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143話 君に捧ぐ我が正義

前回のあらすじ

・ダンジョン【if】攻略

・最後の敵は【勇者】ウィル・ブレイバーだった

 場所は変わり、魔王との戦いに挑んでいる恩田とジルディアスたちは、依然として余裕をもって魔王の生み出す黒結晶の怪物たちと渡り合えていた。


 最初に旅を始めたころよりもはるかに多くの武器を所持できているジルディアスは遠慮なく上質な武器を使い捨てにすることでステータスは上昇するうえに、武器不足を恐怖する必要もない。そして聖剣である恩田も、基本的には不死身な肉体を活かすことができ、酷く穢れているとはいえ魔力の塊のような黒結晶の怪物相手ならMP切れを恐れる必要もないのだ。

 魔王が己の肉体をすり減らして攻撃しても、二人はさほど劣勢にはならない。双方苦しい表情一つ見せず、凶悪な笑顔を浮かべて戦闘を継続しているところが既にその証明となっていた。


 恩田のライトジャベリンが黒結晶の鹿を打ち砕き、黒の水晶を透明なクズ石にかえる。散らばった水晶は地面に叩きつけられるとさらに細かく砕け、空気に溶けて消えて行く。

 ジルディアスの慈悲無き刃が黒結晶の獅子の首を刈り取り、黒の水晶を透明な死体にかえる。叩き切られた水晶ははじけ飛び、浄化の光(エリアヒール)に溶かされ消えて行く。


 ジルディアス自身は光魔法が使えないとはいえ、大まかに砕けば魔王の呪いさえも抹消する恩田が創り出したエリアヒールの影響であっという間に結晶は無害化される。それに、範囲内に入れば黒水晶の獣たちは持続ダメージを喰らうのだ。逆に恩田とジルディアスはエリアヒールの範囲内にいればどれだけダメージを喰らっても回復する。そして、エリアヒールを維持している恩田は敵からMPを吸収できるため、MP切れでこの回復結界が途切れることはまずない。


 圧倒的に有利な二人には、敗北の二文字はまるでない。どちらが砕いたかもわからない水晶を踏み砕き、一歩、一歩と魔王の方へ近づきながら、襲い来る黒水晶の獣を打ち砕く。


 そんな二人の余裕を、結晶体でしかない世界の悪意も気が付いたのだろう。小さな地響きの音とともに、あたりに柱のように生えていた巨大な結晶が、どろりと液上に溶け落ち、あぶくを立てながらグロテスクにうごめく。

 どす黒い黒水晶の液体は、ずるずると床を這いずり回り、何かを形作る。反射的にジルディアスは呪文を詠唱していた。


「【ダーククリメイション】!」


 発動体である戦斧を振りかざし紡いだ呪文は、漆黒の炎に変わって液状の黒へ飛んでいく。しかし、肉を焼き呪いをもたらす炎は、幾体もの結晶の獣に立ちふさがれてあの汚らわしい黒に触れるよりも先にかき消えた。

 反射的にマズいと思った恩田も、慌てて光の槍を紡ぎ出すが、それを射出するよりも先に黒結晶の巨大象に頭から踏みつけられる。聖剣の体とはいえ、単純な質量には耐え切れず、創り出した槍ごと体は粉みじんに変わった。


 象に踏み砕かれた恩田を見て、ジルディアスはひきつった表情で怒鳴る。


「こんのドたわけ! 何でこんな一番マズいタイミングで死んだ?!」

「おまっ、それどころじゃねえって!」


 砕けた左手が空気に溶け込まないよう右手でしっかりとつかみながら、恩田は光魔法を駆使して黒結晶の象を何とか討伐し、重たい水晶の下から這い出る。しかし、そのころにはもう手遅れとなっていた。


 二人がほんの少し目を離したすきに、あぶくたった黒の液体は、跡形もなく消えてしまっていた。そのことについて深く考える暇も与えられず、絶え間なく襲いかかってくる結晶の獣たちに、恩田もジルディアスも対応を強いられる。

 猛獣ともいえるような黒結晶の怪物を何とか剣と魔法で打ち払い、次の相手に刃を振り抜こうとした、その時。


「は?」

「あ……」


 間の抜けた声が、ジルディアスと恩田の口から漏れる。そして、振り上げた二人の武器のそれぞれは、次の敵に振り下ろされることはなかった。

 それもそうだろう。悪意の塊たる魔王が生み出した次なる配下は、ユミルとシスを模した存在だったのだから。


 ほぼ最強と言っても過言ではないジルディアスの、光魔法以外の唯一の弱点。それは、母との約束、そして、己の立てた誓いのために、婚約者であるユミルに対して一切の攻撃ができないことだった。

