14話 カツアゲ未遂と体育学
前回のあらすじ
・アレン教授の研究室にお邪魔する
・アレン「生体刻印、やってみたけど特異体質でもない限り無理じゃね?」
・恩田「マジ?」
ソフィリア魔法大学に入学してから数日。普通に講義を受けながら、アレン師匠の研究室に入り浸り、時々エルフィン君やアレン師匠に教授の評判を聞きながら、今季受講する講義を決めていった。
とりあえず、今季は週5毎日登校し、一日大体3講義程度。つまり、15教科だ。あとついでに放課後にアレン師匠の研究室に所属して単位のもらえる研究手伝いをするから、回収できる単位は16単位。これが前期だ。
比較的寒暖差のあるフロライトの夏とは異なり、ソフィリアは夏でもそこまで暑くはならない。少なくとも日本のようにじっとりと湿気ある暑さではないため、今いる中庭の木陰のベンチも、木漏れ日に熱は感じても冷たい紅茶を飲めば暑さは気にならない程度だった。
大学は夏季から秋季までの前期、冬季から春季までの後期の二期制で講義がわかれており、講義を受講するために前提必須習得単位もある。例えば、入学後早々に受講を決めた『魔道具作成基礎学』は後期に『魔道具制作応用学』、同じ時期である前期には『魔道具制作発展学』がある。魔道具応用学には魔道具基礎単位が、発展学には応用学の単位が前提必須単位であるため、最終的に受講したい講義の前提必須単位は早めに回収しておきたい。
俺はソフィリア大学の卒業後はジルディアスの下で働く気のため、働くときに必要な実技である錬金術関連の学問、防衛のための光魔法や魔法制御の学問、そして、対貴族の交渉に必須になる社交の学問の三つを柱に学ぶことにした。
参考までに、中等部の学生であるエルフィン君は魔法分野全般に興味があるため、錬金術や魔法学、ついでに実家の手伝いをできるようにするため経営学の部門も勉強しているらしい。どこかしらの貴族であるらしいベル君は帝王学、魔法学、経営学の三つが中心のようだ。ベル君は家で社交に関する事柄を学んできたため、社交学は勉強しなくてもいいらしい。
卒業には必修科目の単位の回収と、卒業論文の提出、総単位数100単位と何らかの応用学習得が2つ以上必要とのことだ。まじめにやっていれば平均して4年くらいで卒業する者が多いらしい。必須科目落としたり単位足りなくて留年する学生もちらほらいるらしいが。
一期生の必須科目は、魔法制御学と基礎社交学と体育学の三つ。魔法制御学は魔法を扱うことに慣れていない学生がまだいる可能性があるため、魔法暴走を防ぐために必修科目であるらしい。基礎社交学も大体似たような理由で、ソフィリア大学では貴族も平民も関係なく同じ講堂で勉学を行うため、言葉遣いや行動が理由で問題が起きないようにするため、王侯貴族の子弟や子爵以上の爵位を持つ学生以外は必修だ。体育学は……よくわからないけど、ガチガチの研究をするために引きこもる学生が多いからじゃないかな?
