12話 空から不審者が!
前回のあらすじ
・アルフレッド「入学式明日の朝に変更されたぞ!!」
・恩田「行ってくる!」
・魔物討伐しながらソフィリアへ向かう
恩田裕次郎の出発から三日後。
フロライト邸の執務室で、ジルディアスは苛立ったように続々と届く手紙を読んでは破り捨てるか後でシスに渡すための箱に割り振るかの二択を続けていた。
薬草を原料に作られた紅茶を持ってきたユミルは、そんなジルディアスに苦笑いを浮かべながら声をかける。
「どうしたの、ジル。昨日からずいぶんな様子だけれども」
「……あの阿呆は何故、祓魔師師団の方を名乗らず、俺の友人と名乗っている……! そのせいで、あの阿呆に関する手紙がすべて俺の方に来る!!」
そう言ってジルディアスは半ギレで実質恩田の引き抜きのお誘いのような手紙を木っ端みじんに破り放り投げる。一日日をまたぐごとに枚数が増えていく手紙は、感謝状半分、勧誘の手紙半分といった様相だ。
フロライトからソフィリアに向かう道中の国や市民都市、傭兵団、果てには箒レース団体など、ありとあらゆる団体から魔王への禁忌も恐れも感じられないような手紙が舞い込んでいる。感謝状の内容は、バイコーンの討伐だとか、市民都市に襲い掛かろうとしていたサンダーバードの討伐だとか、どこぞの有名どころの傭兵団でさえ敗北しかけていたキマイラの討伐だとか、どこぞの国の先王の暗殺にかかわっているかもしれない吸血鬼の討伐だとか、まあとにかくそんな類ばかりだ。
ほぼ一日の間に発生した怪物の虐殺に関して、その下手人の名前を【オン……なんとか】さんという。名乗っている『フロライトの祓魔師』という所属と『ジルディアスの友人』という立場から、間違いなく恩田裕次郎のことだろうと、ジルディアスは確信していた。何なら、同じくジルディアスの友人であるウィルドが楽しそうに恩田宛の感謝状をこの執務室のソファに寝転んで読んでいることからも、それは確定事項でしかなかった。
「ジル、ユージがサンダーバードの討伐でソーリア市民都市の名誉市民に認定されたらしいよ。すごいねぇ」
「あいつはフロライト国民だ阿呆!」
真っ白な羽を伸ばし、楽しそうに足をパタパタさせながら言うウィルドにジルディアスは頭を抱えて言う。シスとの婚約は大々的に発表したため、元聖剣兼元従者兼元勇者だった恩田への求婚はなりを潜めたが、そんな現英雄のソフィリアへの旅立ちの日が過ぎてから、諸外国が少しずつフロライトからソフィリア間での討伐行為の実態を理解していき、再び送られてくるどこぞのご令嬢の絵姿が増加している。
質が悪いのは、サンフレイズ平原のどこぞの部落からの感謝状で、その部落では一夫多妻が認められているから恩田の妻を用意しておいた、という内容だった。恩田はシスと婚約している上に、法律上フロライトでは一夫多妻は認めていない。恩田の妻としてあてがわれている女性があまりにあわれであるため、流石のジルディアスもそれはやめろと返事の手紙を書かざるを得なかった。
何故彼がこんな真似をしたのか。恩田の特性であるMP奪取についてはジルディアスも把握しているため、彼の意図はなんとなく察している。おおよそ、移動速度を維持するため、不足する魔力をそこら辺にいる魔物から補おうとしたのだろう。
時間の都合上、大量の魔物からちまちまMPを奪うよりも、大物の魔物から一気に大量のMPを奪った方が効率がいい。だからこそ、恩田は大物の魔物を……諸外国で問題となっていた怪物を次々に襲った。結果がこれだ。
いささか物騒すぎる意味合いを含んだ脅迫まがいの勧誘の手紙を握りつぶし、ジルディアスはこめかみを抑えて深々とため息をつく。
善悪併せ持つ底抜けの英雄は、多分引き抜きに応じることはない。世間的に悪であるジルディアスの味方をするために命を捨てるだけの覚悟さえあるのだ。金や世間一般の正義程度で心が揺らぐなら、ジルディアスは今ここにいない。
しかし、ジルディアスは恩田が善意を持っているがゆえに間接的にフロライトの害になりかねないことをしかねないと思っていた。
例えば貴族の慣習。例えば法律。例えば礼節。彼は知らないことが多すぎる。だからと言ってウィルドのように純粋無垢かと問われれば、そうではない。ゆえに、敵ができやすいかもしれない。その敵の矛先は、生ける英雄である恩田だけではなく、おそらくはフロライトにも向けられる。
