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9話 君に__を

前回のあらすじ

・ジルディアスとユミルの結婚式

・バルトロメイの嫌がらせに対し、創作魔法【リバースマジック】で対抗

・無事に二人の結婚が成立

 バルトロメイの嫌がらせがありつつも、ジルディアスとユミルはつつがなく結婚式を終えた。その後は証人となってくれた参加者や招待客に豪華な食事がふるまわれ、ありがたいことに俺もその同伴にあずかることができた。

 肥えた豚の丸焼きをかじりながらシスさんと談笑していると、儀式中退屈していたクーランが酒瓶片手にこちらへとやってきた。


「よう、お二人さん。飲んでるか?」

「私は祓魔師なので、飲酒はしませんよ。ユージさんは?」

「元の世界だとギリギリ未成年だったから、とりあえず今は良いかな」

「そうかぁ。ジルディアスは酒飲むと力制御しきれないからってほぼ飲めてないっぽいし、アルガダ子爵はダイエット中だから断られたし、ルアノ様にはさすがに勧められねえし、アーティはもうつぶれているし……あんまり酌に誘える奴がいないんだよなぁ」


 少しだけ残念そうに肩を竦めるクーラン。なお、こいつも酔っ払った状態で馬に乗り村長のテントを破壊した前科があるため、酒癖は良い方ではない。

 派手なロングランスは今、穂先を鞘に納めた状態で背負っている。確かにアーティではないが、あの槍は純粋に美しいし、見てみたい気持ちもわかる。なお、アーティは現在酔いつぶれているようだが。


「そこ座っていいか? その肉うまそう」

「ああ、かまわない。シスさんに手出したらぶっ飛ばすけど」

修道女(シスター)はアリなんだが、おっかない女(エクソシスター)は趣味じゃなくてな……」

「私を何だと思っているんですか?」


 ピキリと表情をゆがめたシスに、クーランは「やべっ」と小さく言いながら、俺の隣に座った。サンフレイズ平原はかつては戦場であったこともあり、夜にはアンデットが沸いて出てくることもある。そのため、祓魔師であるシスはサンフレイズ平原の言語の聞き取りがある程度できるのだ。逃げたクーランは俺の隣でこそこそと豚の丸焼きを切り分けながら、声を潜めて聞いてきた。


「ところで、いい未婚の知り合いはいないか? 俺もそろそろ結婚したいし」

「うーん……悪いが俺もそこまで友好関係が広いわけじゃないからな。イリシュテアの祓魔師の人とかか? フロライトでの知り合いで女性っていうと、宿屋の奥さんしかり軒並み既婚者だし……」

「既婚者でもいい……っていうとジルディアスとアルバニアにぶっ殺されそうだからやめておく。何気にアルバニアのおっさんもサシで戦うと強いんだよなぁ」

「何? もうなんかやらかしたのか?」

「違う。手合わせしてもらったんだよ。何ナチュラルに俺がやらかした前提なんだ。……まあ、フロライト兵と競馬してたのはばれたけど」


 思わず首をかしげた俺に、クーランはぐっと眉をしかめて言う。やらかしてんじゃねえか。なお、当該フロライト兵とクーランはまとめて大説教をされたうえにジルディアスの特訓を受けさせられた模様である。クーラン(こいつ)はともかく、フロライト兵はよく死ななかったな……


 シスからにらまれているクーランを横目に、俺は透明度の高いオレンジのソースを切り分けた豚肉にかけ、口に運ぶ。柑橘の香りと甘みが肉のうまみと塩気を引き立たせ、非常に美味だ。転生してから俺の味覚は元に戻った。日本ではあまり組み合わせることの少ない組み合わせではあるが、普通においしい。


 クーランは焼き豚を薄焼きパンにはさみ、豆の煮込みとチーズソースをかけて大口で食べている。度数の高い酒をちびちびと飲みながら、彼は俺に管を撒いてきた。


「学園行くんだろ? いい子いたら紹介してくれよー」

「メルヒェインにも美人ないい子はいるだろ? つーかお前ならほぼ選び放題みたいなもんじゃないのか?」

「メルヒェインの連中はほぼ親戚みたいなもんだからそういう目では見れないんだよ。モテるにはモテるが、よその遊牧民にも好みの異性はいなかった。長老から旅に出ることを勧められたんだが、まだメルヒェインの新天地が見つかってなくて、移動しっぱなしだからなぁ……」