あと、留学生用にソフィリア語の講義もあるらしいが、そう言った語学系の学問に関しては俺には関係ないため、受講する予定はない。
必須科目は前期か後期のどちらかに必ず受講する必要がある。とりあえず社交学は最悪単位を一度は落としかねないため、三教科とも前期に入れておいた。学費も安くないし、受講できる時間にも限りがある。金もらって勉強させてもらっているのだから、勉学に励むべきだろう。学生生活を楽しむっつってもシスさんいないし……。
中庭の隅のベンチで昼食用に買ったアーテリア風のサンドをもさもさと食べながら、俺はジルディアスから送られてきた手紙を読む。大半が登校時のクレームであるため、手紙二枚分は斜め読みをして本題の書かれている三枚目の手紙に目を落とす。その一枚だけ、読めるには読めるが違和感を覚えた。
__読んだ感じ、セントラル語っぽくないし、多分暗号かな……諜報対策もしなきゃいけないのは大変そうだな。
俺は心の中でそんなことを考えながら、本文を読み進める。
『本題に入る。要件は二つだ。一つ、アベル殿下の保護はできたか? 発見していようといなかろうとも、校内に踏み入ろうとする不審者は確実に始末しろ。特に神殿暗部の連中は息の根を止めておけ。
二つ目。バルトロメイが姿を消した。結婚式以降監視をつけていたが、ゲイティスと接触して以降の足取りがつかめていない。ろくでもないことを企んでいるのは間違いないが、アレはセントラル王家の血筋に興味はないはずだ。俺を追い詰めるのにアベル殿下の生死は関係ない以上、殿下捜索の妨害行為を働くことはないだろうが、ゲイティスが何をするかわからない。気を付けておけ。
追伸、最近シスが対魔王のためとのたまって武器を更新し始めた。物騒極まりないからお前からそれとなく止めておけ。あの女、手持ちに余裕ができたからと言って二丁拳銃の出力をドラゴンの鱗を貫ける程度に上げていた。俺を何だと思っているんだあの祓魔師は。
あと余談だが、最近ウィルドが絵本をよく読んでいる。ソフィリアにいい本があったら送れ』
物騒極まりない本文とややほのぼのすればいいのかどうなのかわからない追伸に、俺は思わず眉間にしわを寄せる。
アベル王子の件に関しては、正直進捗はない。入学式のやらかしでジルディアスと親しい俺が学校にいるという事実は有名になっているため、アベル王子側からの接触をどことなく期待していたが、今のところそれらしい生徒を見かけられなかった。
ゲイティスやバルトロメイは……正直俺にはどうしようもない気がする。というか、ゲイティスの野郎、仕留められたとは思っていなかったけどフロライトから脱出できるくらいには余裕だったのか……。レベリングで割と強くなれていた気がしていたのに、ちょっとショックだな。
必修の体育の後の選択科目である『騎士学』の履修を検討しようかと俺が考えていると、ふと、中庭の中央を通り抜けるような渡り廊下のあたりが騒がしいことに気が付いた。
野次馬半分、警戒半分で顔を上げると、銀色の入学許可証の指輪を中指にはめた地味めな少女といつぞやのハーレム野郎の女中が何やらもめているようだった。
ソフィリア大学の学生であるらしい少女は、購買で商品を購入したばかりなのか、タグが付いたままの乾燥した葉っぱの詰められた瓶を両手でぎゅっと握りしめ、こわごわと、しかし、きっぱりと言った。
「__ですから、魔道具制作学の素材はお渡しできません! 明日の講義で必要なんです! 急ぎで必要なら、学生課に相談してください!」
「いいからそれをよこしなさいって言っているじゃない! ミハイル様が必要だとおっしゃっていたのよ?! まさか貴方、ミハイル様がシド王国の王太子様であることを知らないのかしら?」
けばけばしい化粧をした紫髪の女中はヒステリックにそう叫ぶと、栗毛色の髪の毛をみつあみに編み込んだ地味めな彼女の手から瓶をひったくる。
なんというか、あんまりにもあんまりな状況に、俺は止めるとか制止するとか全く考えられず、茫然としてしまった。マジか。マジでこんなことあるのか。
おいて行かれた思考とは裏腹に、割と体はスムーズに動き、俺は手紙をポケットの中にねじ込み、その場から立ち去ろうとする女中に声をかけた。
「なあアンタ! 明日の魔道具制作学の必須素材は『チコリ草』で、アンタが持ってんのは必須じゃない方の『乾燥べファーリーフ』だぞ! チコリは乾燥状態のやつ使わねーぞ!」
俺がそういうと、女中は吐き捨てるように言った。
「ハァ!? つっかえないわね!! じゃあいらないわよ!」
そう言って彼女はタグも見ずにその瓶を中庭の方へと投げ捨て、さっさと歩いていく。なにあれ。嵐か何かか?