勧誘文のない純粋な感謝状をシスに渡す用の箱に放り投げ、ジルディアスは返事を書く必要のある手紙のリストに文字を足す。
とにかく、フロライトには今、人が足りない。かつての女王エルティアの政策とイリシュテアから移住した祓魔師師団のおかげで国防の要である兵士こそそろっているものの、文官が足りなかった。というよりも、フロライトが独立し国となったため、文官が足りなくなった。
今のところはエルフの村の村人やヒルドラインの文官を金で雇っているが、彼らには彼らの故郷がある。それぞれ故郷に思い入れのある人間が多く、それとなく誘ってみても移住をする気はなさそうだった。
そして、今のフロライトの情勢上、スパイや工作員が仕込まれる可能性があるため、信用できない外部の人間を雇うわけにはいかない。
「……裕次郎がソフィリアの優秀そうな学生を数人引き抜いてくれたなら、問題は解決しそうだが……あの阿呆、多分そんなことしないだろうな……」
ユミルからもらった紅茶に手を付けながら、ジルディアスはぼそりとつぶやく。そんな彼に、ウィルドは首をかしげて言った。
「大丈夫じゃない? ユージって結構友達作るの得意だし、割と気も利くから」
「あれの友人を思い返せ。大体は戦士の類だ。俺を含めてな」
「ああ……」
最強の悪党である彼は、理解していた。恩田は正しく言えば不用意、オブラートに包んで言えばどことなく浮世離れしている。常識も何も違う世界から来た人間だからというのはあるのかもしれないが、それ以上に「死」に慣れ過ぎているのが原因なのだろう。
命のやり取りをしたことのない人間は少なからずそんな恩田の気配に気が付いてしまう。人は自分から遠ざけたいものから遠ざかる。「死」は遠ざかるべき一番の事象だろう。だからこそ、彼の周りには自然と戦士が増える。
ウィルドは手に持っていた手紙をシスに渡す用の箱にしまってから、真っ白な翼の羽繕いを始める。ふわふわの羽は、ウィルドが意識しなければいつの間にか空気に溶けて消えていく。おそらくプレシスの大気中の魔力に還元されているのだろう。
にこにことほほ笑みながら、ウィルドは言う。
「でもまあ、多分大丈夫だよ。よくわからないけれども」
「……確証がないのが嫌なのだ。わかっている。あの阿呆ならおそらく、殿下の身の安全を確保し、それなりに勉学もして帰ってくるだろう。だが……あいつは確実に何らかをしでかす。手持ちの全財産をかけてもいい」
眉間に深くしわを刻みこみ、頭を抱えながらジルディアスは言う。くすくすと楽しそうに笑い、ウィルドは艶めく翼に指を通す。
「賭けにならないよ、そんなの。まあ、絶対に帰ってくるから多分大丈夫だって」
「帰らないことを心配している訳ではないが……少なくともシスがフロライトにいるなら首を失おうが足の一本や二本失おうが帰ってくるだろアイツは」
「首なくなったら人間は死んじゃうよ。まあ、フロライトへの災難なら、ユージがいなくたって起きることだし、あんまり考えすぎても意味ないよ」
「……それもそうか」
小さく舌打ちをしたジルディアスは、神殿からの引き抜き命令を黒の炎で燃やし尽くし、椅子に深くもたれかかり、足を組む。
そんなジルディアスとウィルドのやり取りを見て、ユミルは心の中で思う。
__ジルってやっぱり、ユージさんのことをかなり信頼しているわよね。
そして、ユミルもまた、届いた手紙の山に手を伸ばし、分類を手伝い始めた。
……なお、このジルディアスの予想は、ありとあらゆる意味合いであっていた。
時は戻り、ソフィリア魔術大学の入学式の朝。
ソフィリアの優秀な若者や諸外国の才能ある貴族やら平民やら、とにかく多くの若者が、これからの学園生活に胸を弾ませながら聖銀でできた学園の門を通っていく。
魔術大学の中等部に所属しているヒルドライン街出身のエルフィンは、これから入学式の行われる大講堂に移動しながら、新たに学園に入学するだろう人々を見ていた。
「エルフィン、どうしたの?」
ぼんやりと人の流れを見ていたエルフィンに、海のように深い青色の髪の少年が声をかける。声をかけられた少年は、はっとして顔を上げ、青色の髪の少年に言った。
