6話 魔王と花嫁の結婚式(3)
前回のあらすじ
・ゲイティス戦
華やかな花火が青空のパレットを彩り、これから始まる結婚式の機運を盛り上げる。眩しい太陽の下、地面の付近では異色の勇者二人による血なまぐさい戦闘が繰り広げられていた。
黒の聖剣を操るゲイティスは、どす黒く汚れた刃で恩田の腹を貫く。普通の人間なら……否、優れた戦士だろうとも痛みと出血で致命に至る攻撃を食らっておきながら、恩田は手に持っていた箒をフルスイングしてゲイティスの頭を狙う。
たやすく攻撃は回避され、その代わりに間合いがあく。その瞬間に恩田は即座にこぼれかけた内臓を腹に押し戻しながら回復魔法を使用する。
回復の隙に投げられた複数のナイフは、風の結界に阻まれ、それていく。
「……ロアに風魔法軽く教えてもらってよかった。バリア特攻の武器に対しても有効っぽいしな」
恩田はそう言いながら、手近にいた兵士に声をかけ、手を握って魔力を借りる。他者からの魔力譲渡を無条件に行える恩田は、MPを持っている人さえいれば実質MP無制限であるため、長期戦闘もこなせる。……とはいえ、泥仕合なのだが。
黒の刃に浮いた血を振り払いながら、ゲイティスは金色の目を細める。
__ガードが堅い。一撃で仕留めないと永遠に回復魔法を使われる。時々誰かの手を握りに行っているのは、MP補給か? 聖剣の状態じゃなくともMP譲渡が出来たのか。
恩田は攻撃能力が低い代わりに、徹底的な生存力がある。遠距離攻撃で虚を突こうにも風の防壁がそれを阻み、正面から殺しに行けば回復魔法で生き永らえられる。大規模魔法はそもそもバリアで防がれ、他人を人質にしに行こうとすれば自分の体すら捨てるような特攻を仕掛けてくる。
なるほど、ちまちまと相手の体力を削り、絶望させてから殺したい己とは、根本的に相性が悪い。
__せめて入れ墨の拘束がなければ……つーか、時間制限が地味に面倒すぎる。タイマンより足手まといがいた方がいいと思ってここで仕掛けたが……MP奪取があるなら、タイマンの方がましだったか。
苦痛を顔に出しながら、それでも戦い続けられる恩田に、ゲイティスは心底楽しそうに微笑みながらも、その頭脳では冷静に分析を続ける。
ゲイティスのMPは観衆からMPを譲渡してもらえる恩田とは違い有限だ。脱出用の魔道具はあるにはあるが、これを使うのだって最低限MPがいる。
MPの節約をしながら戦う? それとも、バリアすら突破する火力で一気に一撃必殺を狙う?
迫られる二択。そんな中で、ゲイティスは、三つ目の選択肢を選んだ。
攻撃魔法の展開を止め、自身にバフ魔法をかける。自己強化と光魔法による回復は入れ墨の束縛に抵触するため、一瞬全身に痛みが駆け抜けるが、耐えきれないほどではない。腹に刻まれた刻印が爆発した時の方が痛かった。
正直なところ、ゲイティスは全身に刻まれた刻印に干渉されると即死級の束縛が発動しかねない。恩田の場合は最悪右手を失うだけで済むが、全身だとそうもいかないのだ。
__身代わりを増やしておいてよかった。あと三回くらいならいけるな。
本来なら使うことのできない魔法に関しては、他人に入れ墨の束縛を転嫁させている。強化魔法を使うとたしか、左腕が腐れ落ちるはずだ。
「【インテリジェンス】、【バイタリティ】、【ブレイブハート】」
続けて三つの強化魔法を紡ぐ。……遠くの国で、どこかの誰かの四肢は腐れ落ち、耐えがたい苦痛によって殺されたのだろう。ためらうこともなく人の命と引き換えに強化魔法を紡ぎあげた外道の勇者は、聖剣のない勇者に黒の剣での白兵戦を挑む。
「げっ……!」
恩田は小さく声を上げながら、振り下ろされた刃を箒で受け止める。当然ながら、箒は簡単に切り落とされ、使い物にならなくなった。
そう、恩田の弱点は接近戦だった。イリシュテアでジルディアスによって特訓してもらったため、まったくもって接近戦ができないというわけではない。ただ、肉体が聖剣であったならば死を恐れずに前に出ればよかったのだが、現在はただの人間だ。聖剣だったころのように戦えば間違いなく死ぬ。そのため、恩田はゲイティスとの間合いのはかり方をはかりかねていた。
ぐ、と奥歯を噛みしめてから、恩田は左手にライトジャベリンを展開する。光は熱を発し素手でつかむにはやや熱いが、触れないほどでもない。発動体となっている左手でならジャベリンをつかむこともできる。
強烈な輝きを放つジャベリンを武器に、恩田はゲイティスに黒の瞳を向ける。
「くらえ!」
大ぶりなライトジャベリンでの薙ぎ払い。反射的に黒の剣で受け止め、カウンターをしようとしたゲイティスだが、あることに気が付いてその場を飛びのいた。
ライトジャベリンはその形を揺らがせながら黒の剣を貫通し、ゲイティスの鼻先三寸を通り抜けていく。
所詮光の塊であるライトジャベリンは、普通の武器とは打ち合いにならない。
「いいな、その技。俺ちゃんも後でまねさせてくれ」
「後二分足らずでとっ捕まるお前に後も何もないだろ」
「いいねいいねぇ、そういう減らず口。ズタボロにしたくなる」
「キメエ!!」
叫ぶ恩田の声。
あたりをまばゆく照らすライトジャベリンを握り締め、再び槍の突きを放つ。
