11話 いっけなーい、遅刻遅刻!(推定時速100Km/h)
前回のあらすじ
・ユミルやクラウディオにリバースマジックを教える
・ジルディアスから入学に関わる書類を受け取る。
・恩田「暗号も言語判定っぽい」
入学準備を無事に終えた俺は、きたる入学式に備えて引っ越しの準備を進めていた。最低限必要なものはぶっちゃけそろっている。ただ、まだバッグには余裕があるし、何よりも持っていきたいものがそこそこ多いため、少しずつ荷物を整理している段階だ。
フロライトでの常識とプレシスでの一般的な学問をざっと学び、入学後の生活のための資金を稼ぎ、ついでにソフィリアとフロライトの間を移動するための箒の刻印を更新しておく。やることが山のようにあったせいで、せっかく婚約したシスさんとろくにイチャイチャする時間もとれなかった。
なお、ジルディアスの野郎は俺に暗号解読の仕事をぶん投げつつ激務をこなしていたが、合間合間にユミルと無自覚にイチャイチャしていた。心底うらやましい。
シスさんたち祓魔師師団は今、イリシュテアがらみで遠征中だ。
フロライトの祓魔師団はイリシュテアのミニングレスの異常発生には基本的にかかわらない方向で同意が進んでいる。しかし、イリシュテア神殿が他地方の祓魔師たちに協力を要請したため、イリシュテア周辺国のアンデット情勢がよろしくなくなってきてしまったのだ。
ジルディアスとユミルの結婚式に招待された客の中で、祓魔師師団に興味を持った王がいたらしく、派兵を依頼されたのだ。古戦場だったサンフレイズ平原しかり、イリシュテア周辺国しかり、アンデットは無念な死があるところに高確率で発生する。アンデットには定期的な討伐や見回りが欠かせなかった。
……なお、イリシュテア聖騎士団という対魔王特化の強兵が多くいる国が救助要請を出している時点でお察しだとは思うが、まあまあガチでイリシュテアのアンデットはよろしくない。祓魔師が原料であることもままあり、最悪なことに光魔法耐性がほかのアンデットよりも若干あるのだ。
かつてのイリシュテアの祓魔師たちがそんな状態のアンデットたちに善戦できていたのは、彼らそのものの力量と、単純に素での殴り合いがまあまあできてしまう点にある。普通の祓魔師って交渉して成仏してもらうか、光魔法ぶっぱするだけなんだよね……。魔道銃とかまず使わないし、銃剣でスケルトンの首刎ねたりガン=カタでゾンビを粉砕したりとかするわけないんだよね……。
後輩たちがいなくなったからまあいいかと言わんばかりに猛威を振るうイリシュテア産アンデットは、まず交渉が通用しない。ついでに微妙に光耐性があり、そしてアホほど強い。しかもまだ、ミニングレス=イリシュテア及びミニングレス=イルーシアは復活していないのだと聞くから、始末に負えない。都市を捨てて避難した方がまだ損失が少ないのではないだろうか。
まあ、俺は気にするだけの余裕もないのだが。一応俺は祓魔師だが、現状はフリーターみたいなものだ。そんな責任ある仕事をする必要もないし、学業だとか引っ越し準備だとかでそんな暇さえない。
そんなことを考えながら、錬金術に使う刻印用のインクとペンをバッグの中に詰め込む。
必要なものはそんなに多くない。それでも、持っていきたいものは多かった。
「シスさんからもらった指輪に、魔道銃に、これは……アーティの絵かな? 余裕あるなら持っていきたいな。ルアノからは琥珀のお守りもらったし、アルガダさんからは上質な財布もらったし、クーランは木製の食器とか毛織物とかくれたし、シップロさんは日持ちする食品くれたし、オルガさんはいい筆記用具くれたし……刻印、速度落として持っていける重量増やすか……?」
ベッドの上に持っていきたいものを広げ、顎に手を当て考える。いくらスキル二倍の祝福があるとはいえ、風魔法【フライ】はそこそこMPを使う。道中でMP切れになったら攻撃手段が基本魔法頼りの俺は間違いなく死ぬため、荷物の重量には気を付けなければならなかった。