「アルガダ様から、『第四の聖剣様が入学するから、何かあったら支えてくれ』って手紙をもらっ……頂いて。ユージロー様って名前らしいけれども、どの人だろうと思って、探してたんだ。ねえ、ベル様はユージロー様のこと知ってる?」
まだ敬語に慣れていないエルフィンは、青色の髪の少年……ベルにそう問いかける。ベルは首を傾げ、少し考えてから口を開く。
「話には聞いたことがあるが、見たことはないな。だが、第四の聖剣はジルディアスが所持していた聖剣のはずだ。魔王討伐に大きく貢献したそうだから、絵姿が出回っているのじゃあないか?」
「それが、絵姿はだいぶ盛られているらしくて。これ見てよ」
エルフィンはそう言ってベルに手紙に同封されていた絵姿を見せる。それを見たベルは苦笑いをして言った。
「これは……美男なのはわかったが、逆にそれしかわからないな……髪と目が黒なのか?」
「別の絵姿だと目が青だったり、髪の毛長かったりするんだよね。多分、ジルディアス様と並んだ絵が多いから、それに合わせているんじゃないかな? アルガダ様はこれが一番似てるって言ってたけど、それでも盛りすぎッて言ってた」
「ああ、なるほど……」
ベルは納得したように声を漏らす。正直言って、ジルディアスは相当な美男の部類だ。そんな彼に命を賭して仕えた聖剣だというのなら、同じく美男として描きたくもなるだろう。
手紙によると「これといった特徴もない祓魔師」とのことだったが、祓魔師なら、どこか神秘的な雰囲気もあるのだろうか? それか、エンブレムでも所持しているのだろうか?
なお、アルガダは恩田の絵姿と本人のギャップに気を取られていたため、この手紙に彼の性格や、一番の特徴ともいえる左手の刻印について書き損ねていた。
そんな風にエルフィンとベルが話をしていると、入学式の時間も近づいてきたため、学校へやってくる新入生たちの人数も減るか急ぐかし始める。二人もそろそろ入学式の行われる大講堂へ移動し始めた。
__そんな時だった。
急速に近づく気配に気が付き、エルフィンは反射的に学校から配布されている聖銀の指輪に魔力を籠め、ベルを背に空を見上げた。
エルフィンの警戒に気が付いたのか、ベルは目を丸くしてあたりを見回す。そして、気が付いた。空から、何かがやってきていることに。
「すぐに教職員を呼んでくる!」
「うん、お願い! 多分強い!」
走り出すベルの背中を横目で見ながら、エルフィンは空から飛んでくるそれに向かって魔法を展開する。
「水魔法第五位【ウォータージャベリン】!」
磨き上げられた水の槍。水の精霊の加護を持つエルフィンの水魔法は、普通のそれとは違う。清廉な魔力の込められた水の槍を5本まとめて展開した彼は、即座に攻撃を開始した。
小手調べに放たれた一本の水の槍。最悪死なない程度に威力を調整したその一撃は、飛来するそれにぶつかるより先に光の一線で散らされた。
少なくとも反撃の意思があると判断したエルフィンは、空からやってくるそれに向かって言う。
「ソフィリアでは馬速より速い魔法飛行は違法だ! 撃墜されても文句を言うなよ!」
そんなエルフィンの声が聞こえたのか、空の上のそいつは、何か声を出す。
「__じ? __って___ぐ__」
残念ながら、遠すぎるのと移動で発生する風の音のせいでほぼ声が聞こえず、しかも速度も落ちていなかったため、エルフィンは攻撃を続行した。
「威力増強、【ウォータージャベリン】!」
展開した水の槍に、さらに魔力を籠める。槍は一回り以上大きくなり、もはや破城槌のようになったそれをためらうことなく射出した。質量に対してあり得ないほど高速に打ち上げられた4本の水の槍。
……しかし、その槍が空からやってくるそれを撃墜することはなかった。
即座に展開された光の盾が、一本目と二本目の水の槍を打ち崩す。
しかし、二本目の槍を守るころには盾は勢いに耐え切れず砕けて割れる。
空を飛ぶそれに情け容赦なく迫る三本目の槍は、空をきりもみ回転するように堕ちることで回避され、最後の四本目は、輝く光の槍が切り裂いた。
飛び散る清廉な水。空を飛ぶそれは、水を頭からかぶったようにびしょぬれで、だんだんと地面へ向かってきていた。すべての攻撃が防がれてもなお、エルフィンは魔術を展開する。
