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17話 特異体質()

前回のあらすじ

・初めてのポーションづくり

・ハイネス教授「とりあえず作ってみてください」

・なんかポーションが爆発した

 エンチャントを行った瞬間、爆発したビーカーの中身。

 茫然とするアレン師匠と中身をもろにかぶってバカみたいな悲鳴を上げる俺。騒然とする実験室の中で、冷静に動いたのは、ハイネス教授だった。


「光魔法第一位【ヒール】! アレン、負傷者の確認と薬剤の確認をなさい!」

「お、おう!」


 反射的に返事をするアレン師匠。周りの生徒たちも落ち着きを取り戻し、箒を取りに行ったり雑巾を持って机をぬぐい始めたりと動き始めた。

 ガラス片ががっつり頬をえぐったため、綿のシャツの襟が汚れた。とりあえずヒールで回復しておいたが、それ以上に爆破のショックがでかい。何で? 俺、刻印は結構うまくできているんだけど……?


 肉体面のダメージより精神面のダメージのでかい俺を放置して、アレン師匠があきれたように聞いてきた。


「お前さん……刻印が行けたから錬金術全般ができると思っていたが、調薬は絶望的に才能ないな……」

「マ? スキル的に錬金術と刻印って同じじゃねえの??」

「いや、同じだから、大体の錬金術師は得手不得手はあっても調薬も刻印もできるぜ? 俺も石化解除薬くらいまでなら調薬できるし」


 アレン教授はそう言って周囲の学生を見て回る。ビーカーが砕けて散らばったが、負傷者は至近距離で作業していた俺くらいしかいないらしい。ビーカーの中に入っていた薬品も、既に黒ずんでおり、見るからに薬効は皆無そうだ。


 興味深そうに、それでもどこか頭が痛そうにこめかみに手を当て、ハイネス教授は呟く。


「しかし……近年まれにみる大失敗ですね。【定着(フューザー)】ができないとなると、残りの授業は筆記が中心の座学形式となります」

「も、もう一回やってみていいですか? 刻印でも爆破して失敗してたんで、調薬ももう一回やれば……」

「……加熱した液体だと危険なので、水に対し【定着(フューザー)】を行使してみてください」


 こめかみに手を当てたハイネス教授が、そっと金属製のグラスに入った水と砕いた魔石を俺のいる班の机の上に置く。

 ……なんとなく悪い予感のした俺は、周囲にバリアを展開する。そして、作業ができるよう黄金の壁の中で、【定着(フューザー)】を行使する。


 水の中に砕けた魔石が触れたその次の瞬間、再度閃光が走り、爆破が発生した。


「っだ!! マジかよ、壊れた?!」


 黄金の障壁にぶつかった金属片と、机の上を濡らす熱湯。内部から圧迫されたように変形したもともと金属製のグラスだったそれは、無残にも粉々になってしまっている。水の中に入れた魔石は跡形もなく消失していた。


 魔力はかなり控えめにした。光魔法でライトジャベリン生成するときよりも相当弱めているつもりだった。それでも、あからさまに調薬を失敗していた。

 それを見たハイネス教授は、困ったようにため息をつき、口を開いた。


「魔力の込めすぎ……というわけではないですね。若葉には心苦しいのですが、才能がないというほかないです。おそらく、魔石を媒介にした調薬そのものが不可能なのでしょう。材料を加工することはできるようなので、効力の弱い薬剤は作ることができますが、薬師として活動することは……絶望的でしょうね」


 目を伏せてばっさりと言い切ったハイネス教授。……マジで? 俺、ソフィリア学園に来た目的の半分くらいは調薬学ぶためだったんだけど?


