3話 君が笑えば
前回のあらすじ
・シスと恩田がレベリング
三日間のレベリング行脚の結果、俺は、強くなった。……うん、強くなったよ、本当に。光魔法はとりあえずレベル10になったし、ついでに余ったスキルレベルで錬金術と風魔法にもスキルを振れた。戦闘技能? 魔法が使えればそれでいいだろ。そもそも身近に近接戦最凶が一人と近接戦も最強が一人とそもそも人外で最強なのが一人いるのだ。彼等を目指す方がアホだ。
新たに風魔法をとったのは、移動方法が欲しかったからだ。シスもジルディアスも基本的に足が速いし、移動となると平気で一晩二晩走りっぱなしとかするタイプの人種だ。俺は一般人なので、そんなことをしていたら間違いなく死ぬ。よって、風魔法第四位の【フライ】をとって、箒による移動ができるようにしたのだ。
後は単純に、自力で空を飛ぶって楽しそうだからとりたかった。
三日ぶりにフロライトの門を見た俺は、思わず目元に手を当てる。生きて帰れてよかった。何回死ぬと思ったかもはや数え切れなかった。
げっそりとした表情を浮かべたまま、それでも心配になった俺は、思わずシスさんの方を見てしまう。
元々弱かった俺は、転生したことでより弱くなったし、復活というアドバンテージを失った今、シスさんを守れるほどの力はない。大好きな人を守れないことほど無力なことはない。シスさんが強いことはわかっている。十分以上に分かっている。死にゆく俺に対して『蘇るのを待っている』と言ってくれていたらしい彼女が弱いわけがない。それでも彼女を大切にするのに、この世界ではどうしても力がいる。
強くなりたい。というか、彼女を守る力が欲しい。……いや、魔王か悪役かなにかか?
「ごめんね、シスさん……俺、この三日間不甲斐なかったよな……」
沈み込んだ思考のまま、俺は隣でぴんぴんしているシスさんに声をかける。彼女も三日三晩戦い続けていたはずなのに、何でこんなに元気なんだ?
そんなことを考えていた俺に、シスは首を傾げて口を開く。
「いえ、ユージさんはずっと素晴らしかったですよ? 多くの人は強大な敵を前にした時、戦うことが出来ませんから。貴方は敵に対して正しく恐怖しながらも、戦い続けたじゃないですか。並大抵の人ができることではありませんよ?」
「いや、でも、ビビっててダサくなかった?」
「師匠とレベリングしていた時の私の方がもっと情けないですから。大丈夫です」
にっこりと優しく微笑んでシスは言う。可愛いなぁ、シスさんは。
ともあれ、これでレベリングは十分だ。こっから勉強と金稼ぎをしなければならない。忙しくなる。
フロライトに入ってから一旦シスとは別れ、三日間のレベリングで入手したアンデットの魔石を売り払い、多少懐に余裕ができた俺は、まずは入れ墨を入れるための用具を購入した。
やっぱり、左手の刻印はあったほうがいい。便利だし何よりも光魔法特化の俺にとっては刻印次第で威力増強や詠唱速度上昇を付与できるのがうれしい。
サクッと商品を買ってから、俺はどこに行く当てもなかったので、フロライトの中央広場に移動する。俺の像があるので正直あんまり近づきたくないが、居場所がないので仕方ない。
購入した商品の入った紙袋を前に、銅像の台座に座った俺は、腕を組んで考える。
今の俺は生身。普通に入れ墨をすると、刻印失敗で腕を吹っ飛ばせば最悪失血死もあり得る。インクと入れ墨を入れるための注射針のようなものを片手に、俺は考える。
「とりあえず、失敗した時のために止血をしてくれる人がいるな。光魔法とれたから腕吹っ飛んでも治せるっちゃ治せるし。ただ、失血がな……」
流石に死にたくはないので、せめて見守ってくれる人が欲しい。そして、初対面の人に腕が爆発するという凄惨な光景を魅せるわけにはいかない。シスには流石に無理。