茫然としている地味めな少女。かける言葉が見当たらず、俺はとりあえず中庭に向けて投げ捨てられた瓶を拾い、タグを確認する。タグには、『乾燥チコリ 10g 銅貨10枚』の文字。多分ソフィリア語だろう。
瓶についた汚れを軽く払い、俺は言葉を選びながら少女に話しかけた。
「災難だったな。あ、さっきの完全に嘘だから気にしなくていいぜ。チコリは確か乾燥でも生でもどっちでもよかったはずだし」
「あっ、は、はい……」
声をかけられたことに驚いたのか、少女は一瞬目を丸くしながら、それでもすぐに瓶を受け取ると頭を下げた。
「すみません、ありがとうございました! その、私は一年のギルダと申します」
「気にしないでくれ。俺は恩田裕次郎。ユージって呼んでくれ。ところでさ、魔道具制作学受講するってことは、刻印方面の勉強をするつもりなのか?」
「いいえ、私は将来薬師になりたくて……薬学基礎の受講に魔道具制作基礎が必要なので、刻印系は深くは勉強しないつもりです」
「そっかぁ……研究室とかは見て回ったりしてみたのか? 刻印方面にはなるけど、アレンししょ……アレン教授とかは結構積極的に研究室公開してたから、気になるなら見て回ってもいいかもな」
「そうなのですか? それなら、ハイネス教授の研究室に伺ってみようかしら……」
少女……薬師志望のギルダはそう言って再度俺に礼を言ってから急ぎ足で講義室へと向かって行った。錬金術は基本的に刻印くらいしか使わない俺にとって、調薬分野はかなり未知の部類だ。ちょっとは心配だが、まあスキル効果二倍の祝福あるし、材料さえあればとりあえず大丈夫だろう。
そんなことを考えつつも、俺はさっさと次の講義の準備をするために、さっきまで座っていたベンチの方へ急ぐ。
次は体育学だ。運動しやすい格好で第二運動場集合らしいから、さっさと昼の残りを片付けて向かおう。初回講義から遅刻は流石に印象が悪いはずだ。
中庭に強めの風が吹き、足元の木陰は揺れ動く。
……そう、俺は完全に忘れていた。異世界の体育が、日本の体育と同じであるはずがないということを。
動きやすい綿のシャツと汚れても大丈夫な麻布のズボンに着替えた俺は、さっさと第二運動場へ移動する。今日は多分シラバスが配られて軽く運動するくらいだろう。
そんな風に気軽に考えていた俺に、誰かが駆け寄ってくる。
駆け寄ってきたのは、分厚いローブを身にまとい、金属のプレートで強化されたロッドを手に持ったギルダだった。
「ちょっと、ユージさん?! だ、大丈夫ですか、そんな装備で?!」
「うん? いや、ギルダさんこそそんな重装備でどうしたんだ? 体育だろう?」
「体育学だからですよ?! って、そ、そういえば、ユージさん、特別入学者だから、体育学について何も聞いていなかったのですか?!」
真っ青な顔で俺を見るギルダ。よく周りを見てみると、ほかの生徒たちもそれなりに装備を着込んでいた。ギルダのように発動体を持っていたり、剣や槍、斧を装備したものまでいる。……あれぇ???
「なんか、ちょっと、俺の知ってる体育より物騒じゃないか?」
表情をひきつらせてつぶやいた俺の言葉に、ギルダは卒倒しかける。
俺は慌てて彼女に言う。
「ま、まあ、大丈夫だろ! 学校から配布されてる発動体あるし!」
「……まさか、ユージさんはあんなちゃっちい発動体で戦闘をする気なのですか?」
「ちゃっちいって……いや確かに、強化刻印一つないけどさ」
「刻印以前の話です!」
頭を抱えるギルダ。
俺がおろおろしていると、体育学の教授が到着したようだった。
「総員、注ゥゥゥ目!!!」
第二運動場近くの講堂の窓ガラスをびりびりと振るわせるような大声。すさまじい声量に、反射的に声のする方を見た。
運動場の入り口。薔薇の蔦絡まる金属製のフェンスの扉の前にいたのは、額に二本の……だが、左の角の先端の欠けた……鬼だった。角と言っても、ジルディアスのように黒の結晶でできている訳ではない。雄牛のような、骨でできた生物の角だった。
部分鎧に金銀宝石の装飾品を飾り立てた筋骨隆々のその男は、新入生たちを眺めると、燃えるような赤色の髪の毛を横に振った。どうやらお気に召さなかったらしい。
「__これから半年間、貴様らの運動学を担当する阿鼻 上之助 左衛門だ。そこの特に舐めた格好の黒髪のキサマ。俺の名前を復唱してみろ」