 同時に、肉体は無限の可能性を秘めた聖剣である恩田も、初恋の相手であるシスを何も考えずに殺すことなどできはしなかった。彼らの魂は、あくまでも人間でしかなかったのだ。


 先に、複数の銃声とともに、恩田裕次郎の頭蓋と心臓が射抜かれる。

 続いて、ユミルの様な怪物を前に動きを停止してしまったジルディアスの腹に、怪物が持っていた真っ黒な短剣が突き立てられる。


 剣の砕け散る音と、冷たい黒の床に滴り落ちる雫の音。

 小さく咳き込んだジルディアスの手に、血がこびりつく。茫然とした視線で、彼は信じられないとでも言いたそうに艶やかな黒髪の美しいユミルを、見る。

 ユミルを模したその怪物は、慈悲深い笑みを浮かべて、そっとジルディアスの頬へ手を伸ばす。そして、甘やかな声で、赤子をあやすように元勇者へと語りかけた。


「ずっと、ずっと頑張っていたのよね。もう、もう大丈夫よ、ジルディアス。貴方は、もう足を止めてもいいの。苦しまなくていいの。がんばらなくていいの。……休んで、いいの」


 握力の尽きたジルディアスの手から、戦斧が滑り落ちる。腹から流れ落ちる血は明らかに命を奪いかねない量で、もう先は長くないのは目に見えていた。今まで小さな負傷を癒し続けてきていたエリアヒールも、恩田が聖剣として砕けてしまったために消失してしまった。

 つややかな黒髪と、白く美しい手。戦いを知らない彼女の手が、そっとジルディアスの頬に触れ、こめかみのあたりを親指が撫でる。


「ユ、ミル……?」


 うわごとのように婚約者の名前を呼ぶジルディアス。そんな彼の背中に、水晶の獣が躍りかかる。

 鋭い爪が背中をえぐり、牙が肩口をそぐ。飛び散る鮮血はユミルを模した怪物にはかからずに、冷え切った黒石の床を生暖かくするだけだった。酷い苦痛にジルディアスはかすかに表情を歪め、指輪から武器を取り出して背後の結晶の獣の首を切り落とした。

 それが、間違いだった。


 腹に突き刺さった黒の結晶と、大きく負傷した背中。無理やり動けば、出血が増えるのも当然のことだった。薄れゆく命と、溶け落ちそうになる意識。そして、腹部の黒結晶が、己の体を蝕もうとしているという直感。苦しくて仕方がないのに、あからさまに敵だというのはわかっているというのに、ジルディアスは、ユミルを模した怪物を傷つけることはできない。


 魔王の呪いのかかり始めた己の肉体は、少しずつ意識ごと蝕まれていく。ジルディアスは、肉体にはびこる黒結晶をそのままに、かろうじて残された希薄な意識で怪物たち相手にあらがい続ける。__彼に残された時間は、そう長くはなかった。




 シスの様な怪物に脳と心臓を破壊された俺は、砕け散る肉体とともに意識が消し飛ぶ。

 わかっていた。アレはシスではなかった。アレはあの溶けた黒結晶が象った怪物だと分かっていた。それでも、あんなにもシスとそっくりだと、攻撃することをためらってしまった。


 バラバラに砕け散った肉体は酷く冷たく、砕けた俺の破片を水晶の怪物が踏みにじっていることはなんとなく察せられた。鋼の肉体である俺に魔王の呪いは感染できない。だがしかし、あくまでも生身なジルディアスは違う。

 STOでも確か、ジルディアスは魔王の呪いにかかって最終的に勇者たちに殺されていたはずだ。なら、今が本当に危険な状態なのではないのだろうか?


 守りたいという欲求が沸いたものの、肉体はそれに答えることなく砕け散ったまま、冷たい黒石の地面にさらされている。意識がないのだ。__なら今の俺の思考は何だ?


 無意識のうちに残された俺の意地が、思考を続ける。

 思い出すのは、旅の最中に『この時の俺は知らない』はずの情報が脳裏によぎったこと。未来のことだとか【ヘルプ機能】を使ったわけでもないのに、俺の知りえない情報に気が付いたことが何度かあった。

 それは、きっと俺の【聖剣】の部分だ。魔王を滅ぼす権限を持った【聖剣(おれ)】が繰り返された世界の流れから、俺に教えてくれていたのだ。


 【聖剣】の俺が、無意識の俺に声をかける。目覚めてくれと。目覚めるべきだと。今なら、今しか、ジルディアスを救えないのだと。

 わかってる。そんなこと知ってんだ。__でも、体が動かねえんだよ!