 首を横に振ってこたえるクーラン。移動する町という異名すらあるメルヒェインだが、その実態は遊牧民の集合体である。血縁関係である者も多く、そのため血が濃くならないように離れた地から妻を娶る略奪婚という文化がいまだに残っているのである。


 優れた騎手兼戦士であるクーランなら、言語さえ通じれば大体どこに行っても食いっぱぐれて死ぬようなことはないだろう。メルヒェインが安定すれば長老たちの言うように旅に出てもいいのかもしれない。


「金に余裕出たら出資してやろうか? 錬金術(アルケミー)のスキルレベル上げたいから,珍しい素材手に入ったら送ってほしいんだよな」

「いいぜ。つっても、今のフロライトなら買い付けた方が早いんじゃねえの?」

「神殿の影響が強い国は今日の結婚式見てフロライトと関係切るだろうし、俺はジルディアスと関係が深すぎるからあんまり動けないからな」

「ああ、なるほど」


 クーランは笑顔でうなずく。俺は基本的に錬金術は刻印しか使っていないが、本来なら薬を作れたり、魔道具を作れたりといろいろなことができるはずなのだ。回復魔法が使える俺やシスさんは回復薬が必要になることはほぼないが、作れないよりは作れた方がいいし、できることは増やしておきたい。特に、これからは別の国から輸入できていた回復薬が輸入できなくなる可能性が高い。回復薬の原材料が育てにくいことが原因ではあるが、ビニールハウス……プレシスだとビニールそのものがないため、比較的初期投資が必要なガラスハウスになるが、とにかく温室を用意すれば育てられる。


 温室を作るためにも、温室の温度を管理する機器を作るためにも、さらには原材料から薬を作るためにも錬金術スキルは必要になってくる。薬を作るのはともかく、温室の温度管理の機材は刻印が必須になってくるため、スキルの熟練度を上げるためにも材料は欲しかった。


 そんな風に俺とクーランがしゃべっていると、後ろから何やら猫なで声のような声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにはユミルを伴っているにもかかわらずどこぞのご令嬢に絡まれているジルディアスの姿。俺は小さく肩を竦めてクーランに言った。


「おい、魔王に対して絡みに行けるだけの度胸あるご令嬢ならそこにいるぜ。声掛けたらどうだ?」

「勇気と蛮勇は違うってお前さんも分かっているだろう? まあ、美人だし声掛けるけど」


 クーランはそういって豚肉を挟んだ薄焼きパンを口の中に押し込むと、さっそうと立ち上がっていった。そのままジルディアスに絡みに行っていたご令嬢一同に片言のセントラル語と笑顔で話しかけ、さりげなくユミルに向かって親指を立てウィンクする。隣で彼女の手を握っていたジルディアスは額に青筋を浮かべて親指で首を切るジェスチャーをしたため、クーランは慌ててユミルから顔をそむけた。


 ため息をついているジルディアスに、俺とシスは声をかけた。


「よう、結婚おめでとう」

「……お前の結婚式もこれくらい大きなものにするか。俺の気分が味わえるぞ?」

「全力で遠慮させてくれ。ぶっちゃけ証人ってウィルド一人で十分だろ。不滅の聖剣だし神だぞ?」

「盛大な式でユミルを着飾らせることができたことくらいしかいいことがない」


 さりげなく……いや割と堂々と惚れ気を口にしたジルディアスに、ユミルは顔を真っ赤にしてうつむいた。そんな彼女を少しだけ心配しながら、シスは口を開く。


「ところで、回復魔法の損傷は無事? 途中から回復魔法になっていたみたいだけれども」

「ああ、それなら問題はない。回復しきれなかった分はヒールウォーターで治した。どうせお前だろう?」


 ジルディアスはそういって俺を見る。一瞬何のことだったかわからなかったが、【リバースマジック】のことだろう。


「ああ、【リバースマジック】のことか。神語魔法と光魔法が基礎だから、ジルディアスは使えないと思うが」

「そうか……叔父(バルトロメイ)なら俺を殺すのに光魔法を使ってくるだろうからな。どうせなら属性反転魔法を覚えたかったが……」

「クラウディオに教えておく。つってもあれ、結構MP使うから、乱発はできないぜ?」


 俺とジルディアスがそんな話をしていると、ユミルが長いベールの裾をぎゅっと握りしめおずおずと声を上げた。


「わ、私にも教えていただけますか?」

「うん? ああ、もちろん。ユミルさんなら神語魔法適正あるし、かなりMP少なめに使えると思うぜ」


 なぜか緊張した面持ちで口を開いたユミルにそういえば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。好きな人の力になれるのがうれしいのだろう。

