2話 再レベリング
前回のあらすじ
・病室スタート
・ジルディアス「レベリングして、シスと結婚して、学園行って勉強して来い」
・恩田「おk」
退院直前に看護師からガチ説教というまあまあ出鼻をくじかれる出来事がありながらも、俺はジルディアスからもらった金属製のロッドを片手にシスがいるはずのフロライト騎士団の本部横に新設された祓魔師師団の設備へ向かう。
イリシュテアの祓魔師たちは複数人で行動していると多くの場合非難にさらされたため、単独行動をとることが多かった。そのため死者数も非常に多かったのだが、フロライトへ移れば何人で行動していてもまず非難されることはなく、むしろセントラルの腑抜けた聖職者たちよりも真面目に聖職者していることから尊敬されることが多かった。
そのため、祓魔師たちは今まで通りフリーで行動するよりも、仲間同士連携をとり、より大きな敵にも立ち向かえるようにすることにしたのだ。結果として、ウィル曰く『デミ・ミニングレス・ゴーレム』なる本来はアンデットですらない怪物さえも少数精鋭で屠るすさまじい戦力になったという。
そう言った強大な戦力を監視下に置かず放置することもできず、また、イリシュテアにいたときのように無意味に恐れられ差別されることを祓魔師たちも嫌ったことから、祓魔師たちは『祓魔師師団』としてフロライト騎士団と提携することになったのだ。
そんな祓魔師師団の初代団長となったシスは現在、アンデットの脅威が身近に迫っていないことから、町の清掃活動を行っていた。
まだフロライトのシスター服が届いていないため、イリシュテアのころの祓魔師を示す左手の手枷のような入れ墨を晒す左袖の無いいつものシスター服を身にまとった彼女は、箒を使って細かな瓦礫や砕けたレンガの破片を片付けている。
クリーム色の髪は少しずつ伸びてきて、初めて出会ったときのようなショートカットに戻ってきている。若葉のような美しい緑色の瞳には生き生きとした活力が戻っており、他の祓魔師や騎士団の人々と楽しそうに街の復興作業を続けていた。
俺の初恋であり、魔王討伐の直前に両想いになれた彼女を見て、俺は胸がときめくのを感じる。……少女漫画か?
少しだけ緊張しながら、俺は、奉仕活動をしているシスに声をかける。
「こ、こんにちは、シスさん!」
緊張しすぎてやや裏返ってしまった俺の挨拶。ダサすぎるだろを自分自身で思いながら自己嫌悪しかけてしまうが、俺がうつむくよりも先に、シスは嬉しそうにこちらを見て、口を開いた。
「あっ、ユージさん! お体は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。あの野郎、マジで手加減なく殴ってきましたね……」
「……一応、私も怒ってますからね。本当に仕方がなかったのかもしれませんが、ユージさんはもっと自分のことを大切にしてください」
「ははは……」
シスの真っ当な指摘に、俺は思わず目を逸らして乾いた笑い声をあげる。魔王を倒すため……というか、俺自身が後悔しないために第四の聖剣に魂をささげたのだ。神の解釈によってはその時点で輪廻の輪に還ることもできず、存在そのものが消滅していてもおかしくはなかった。まあまあ自分のことを顧みてはいなかったことをした自覚はあるため、俺は何も言い返せない。
奉仕活動を行っていた騎士団の人々も、俺の存在に気が付いたのか、一度手を止めてこちらを見て軽く会釈する。その様子をみて、俺はハッとして口を開いた。
「ごめん、シスさんもしかして、今忙しかった?」
「いいえ、大丈夫ですよ。日課の鍛錬が終わってもアンデットの討伐依頼がなかったので、お手伝いをしているだけですから」
「お手伝い? さっき瓦礫の山を一人で運んでいなかったか?」
「つーか平時の騎士団の基本業務が鍛錬だよな……それ以外にも仕事する祓魔師連中って何?」
「聞こえていますよ」