青空の下、忙しそうに仕事をする人々を横目に、俺はポリポリと頭をかいた。
「どうするかなー……」
「どうした、勇者殿?」
考え込んでいた俺に、ふと、誰かが声をかけてきた。その声に顔を上げると、そこにいたのは、ハーフエルフの神官ロアだった。
割れた琥珀の杖を片手に声をかけてきた彼は、不思議そうに長い耳を横に傾ける。
「ああ、久しぶりだな。いやー、ちょっと考え事があって」
「そうか。内容にもよるが、手伝おうか? 正直なところ、エルフの村にはまだ戻れないからな。やることは特にないんだ」
ロアはそう言ってちらりと銅像を見る。
「……こう見ると、思ったよりも似ていないな……」
「美化され過ぎだよな。もうちょい平たい顔してるぜ、俺」
「そこまでは言わなくていいだろう。俺だってエルフ基準では不細工の類だ」
「お前が不細工だったら俺は何? ゴブリンか何かか??」
「煽ったつもりはなかったが……おそらく彫刻家たちはそんなに君の顔を見れていなかったわけだから、おそらく顔のモデルはジルディアス殿をベースにしているのだろう。その代わり、背格好はかなり似ているではないか」
「聖剣のデザインはすごいと思うけどさ……」
ロアの指摘通り、銅像の顔はかなり美化された俺である。そのため、ご本人が銅像の後ろに座っていても声をかけられていないのだ。つーか、俺は聖剣だった時期が長すぎたため、フロライトではそこまで顔が売れていない。むしろ祓魔師として闘技場にも出場したため、イリシュテアの方が俺のことを知っている人が多いことだろう。……主に恨み方面で。
ちなみに、余談ではあるがプレシスには日本人のようなアジア系の顔立ちの人間はほぼいない。
そんな風に雑談をしていたが、俺はふとあることを思い出して、ロアに問いかける。
「そういや、もしかしてロアって応急手当とか……特に止血とかってできたりする?」
「突然どうした? いやまあ、エルフの戦士もしていたし、できないわけではないが……?」
まあまあ唐突な俺の質問に、ロアは耳を傾げて言う。ぐっと拳を握り締め、俺は言った。
「刻印作業、手伝ってくれない? ちょっとバイト代出すから」
そうして、俺はロアとともに入れ墨による刻印作業を行った。
まあ、まずロアから大反対されたが、俺が光魔法を最終位まで使えること、ついでにすぐに止血すればとりあえずは死なないこと、ついでに今まで聖剣として発動体なしで魔法が使えるのが当たり前で、日常生活に苦労していることを伝えたら、本当に渋々承諾してくれた。本当にいい人だよな……
言いくるめて入れ墨の材料を持って再び門の外に出る。流石に壁内で腕を爆発させるほど俺は気が狂っていない。
さて、入れ墨だが、結論から言おう。できた。
できた、が、普通に痛かったし、もう一度やろうとは二度と思わない。
腕爆発自体は二回くらいで済んだ。失血もロアが最小限に抑えてくれたため、ほぼ問題ない。ついでに、俺のスキル効果2倍が働いて失った血液もかなり戻せたので、貧血にもならなかった。
刻印も上手くいった。光魔法に限って効果増大や詠唱速度上昇などの効果も付与できた。……だから、血を光魔法で掃除して、肉片をあらかたまとめて回収してから、すぐに帰っちゃったんだよね。
それが大きなミスだったんだよなぁ……。
いつも通りフロライト邸で業務を行っていたジルディアスは、すさまじいノックの音が聞こえてきて、書類から顔を上げた。
ジルディアスの返事も待たずどたばたと室内に入ってきたのは、焦った顔をしたクラウディオだった。
「ジルディアス! マズい、事件だ!」
「ノックの返事も待てないのかお前は」
あきれたように言うジルディアスをよそに、完全にパニック気味のクラウディオは、焦りながらも口を開く。
