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5話 魔王と花嫁の結婚式(2)

前回のあらすじ

・ジルディアスとユミルの結婚式が始まりそう

 青空を彩る花火が空気を震わせ、気分を高揚させる。

 頬を撫でる風は暖かく、太陽は眩しい。素晴らしい陽気だ。


 箒での移動はまあまあなれた。長距離を移動しないなら、魔力の消費に関しても問題はない。何気にスキル効果二倍の祝福が良い仕事をしてくれるため、少ない魔力で十分に移動できるのだ。


 箒に座って移動できるのはまあいいのだが、どうせなら箒にサドルとかつけたい。ジルディアスは確か箒に座らず膝立ちで移動していたような気がするが、流石に俺はアレは無理だ。シンプルに筋力とバランス力が足りない。


 箒で移動する俺に、かわいらしいドレスを身にまとった少女がにこにこと笑って手を振る。俺は笑って手を振り返した。

 フロライト邸に近づくにつれて、馬車の列が出来上がっていき、歩いてやってきた参加者の列も見えてきた。俺はそんな列の最後尾に並び、列が進むのを待つ。


 そんな時だった。ぴり、と、肌に突き刺さる何らかの直感が働き、俺はほぼ反射的にバリアを展開していた。


 その次の瞬間、俺の顔面数メートル手前で、鋼がバリアにはじかれ、ガシャンと高らかな音が響く。タイルの道に転がったのは、錆の浮いた古ぼけた刃物。地面に転がって、赤さびなのか古い血なのかわからないどす黒い何かの跡が、タイルに線を描く。


 一拍遅れて状況をつかんだ人々が、悲鳴を上げ始める。


 俺は即座に声を出す。


「落ち着いてくれ! フロライト兵がいる! あと、最悪俺がいる!!」


 俺はそう叫んで、左手に持っていた箒を再び握り、ナイフの飛んできた方を見る。

 しかし、そこには誰もいない。それを見て、俺は反射的に背後にバリアを張った。


 ガキン!!


 響き渡る金属音と、俺の背中十センチ手前で防がれた黒の刃。同時に、狂気的な笑い声が、背後に響く。深くかぶられたフードの下から、獣のようにはねた赤黒い髪の毛が見えていた。


 ローブを身にまとい、全身に入れ墨を入れられた金の瞳の男。この下手人に、俺は見覚えがあった。というか流石にインパクトがありすぎて忘れられない。


「生きていたのか、ゲイティス!!」

「うれしいぜユージロー。生き返ったんだってな? 俺様がぶっ殺してやるからさぁ、泣いてわめいて断末魔を聞かせてくれよォ!!」


 ゲラゲラと笑い声をあげながら、どす黒い聖剣を振るう外道勇者ゲイティス。光の妖精と戦闘しているときに見失ったが、どうやら生きていたらしい。今更何をしに来たのだ?


 そう思った俺だったが、バリアがどす黒く溶けていくのを見て慌てて箒に飛び乗り、その場から飛びのく。

 その次の瞬間、炎の壁が俺のバリアの周りを取り囲み、熱で黒くよどんだ金色のバリアを割り砕く。反射的に撤退していた俺は何とか逃げ切れたが、バリアの中に引きこもっていたら間違いなく死んでいた。


「まじかよこいつ……!」


 俺はほかの人々を守るためにバリアを張っていたため、おそらく割れた瞬間にバリアを追加、とかは魔法の三重展開に当たるため結構難しい。強度が下がってしまうと俺かほかの人々が負傷する可能性があるため無理だ。


 ゲイティスは並んでいた人々を守るために展開された黄金の障壁を見て、心底楽しそうに笑う。彼の右手の聖剣はどす黒く、見るだけでぞっとする。あれを触るだけで怪我しそうだ。


 箒の上で左手を発動体に光の槍を展開した俺に対し、ゲイティスは両手を広げて演説するように、心底楽しそうに、いう。


「俺ちゃん天才だからさ、最近面白い魔法を作ったんだぜ。__【破障(アンチバリア)】!」


 短く詠唱されたその呪文。全く知らない呪文は黒の聖剣を発動体に黒色の衝撃波をあたりに放つ。

 黒の衝撃波が金の障壁に触れた瞬間、バリアは黒く汚れゆっくりと解け始める。まじかよ!!


