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16話 飛来するは赤竜、挑むは銅貨一枚の命

前回のあらすじ

・ジルディアス「メスドラゴン」

・恩田「おい馬鹿止めろ」

・メイス「お父さんを止めなくちゃ……!」

 ジルディアスが街から出てから少ししたころ。ヒルドライン街は再び、阿鼻叫喚の様相に変わった。理由は、つい昨日のレッドドラゴンがまた上空に現れたからだ。


 高い城門の守護台の上に、重たい腹のぜい肉を抱えて登ったヒルドライン領主は、ゼイゼイと荒く息を吐きながら、空を飛ぶレッドドラゴンを睨む。一応、部下に勇者ジルディアスの泊まっている宿に使いを出させたが、既にもぬけの殻だったと聞いていた。


__だから、勇者は信用ならない。だから、勇者は嫌いなのだ!


 アルガダ卿は盛大に舌打ちをすると、巨大な竜に恐怖する兵士に激励した。


「我がヒルドライン街を守るため! 竜を討伐せよ!」


 そう叫びながら、アルガダ卿自身も、ふくよかな腹肉を揺らしながら、水晶の杖をつかみ、詠唱する。


「多重展開、水魔法第6位【アイスシャベリン】!」


 優秀な魔法の発動体にアルガダ卿の魔力がこめられ、薄い青色の光とともに魔法が展開される。展開された魔術には、それぞれ両手でようやく抱えきれるほどの大きさの氷塊でできた槍が出現していた。


 そして、アルガダ卿が息も絶え絶えに水晶の杖を掲げる。


「斉射!」


 アルガダ卿の掛け声を合図に、大量の魔術が展開され、一斉に色とりどりの光弾をレッドドラゴンに浴びせかける。


 当然、アルガダ卿のアイスシャベリンもレッドドラゴンに向かって一直線に飛ぶ。


 しかし。


「グルァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 すさまじい咆哮の直後、全ての魔術は消え去った。

 兵士も、アルガダ卿も、城壁に立っていたものすべてが、茫然の表情を浮かべる。


 地力が違い過ぎた。スペックが、はるかに異なった。


 雨雲をかき分け、空をはばたくレッドドラゴン。その赤の鱗は、日が照っていない今ですら、まるで太陽の如く輝き、一種の畏怖と、そして、絶望を守護隊に与える。


 だが、流石は子爵と言うべきか、本能だったのか、アルガダ卿はハッとして怒鳴る。


「大砲用意! 奴を打ち取れなくていい! 追い払う!」

「は、はい!」


 アルガダ卿の指示で、大砲に弾が込められる。しかし、大砲が発射されるより早く、ドラゴンは動く。すさまじい風を巻き起こしながら一度上空へはばたく赤の竜。そして、次の瞬間、急降下を始めた。