 茫然とする俺に、アレン師匠が慰めるように声をかける。


「ま、まあ、刻印ができて調薬ができないってのは珍しいといえば珍しいが、いないわけじゃねえから……」

「……しかし……。いえ、まあ、よいでしょう。若葉……いえ、ミスター・ユージ、後で私の教員室にいらっしゃいなさい。錬金術の初級授業用にテキストをお渡しします。調薬の講義の際には、後程お渡しするテキストからレポートを作成して提出してください」


 少しだけ考え込んだような表情を浮かべたハイネス教授だったが、彼女はそういうと、さっさと教壇に戻り、講義を再開する。

 最初はざわざわとしていた学生たちも、すぐに興味を失ったように自分たちのビーカーに目を向ける。声も出せないほど茫然としていたのは、ただ、俺一人だけだった。


 ……結局、優秀な同級生たちの中で、調薬ができなかったのは、俺以外誰もいなかった。




 魔道具制作基礎学の後。

 嬉しそうにビーカーを持っているギルダとともに、俺たち二人はハイネス教授の教員室……つまり、研究室棟へと足を踏み入れた。


 ハイネス教授の教員室は、アレン師匠のように刻印で魔改造されている……ということはなく、入り口にドライフラワーとネームプレートが飾られているだけの単純な扉だった。いや、アレン師匠は学園長からキレられていたらしいし、彼が特異なだけだろう。


 ギルダは教員室の扉をノックし、優しい老女の返事を聞いてから扉をそっと押し開ける。扉を開けると、ふわりと乾燥した葉っぱの匂いや粉っぽい薬の匂いが鼻をくすぐった。


 部屋の奥、大きな木製の机に書類を並べ、ペンを動かしていた老女は、俺とギルダの姿を見て、羽ペンをペン立てに戻した。そして、優しく笑顔を浮かべると口を開いた。


「ようこそいらっしゃいました、ミス・ギルダ。ミスター・ユージは申し訳ありませんが、少々お待ちなさい。鑑定だけなのですぐにすみます」

「あ、はい。大丈夫です」


 丁寧なあいさつに、俺は反射的に返事をする。

 上品なレースのカーテンが夏の風で揺れている。アレン師匠のように天井まである本棚が壁を埋めてはいるものの、彼の部屋ほど雑然とした感じがないのは、書類や本棚、素材類がきちんと整理してあるためだろう。

 素材の保全のためか、一部の棚は遮光ガラス製の引き出しや素材の入った密閉瓶が埋め尽くしているが、すべて定期的に手入れされているのか、埃をかぶっている様子はなく、どれもきれいだった。


 書類を伏せたハイネス教授は、ギルダの持っているビーカーを受け取ると、少しの間それを見て、笑顔でうなづいた。


「よく頑張りましたね、ミス・ギルダ。このポーションは中級ポーションと同程度の回復量があることが確認できました。よって、同講義で上級講義内容を履修することを認めます。ただ、単位は変わりませんよ?」

「はい! 大丈夫です!!」


 ハイネス教授の言葉に、ギルダは嬉しそうにぎゅ、と、手を握る。俺は思わず、二人に声をかけてしまっていた。


「えっ、普段使い用のポーション材料から中級ポーションが作れるんですか?」


 俺のそんな疑問に、ハイネス教授から褒められてうれしそうなギルダが答える。


「ええ。ポーションは要するに、薬効を抽出して効果を錬金術で定着させたうえで強化を施したものですから。取り出す薬効を最大量にして、強化を最大限施せば、練習用ポーションの材料でも中級程度には効果を引き上げることができます。……まあ、効率が悪すぎるので、商業用のポーションは大体チコリ草よりも薬効の強いものを使っていますが」

「へえ……なんかすごいことはわかった!」

「……ミスター・ユージ。元気が良くて大変よろしい。調薬を学んだことは一切ないことが分かったので、課題は調薬の基礎から行うように」


 アホっぽい俺の返事に、ハイネス教授は困ったように笑顔を浮かべて言う。ジルディアスよりも生易しいのが逆に心に来る。あと、これでも一般教養程度には薬学も学んだよなぁ……


