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17話 空を仰げ、天を見上げよ

前回のあらすじ

・アルガダ・ヒルドラインの過去が判明

・赤の竜が、現れた

 大きなレッドドラゴンに飛び蹴りをしたドラゴン。それは、一瞬はばたいて空中でバランスをとると、大きな比翼でレッドドラゴンに追撃を加える。


 ばき、とも、がつん、とも聞こえるような、重たい打撃音が城壁に響く。飛び蹴りで体勢の崩れていた巨大なレッドドラゴンは、無抵抗の内に攻撃を受け、痛みと怒りで絶叫した。


「グルァァァァアア!!」

「いい加減、目を覚ましてお父さん!!」


 そう叫ぶ小さいほうのドラゴン(メイス)。彼女は、再度攻撃を加えようと口を大きく開き、そして、次の瞬間空へ吹っ飛ばされる。砕けた数枚の鱗が、無残にも城壁の上に散った。


 巨大なレッドドラゴンが、小さいほうのドラゴン……メイスをその巨大な尾で弾き飛ばしたのだ。左わき腹に重たい一撃を喰らったメイスは、小さく悲鳴を上げる。


 新たな敵を認識した巨大なドラゴンは、低く唸り声を上げると、じろりとメイスを睨む。その瞳に、理性のような物は見えない。グルグルと低いうなり声が響き、巨大なレッドドラゴンの牙がむき出しになる。


 そして、次の瞬間、巨躯な赤竜は空へと舞い上がった。


 すさまじい勢いに、壁が少し崩れ、地面に使い物にならなくなった壁材をばらばらと雨のように降らせる。一時的にでも離れた絶望に、兵士たちは力が抜けたのか、その場に崩れ落ちる者が急激に増えた。


 アルガダ卿は、慌てて杖をつかむと、全体に回復魔法をかける。


「光魔法第4位【エリアヒール】! 全体、防御壁の用意を!!」

「は、はい!!」


 傷ついた兵士たちが癒え、ほんの少し、希望のような物が見えかかる。しかし、アルガダ卿は空を見上げ、顔をしかめるしかなかった。



 メイスは実の父親と対峙しながら、ただひたすら緊張していた。なぜなら、この手の戦いで父に勝てたことなど、一度もなかったからだ。


 巨大なレッドドラゴン……オルス・ドラゴニア・エイリーンは、メイスの士族の長であり、一族最強の戦士であった。彼の血を継いだメイスもまた優れた戦士だったが、オルスには一度も勝ててはいない。


 正気でないオルスは、彼らしくもなく技巧も戦いの精神もなく、本能のままに暴れまわっているだけだが、その力は優にメイスの全力を超えていた。


 ずきりと、父に殴打された脇腹が痛む。全力の手合わせでもなかなかにないほど、重い一撃だった。反射的に魔力を回して部分強化をしていなければ、既に戦闘不能になってしまいかねないほどに。


 メイスは深く息を吐き、オルスと向き合う。本能のまま唸り、牙をむくその姿は、まさしく『(どうほう)喰らい』そのものだ。

 そして、数分前まで自分もこうなりかけていた事実を思い出し、メイスは表情を歪める。何があったかはわからないが、気が付けば自分よりも圧倒的に格上な人間の男に殺されかけ、慌てて土下座をしていた。何もないところに向かって話しかけるような狂人だったが、強さだけは確かだった。


 ジルディアスのことを思い出し、一瞬血が引きかけるメイス。しかし、そんなことを考えている暇などない。


 オルスの全身から、炎が吹き上がる。放出される魔力と熱量に、メイスは表情を歪めた。


「……っ! お父さん……!」

「ガァァァアアアア!!」


 吠えるオルス。真っ赤な炎が周囲の酸素を焼き尽くしながら、彼を強化していく。いや、狂化(バーサク)と言ったほうが正しいのだろうか。なまめかしく燃え上がる炎は魔力を帯び、確かな殺意をメイスに伝えていた。

 こんな殺気、おおよそ実の親が子に向けるものではない。


 メイスは、歯を食いしばって覚悟を決めると、全身に魔力を回す。


 ずるりと血液が動くような感覚が全身に広がる。まるでとろけた溶岩が全身を駆けずり回るかのような感覚に、メイスは息を飲む。もし人族がこんなことをしてしまえば、瞬時に全身が沸騰し、即死していただろう。