「魔術障壁を展開せよ!」


 慌てて怒鳴るアルガダ卿。しかし、魔術師たちはサッと顔を青く染めて首を振った。


「無理です、間に合いません!!」

「なら魔術で応戦を! 町に入れるな!!」


 町に向かって直交落下しようとするレッドドラゴンに、城壁から物理魔術問わず大量の攻撃が殺到する。


 輝く光の槍はレッドドラゴンのきりもみ回転でするりと躱され、大砲の球は竜の下へたどり着く前に勢いを落し、儚く地面に落ちて火薬を散らす。

 アルガダ卿の氷の矢はドラゴンの瞳数センチ下をすれ違うも、残念ながらかすり傷しか与えられない。


 巨体ながら、圧倒的なスピードの竜を前に、兵士たちは乾いた悲鳴を上げる。アルガダ卿は、杖をきつく握ると、兵士たちに怒鳴る。


「総員回避! レッドドラゴンの突撃に備えよ!!」


 次の瞬間、城門に達したレッドドラゴンが、落下のエネルギーをそのままに城門を尾で叩く。


 すさまじい破壊音。揺れる城壁。崩れる石レンガ。


 すさまじい悲鳴と絶叫が城壁を支配する。

 まるでオリハルコンのようなドラゴンの尾の一撃は、容易に石レンガでできた城壁をえぐり、幾人かの兵士を擦り肉に変えた。


 砕けた赤色の液体の付いた金属片……おそらく、兵士の身につけていた鎧の一片……が、アルガダ卿の足元に滑り転がる。

 アルガダは、脂汗を浮かべながら、目を見開く。そして、足元からゆっくりと顔を上げ、城壁に舞い降りたレッドドラゴンの姿を認めた。


「被害報告をしろ! 怪我人は下げ、ドラゴンの攻撃に備えろ!! 動けるものは__悪いが、町のために命をささげてくれ!!!」


 そう怒鳴ると、アルガダは部下に用意させていた、城壁の通路一杯の大きさの紙を広げ、その中央に立つ。

 古ぼけ、端の擦り切れた紙には、赤黒い色の線と円、曲線が描かれている。幾何学模様と言うには、おおよそ禍々しすぎるその図形の上に立ったアルガダは、脂肪で太く丸くなった人差し指にかじりつくと、鮮血を地面に垂らす。


 その様を見た部下は、焦ったようにアルガダ卿に怒鳴る。


「待ってください、子爵様! その術式は……!」

「ああ、国防のための最後の切り札、【セーブザワールド】の魔術陣だ」


 アルガダはそう言いながら、中央に垂らした血液を水晶の杖で伸ばしていく。記号を描き、紋章を加え、あえて書きかけのままだった魔術陣を完成させていく。


「ダメです! それは人間では魔力が足りないはずです!!」

「近衛! 卿を止めろ!」


 涙目でアルガダ卿を止めようとする部下を振り払い、アルガダは怒鳴る。


「見てわからんのか! これは国の危機だ! 何故貴族が『貴族』たるか、貴様はわかっているのか?! 国の危機に命をささげるために『貴族』は存在する!」

「そんなあなたを守るために兵はいるのです! どうか、どうか、貴方は、貴方だけは!!」

「やかましい!」


 アルガダはそう一喝すると、卿を魔術陣から引きずり出そうとしていた近衛の頭を脂肪まみれの腕で殴打する。

 鎧を身につけていた近衛の頭を殴打し、怪我をしたのはアルガダ卿自身だった。兜のとがりで皮膚を裂き、それでも、アルガダ卿は苦痛に顔を少しゆがめたばかりで、決意が揺るぐことはなかった。


 ボロボロと涙をこぼす部下に、アルガダは失笑しながら言う。


「何、そもそも、ワシは死にぞこなったのだ。__妻が、勇者に暴行され、死んだあの日から」







 時は数年前。


 アルガダ・ヒルドライン子爵には、妻がいた。

 妻の名前は、エルシャ・ヒルドライン。もともとはヒルドラインの町娘で、アルガダの一目ぼれから、二人は結婚した。


 数年前のアルガダは、今のように太ってはおらず、むしろそこいらの兵士よりも屈強な肉体に、圧倒的な魔術の才能まで持ち合わせ、格上の公爵令嬢からも縁談が来るほど、高貴な貴族だった。


 妻との間には子供は生まれなかったが、それでも、親族の間で既に次の子爵となるものは決まっており、双方幸せな日々を享受していた。


 しかし、そんなしあわせは、ヒルドライン街に、ある一人の勇者が現れたことで、一転した。


 第55の聖剣を所持する勇者。国での取り決めに従い、アルガダの屋敷で旅立ちのための英気を養っていたその勇者は、あろうことかアルガダの屋敷の使用人を皆殺しにし、アルガダの妻を暴行した。


 仕事から帰ったアルガダが見たのは、アルガダの寝室のベッドの上で、血まみれのボロ雑巾に変り果てた、かつての妻のなれの果て。使用人は大半が一撃で刈り取られていたにも関わらず、エルシャは何度も何度も執拗に切り刻まれた跡が残っていた。


 __血の涙を流したのは、後にも先にも、これきりだっただろう。


 愛しい妻と、仲の良かった使用人を失ったアルガダは、当然勇者をとらえ、法にのっとって殺そうとした。そこに私怨はもちろんあった。怒りのまま、捕縛せずに殺してしまおうかとすら考えていた。