 ゲイティスが次の呪文を紡ぐよりも先に展開していた光の槍を射出する。周りの人に被害を与えるわけにはいかない。どうにかこいつをここから離さなければ……!


 そう思っていた俺に、ゲイティスは肩をすくめていう。


「この呪文、バリアをぶっ壊して内部の人間を破壊したバリアで攻撃する魔法だったんだけどな。やっぱりお前は最高だ、ユージロー!」

「こっち見んな変態通り魔!」


 恍惚とした金色の瞳で俺を見るゲイティスに、俺は思わず小学生みたいな悪口を言う。スキル効果二倍の祝福のおかげか、それとも単純に俺のバリアが変なのかまじでわからないが、ともかくほかの人たちに下手にバリアを張らせると、負傷者が出かねない。


 空を飛ぶ俺に対し、ゲイティスは黒の聖剣を使ってどす黒いファイアジャベリンを展開する。攻撃が軒並み穢れをはらんでいるのか、俺としても対応がしにくい。というか俺は対アンデットならまだしも、対人は苦手なんだ!


 さすがに今逃げるわけにはいかない。ジルディアスの結婚式だっていうのに、死人が出るのは不本意だ。となると、どうするべきか……


 すっ飛んできた炎の槍を防護壁で防ぎながら、俺は思考する。

 MPポーション持っているから、最悪空中で耐久し続けてもいいっちゃいいが、少なくともこの場に居続けると周りの人が怪我をしかねない。……なら、仕方ない。こうするか。


 俺は嫌々楽しそうに術式を組んでいるゲイティスに向かって言う。


「ここだと地面に降りてタイマンできない。が、フロライトの城壁の外でなら純粋な戦闘をしてやらんこともない、としたらどうする?」

「あー……うーん? ……俺ちゃん、もともと虐殺の予定だったけど、ユージローがいるならそっちの方が面白いからな……どうすっかな……皆殺しの気分っちゃ気分なんだが……」


 まあまあ真剣に悩み始めるゲイティス。そんな間にこの騒動に気が付いたらしいフロライト騎士団の団員がゲイティスを包囲する。お、ラッキー。これでどうにかなるか?


「確保ォォォォオ!!」

「……うるせえよ雑魚ども。俺様が考えている最中だろうが!」


 剣を構え、ゲイティスを捕縛しようとしたフロライト兵たち。しかし、どうやら相手が悪かったらしい。無詠唱でバリアを展開したゲイティスは、そのままバリアの術式を反転させ、攻撃の勢いをそのまま相手に跳ね返した。まじかよそんなことできるの?!


 ゲイティスを確実に仕留めるため、結構な強さで殴り掛かりに行っていたらしい兵士たちは、冗談みたいに吹っ飛び、あたりにうめき声が聞こえる。そんな彼らを見て、ゲイティスはぐっと眉をしかめる。


「死ななかったか……やっぱりフロライトの連中は面白いな。ただ、今じゃねえんだよなァ……」

「で、どうする? このままなら俺、全速力でシスとウィルド呼びに行くぜ? フロライト騎士団の人たち強いから、多分1分なら持つだろ」

「ほ、捕縛に成功するとは言ってくれないのですね……」


 吹っ飛ばされたフロライト兵の一人が、立ち上がりながら言う。その言葉に俺は思わず肩をすくめた。


「無理だろ、あんな変質者でも一応勇者だぞあれ。聖剣使ってる以上、並みの武器じゃまず無理だし、あの変態殺人鬼、何気にジルディアスから二回も逃げきってるからな」

「俺ちゃんのこと変態だのなんだのとひとくくりにできるところ、最高だと思うぜユージロー。後で古文書にあった拷問一通り試す予定だからどれが一番クルか教えてくれよ」


 恍惚とした笑みを浮かべて言うゲイティスに、俺はただ眉間にしわを寄せることしかできない。まじでキモイこいつ!