 いつの間にかご令嬢に話しかけに行ったクーランはご令嬢たちに演武を見せており、周囲の戦士や兵士たちもそれにつられて自身の技量を披露し始める。やはりいつも通り始まった乱痴気騒ぎに、ジルディアスはこめかみのあたりを抑えた。


「どうする? 止める?」


 服の姿のまま、ウィルドがジルディアスに問う。しかし、ジルディアスは首を横に振っていった。


「……結婚式自体は終わっている。来客者を楽しませるための式なのだ。ほどほどなら楽しませておけ。何らかの備品が破壊されたら俺が行く」

「そっか」


 ウィルドは納得したようにそう返事をすると、するりと元の姿に戻る。同時に俺は両腕がない悲惨な服装に変わるが、いつの間にか控えていたフロライト邸の使用人が俺の肩に服をかぶせてくれた。


 原初の聖剣であることが大っぴらにされているウィルドは、遠慮せずに背中に翼をはやしたまま、豚肉の丸焼きから足を一本引きちぎり、もちゃもちゃとかぶりついた。そういえば、ウィルドだけまだ何も食べられていなかったのか。


 そして、ジルディアスとユミルはほかの招待客に声を掛けられ、フロアの正面へ向かった。


 再び俺とシスさんは隣に座り、結婚式場を眺める。

 シスさんは香り高い紅茶をたしなみながら、俺に言う。


「……無事に終わって、よかったですね」

「ああ。……二人とも、頑張っていたもんな。あと、シスさん」


 俺は、ボロボロになった服の下に手を伸ばす。そして、上着の内ポケットの中に入っていた箱を取り出した。


 ……本当ならもっときれいな状態で手渡したかった俺の血と爆破の焦げが付いてしまったその箱。正直、後日作り直そうかとも思ったが、相変わらずの無愛想な面ながらもどこか幸せそうなジルディアスと、少しだけ恥じらいながらも嬉しそうなユミルの姿を見て、決心した。


こっそり開けて確認すると、刻印が効果を発揮してくれたためか中身は何とか無事だった。


 片手に収まる小さな箱。その中にはシルバーのリングと、防護の刻印を施した琥珀の飾り。精一杯頑張って作ったその指輪を見て、シスさんは目を丸くした。


「その、よかったら、俺と結婚してくれませんか? ……命を懸けて、幸せにするから」




祓魔師の彼女は、本当に自分が幸せになってもいいか、確証をもてていなかった。

血と呪詛と怨嗟と悪意に満ちた人生だった。辛くて悲しいことの多い道のりだった。諦めと怠惰で多くの仲間を無意味に失った。


小さな箱の中に収められた銀色の幸福への片道切符を見て、彼女の胸中には様々な感情が渦巻いた。


____それでも、もう、心は決まっていた。


胸を焦がすような感情が涙腺を刺激する。込み上げる歓喜が、込み上げる過去の記憶が、込み上げる言葉が、喉を締め付けた。


気がつけばこぼれ落ちた涙。

それでも、彼女は、美しく笑っていた。


「ありがとう、ユージさん。私も、貴方を愛して良いですか?」

「も、もちろん!! ほ、本当に良いのか!? ぶっちゃけ俺まだほぼ無職だし宿暮らしだし親戚もこの世界にいないけど……」

「ユージさんが良いんです。ユージさんでなければダメなんです」


動揺しながら恩田は言葉尻をすぼめる。それでも、シスはキッパリと言った。

彼を愛しているから。己に愛される資格がなくても、彼が愛してくれるから。だから、シスは、指輪を受け取った。


 こうして自由極まりない結婚式は、華々しく終わっていった。





 フロライト邸ではまだ結婚の宴が続いているころ。ジルディアスの結婚式から早々と出ていったバルトロメイは、フロライトの中でも二番目に高級な宿に戻り、紫色の法衣をベッドの方へ放り投げた。