飛ぶ方向的に、あの雷クソ鳥……サンダーバードはいないはずだ。サンダーバードは正直フライを使う俺にとっては天敵に等しい。ドラゴンに関してはメイスやオルスからもらった鱗のお守りがあるため、弱小ドラゴンなら匂いで逃げてくれるらしいが、サンダーバードは違う。あいつら賢いから群れで襲ってくるんだよなぁ……
仕方がない、何に使うかわからない皮の敷物をジルディアスに押し付けよう。これで重量は減る。衣服も大半は現地調達でいい。
そうやって荷物を整えていると、俺の借りている宿の部屋の木製の扉がえらく乱暴にノックされた。
「何? 強盗なら間に合っているんだけど」
「間に合ってたまるか! いや、そうじゃない、ユージ殿、俺だ、アルフレッドだ!!」
ノックの勢いで扉が壊れそうだと思い、俺は扉を開ける。ずいぶん急いでやってきたのか、荒く息を吐いているアルフレッドは、その手にしわくちゃの紙を封筒を一枚持っていた。
何が何だかわからず茫然と突っ立っている俺に、アルフレッドはその封筒を見せて顔を真っ青にしながら言う。
「これがフロライト領のそばに捨てられていた。たまたま俺たちが拾ったが、君宛の手紙だった」
「お、おう……何でそんな焦ってるんだ? 下に行って飲み物でももらってくるか?」
「そんなことをしている暇はない。発見されたのは破られた状態だったが、アリアがそう言ったのを修復するのが得意な手合いだった。……いや、本当に時間がないから、とりあえず読んでくれ」
アルフレッドはそう言って俺にしわくちゃの封筒を押し付けた。とりあえず受け取った手紙を確認する。アルフレッドが言っていたように、紙は糊とテープのような何かで修正されていた。まあまあ読みにくいが、届け出を見ると、どうやらソフィリア学園からの手紙らしい。
「えーっと、入学式の日程の変更……日程の変更?!!」
思わずアホっぽい声をあげ、俺は肩を震わせた。
破られた紙には、明日の午前の時間がかかれている。今の時刻はもう日も暮れ、夜になろうとしているところだ。夜の移動は危険だとかそういうのを省いても、物理的に間に合わない。
アルフレッドは息を整えながら、言う。
「ああ。テレポーターは許可された日にしか駆動できない。今アリアにオルス親子を探しに行ってもらっているが……間に合うかどうかわからない」
「マジか……いや、マジか?!」
俺は表情をひきつらせてただ茫然と声を漏らす。
だが、時間を無駄にしている暇は、なかった。
「すまん、金は多分ジルディアスが立て替えてくれるだろうから、今魔石持ってるか?」
「い、いや……あ、アリアが買ったよくわからない土産物なら持っているが……」
アルフレッドがそう言って背負っていたナップザックのような革袋からいくつかガラクタを取り出す。組木細工から面白メガネのようなおもちゃ、地図、用途不明の塗り薬に薬草ととにかく訳の分からないラインナップだ。旅をエンジョイしているようで何より。いや、今はそれどころじゃないが。
俺は少し考えてから、かけると出っ張った鼻と鼻毛のような髭のつく面白メガネをつまみ上げる。大変不本意だが、本当に時間も余裕もないので、これを使うしかない。
最後の抵抗に鼻のおもちゃ部分を指でもぎ取ってから、机の上に置きっぱなしにしていた箒の最終調整用の羽ペンとインクをひったくり、刻印を施した。
おもちゃの眼鏡らしく、つるやレンズの部分が大きくて助かった。実用性のある眼鏡だったらこうも簡単に刻印できなかっただろう。
何をしているかわからず茫然としているアルフレッドに、俺は言う。
「悪い、マジで助かった。あとついでに、今入り口の壁に立てかけてるカーペット、ジルディアスに押し付けておいてくれ」
「あ、ああ……? まあ、後で渡しておくがずいぶん派手だな……」
不安そうな表情をしたアルフレッドは、手を動かす俺の背中を不安そうに見ていた。
