。年齢の割に低すぎるレベルといい、ベルには何らかの事情があるのだろう。


 ギルダはややおびえながらも、杖を片手に口を開く。


「私は錬金術と土魔法が得意です。一応、ストーンジャベリンなら使えるので、ある程度の攻撃ならできます。今日のためにいくつか薬を持ってきたので、必要そうなら声をかけてください」

「ありがとう、ギルダさん。俺は光魔法と風魔法。体術も教えてもらったから、負傷はするかもしれないけどできる」


 各自の得意分野を確認し、俺は少し考える。そして、結論を口にした。


「とりあえず、俺とベルが前衛、二人に後衛を頼もうか。俺は光魔法使いだから、よっぽど敵がやばくない限りフォローできるし」

「えっ?! そ、その、ベルは僕と一緒にいた方が……」


 表情をひきつらせるエルフィン。ベルも少し驚いたように目を丸くした。


「そ、その、私はレベルが低いから……レベリングなら一応水の回復魔法が仕えるから、そう言ったことで補助をすれば……」


 左手の中指に着けた銀色の発動体を見せながら、ベルは言う。その言葉に、俺は思わず首を傾げた。


「でも、君は剣術の方が得意なんだろ?」

「だ、だが……」


 淡い青色の瞳に、陰りと動揺が混ざる。言葉を濁したベルは、剣と俺の顔を交互に見ている。エルフィンも困ったように眉を下げている。


 確かに、ベルは社交学の勉強を免除されていることからも、要所要所で見える洗練された立ち居振る舞いからも、高い身分の出身なのだろうことはわかる。もしかしたら、体に傷を負っていい身分ではないのかもしれない。


 それでも、俺はベルの方を見て笑って言った。


「安心してくれ。君の剣術の技術は、エルフィン君が保証してくれているんだろ。俺みたいに平和ボケしてそもそも戦い方さえ知らなかったわけじゃないだろうし、何よりも実践はいい経験になる。俺じゃ手本にならないけど、前衛できると、やっぱり大切な人を守れるような気がするんだ」


 ふと、何かの気配を感じて、俺たちは森の中を進む足を止める。ギルダはびくりと体を揺らし、小さく悲鳴を上げて杖を強く握る。エルフィンは短いロッドを右手に構え、前を睨み口を開く。


「前から3体、何か来る!!」


 めしり、と、木のきしむ嫌な音が響く。

 俺の後ろを見たベルは、恐怖と緊張で表情をひきつらせ、それでも、剣の柄に手をかける。一気に戦闘態勢になった三人に、俺はふと俺のレベリングの時を思い出した。


 シスさんを守るためだとか、ジルディアスにうっかりで殺されないためだとか、まあいろいろあったけど、やっぱり、一番は__


「戦いたくない理由が『死にたくない』ってんなら、問題ないと思うぜベル君」


 ひりつくような殺気を背中に感じる。首だけ動かして視線だけで背後を確認すれば、そこにいたのは雄々しい角を生やした狼。黒にも茶色にも見える薄暗い毛は逆立ち、開かれた大口には鋭い牙が。ぎらついた視線は背中を向けた俺のうなじを射抜くように向けられている。


 そんなオオカミが俺の後ろに三匹と、逃げ道をふさぐためか俺の視線の先にやや大きめの個体が一匹。人数と同じ敵の数だが、乱戦になると致命傷になりかねない。


 囲まれたのに気が付いたギルダは、小さく悲鳴をあげながらも声を出す。


「フォレストウルフです! 前三体、後ろに一体います、戦闘準備を!!」


 ぐ、と、歯を噛みしめて剣を構えたベルは、後ろの一回り大きい狼の方と対峙することを選択し、宣言した。


「後ろは私が食い止める! ユージさんは前の三体の足止めを! フォレストウルフならエルフィンが確実に倒せる!」


 そう言った彼の瞳には、恐怖も混ざっていたが、確かに決意も宿っていた。

 戦意は十分、力量も十分。人数も十分。俺を差っ引いても負ける確率はあまりに低い。


 右手に持っていた箒をそのままに、刻印の刻み込まれた左拳を握り締め、俺は言った。


「君以外は回復手段がある。ベル君以外が負傷しても、君が負傷しても、即死じゃなきゃ問題ない状況だ。__安心してくれ、俺は祓魔師だ。腕が吹っ飛んでも下半身が消えてても生きてさえいれば、君を死なせはしない。もちろん、ギルダさんもエルフィン君も、な」


 気が付けば、俺の口元には、まるで悪役みたいな不敵な笑みが浮かんでいた。




 ベルは恐ろしくも頼もしい恩田の言葉を聞き、表情をひきつらせながらも身の丈の合わない大きさのショートソードを構える。


 死ななければ回復できる。

 彼は簡単に言ったが、その言葉一つで乗り越えられるほど恐怖の壁は低くはなかった。


 低いうなり声。地面を駆る足。大口から見える牙の隙間から息遣いさえ聞こえるような気がする。身に迫る死への恐怖は、息苦しくなるほど鳴り響く心臓は、間違うこともなく生理的なそれで。