 だが、こんなことをする勇者に、余罪がないわけがないと、自分以外にこの外道によって苦しめられた人がいるはずだと、己の激情を心に閉じ込め、殺さずに勇者をとらえた。


 そして、裁判にかけ、余罪を洗いだし、法にのっとって勇者の処刑をしようとした。


 しかし、それに待ったをかけたのが、国と神殿だった。


 あまりの不祥事に、勇者をそのまま処刑させては神殿の名が汚れる。そう判断したのか、国と神殿は共同で介入し、なんと、勇者を無罪としたのだ。


 暗愚とはいえ、王は王。子爵の身分であるアルガダが逆らうこともできず、勇者には罰金刑のみとなった。その金額は、白貨百枚。


 そんなもので、足りるわけがない。そんなもので、代わりになるわけがない。

 妻の、エルシャの命は、金貨を何億枚積もうが、白金貨を海の水の量だけ用意しようが、足りることのない価値があった。金銭で変えることなどできなかった。使用人たちも、同様だった。


 ただただ、国と神殿に絶望したアルガダは、ニタニタと嫌な笑みを浮かべ、牢屋から出ていく勇者の背を、歯ぎしりして見送ることしかできなかった。

 また、当然のように、白金貨は、支払われなかった。王に訴えようが、神殿に怒鳴りこもうが、「ただがた勇者が白金貨など持っているわけがないだろ」とあきれられるばかり。


 勇者は、アルガダに謝罪する気も、罪を償う気も、誠意さえも見せなかった。


 それ以来、アルガダは、勇者を正義の対象として、国を救う象徴として、見ることなどできなくなった。






 エルシャが死んでから、アルガダは不摂生な毎日を送った。使用人を雇わなかったということもあるが、きちんと設備の整った屋敷に帰ることができなかった、と言う理由が大きかった。


 町の食事は、美味いが毎日食べ続けるにはオーバーカロリーだった。


 悲しみを、失った空白を埋め尽くすように、アルガダは暴食の日々を過ごした。結果として、アルガダは現在の肥満体型に変り果てたのだ。


 勇者に憎悪を覚え、信じる者もなく、愛する者も失ったアルガダは、ただ仕事と暴食で日々の空白を埋めた。だからこそ、見えていなかった。ジルディアスのことを。


 町を破壊したと怒鳴った。勇者風情に、金など支払えるわけがないと吐き捨てた。


 そこに、理由は見えておらず、ただ憎しみのまま怒鳴っていた。

 勇者に、罪を償う気はないはずだから。賠償さえもしないのだから。


 しかして、ジルディアスはそんなアルガダの八つ当たりじみた言葉にあきれながらも、賠償をあっさりと支払ってみせた。おおよそ怒りに支配されかねない方法だったが、部下に命じて金貨を拾わせたところで、妙に頭が重くなった。


 馬鹿馬鹿しいことをしてしまったと。貴族としてあるまじき行動だったと。後から湧いてくる後悔に、ぬぐい切れない勇者に対する憎悪が絡まる。謝罪をしなければいけないとは理解していた。


 だが、加害者ながら、ジルディアスは上位貴族とはいえ、あの行為はいただけない。アレさえなければ、ある程度怒りが収まったところで謝罪に行けていた。

 ジルディアスの侮辱行為に、己の矮小なプライドが足を引き、謝罪の言葉を引き留める。


 いつかは謝罪しないといけない。そう思いながら、彼は今日を迎え、そして、勇者と言う存在に絶望した。


 やはり、勇者に正義はない。あれらに責任感という言葉はない。

 だからこそ、だからこそ、愛すべき町を、愛おしきこの街を、自分が守らなくてはいけない。そのためなら、この命など銅貨一枚よりも安い。


 兵士たちが尊い犠牲を払い、時間を稼ぐ。町のためにその命を散らせた兵士たちには、頭が上がらない。こんな、死にぞこないのために体を張る彼らには。水晶の杖を動かし、陣を作り上げていく。

 最後の一角を書き上げ、アルガダは荒く息を吐きながら、呪文を唱える。


「全属性混合魔法【セーブザワール__」


 しかし、次の瞬間、凄まじい部下の悲鳴に、アルガダは言葉を切って顔を上げる。


 雨雲が押し出された空。切れた雲間から、眩しい日差しが差し込む。

 そこには、二匹目の小柄なレッドドラゴンが、城壁に止まっていたレッドドラゴンに飛び蹴りを食らわせていた。

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