「水魔法第一位【アイス】」
水の温度を下げ、凍らせるだけの単純な魔法。氷を作るわけではなく、既存の水を凍らせるその魔法は、四本目の水の槍を切り裂いてずぶぬれになったそれを凍り付かせる。
「マジか!!」
叫んだそれは、流石に空を飛ぶ制御を誤り、空中で大きく揺れた。
__死ななかった?!
明確な言語を聞き取りつつも、エルフィンは目を丸くして凍り付いたそれを見上げる。凍った時点で確殺だと思っていた。それでも、それはとてつもない耐久力と、同時に回復魔法を使っていたようだった。
この学園に危険人物を踏み入れさせるわけにはいかない。そう判断したエルフィンは、即座に魔法を展開した。
「水魔法第六位【アイスジャベリン】!」
磨き上げられた氷の槍。地面を埋め尽くすほど大量に生成されたその槍は、あまりの冷たさに術者であるエルフィンの呼気すら白く凍えさせた。
確実に、ここから先には通さない。そんな強い意志と明確な殺意を感じられるその槍を前に、空を飛ぶその人物は、まったくその速度を落としはしなかった。
体のいたる部分を凍り付かせながら、それは何とか空中で体勢を取り戻し、左手をまっすぐと前に伸ばすような状態になっていた。
氷の槍が、まとめて空へ打ち上げられる。
同時に、空からやってきたそれは、詠唱した。
「【ファストバリア】!!」
展開されたのは、球状のバリア……ではなく、円錐状の結界だった。
先のとがった円錐は、真正面から素直に飛んでくる氷の槍を受け流し、打ち崩し、地面へと急速に速度を上げていく。
砕けた氷の破片が、太陽の輝きに照らされ光を乱反射する。信じられないその光景に、エルフィンは表情をひきつらせた。そして、同時に、少年は空を飛んできた大馬鹿者の姿を、見た。
短い黒髪に、やや茶色がかった黒色の瞳。乗っている箒は正気を疑う量の刻印が施され、その左手にさえも刻印の入れ墨が彫り込まれている。服装はまるで家から飛び出してきたばかりのようで、とても長旅に適した姿ではなく、そもそも入学式にふさわしいかどうか首をかしげるほど平凡なシャツとズボン。おもちゃの眼鏡をかけたままの彼の、不美人とも美形ともいえない平凡なその面には、不敵な笑みが。
氷の槍の群れがやり過ごされ、茫然とするエルフィンの横に、そいつは降り立った。巻き起こる土埃。間の抜けたせき込みの音。そして、薄れた煙の向こうからやってきた彼は、右手の中指にはめられた入学許可書を兼ねた金の指輪を見せ、エルフィンに声をかける。
「わるい、遅刻しそうだったからって飛ばし過ぎた! ソフィリア学園の入学式ってどこでやってる?! 大講堂ってどこ?!」
……先ほどまで殺されかねないような攻撃をされていたにもかかわらず、間の抜けたその台詞を聞き、エルフィンはようやく理解した。
「……すみません、あなたが、ユージロー様、ですか?」
「うん? ああ、そうだが。ってやっべえ、着替え忘れた!! さすがにずぶぬれで入学式はまずいよな……」
凍った前髪をがしがしとかきながら、恩田は困ったようにうなる。
やってきた教職員の声。かなり多めの魔力を急激に使ったせいか、それともほかの原因があるのか。キリキリと痛むこめかみをそのままに、エルフィンはともかく、口を開いた。
「……ソフィリアへようこそ」
こうして、ジルディアスの予想は的中することとなった。
【エルフィン】
初登場は一章13話。ヒルドラインで水魔法の才能を開花させた湯屋の少年。
現在はアルガダ卿の援助を受けてソフィリアで勉学に励んでいる。