 背中に感じられるエルフィンの気配は、緊張こそしていても恐怖を覚えている様子はなかった。怖がっているのは、己とギルダだけだ。

 迫りくる巨体なフォレストウルフ。構えた剣が、恐怖で迷う。


 それでも。

 それでも、何故か、負けたくないというプライドが、心の底に浮かんだ。誰に負けたくないのか、何に負けたくないのか、ベル自身にはわからなかった。


 迫りくる恐怖を睨み、ぐ、と、柄を強く握りしめ、少年は叫ぶ。


「ここは、通さない……!」


 声に出すと、何故か、足が前に出た。

 恐怖で動きにくかったからだが、ぎこちなくとも動いた。


 同時に、背後でエルフィンが魔法を詠唱する気配を感じた。

 そこでようやく、ベルは凍り付きそうになった思考が動く。


__エルフィンの魔法詠唱を中断させないために、ここを通しちゃいけない。それなら、もう少し前で戦わないと!


 戦う決意と冷静な戦略が前後しているのを自覚しながら、少年は迫りくるフォレストウルフに近づくよう間合いを詰める。恐怖は間違いなくあった。それでも、動けた。


 牙を向けてとびかかってきたフォレストウルフ。奥歯を噛みしめ、剣を振りかぶる。そして、己のスキルレベルでギリギリ使用可能な剣術を行使する。


剣術(ソードスキル)三の技【両断】!!」

「ぎゃんっ!!」


 響く獣の悲鳴。

 振り抜いた大ぶりの縦一線は、フォレストウルフの肩口を浅く切り裂き、大柄な恐怖に少なくないダメージを与えた。


 握りしめすぎていた手が、びりびりとしびれる。

 スキルを使っていながら、確かにフォレストウルフの硬さを理解した。間違いもなく、己とフォレストウルフのレベルの差を感じる。本来なら、ベルの力量だけではダメージさえも与えられないとわかってしまった。ダメージが通ったのは、あくまでもスキルがクリティカルヒットしたから、そして、武器が良かったからに過ぎない。


 それでも、確かに立ち向かえたフォレストウルフを見て、ベルは心の中の恐怖の壁が、低くなるのを理解した。


 攻撃が当たった。ダメージを与えられた。__恐怖に立ち向かえた。


__戦える。私は、無力じゃない!!

「エルフィン! 後ろのフォレストウルフは通さない!!」


 バクバクと響く心臓をそのままに。まだ残る恐怖を振り払うために。ベルは、腹の底から声を出し、警戒心を持ってこちらを睨んでくる大柄なフォレストウルフと対峙した。


 その声を聴いたエルフィンは、小さくうなづいて呪文の詠唱を完成させた。


「多重展開、水魔法第5位【ウォータージャベリン】!!」


 魔力から紡ぎだされた4本の鋭い水の槍。現れた魔術に、フォレストウルフは目を見開くも、ここまで近づいてしまえばもはや逃げることもできないために、とびかかるしかない。

 一拍遅れてギルダの詠唱も完成する。


「土魔法第2位【ストーンブラスト】!」


 迫りくる前三体のフォレストウルフに、手のひらに収まるくらいの小石が10個ばかりすっ飛ぶ。いくつかあらぬ方向へ飛んだものの、小石にぶつかったフォレストウルフは小さく悲鳴を上げ、迫りくる勢いを緩めてしまった。

それが、フォレストウルフたちの最後だった。


 展開された四つの水の槍が、容赦も情けもなくフォレストウルフの腹を、頭を、射抜く。

 ベルの対峙していた大柄なフォレストウルフも、水の槍に首を貫かれていた。


 四つの断末魔と水の飛び散る音が響く。

 それも長くは続かず、一拍遅れて、エルフィンの安堵の息遣いが聞こえた。


「よ、よかった。ちゃんと当たった……」


 エルフィンのその言葉で、ベルもギルダも張り詰めた緊張の糸がぷつりときれた。

 抱きしめるように抱えていた杖から力を抜くギルダ。ベルもまた、首に大穴を開け、命のないフォレストウルフを前に、構えていた剣を下ろす。


 そんな時だった。


「まだ油断するな! 【ファストバリア】!!」


 鋭い恩田の声。同時に、展開された金の結界。三人が反応する暇もなかった。


 ズドン!!


 小さな揺れと、すっ飛んできた石の槍の群れ。結界はひび割れることもなく石の槍を受け止めた。


「け、気配はなかったのに……?!」

「石に水分がないからだろうな……! 下手人は上だ!!」


 茫然とするエルフィンに恩田はそう言ってバリアを展開したまま左手の刻印でライトジャベリンを一つ紡ぎだし、木の上に向かってすっ飛ばす。

 光の槍は、木の枝にとまっていた金属質の色の鳥を焼き殺す。命のない焦げた鉄色の鳥が落ちてくる。


 それを見たギルダが、目を丸くして言う。


「アイアンチック……小さな見た目ですが、強力な土魔法を使う凶悪な鳥です……」

「ああ、そんな名前だったのか。固そうな見た目だったけど、ちゃんと攻撃が通ってよかった」


 気の抜けるような声でそう言った恩田は、バリアを解除すると、落ちてきた焦げた鉄色の鳥……アイアンチックの死骸を拾い、笑って言う。


「じゃ、戦利品の回収して先に進もう。ペガサスの生息域はまだ少し先だったし」


 そんな恩田の姿を見て、ベルは茫然とすることしかできなかった。

【フォレストウルフ】

 多くの森に住む狼。賢者の森にいる個体は知性が高いらしく、子供や弱い相手を狙うため、引率の教授は割と注意がいる。普通の森なら生態系のトップに位置することが多いが、こと賢者の森においては知恵とチームワークでなんとか生き残っている枠である。


 上位個体でなければ魔法を使うこともないため、焦らず対処すれば大体の場合勝機があるが、賢者の森にいる魔物は別にフォレストウルフだけではないため、集団戦が終わったからといえどもすぐに油断してはいけない。

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[一言] ずっと楽しみに見させてもらってます! 更新止まってしまって寂しい…
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