 余剰魔力で朝日のようなオレンジ色の光を纏ったメイスは、高い咆哮とともにオルスとぶつかり合う。


 赤い炎が空に舞い、メイスは再度空へ舞う。しかし、今度は負傷はない。


「ガァァアァアアアアアア!!!」


 高く天に吠えながら、メイスは空中で姿勢を整え、隕石の如くオルスに突撃する。回転運動と重力、それに自分の加速を加えた尻尾の一撃が、オルスの頭蓋を強く打ち据えた。


 一瞬のインパクトの直後、今度は巨大なレッドドラゴンが地面に向かって吹っ飛んだ。


 地面へと叩き落されるオルス。防御すらせず、無防備なままに攻撃を受けた父に、メイスは表情を歪める。本来の父なら、こんな隙だらけの大振り、避けるかカウンターを差し込むかのどちらかで、地面に叩き落とされているのは自分であるはずだった。


「……目を、覚ましてよ……!!」


 あまりに弱くなった父に、メイスは涙ぐみながら言う。

 地面にクレーターを作りながら、倒れ伏したオルス。未熟な自分に、ここまで一方的に押し切られる父など、見たくなかった。誇り高き戦士から落ちぶれた父など、見たくなかった。


「ガァ……」


 弱弱しい鳴き声が、地面から聞こえてくる。聞き覚えのあるその声に、メイスは目を丸くして、遥か下の地面を見る。ふらふらとしながら、クレーターのそこで人に変わっていくオルス。


「お父さん……!!」


 竜喰らいなら、知能も理性もないため、人化の魔術は使えない。なら、自分の時と同じように、意識が戻ったのかもしれない。


 急いで地面に降り立ったメイスは、即座に人化の魔術を行使し、山で遭遇した狂人(ジルディアス)のマントを体にまとう。

 中途半端に人化したオルスは、まだ下半身と上半身のほとんどは炎がちらちらと見え隠れする赤色の鱗で覆われ、まるでリルドラケンと人間の中間のような姿になっているが、確かに、大きさは人間と大差ない。


 メイスは慌ててオルスに駆け寄り、その体をゆする。レッドドラゴンの身であるメイスは、炎などで身を焦がすことはない。


「お父さん、お父さん! よかった、目、覚ましたんだね……!」

「ガ、ァ……?」


 困惑したように薄く目を開け、ふらりと体を起こすオルス。そして、黒色のナニカを嘔吐した。


「ゲェっ……おぇ」


 どろりとした粘性の、地球で言うならコールタールのような、重たい液体。おおよそ、生物の体内から生成される物体ではない。どろどろとした液体を吐き出しながら、僅かながらに理性を取り戻したオルス。


 周囲を見回した彼は、すぐそばにいる己の娘の姿に気が付き、絶望したように叫んだ。


「逃げろ、メイス!!」

「何を言っているの、お父さん! 大丈夫、早く里に戻ろう」

「違う、早く、ここから離れろ……!」


 オルスがそう叫んだその瞬間。地面に散らばったコールタールのような粘液が、ずるりと波打ち、まだまともに動けないオルスに絡みついた。

 反射的にオルスに向かって手を伸ばすメイス。しかし、その手を父は弾いた。


「里に戻れ……! 水竜の村にこのことを伝え、俺を介錯してくれ!」

「そんな……?! 待ってお父さん、どうにかする方法はきっとあるから……!」

「無理だ、早く、これ以上俺が民を殺す前に、竜を喰らう前に、殺してくれ。ごめん、ごめんな、メイス。こんな情けないことを頼む父親で、ごめんな」


 まだ手を伸ばそうとするメイスに、オルスは魔術を展開した。


「火魔法第三位【ファイアーボール】」

「ぐぅっ?!」


 バスケットボールよりも一回りほど大きな火の玉が、メイスの下腹部を直撃する。火自体に効果はなくとも、その威力と余波で、メイスはクレーターのそこから吹き飛ばされた。


 そして、再度メイスがクレーターを覗き込もうとした、その瞬間。


「グruァァァァァァaaァァァァァAア!!」


 赤色の鱗を黒に染めた竜が、天に吠えていた。

【魔力強化について】

 魔力強化とは、幻獣、魔物などが用いる固有の技術である。体内に存在する魔力を全身に回すことにより、身体機能を強化するのを主な目的としている。


 しかし、魔力強化は基本、人族にはできない。

 理由としては、魔力の少なさ、濃度の希薄さなどがあげられるが、最も大きな理由は、体がもろいためである。


 魔力とは命であり、生命力である。そんな塊が体を少しでも移動したらどうなるだろうか。下手をしなくとも、魔力は一瞬で体を焼き焦がし、その命を無為に散らすことになるだろう。

 そもそも、魔力強化を行わずとも、強化魔法の類は多く、人族が魔力強化を行うメリットは皆無である。

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