「いいか、落ち着けよ、部屋飛び出さずに聞いてくれ!」
「まずお前が落ち着け、クラウディオ。三秒以内に落ち着かなければ張り倒す」
「門の外にユージのものらしき左手が落ちていた。シスさんに聞いたら、互いの買い物のために別れてから会ってないって……!」
三秒以内にクラウディオがそう言い切った瞬間、ジルディアスは執務室の背後の窓を叩き割り、外へと飛び出した。高らかに鳴り響くガラスの破壊音、飛び散る透明な破片、同時に、黒結晶の生成の応用で箒を創り出した彼は、それに飛び乗った。
あまりにも鮮やかに仕事を放り捨てて超速で外へ出て行ったジルディアスに、クラウディオはただ茫然とすることしかできなかった。
……なお、ジルディアスからすれば、三日間行方不明だったうえに再会すらせずに左手発見、という状態である。もちろん、彼は恩田が弱体化したことを重々承知していたうえでの話だ。
三十分後、無事を確認された恩田は、街のど真ん中で正座をさせられ、大説教された。その後、取っ組み合いに発展し、恩田の左腕は再度爆発した。
回復魔法を使えるがために治療院で長期入院するまでもなく退院した俺は、今度は勉強をすることになった。金策をしたかったが、左手の刻印が不安定すぎるため、定着するまでは戦闘禁止処置となったのだ。まさか、左手浅く切られただけで魔法陣崩れた判定になって爆発するとは思わなかったよね。ある程度痛みに慣れている俺じゃなかったら、痛みでショック死しかねないぞ。
そもそも生体に刻印するのが常軌を逸脱する思考であるため、生体刻印に関する資料がほぼない。そのため、そもそも入れ墨で良いのか、書いている魔法陣は正しいのかという基礎的なところがそもそもないのだ。まあそもそも、肉体そのものを発動体にしようというトチ狂ったことを考える人間は異世界人でも多くはないだろう。
そんな中でも俺はうっかり刻印を成功させているし、ジルディアスによって術式を破損させられる前までは普通に運用できていた。つまり、生体刻印自体は可能なのだ。問題は、それが損傷した時である、というだけで。
というわけで、新しいほうの刻印は、しっかり色が出る入れ墨にして、血で赤く汚れても問題ないようにした。なお、その理論を紙に書いてプレゼンしたら、ジルディアスに頭を抱えられて『竜人族向け人間倫理』という笑顔で人とドラゴンみたいなのが手をつないでいる表紙の本で顔面を殴られた。セントラルの言語じゃなかったけど、どこで手に入れた本なのそれ?
キレ散らかしたジルディアスにいつから金策をできるのか確認をしたところ、眉間に手を当てながらこう言われた。
「基本的な人間の倫理観と思考力を身に着けてからだ。お前の思想は破滅的すぎる。聖剣の時のノリで動くな。比較的すぐに死ぬのだぞ、人間は」
「んなこと言われたって……光魔法使えるから、即死しなければ死にはしないだろ。刻印だって周りに被害がないように外でやったし」
「死ななければそれでいいわけではないだろうが」
「お前だけには言われたくないなぁ……」
己の正義を貫くために拷問直後武器なしで魔王城へ歩いて移動していたどこぞの勇者に対し、俺は思わずそう言う。その瞬間容赦のない鉄拳が俺の頭蓋骨を捉えた。馬鹿野郎、俺が光魔法使えなかったら死んでいたぞ?!
ともあれ、無鉄砲すぎる俺はこっぴどくジルディアスから叱られたし、何よりもシスさんにめちゃくちゃ心配されたので、反省して左手の刻印が定着するまでは勉強に専念することにした。どちらにせよソフィリアの学園に行くなら勉強はしなきゃいけないからな。
パラパラと本をめくりながら、俺はふとあることを思い出して、頭を抱えた。
「……シスさんにまだプロポーズできてねぇじゃん!!」
そう、まだ、結婚準備金が貯められていないのだ。