何らかの悪意によって手元に届かなかった恩田裕次郎宛ての手紙の変わり果てた姿を手渡したアルフレッドは、彼の刻印作業をただ茫然と見つめていた。
アルフレッドは基本的に刻印などの武器の調整作業は職人に任せているため、実際に刻印を行っている様子は見たことがなかった。それでも、聞きかじったことのある手法とはかけ離れていることは、あんまりにも簡単にわかってしまった。
図案も見ず、下書きも行わず、インク瓶にペン先をつけ、均一な線を滑らせ描き出す。時折細かい魔石の屑をさらに細かく粉砕してインクに混ぜながら、つると視界に影響しない程度にレンズ表面にインクを落とし、刻印を描き出す。
一通り作業が終わった後、インクの剥がれ止めのために透明な液体のりを全体に流すようにつけ、風魔法で雑に乾燥させる。
そこまでの作業を物の数分で終えた後、彼はすでに用意の終わっていたらしい物品を背負い、机の上に置いてあった箒を手に取った。
その箒をみて、アルフレッドは表情をひきつらせた。
箒は、もともとはどこにでも売っているような木製のものであり、穂先は何らかの植物の柔らかい枯れ枝をまとめ上げて作られたものだった……らしい。
らしい、とつけるほかないのは、その箒があんまりにも改造され過ぎていたからだった。
柄の部分は刻印を多重に彫り込むため、純度の低いミスリルとメッキ用の低品質な生成金によっておおわれている。刻印ははがれやすいインクではなく、細かく溝が彫られ、そこに魔石を溶かし混ぜた金属を流し込むことで行われている。
箒には鞍のような部品が取り付けられ、下部には足を引っかけるためなのか、荷物を引っかけるためのものなのか、細くも頑丈そうな鎖が取り付けられており、乗り心地も追及されていた。
何よりも正気を疑うのは、箒の穂先。地面を掃くための細い細い枝の一本一本にさえも、刻印が施されている。折れたらどうするんだ、とか、もしも枝がぶつかりあって刻印が損傷したらどうするつもりなんだ、だとか、とにかくいくつもの疑問が浮かぶが、それ以上に狂気に近いような仕上がりの移動用箒に、アルフレッドはただ、息をのむことしかできなかった。
使用する魔力の軽減が主な穂先の刻印の数に、アルフレッドはようやく理解した。
……彼は本気で、フロライトからソフィリアまでの距離を、己の魔力だけで移動するつもりなのだ、と。
左腕の刻印がありながら、わざわざ箒を発動体に組み替えたのは、人間の魔力量であり得ない距離を移動しきるためだった。ちょっとした移動に使われても長距離移動に【フライ】が使用されない理由は、MPの消費量に原因がある。
もしも空中で魔力が切れてしまえば、空から真っ逆さまに地面にたたきつけられる。さらに、魔力切れの状態で魔物はびこる危険地帯に不時着してしまえば、その後どうなるかなど火を見るよりも明らかだった。
だからこそ、長距離移動には【フライ】は使われない。ありとあらゆる意味で危険だからだ。
だが、恩田裕次郎は、そんな危険行為を成立させようとしていた。移動専用の箒を作るという手法で。
リュックサックを背負い、ボロボロの日程変更の手紙をひっつかんだ彼は、俺に問う。
「悪い、こっからソフィリアまでの道のりで、強めの魔物が出たって噂は?」
「えーっと……ヒルドライン周辺に新種のオーガが出たって噂を聞いた。あとは、エルフの村周辺でバイコーンが見られている。あとは、ソフィリア周辺にキマイラが出ただとか、サンダーバードがおかしな飛行ルートをたどっているだとか……」
「おっけー、ありがとう。最短補給場所はヒルドラインか……速攻で行く!!」
恩田はそう言って、黒とも茶色ともいえる瞳を開き、宿の窓を開け放つ。そして、窓枠に足をかけてから、何が起きているかまだ理解しかねているアルフレッドの方を見て、申し訳なさそうに言う。