騎士団の面々の小声に、シスはたおやかな笑みを浮かべたまま額に青筋を浮かべる。なお、平時の騎士団はジルディアスが大抵有効活用……もとい治安維持のために街の巡回をさせていたりするため、訓練以外暇ということはそこまでない。というか、国軍に対抗できる一領土の騎士団というだけで弱いというわけがないのだ。そんな彼らがドン引きするのが元イリシュテア最強の祓魔師シスである。
純粋にシスさん凄いなぁと思いつつ、俺は彼女に言う。
「死んだときにレベルが1に戻っちゃったみたいでさ。忙しいようだったら別に全然大丈夫なんだけど、レベリング、手伝ってもらえますか?」
「! 大丈夫です! 是非お手伝いさせてください!」
「う、うん。よろしく」
ぐっと俺の手を握り締めて笑顔でそう言うシスに、俺は心の中でとてつもなく感謝する。今のシスには間違いなくはした金にはなるが、狩りで稼いだお金は確実に何割か彼女に渡さなければ。
「武器はありますか?」
「うん、ジルディアスからもらった杖がある」
「基礎訓練から始めたいところですが、レベル1となると今ある設備だと大怪我してしまいそうですからね……多少レベリングしてから、並行してトレーニングも行いましょう。ジルディアスを殴り返せるくらいには、強くなれますよ!」
「その後の報復で死ぬんだよなぁ……」
唖然としている騎士団の人々に一礼してから使用していた箒を返し、シスは俺の手を引いて野外へと誘う。俺は急いでそんな彼女について行った。
なお、俺はこの時、完全に馬鹿な選択をしていた。
周囲の環境により群れることが許されていなかったイリシュテア神殿の祓魔師たちが、おおよそ真っ当な手段でのレベリングができるわけがないのだ。というかそもそも、イリシュテア周辺は魔王が近くにいた影響で現れる魔物のレベルが総じて高い。初心者向けの環境ではないのだ。
ついでに言うと、イリシュテアでは現在、【ミニングレス】なる怪物が猛威を振るっているらしい。そんなミニングレスの発生原理は、とにかく恨みと悲しみと殺意渦巻く空間に何千年も報われない魂とアンデットを積み上げていくこと。……さて、何でこんな説明をしたかというと、ミニングレスってやつは理論的に再現性のあるアンデットであり、怪物であるのだ。
で、そんな彼女のレベリングと言うのが……
「……マジでおっしゃってます? いやあの、俺確かに今光魔法しか使えないんですけどね? でも、でもこれはなくない?!!???」
「大丈夫ですよ! 最悪私がいます! 頑張ってください!」
フロライトの西側。石の多い荒れ地に連れてこられた俺は、盛大に表情を引きつらせる。
両手に魔導銃を持ち、戦闘態勢をとりながらも笑顔でそう言うシス。俺たちの前にいるのは、ゴブリンの骨やら肉片やら腐った身体やらが重なり合ってできた、いわば【レッサー・ゴブリン・ミニングレス】である。
つまり、クソ強ボス級の敵と少人数で殴り合うことで、経験値を分け与えるという方法が、イリシュテア流のレベリングなのである。
魔導銃に銃弾を込め、シスは笑顔で言う。
「最近フロライトの近くの領土でゴブリンの大量繁殖の噂を聞きましたが、その後の鎮魂祭の話を聞きませんでしたので。フロライトに押し付けてくるところまでは想像していませんでしたが予想通りでしたね」
「待って待って、そんな話が合あったの?! こっわ?!!」
『アア、ア、ああアアァァア!!!』
「うわぁぁあぁああ怖い!!!」
ガラスをひっかくような、地面を揺さぶるようなすさまじい咆哮があたりに響き、俺は間の抜けた悲鳴を上げる。
ともかく、俺は改めて杖を握り締め、震える体をそのままに、必死に呪文を詠唱した。
「【ヒール】!!」
小さな癒しの奇跡は、レッサー・ゴブリン・ミニングレスの表面を撫で、一部分を灰にして消し去る。しかし、見上げるような大きさのミニングレスに対しその程度だと、まあまず動きは止まらない。
奇妙な鳴き声のレッサー・ゴブリン・ミニングレスは、俺に対し反撃と言わんばかりに子供のような大きさの手をいくつも伸ばし、ひっかきに来る。アレ捕まったら絶対死ぬだろ!!