「__やはり殺せはしなかったようだな、ゲイティス」


 真っ白なシーツを赤色の鮮血で汚しながら全身に包帯を巻いていた入れ墨の男。全身に火傷と裂傷を負った彼は紫色の法衣を受け取ると、舌打ちをして口を開いた。


「うるせーぞ、クソ司教。ユージローのやつ自爆しやがったんだ、マジでいかれていやがる。まあ、そういうことろも最高だけどな!」


 不機嫌そうに、しかし、確かに腹の底にある歓喜を隠し切れず口角を上げながら、ゲイティスは言う。司教のローブは回復の魔道具である。魔道具に魔力を流すだけなら、ゲイティスの入れ墨の束縛には抵触しない。


 結婚式の日は流石にジルディアスと恩田は別行動をする。さらには、明確な家を持たない恩田に対し襲撃をかけるなら、今日ほどいい日はなかった。想定外だったのは、ゲイティスが思っていたよりも恩田が強かった上にまさかの自爆技を仕掛けてきたことだ。たったそれだけだった。


 ゲイティスは不機嫌そうに傷をいやしながら、ベッドのサイドテーブルを親指で示す。


「で、例のものは手に入ったか?」

「ああ、もちろん。ついでに嫌がらせもしたが、やはり聖剣に防がれた。新種の魔法を使っていたようだ」


 バルトロメイは肩を竦めてそう言いながら、ジルディアスの署名と血判の押された結婚証明書を投げ渡す。

 羊皮紙の結婚証明書を受け取ったゲイティスは、心底楽しそうに笑いながら言う。


「いいのか? こんな重要書類」

「かまわない。すでに偽造したものをイリシュテアに送った。受理されるかどうかは私の知るところではないがな」


 あっさりとそう言ったバルトロメイは、宿の椅子に座ると、長い足を組んでゲイティスに吐き捨てるように言う。


「まずは聖剣を排除する。原初の聖剣も厄介ではあるが、アレはあくまでも世界の危機に対してのみ脅威となるだけであって、平時の厄介さは聖剣が上回っている」

「つってもなァ……ユージローとは戦闘スタイルが俺様と相性悪いんだよなァ。ぜひ俺ちゃんがぶっ殺したい相手ではあるが」

「原初の聖剣は殺せるか?」

「__入れ墨全消してくれたら、いつだって行けるぜ。とはいえ、対原初の聖剣にしたって、ユージローの妨害は絶対にある。もったいねえが、サクッとユージローをぶっ殺さないといけねえな」


 バルトロメイの問いに、ゲイティスは答える。そして、受け取った羊皮紙から血判の部分だけ錆びたナイフで切りとり、サイドテーブルの上に広げたいくつもの試験管のうち、どす黒い液体の入った小さなフラスコの中に放り込む。


 液体は少しの間波打ち、ポコポコと謎の気体を吐き出す。そして、ゲイティスは手早くどす黒い液体をスポイトで数滴取り出すと、別の試験管に移し、液体の水色の変化を見る。


 そんなゲイティスの様子を見て、バルトロメイはあきれたように言う。


「……倒錯した性癖以外は有能そのものだな。解析作業までできるのか」

「そりゃ、俺ちゃん天才だからなァ。__解析できたぜ。ジルディアスの野郎はやっぱり魔王と人族の因子が混ざり合っているらしい。弱点は光魔法だ。それ以外の属性については魔王の因子から相応の耐性がある。アンデットと言えばアンデットではあるんだが、魔王として復活しているせいか、基礎的な人体構造は人族のものだ。脈はなくとも魔力が循環している以上、内臓やら何やらはまっとうに機能しているはずだぜ。つまり、寿命があるといえばある。病には一生かからないだろうがな」


 いくつもの試験管の色を見比べながら、ゲイティスは言う。その言葉を聞いたバルトロメイは舌打ちをした。


「寿命で殺しても意味はない。とにかく無様に、ていねいに、優しく優しく殺してやらないといけない。フロライトは塵一つ残さず滅ぼすべきだからな」


 蛇のような赤く冷たい瞳を見て、ゲイティスは腹を抱えて笑う。


「聖職者がしちゃいけねえ面してるぜ? __そういうところがあるから、お前とは手が組める」

「君のような畜生にそういわれるとは。__反吐が出る」


 復讐を希う司教と享楽的な殺人鬼は、互いに黒い笑みを口元に浮かべる。……空には、少し太った三日月が輝いていた。

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