「宿の手続きだとか挨拶なしの出国だとか、ジルディアスに謝罪しておいてくれ。あと、メイスたちは多分間に合わないからもう呼ばなくていいぜ。あとは……シスさんによろしく伝えておいてくれ!」
グダグダと締まりのない言葉を紡ぐかの英雄に、アルフレッドは眉がひきつるような感覚を覚えながら、言う。
「君は、何を__」
「行ってくる!」
アルフレッドの質問を遮り、恩田は宿の窓枠を蹴り外へと飛び立つ。ノータイムで加速した箒に、乗っていた彼の背中はあっという間に小さくなった。
……おいて行かれた派手なカーペットとアルフレッド。聖騎士団団長だった彼は、あんな無茶苦茶な挙動をする人間が敵ではなくてよかったと、心の底から思った。
フロライトの城壁で手早く出国手続きを終え、俺は再び箒に飛び乗り、暮れ行く太陽を追いかけるように空へと飛び立った。
想定していた以上に時間がないため、速度に魔力を割り振る。荷物をある程度厳選しておいてよかった。武器は持ってこれなかったが、正直左手の刻印と右手に学園から配布されている発動体がある。下手に武器を持っていくよりも、魔法の方が慣れているのだ。無理をする必要はない。
雑に刻印をした元面白メガネをかける。俺はジルディアスみたく闇精霊の祝福があるわけではないので、夜は普通に見えない。しかし、移動のためにライトを使っているだけの魔力リソースはぶっちゃけない。
だからこそ、眼鏡に【夜視】の刻印を刻み、夜でも周囲の様子を見えるようにしたのだ。
まだ夕暮れの日差しがあるため明るいが、きっともうすぐ暗くなってしまう。視界皆無で空を飛ぶのはぶっちゃけただの自殺行為である。
せめて何か軽食を持ってくればよかったと後の祭りの後悔を心の中で吐きながら、大空を加速する。乗り心地にこだわった箒だが、これをジルディアスに見せたら「箒ではない」と一刀両断された。確かに鐙とか鞍とかつけたから、箒ではないかもしれない。
移り行く風景。足元を過ぎ去っていく街路。ひとっ飛びで山を通り抜け、獣を、鳥を、風景を置き去りにして、目的地へ急ぐ。入学式に遅刻すると、最悪入学取り消しになりかねない。
俺のMPは普通の人よりは多めだが、ウィルドやジルディアスみたいにほとんど無尽蔵というわけではない。ぶっちゃけ単純なMPの最大値ならシスさんの方が多い。
それでも、俺にはMP奪取というズルができる。
たどり着いたヒルドライン地方。ふと、下で三人の少年たちが何かから逃げているのを見た。__今日は運がいい。
剣も杖も盾も放り投げ、必死に逃げる彼らの後ろには、異常なほどに発達した筋肉を持つ、青色の肌のオーガ。醜悪な笑い声をあげながら、その怪物は無謀な挑戦者を一ひねりしようと追いかけていた。多分あれが、さっきアルフレッドの言っていた新種のオーガなのだろう。
それを見た俺は、一気に柄に力を籠め、地面へと突き進む。そして、左手でライトジャベリンを展開し、軽く握る。
逃げていた少年のうち一人が、地面に足を引っかけて転ぶ。そんな彼をオーガは踏みつぶそうと足を振り上げる。
__ギリギリ、間に合った。
少年たちには、強風がひとつ、吹き抜けただけに見えたことだろう。オーガの硬い筋肉の覆う背中から心臓を貫いた、光の槍。オーガの巨体に踏みつぶされるその直前に空へと攫われた少年は、擦りむいた膝の痛みも忘れて、茫然と離れていく地面を見た。
緊急回避のために少年の背中をひっつかんで空へ飛びあがった俺は、何が起きたか全くわからず目を白黒とさせる少年に向かって言う。
「ちょっと痛いかもしれないが、少し待ってくれ。すぐ下す!」
「ま、ひっ、な、なな……?!」
少年は顔を真っ青にしたり、あたりを見回したりしながら暴れる。さすがにこの速度で手を離すと、地面に落ちた彼がもみじおろしになりかねないため、落とさないように細心の注意を払いながら、減速して地面へ向かった。ちょっとまって、俺ジルディアスみたいにフィジカルゴリラじゃないから、あんまり暴れると落としちゃうから!