 俺がそんなことを考えていると、ハイネス教授は少しだけ考え込んでから、口を開いた。


「……そう言えば、ミスター・ユージにお伝えすべきことがあるのですが……正直、影響するかもしれない範囲から信頼のおけるミス・ギルダにも聞いておいてほしいことがございまして。いいですかね?」

「えーっと……ものにもよるんですが。出身地がどうこう、って話なら、まったく気にしていないですけど……」


 壁際の棚に並ぶガラスの中に閉じ込められた、葉っぱや花びら、骨のような何か、きらきらと輝く石ころに、その他もろもろ。どれもこれも、きっと薬の素材なのだろう。

 朗らかに笑んだ老女は、つや気の少ない緑のおさげをかすかに揺らし、口を開いた。


「いえいえ、そちらではないですよ。ジルディアスさんの父のアルバニアの教師でしたからね。彼もまたなかなかやんちゃな子ではありましたが……いいえ、話を戻しましょうか。貴方の体質の話です。アビ教授から伺ったのですが、ミス・ギルダとはよく一緒に行動しているとのこと。ミス・ギルダは薬師志望とのことですし、もしもの時、適切な治療を施せるようお話しておきたいのですが……」


 少しだけ懐かしそうに言うハイネス教授。彼女の言葉を聞いたギルダも、どこか緊張したような、それでも若々しい興味心を隠せず、俺の方を見る。

 少し悩んだが、正直、なんとなく察するところがあったため、俺は無言で首を縦に振った。


 俺がうなづいたのを見たハイネス教授は、コホンと一つせき込みと、言葉を紡いだ。


「ミスター・ユージ。貴方は、先天的に魔力耐性がゼロ……いえ、むしろマイナスと言えるでしょう。魔力抵抗が全くない物質について、何十年と生きてきた私でも聞いたことがございません。……まさか、人体でそんなことがあり得るとは、思ってもいませんでした」


 老女の瞳は、憐憫と、同情と、同時に研究者として伏せきることのできなかった探求心で輝いている。


「刻印を行うにあたって理想物質と言える、魔力抵抗ゼロという特異体質。だからこそ、貴方はその体に刻印を刻むことができる。魔力抵抗ゼロなら体に魔力をため込むことができず即死してしまいかねないのに、貴方はこうして生きている。私は、それが不思議でなりません」

「えっ、魔力ないと人って死ぬのか?! せいぜい動けなくなる程度じゃ……」

「重度の魔力不足は命にかかわりますよ! 魔力は命の源なのですから!」


 間の抜けた俺の言葉に、ギルダが顔を真っ青にして答える。マジ? 俺、イリシュテアでアルフレッドのMPパクって勝ったんだけど、あれ結構危なかった感じか?

 ちょくちょくジルディアスからもMPを強奪していたのを思い出す。あれ結構まずい感じだったのだろう。そう言えば、MP譲渡ってほとんどやっている人見たことなかったな……


 清潔でどこか薬のあの粉っぽくも甘い匂いのする教員室の中。茫然としている俺に、ギルダは眉をしかめて困ったように口を開く。


「ハイネス教授。魔力抵抗ゼロっていうことは、魔法攻撃の影響をダイレクトに受けるのでは……?」

「ええ、そうですね。ポーションを生成できなかったのも、魔石を溶かす際に定着するための呪文の効果が暴発したからでしょう。……なので、魔法全般と、スキルを行使した物理攻撃および魔道具による攻撃、そして、魔力撃が弱点になることでしょう」

「ほぼ全攻撃が弱点じゃないっすか! てっきり魔法だけかと思ってたんですけど?!」


 ハイネス教授の言葉に、俺は思わず叫ぶ。いや確かに、基本的にどんな攻撃もバリアで防ぐかHPで受けてヒールで治して耐久してたけど! ジルディアスでさえ弱点は光属性一つだけだぞ!?