「そろそろ決まったか? 返答がないなら、俺はフロライト兵にバフ魔法かけてから超特急でシスとウィルド呼びに行く。この距離ならたぶん往復一分かからねえだろ」

「面白い、乗ってやるよ。ウィルドとかいうやつは強すぎて面白くないし、あのクソ祓魔師女は全然絶望しないから面白くない」


 ゲイティスは楽しそうに言うと聖剣を鞘に戻し、両手を上げた。

 シスさんをクソ女呼ばわりとかいい度胸だな、ぶっ飛ばす。心の中で俺はそう思いながら、箒にかけた魔法を解き、地面に降りる。


 その次の瞬間、俺の右太ももに苦痛が走った。


「ぐっ……?!」


 訳が分からず足を見ると、そこには錆びたナイフが突き刺さっていた。

 ニタリと笑うゲイティス。次の瞬間、俺の首めがけて古びたくぎが飛んできたのを見た。地面を転がってくぎを回避すれば、血の付いた糸鋸が俺の頬を割いた。


 なんだ?! 何があった?!


 訳が分からずゲイティスの方を見る。そして、俺はやっとその時気が付いた。__両手を上げて立っているゲイティスの足元に、影がない。


「__苦痛にゆがむ顔、最高だよなァ?! 俺は()()()()()()()ことにする。楽しい楽しい皆殺しの始まりだ!」


 ()()から聞こえてきた声。ゲイティスはそういうなり、ローブの前を開き、錆びた大量の武器を縫い付けた裏地をさらす。

 あれはデコイか! そんな魔法、知らねえよ!


 小さく息をのみ、俺は反射的にバリアを展開する。黒の聖剣と金のバリアがぶつかり合い、火花が飛び散る。そんなバリアを黒の聖剣は溶かしながら突破しようとしてきた。俺は慌てて右手に箒をつかみ、切りかかってきた黒の聖剣を受け止める。


 さすがに今この場で死ぬわけにはいかない。今死ぬと普通に死ぬし、まだシスさんに告白してないのに死ねない。そして、今ここで死ぬとほかの人が犠牲になりかねない。


 俺は自身にバフ魔法をかけ、ステータスを上げておく。

 ゲイティスは楽しそうに笑いながら、右手の指を鳴らす。すると、あたりに穢れの気配が満ちた。


「魔王のかけら、あれはいいよなァ。適当な生物に刺しときゃ勝手に増えるし、俺様なら普通にぶっ殺せるから雑魚どもをぶち殺すにはなかなかいい」

「お前っ……!」


 ゲイティスのその言葉通り、影からずるずるとはい出てくる結晶の生えた穢れた怪物たち。まずい、このままだとマジで町に被害が出る。俺は左手を構えて、即座に魔法を発動した。


「【エリアヒール】!」


 周囲に持続ダメージを与え、適当な生物に与えようとしていた穢れた怪物のヘイトを俺に引き付ける。そして、住民たちを守るために戦闘を始めたフロライト兵の一人に声をかける。


「そこの部分ハゲの人! 会場行ってウィルド呼んできてくれ!」

「誰が部分ハゲだ!」


 頭頂部だけ髪の毛のない兵士は額に青筋を浮かべる。それでも、すぐそばで腐った爪を振り下ろそうとしていた怪物を剣で切り払い、フロライト邸に向かって走り出す。ついでに魔法で部分ハゲ……いや、フロライト兵にバフをかける。


