13話 ソフィリア魔術大学
前回のあらすじ
・ジルディアス「あの馬鹿絶対なんかやらかすだろ」
・恩田「いっけなーい、遅刻遅刻ゥ!!(速度超過)」
入学式にギリギリで間に合った俺は、速度超過の飛行魔法についてめちゃくちゃ怒られながらも、何とか退学になることなく学生の身分を得た。
事前の書類で周知されたとおり、特別入学者の俺はクラスルームには割り振られない。普通に入試で入学した学生たちはホームルームを行っているところだ。
特別入学者用に配布された講義一覧と必修科目一覧を読みながら、一番最初の講義である『魔道具作成基礎学』の開始を講義室で待つ。シラバスの配布や受講する上で必須になる素材の販売があるため、入学式直後にも関わらず講義があるらしい。
一瞬だけ手持ちを心配したが、講義室の入口すぐ横に掲示してあった動植物の分布表を見る限り、インク壺やインクの原料、その他細々と必須になるインゴットなどの素材以外は自力で採取できそうだ。薬草とか売ってるの割といい値段するんだよなぁ……
個人的に集めていた刻印用の道具の中で不足していそうなものをリストアップしながら周りを見てみると、俺以外の特別入学者がチラホラと見つけられた。
どこぞの大臣なのか立派な口ひげを蓄えたオッサンや、どこかの国の王族か何かなのか美人な女中を数人侍らせ優雅に茶を嗜んでいる青年もいる。
姦しい女中たちはおそらく青年の国の言語だろう言葉で歓談をしている。講義室でイチャイチャするなよと思わなくもないが、身分差を考えると下手に彼らに声掛けは出来なかった。一応建前上生徒間の身分差は無いものと校則で定められているが、そんなのあってないものだ。フロライトに迷惑をかけたら割とガチでジルディアスに殺されかねない。
神がついでにくれた言語翻訳機能のおかげで、彼女らの話の内容もわかると言えばわかるが、宝石がどうのこうの、化粧がどうのこうのと別に聞かなくてもいいような内容である。口ひげのおっさんが居心地悪そうにしているから、いい加減ちょっと声のボリューム下げようぜ?
そんなことを考えながらしばらく手元の書類を読み時間をつぶしていると、どうやらホームルームが終わったらしい。多くの学生ががやがやと楽しそうに講義室へやってくる。
同時に、『魔道具作成基礎学』の教授もやってきたらしい。
さざめく生徒たちにつられて教授の方を見ると、その教授もまた、表情をひきつらせて俺の方を見ていた。
「おっま……! アホ刻印の……!」
「アレン師匠!」
「俺お前の師匠になった記憶ねえんだけど?!」
『魔道具作成基礎学』の教授こと、ソフィリア大学卒業生、アレン・S・カーソンはひらひらと刻印の刻まれた左手を振る俺に、頭を抱えて手に持っていた教科書をぐしゃりと握りつぶした。
最初の講義……といっても、シラバスを配布されて、必要素材の説明をされただけだったが……の後、俺はアレン師匠につられてアレン師匠の研究室へ向かっていた。
受講届や素材の発注書の紙束を運ぶのを手伝いながら、俺は前を歩くアレン師匠の顔を覗き込む。眉間に深くしわを刻んだアレン師匠は、俺の左手を見て深くため息をつき、口を開いた。
「……生体刻印が理論上難しいという話は、だいぶ前にしたが覚えているか?」
「うん? ああ、覚えていますよ。傷がつくと簡単に刻印が破損して爆発したり、動きで刻印の歪みが発生するとか、そういう話でしたっけ?」
イリシュテアの港町での話を思い出しながら、俺は師匠の質問に答える。あんまりにも間の抜けた俺の返答に、師匠はこめかみをぐりぐりと抑えながらうめくように口を開く。
「その件なんだが……正直、今の俺だと何故お前さんの体に発動体刻印が可能なのかまったくわからん。第4の聖剣だったかつてのお前さんだったら体が発動体そのものだから、強化刻印を刻んでもまあ大丈夫かもしれないと思わなくもないが、今の君は人間だろう?」