飽和した魔力がバチバチと雷鳴を鳴らしながら通り抜け、ゲイティスは小さく舌打ちをしながら、バリアを展開し、魔法を跳ね返す。しかし、槍そのものが魔法であるため反射の効果は薄く、くすんだ金色のバリアの表面が薄く焦がされる。
恩田はためらうことなくバリアに触れると、魔法からMPを奪取する。
「!」
崩壊した防御魔法。それを見たゲイティスは、小さく舌打ちをして、そのまま突っ立っていた恩田の懐に飛び込む。
「死ね」
短い宣告のあと、回避すらできない恩田の喉笛を掻っ切るように剣を振るう。魔法を展開する余裕もなく、体さばきでよけることもできない恩田の喉元に、黒の刃が近づく。
それでも、恩田はいまだに不敵な笑みを浮かべ、言った。
「しなねーよ」
左手を盾に、黒の刃を受け止める。そして同時に、そのままゲイティスに組み付く。素人の組み付きに対し、ゲイティスはあざ笑いながら懐から錆びたナイフを取り出し、恩田の腹を裂く。
それでも、恩田は組み付きを離さなかった。
理解しかねる状況に、ゲイティスは視線だけで恩田を見る。そして、気が付いた。
恩田は、その黒の瞳をかっぴらいて、壮絶に笑っていた。
胸騒ぎがする。まずい。
ゲイティスは反射的にそう思ったが、組み付きから逃れようとしても逃れられない。筋力自体は低いが、それでも素人ながらに抑えるべき場所をきっちり抑えて組み付いていたのだ。
ぐ、と喉奥から声を漏らしながら、ゲイティスは恩田の体の腱を切って逃れようとする。しかし、それよりも先に、微笑んだままの恩田が口を開いた。
「刻印、ただ魔法を使う分には問題ないんだが、流石に皮膚切られると崩壊するんだよなぁ!」
「お前っ……!!」
ゲイティスの首筋に絡めつけるように組み付いた、恩田の左腕。手の甲からは、血が滴っている。
そんな状況の左腕に、恩田はためらうこともなく魔力を集中させた。
すさまじい閃光が走り、破損した刻印に魔力が過剰供給される。そして、その魔力量に耐え切れず、恩田の左腕は爆発した。
「痛ってええええ!!」
恩田の絶叫。血と魔力が混ざり合い、雷交じりの爆破により、肩数センチ先から骨ごと左腕を失う。
恩田は多量の失血と苦痛で目の前がちかちかするのを感じながら、近くで茫然としていたフロライト兵に言う。
「発動体貸してくれないか?」
「あ、ああ」
だばだばと流れる血にドン引きしながら、フロライトは表情をひきつらせながらも指輪を恩田に手渡す。右手で指輪を受け取った恩田は、ヒールを使用して腕を治す。
刻印がなくなってしまった左腕を見ながら、恩田は小さく肩をすくめる。
「……逃げられたが、深手は追わせられたな」
「回復魔法を使われたらまずいのでは?」
「爆破させるのに俺だけのMPじゃ足りなかったから、結構あの野郎のMP消費したし、秒で回復はしないだろ。MPポーション持ってたらダメそうだが」
そう言って恩田は困ったように眉を下げる。
「……礼服、どうすっかな……」
返り血と自分の血に汚れ、袖もないボロボロの礼服を身にまとった恩田は、壊れて使い物にならなくなった箒を見て、眉を下げた。
結婚式会場では、ジルディアスとユミルが互いに手を握って会式の時間を待っていた。
ユミルの衣装は純白のドレスではなく、淡い金色のドレス。まるで月光を紡いだかのように美しい布地のドレスを身にまとった彼女は、少しだけ不安そうにジルディアスの手を握る。
「……本当に、私でいいの、ジル」
ぽつり、と、ユミルはジルディアスに問う。
その言葉の意味は、きっと複数あるのだろう。神代出身とはいえ、身分が平民であること。両親も友人もすべてが失われた過去にあること。神代魔法を使うことができるために神殿に目をつけられていること。……いまだに光の妖精に狙われているかもしれないこと。
不安そうに黒髪を揺らす彼女に、ジルディアスは、短く言った。
「ユミル。お前じゃないとだめだ」
「……ほかの国の王女様から求婚されているの、知っているよ。彼女の方が、身分もお顔立ちもいいじゃない」
「俺が求めているのはより条件のいい良い女じゃない。お前だけだ」
手を握る二人。片方の手は冷たく、脈がない。アンデットであるジルディアスは、額の角がひどく邪魔だと感じられた。
温いユミルの手をぎゅっと握り、ジルディアスは、いう。
「ユミルこそ、いいのか。俺とで」
短いその言葉には、きっとユミル同様、いくつもの意味が込められていた。
現状各国から疑問の目で見られていること。魔王となってしまったこと。アンデットであること。多方面から恨みを買っており、今日も命を狙われているかもしれないこと。……現状、ユミルを神代に帰してやるための魔法を、探していないこと。
……結局、二人はどちらも長所だけの人間ではない。互いに欠点があって、互いに埋めることのできない過去があって、それでも、互いにひかれあっていた。
らしくもなく不安そうなジルディアスに、ユミルは微笑んで言う。
「ジルディアスさん以上に素敵な方を私は知りませんよ」
愛し合う二人は、扉の前から聞こえてきた、二人を呼ぶ声に従い、赤色のカーペットの上を歩きだす。
元勇者であり現在魔王の彼と、かつて妖精の花嫁だった彼女の結婚式が、開式した。