 あの兵士がフロライト邸にたどり着くまで多分2分。そこからウィルドが俺のところに来るまで多分30秒くらい。不測の事態を備えて3分耐久出来ればそれでいい。


 部分ハゲのおっさんに遠距離攻撃魔法を仕掛けたゲイティスに握りしめた右こぶしを叩き込む。顔面向かって振りぬいた拳は、あっさりと手のひらにまで入れ墨の入れられたゲイティスの左手に受け止められ、逆に黒の聖剣で右手を吹っ飛ばされた。


 翻訳で稼いだ金で買った礼服ごと右手が転がる。俺はもちろん、騒がず焦らず光魔法で右手を治し、ゲイティスの追撃を回避する。やはり肉弾戦では俺が不利だ。


 ためらうこともなく手を治した恩田を見て、ゲイティスは内心冷や汗をかく。


__普通、片手なくなると痛みでまず動けねえはずなんだが……あいつ普通に直して戦闘継続しやがった。


 ジルディアスの剣として旅をしてきていたからこその異常なまでの痛覚体制。人並外れた身体欠損への恐怖の欠落。痛みはあるらしいことはわかっていても、その恐怖を軽々と乗り越え、ためらうことなく拳を握りしめられるだけの胆力。そして、勝てるはずもない敵に対して向かい合える蛮勇と言えるほどの勇気。


 ああなるほど、恩田も確かに勇者たる資格を持っている。

 ゲイティスはまっすぐと自身に目を向ける恩田を見て、心がときめくのを感じる。ああ、あれが勇者なのか。


__ああ、あの聖人じみた面を、ズタボロにしてやりたい……!


 宗教的な支えから死ぬことを恐れない祓魔師とは違う。義務のままに剣を振るう新たな魔王とは違う。ただの人でありながら、それでも心の底から勇者であり続ける彼を、殺したい。絶望する顔を見たい。


 そんなゲイティスの思考に気が付かず、恩田は無理やり笑って言う。


「3分間の泥仕合をしようぜ。生きてたら俺の勝ちな」

「……やっぱり最高だな、ユージロー。サクッとぶっ殺さなきゃいけねえのがもったいないくらいには」


 ただ、楽しく生きたいだけだった。気に入らないやつを皆殺しにして、己の才能をもってして一度きりの人生を楽しく生きたいだけだった。

 それでも、ふと、心に疑問がもたげる。


__ユージローが俺様のもとにいたなら、俺様はまともに生きていけたのか……?


 周囲に誤解を生む言動をしていて、そのうえで本人も苛烈で外道な性格のジルディアスは、今や英雄だ。終わらない迫害に苦しみながらも、神にすがって現実逃避をし続けてきていた祓魔師は、今や現実を見て各々の生を全うしている。


 快楽と狂気に身をゆだねた殺人鬼は、変わらない。否、変われない。


__俺様は、俺様だった。それ以上でも以下でもない。


 そこまで考えたところで、ゲイティスはふと、自分の気分が悪いことに気が付いた。気分が悪いのはだめだ。楽しくなければ、つまらない。己が楽しければ、他人がどれだけ不幸になろうとも、かまわない。


 黒の聖剣を構え、ゲイティスは高らかに笑う。


「何人ぶっ殺せるかチャレンジでもやってみるか!」

「させるわけねえだろ、バーカ!」


 青い空の下、聖剣のない勇者と己の役目を普通に無視した殺人鬼は戦闘を始めた。

【アンチバリア、デコイ】

 ゲイティスが作った魔法。実はデコイは魔道具も使っている。

 変態殺人鬼ではあるが、ゲイティスは本人が自称しているように間違いなく天才であり、ほかにもオリジナルの魔法をいくつか持っている。とはいえ、多くの魔法は今までの罪でその体に刻まれた刻印によって封印されており、実は戦闘行為自体に制限もかなりある。


 まっとうな人間性を持ち合わせていたら間違いなく英雄になるだけの素質があったのだが、天性の快楽主義者ゆえに最悪の悪党として生き続けている。

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