鬼はそう言って俺を指さす。特に舐めた格好と名指しされた俺は、少しだけ首をかしげながらも口を開いた。
「阿鼻・上之助・左衛門教授ですね。俺は恩田 裕次郎です。半年間よろしくお願いしま__」
「忌み名まで呼ぶな戯け!!」
そこまで言いかけたところで、俺の本能がすさまじい警鐘を鳴らす。
反射的に左手の刻印を使い、バリアを展開する。
その次の瞬間、金属と金属が打ち合うようなすさまじい音が響き、土煙が巻き起こった。
額に、汗がにじむ。
隣に突っ立っていたギルダは、もはや茫然とすることしかできなかった。
「……随分物騒な挨拶じゃあありませんか、教授? 俺じゃなきゃ怪我してますよ?」
薄れてきた土煙の向こう。ヒビの入ってしまった金の障壁のすぐ向こう側。そこには、障壁にこぶしをぶち当てた、阿鼻教授の姿があった。
阿鼻教授の、黒と赤の混ざった瞳と目が合う。彼は口元だけ笑みを浮かべ、満足げに言った。
「よろしい。名前は覚えたぞ、恩田。そして、舐めた格好といったことを謝罪しよう。それが貴様の戦闘服だったか」
「いや、普段戦闘するときは流石にもう少し着込みますよ。ただ、今日はそんなに物騒なことしないと思っていただけです」
「かまわん。次回以降はもう少し着込んでから来い。そして、学生諸君。貴様らは俺のことを『阿鼻教授』、もしくは『上之助教授』と呼ぶように。俺のふぁーすとねーむは『忌み名』と呼び、正式に名乗るときにのみ名乗る名前で、この名前を家族以外の他人が呼ぶことは不敬にあたる。月の国では常識だ、覚えておくように」
堂々と言い放つ阿鼻教授。どうやら彼はカタカナ語が苦手らしい。忌み名なんて知らねーよと思ったが、流石にそれを口には出さず、俺はヘラっと笑って「知りませんでした、次からは気を付けますよ、阿鼻教授」と言った。
月の国、の名前で、学生はざわりと動揺の声を漏らす。
そのさざめきを消し去るように、阿鼻教授はこの講義で行われることを宣言した。
「一年次必修『体育学』の講義は、実践方式だ! 二年次以降の校舎外遠征に向け不審者及び魔物の襲撃から生き延びられるよう、徹底的に教え込んでやる!」
教授はそう言って、入り口に立てかけたままだった竹刀をつかむと、一礼してから構える。そして、どなった。
「恩田以外の生徒諸君! まとめてかかってこい! 一撃でも俺に攻撃を当てることができたものがいれば、そのものはその時点で『体育学』の単位取得を認めよう!」
「えっ、阿鼻教授、俺は?」
「貴様は今回の組手には混ざるな。確か恩田、お前は光魔法使いだったな? 負傷した生徒諸君の救護に当たれ」
「はーい……」
間の抜ける一幕があったものの、学生たちのさざめきは『月の国』から『単位取得』に切り替わる。勇気ある先陣を切ったのは、俺と同じく特別入学者らしいまばゆい金髪の青年が、飾りの多いサーベルを片手に宣言した。
「いいだろう、魔族交じりよ! その挑戦、シド王国が第1皇子、ミハイルが受けて立つ!」
堂々たる宣言で、俺はようやく思い出す。ああ、こいつちょっと前のハーレム野郎か。
俺がそう思ったその直後、金髪の少年が吹っ飛ばされる。
防御をとることもできず腹を殴られた彼は、運動場の空を舞い、地面にたたきつけられるギリギリのところで俺の【ホバリング】が間に合い、大けがは防がれた。
容赦のかけらも、手心のかけらもない阿鼻教授は、首をかしげて口を開く。
「ミハイル。俺は俺のことは『阿鼻教授』もしくは『上之助教授』と呼べ、と言ったはずだが、聞いていなかったのか?」
「阿鼻教授! 今ミハイル君声聞こえてねえと思います!!」
即座に【ヒール】をかけながら言う俺に、阿鼻教授はがっかりしたといわんばかりに肩を竦める。そして、すっかり静まり返った第二運動場の学生たちに向かい、再度首をかしげて言う。
「どうした? 俺は、『恩田以外全員の生徒に、まとめてかかってこい』と言ったが?」
その言葉に、俺と意識を失ってしまったミハイル以外全員の生徒が、小さく悲鳴を上げた。
【阿鼻上之助左衛門】
月の国出身の鬼族。体育学及び魔物防衛学の教授で、有数の実力者。
いろいろあってソフィリア学園の学園長に忠誠をささげているため、60年ほど前からソフィリア大学に居座って教授をしているらしい。文字通り鬼教官。