素朴なアレン師匠の言葉に、俺は思わず目を丸くする。
聖剣だったころはシンプルに体そのものが発動体になる素材だったからあまり気にしていなかったが、よくよく考えてみると、今の体は普通の人間の体だ。武器に刻印する感覚で入れ墨を刻印していいとは思えない。
それでも、聖剣だったころと同じような刻印で魔法を発動させている上に、光魔法の強化刻印も刻んでいる。そりゃ、最初に入れ墨を掘った時には何度か爆破させてしまっていたが、今は比較的安定している。
講堂から研究室棟へ続く謎素材の真っ白な石材を歩く。外は講堂側のように見目のいい樹木や観賞用の花々から、やや地味な……もとい、講義に使うための香草や薬草、回復薬に使うための花が植えられている。配置のセンスがいいためそれっぽく見えているが、もともとはガチガチの薬草畑だったのだろうとなんとなく想像できる。
きょろきょろと外を見ている俺に、アレン師匠は言葉をつづけた。
「興味があったから俺も光魔法使いを雇って左手の小指に刻印を試した。が、爆破するか焼け落ちるかして、無理だった。よく考えりゃ当たり前だったんだが、人体の魔力伝導率は部位によって変わる。骨にはそんなに魔力は通らないし、皮膚はある程度の魔力拒否を起こす。逆に血は魔力の流れが良すぎるし、血のしみこんでいる肉だって魔力の流れがいい。そんな不安定な物質に一様な刻印はできないし、できるわけがねえ」
「えっ、皮膚って魔力拒否するのか?!」
「するだろ。魔力耐性は大体の場合皮膚か肉体に宿るってのは最近の定説だぞ?」
あきれたように言うアレン師匠。その言葉に、俺は思わず首をかしげる。暖かい風が、真っ白で小さな薬草の花の首を傾げさせた。
魔力耐性って何? 魔法ってあれじゃないのか? 防御魔法で防ぐかHPと気合で耐久するもんじゃないのか?
一瞬そう思いかけた俺だが、よくよく考えてみると、光魔法が弱点のアンデットも光魔法で即溶けるわけではなく、ある程度抵抗してくることもまあまあある。魔力抵抗という概念は、確かにあるはずなのだ。
そういや、よくタンクをしているアルフレッドとか白兵戦が得意なクーランも、正面から魔法を食らっても耐久していることがある。よほど体が頑丈なのかと思っていたが、アレってもしかして、魔力抵抗でどうにかしていたのか?
そんなことを考えこむ俺に、アレン師匠は声をかける。
「最近、ちょくちょく刑罰以外の生体刻印についての問い合わせが俺に来るようになっている。多分、お前さんっていう実例があるからだろうが……正直俺はお前さんがよっぽどの特異体質なんじゃないかと疑っている。多分、全身の魔力耐性がバケモンなのか……それか、魔力抵抗力がゼロのどっちかだ。ああ、別に答えてくれなくていい。どっちの体質にしろ、お前さんが英雄であることには変わりはないし、俺は単独でフロライトに喧嘩を売るつもりもない」
アレン師匠はそう言って白い廊下を歩きおえる。謎のツタの絡まった薄暗い研究室棟の扉をためらいもなく開けると、奥まった部屋の前で足を止める。壁にやたら書き込まれた刻印やドアノッカーらしい魔道具の備え付けられたその部屋は、ほかの教授たちの研究室よりも明らかに浮いていた。
「うっわ……勝手に壁に刻印していいのか?」
「……もう校長にしこたま怒られた後だ。実用性はあるからすぐ消せって言われなかったし、教職辞める時には元に戻せって言われた」
俺の質問に、す、と目をそらして言うアレン師匠。……ソフィリア大学の先生のガチ説教てマジで淡々と悪いところを列挙されるから、そこそこ堪えるんだよなぁ……
飛行魔法の速度超過でガチ説教された俺は、アレン師匠になんとなく共感しながら、彼の研究室に足を踏み入れた。