「うわぁぁあぁあ!! 【ライト】!」
光魔法の最序盤の魔法、明かりをともす魔法に魔力を一気に込め、目くらまし替わりにしてからその場を転がり、俺はゴブリン・ミニングレスのつかみかかりを回避した。
地面が石や砂利であるため、体の表面が擦り傷だらけになるも、死ぬよりは全然マシだ。
「魔力配分気を付けてください! 光魔法装填、魔道具起動【発射】!!」
2丁拳銃のうち左の銃口から炸裂する、白い雷撃。すさまじい火力のそれは、ゴブリン・ミニングレスの体半分を持っていく。苦痛からか怒りからか、耳障りで恐ろしい絶叫を上げる怪物に、俺は慌てて光魔法を使う。
「【ヒール】、【ヒール】、【ヒール】! いや、タフだな?!」
「これはアンデットの集合体ですからね……死因にアプローチできないと、なかなか一撃で倒すのは難しいですよ」
シスはそう言いながら、魔導銃に光の弾丸を再装填する。
いくつもの悪霊が重なり合っているため、ミニングレスは基本的に方向性を決める核のような存在がないと、大いなる脅威にはならない。ミニングレス=イルーシアの脅威は恨みの質だけでなく、その点においても脅威であった。
重なり合った悪霊をはがすように光魔法を使う俺に対し、シスはその一撃一撃が重く、鋭い。射殺すような攻撃を使用する彼女は、それでも死者を悼む気持ちは俺よりもある。
ミニングレスにとどめの一撃を加えた彼女は、最後に散らばった骨や灰をかき集め、地面を掘り始める。
「えっと、今は何を?」
「一度祓ったアンデットも、きちんと埋葬しなければ繰り返されてしまうだけです。埋葬は生きとし生けるものの義務ですから」
シスはそう言ってある程度の深さまで石だらけの硬い地面を掘る。そこに集めたレッサー・ゴブリン・ミニングレスの少ない遺骸を集め、地面に注ぎ込む。そして、両手を合わせると、祈りの言葉を紡いだ。
俺はどうすべきか迷ったものの、シスに習って手を合わせ、シスの祈りの言葉を聞く。……優しい言葉の中に、神への敬いの言葉が混ざり、同時に鎮魂の祈りが含まれる。
……俺が死んだら、彼女にこうしてもらえるのだろうか? いやまあ、まだ死ぬ気はさらさらないけど。それでも、死んでこうもしてもらえるなら、それはそれで、いいのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はミニングレスに祈りをささげる。
数分間の祈りのあと、石まみれの荒れ地で立ち上がった俺は、レベルが上がったことに気が付く。
【恩田裕次郎】 Lv.11
種族:人間 性別:男 年齢:19歳
HP:60(50up) MP:65(50up)
STR:52(50up) DEX:58(50up) INT:58(50up) CON:52(50up)
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 10) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
祝福
スキル効果2倍
とりあえず、上がったレベルで手に入ったスキルレベルで光魔法を5まで上げ、光魔法の中でも強めの攻撃魔法であるライトジャベリンを使えるようにしておく。とはいえ、光魔法の練度が低すぎるため、まともに発動はできないはずだが……
そんなことを考えながら、俺は立ち上がったシスの方を見る。
__これで少しは狩りができるようになるかな?
そう思った俺だが、振り返った彼女が、やさしい笑顔を浮かべて紡いだ言葉に、盛大に表情を引きつらせることになる。
「おそらく他にもいるはずなので、探しに行きましょう。夜になって合体して巨大化されても困りますからね」
「……うん? え、まだやるの?」
「ええ。今日はとりあえず、レベル30になるのを目標にしましょうか。ジルディアスさんは人類の枠を超えているのでレベルキャップが外れていますが、人類のレベル上限は100までです。私もまだその域まで達して居ないので、そこを目指しましょう!」
「えっ……えっ?」
馬鹿みたいな声が、俺から漏れる。
……実のところシスは、現在魔王になったジルディアスに対し実力的に負けていることを不服に思っていた。最強の祓魔師としての誇りにかけて、アンデットであるジルディアスよりも強くありたいと考えていたのだ。
実際、生前のジルディアスとなら光魔法特化で魔導銃を操りながらも近距離戦もできるシスはいい勝負ができたはずである。しかし、彼が魔王になってしまったことで一気に差を造られた。
シスはぎゅっと拳を握り締め、魔王との戦いを思い出す。もっと己が強かったなら。不甲斐ない力量でなければ。裕次郎はその魂を聖剣に捧げずに済んだのではないか。今更考えたって、過去は変えられないと分かっていても、どうしても、そう考えてしまう。
彼女は、俺に向かって言う。
「がんばりましょう、目指せ打倒ジルディアス、です!」
「とんでもない向上心だね?!!」
こうして、俺とシスの丸3日間のレベリング行脚は始まった。
【フロライト騎士団】
かつての女王エルティアが制度を造り、その後ジルディアスが鍛えたため、化け物みたいに強くなった騎士団。祓魔師師団を化け物呼ばわりしているが、ジルディアスが不在の間も国軍の攻撃を耐えしのげていたし、訳わからんところからくる兵士たちに対抗できてたし、こいつらも大概なんだよなぁ……
戦闘時以外は街の見回りを行ったり、大店のキャラバンの護衛をしたりしている。
ちなみに、デミ・ミニングレス・ゴーレムと戦うと、祓魔師師団よりも人数は必要になるが、普通に勝てる。