茶髪の少年を抱えて地面に降り立った俺は、突然死したオーガと空へ飛んだ仲間を交互に見ている少年たちに声をかける。
「突然助太刀して悪かった。怪我した人は?」
「えっ……えっ?!」
剣を放り捨てて逃げていた金髪の少年は、間の抜けた声を上げて、零れ落ちそうなほどに目を見開く。気が弱そうなローブをまとった少年は、いち早く命の危機が去ったことに気が付いたのか、目に涙を浮かべてその場にへたり込んだ。おーけー、マジで時間がないから、エリアヒールだけしていこう。
無詠唱でさっさとエリアヒールを展開してから、俺はオーガの死体の方へ駆け寄る。そして、死体に残ったMPと心臓付近の魔石を抉り出し、ついでに少年たちに言う。
「何か手軽に食べれるもの持ってる?」
「えぐっ、えぐっ、ほ、干し肉と、木の実と、薬草なら……」
ローブの少年がしゃくりあげながら言う。見たところ駆け出しの冒険者か何かだろう。薬草は多分彼らが依頼で採取したものだろう。となると……
「これあげるから、干し肉と木の実もらえるか?」
俺はそう言ってポケットからフロライトの銀貨を取り出す。さすがにジルディアスみたく気前よく金貨を放り投げられるほど懐があったかいわけではない。
銀貨を見た少年たちは、首をぶんぶんと縦に振って、干し肉ととったばかりに見える木の実をいくつか俺に押し付けた。短く礼を言ってから、俺はピンポン玉くらいのリンゴに似た木の実をかじる。結構酸っぱい。
「あ、あの、それ、ジャムにするやつ……」
「えっ、生食だめだった?」
「い、いえ、食べられはしますけど……多分めちゃくちゃ酸っぱいですよ……」
俺を見てドン引きする盾を放り捨てて走っていた茶髪の少年。うん、確かに目が覚めるほど酸っぱかった。
オーガからMP補給と魔石回収をした俺は、まだ何が起きたか把握しきれていない彼らに向かって言う。
「このオーガについては、フロライトのところの兵士にちゃんと報告しておいてくれ。残りの死体は好きにしていい。まあ、魔石以外何採取できるか知らないけど……」
「あ、あの、あなたのお名前は?!」
エリアヒールで擦りむいた膝小僧の治った茶髪の少年が、俺に問いかける。その質問に、俺は笑顔で答えた。すごいな、こんなことって本当にあるのか。
「フロライトの祓魔師、恩田裕次郎だ」
「オン……すみません、なんでしたっけ?」
キョトンとした表情で俺を見る茶髪の少年。金髪の彼もローブを身にまとった彼も名前が聞き取れなかったのか、互いに目を見合わせていた。
……気まずい空気が流れる。そういやそうだった。俺の名前はプレシスの人たちには聞き取りにくいらしい。
「うーん、だめそうか……。多分、アルガダさんあたりに『第四の聖剣』って伝えれば多分通じるはず。なんかあったらジルディアスのお友だちに助けてもらいましたって伝えてくれ」
「アルガダさん……って、子爵様のことですか?!」
「ジルディアスって確か、フロライトの……?」
困惑する少年たちを置いて、俺は再び箒に飛び乗る。いくつかもらった木の実はひどく酸っぱいが、とてもいいにおいがする。確かにジャムにしたらおいしそうだ。
空から芯を投げ捨てるわけにもいかず、固い芯と種を奥歯ですりつぶし飲み下す。ついでにもらった干し肉を口に放り込み、地面をけって空へと飛び立った。
……そう、速度の出し過ぎで魔力が足りなくなるなら、道中でMP補給をしていけばいいのだ。
アルフレッドから多分MPをたくさん持ってそうな魔物の情報は仕入れた。一応これでも元従者だ。不意打ちさえできれば、簡単な魔物くらい殺せる。今ならサンダーバードもMPポーションだ。
俺は不敵に笑んで、黄昏の空へと飛び立つ。できるだけ夜の闇から逃げるように、ソフィリアへ向かって飛んで行った少年たちの英雄は、あっという間に山の向こうへ消えて、見えなくなった。
風魔法第5位【フライ】
対象を浮かび上がらせ、空を飛ぶための魔法。箒を使うものが多いが、一応絨毯でも空を飛べる。
使用する魔力量を増やすことで移動速度を上げたり、重いものを運べたり、長時間移動できるようになったりする。また、恩田のように発動体そのものを刻印でカスタマイズすることで様々な効果を付与することもできる。
様々な国で箒レースが開催されており、競馬に並んで一大スポーツになっている。
なお、この国の馬は足が速かったり、強化魔法で強化できたりするので、下手な術者が【フライ】を使うよりも早く移動できる。クーランの馬などがその代表格。おっかねえ……