 ギルダはひきつった表情を浮かべ、ハイネス教授に問う。


「仮にそうだとすれば……今日の魔力飽和もユージさんには大ダメージになりかねなかったのですか……?」

「実際普通に負傷していましたからね。ヒールですぐに治癒していましたが、出血を伴う負傷をしていましたよ」

「わ、わぁ……」


 茫然と声を漏らし、俺の方を見るギルダに、俺は思わず言い返す。


「いや、普通にあんな爆発の一番側にいたら怪我するっての! 割れたガラスも吹っ飛んできてたし!」

「い、今までよく生きてましたね……」

「本当にそうですよ。多少魔力が濃い空間にいてもかなり危険なのでは……いえ、魔力が貫通するなら、まったく効果はないですかね……体内の魔力はどう感じられますか? ヒールは効果があるようですが、魔力が貫通するなら回復効果を発揮しない可能性も……いえ、刻印を発動体に魔法を発動できているなら、魔力は体の中を循環している?」


 ガチ考えモードになっているハイネス教授と、涙目で心配しているギルダ。このカオスな空間は、体育学で力加減を間違えたのか、血まみれの学生を小脇に抱えてかけ込んで来た阿鼻教授によって崩壊させられるまで続いた。あとから「魔道具壊したら言えっつってんだろ、クソジジイ!!」と、アレン師匠の怒声が追いかけてきている。


 というか、二人ともナチュラルに実験体にしようとするの、普通に物騒なんだよなぁ……




 負傷した学生を手早く治療し、阿鼻教授から逃げるように教員室から走って逃げていった少年に手を振って見送るハイネス教授の後ろで、阿鼻教授は弱体化の刻印がなされた鎧をアレン師匠に直してもらっている。ハイネス教授の教員室も、アレン師匠同様来客用のいすや机がある。とはいえ、見事な装飾の机に無骨な鎧を置くわけにもいかず、壁際にあった加工用の金属机で作業は行われている。刻印用のインクや金属加工用の器具が置いてあるあたり、いつも教員同士でこうやってやり取りをしているのだろう。


 アレン師匠の正論に近い小言を聞き流し、阿鼻教授は俺を見て言う。


「さて、先ほど聞いたが、裕次郎。貴様は特異体質だったか。魔力抵抗ゼロなら、貴様自身を発動体にでもできてしまいそうだな」

「つっても、実際俺は聖剣(発動体)でしたし……今は人間ですけど、刻印で魔法発動できてるんで、他人に発動できないってことはまあ、ないんじゃないんすかね?」

「聖剣か……あれは魂ごと切るからな。切られるとそこそこ痛いのだ」

「阿鼻教授勇者と戦ったことあんのかよ」


 赤と黒の混ざった瞳の奥に、郷愁の感情をたたえながら言う阿鼻教授に、俺は思わずこめかみを抑えた。マジでこの教授、何で人族側にいるんだ?

 俺の視線に特に気を使う気もないらしく、阿鼻教授は言葉を続ける。


「そんなことはどうでもよい。重要なのは、恩田。貴様がまだ未成熟であり、伸びしろと成長する意思があるということだ。というわけで貴様、あれんの仕事を手伝うがいい!」

「ちょっと待ってくれ、マジでわからん」


 なぜかぎこちないピースサインをしている阿鼻教授。茫然としているギルダ。突発性の頭痛のせいで深々とため息をついたアレン師匠。困ったようににこにことほほ笑んだハイネス教授。


 俺自身全くもって状況についていけなかったが、少なくとも、これだけは理解できた。

__また厄介ごとに巻き込まれそうになっている!

【魔力抵抗ゼロ】

 プレシスではありえない現象。刻印の理想物質として仮定されることが多い。要するに物理学で言う摩擦ゼロみたいな、現実にはそんなことがあり得るわけがないが、学術的に想定される状態。

 なお、恩田が魔力抵抗ゼロの理由は、元聖剣だったからではない。


 __恩田裕次郎がもともと生きていた世界には、魔法という概念は存在しえなかった。当然、そんな空間に魔力などというものはなく、魔力がないなら、そもそも魔力抵抗などという無意味な体制も存在することはないだろう。

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