窓が取り付けられた奥の壁以外の三面すべてに天井から床までの本棚と棚。大量に収められた本、素材、刻印用の何種類もの道具。インクと古紙の匂いの充満したアレン師匠の研究室には、既に先客がいた。
水の妖精の愛し子であるエルフィンと、海のように深い青色の髪のベル。彼らはアレン師匠の研究室の作業机を占領して、刻印用のペンとインク瓶を片手に紙に書いた刻印について討論を行っているようだった。
アレン師匠はそんな二人を見て、小さく肩を竦めて言う。
「ちょっと紙どかせ。事務しねえといけねえんだ」
「あ、お帰りなさい、アレン教授! エルフィン、そっちもって!」
少年ベルはそう言ってインク瓶のふたを閉め紙の端っこを持つと、エルフィンとともに一気に紙をどかし、無理やりスペースを作った。どうやら、刻印をしたばかりでインクが乾いていないらしく、折りたたむわけにはいかなかったようだ。
アレン師匠の帰還を喜ぶベルとは対極に、エルフィンは気まずそうに俺の方を一度見て、口を開く。
「そ、その……ユージ様、今朝は……」
「ああ、今朝は本当にごめんな。あの後、法律違反でしこたま説教されてさ。空からよくわかんないのが飛んで来たら怖いよな普通」
謝罪をしようとするエルフィンの言葉を遮り、俺は先に謝罪する。正直、今朝の件について、エルフィンに非はない。アホみたいな速度を出して学校に突っ込んでくる馬鹿に対し、防衛手段をとっただけなのだ。極論だが、俺が死ななかったから時に問題はない。
俺の謝罪を聞いたエルフィンは、「僕も、いきなり攻撃してすみませんでした」と謝罪をした。謝らなくていいのに。
なぜか眉間のしわを指でほぐしているアレン師匠が、うめくように口を開いた。
「……今朝結界に反応あったの君か。あとでお前さんの箒見せてくれ。刻印構成を確認しておきたい」
「はーい」
ポットのような魔道具に水を注ぎながら、アレン師匠は俺に言う。「研究棟から見た感じ、安全性皆無だっただろ」という師匠の指摘に、俺は目をそらして乾いた笑い声をあげた。魔改造した箒は安全性を犠牲にして速度を向上させているため、安全にできるならより安全にしておきたい。あのままだと、ジルディアスならまだしもシスさんと一緒に空の旅とかまず無理だからな。
運んできた紙束を執務用の机に置き、ベル君に誘われるまま来客用のソファに座る。あっという間に沸いたポットから白磁の器に液体を注ぎ込む。どうやら、ポットの中に茶葉を仕込んであるのか、金の装飾の施されたポットの注ぎ口からは黄金色の茶がとろとろとあふれ出た。
花の香りを溶かし込んだような茶の注がれたティーカップを紙片やインク汚れの飛び散った作業机に置き、アレン師匠は、こほん、と小さくせき込み、にっこりとほほ笑みを浮かべると、俺に言った。
「ようこそ、我が魔道具刻印研究室へ。とりあえず、左腕の刻印を確認させてくれ。改良できそうなら、超一流の錬金術師のアレン様が最高な形に改良してやるさ」
口元に浮かべられた不敵な笑顔。自信あふれるその台詞。ベルもエルフィンも楽しそうに笑って俺の方を見ている。三者違う色の瞳には、共通して自分自身らが持つ技術への自信が混ぜ込められていた。
俺は、これからの学園生活が楽しいものになるだろうと、確信めいた感覚を覚えた。
【アレン・S・カーソン】
旅する超一流の錬金術師。今年から母校であるソフィリア大学の講師として仕事を始めた。
春休みの間に自身の研修室を魔改造して教授たちにガチ説教されているのをエルフィンとベルに目撃されてから、中等部の学生である彼らと交流を持つようになった。エルフィンの水精霊の愛し子の特性を研究させてもらうのを条件に、ちょくちょく研究室を二人に貸している。
錬金術師としての実力は、手加減していたとはいえ、原初の聖剣の光魔法を防御できる魔道具を作れるくらい超一流。基本的な理論と安全性を重視するものの、恩田の肉体刻印のようなロマン魔道具へのあこがれも捨てきれない。