 【聖剣】の俺は、聖剣として勇者と旅を共にし、聖剣として成長していくはずだった本来ないはずの魂に等しい。というか、背骨以外のまがい物の多すぎる聖剣では、思考という行為は不可能なのだ。

 それでも、幾度となく散っていく勇者たちと旅を共にした聖剣が、何の意識もないとは思えない。何の思いもないとは思えない。


__己の力不足で、魔王の居城にたどり着くより先に死んでしまう勇者がいた。

__人相手に騙されて全財産を失い、絶望して己を使って命を絶った勇者がいた。

__魔物に故郷が滅ぼされ、狂ったように戦い続けて無残にも散った勇者がいた。


 それらすべての勇者の武器が、聖剣だった。四番目のものだけではない。幾本もの聖剣全てが、魔王を倒し幸せに暮らす勇者を見ることもできず、幾度となく折られ、削られ、血を浴びて、消えて行く命を見てきた。

 STOで原初の聖剣が滅ぼそうとした人類を勇者たちの聖剣が止められたのはそのおかげなのだろう。幾本もの聖剣の願いが、勇者たちに力を与えたのだ。

 すべての勇者に幸運が訪れるように。

 悲しむ勇者がいないように。

 だれも、涙を流さないように。

 そんな願いが、義務のまま、責務のままに世界の敵を打ち滅ぼそうとする原初の聖剣を凌駕したのだ。


 魂のない無機物の彼らは、意志とも言えないほど薄弱な願いはあれども行動はできない。武器としての質の向上以外の方法で勇者の手助けとなることはできなかった。

 そんな無念を抱えていたある時、四番目の聖剣の前に、勇者の資格を持った魂が、その肉体を崩壊させながらこの世界に生まれ落ちた。


 四番目の聖剣は、漂う魂に肉体として己の体を__聖剣の肉体を譲り渡した。神の背骨の混ざった剣である聖剣は、無限ともいえる可能性を秘めている。剣自身の意志が宿ることはまずないように調整されているものの、魂一つを取り込めるくらいのリソースは用意されていた。

 そうやって、意志の宿る聖剣にして、転生者である恩田裕次郎はこの世界(プレシス)に生まれ落ちたのだ。


 恩田裕次郎の中で、少しずつ成長していった【聖剣の願い】は、幾度となく勇者の資格を持つ恩田に力を与え、幾千幾万と繰り返された悲劇を超えてきた。……恩田裕次郎が創り出した【己の意志で動ける肉体】を乗っ取ろうとしたこともないわけではない。過去の勇者が人間に騙され、酷い目にあってきたことを見てきた聖剣たちは、多くの場合信仰心の深く勇者を保護しようとする人間以外を憎んでいる。イリシュテアの人間を醜いと思ったその心は、まぎれもなく【聖剣の意志】だった。


 【聖剣の願い】は、そっと俺に手を伸ばす。

 きっと彼……なのか彼女なのかはわからないが、確かに【聖剣の願い】は、勇者の救済を願った。負の連鎖の終わりを__魔王の消滅と、その先の幸福を願った。

 その願いの範疇に、きっと、ジルディアスも存在する。光の妖精に人生を曲げられ、幾人もの大人のせいで人生を歪めた彼の幸福を、四番目の聖剣は確かに願ったのだ。


 そして、聖剣の願いとは別に、(恩田裕次郎)はジルディアスの味方となることを望んだ。利害は一致したのだ。

 その手を、俺は、握り返す。大丈夫だ。俺は、後悔することはしたくないんだ。今しなけりゃ、生き残っても後悔するだけだ。


『なあ聖剣。お前はさ、魂が無いから自由に動けないんだろう? なら、俺の魂を譲ってやるよ。ずっと、勇者を守りたかったんだろう?』


 紡いだ俺の言葉を聞いて、聖剣は、ぎゅっと俺の手を強く握りしめる。握り締めた手と、俺の魂が溶け合う。死んだときの、あの体がばらばらになるような、輪郭がとけていくような感覚が、俺の脳にしみこむ。__怖い。怖いな。でも、この選択が、最善だから。この選択が、俺が一番後悔しなくて済むから。


 願いは、叶えられるためにある。

 その代償が、俺の命になったとしても。




 意識が、浮上する。

 黒結晶の獣たちが闊歩する地獄じみた光景が眼に焼け付く。冷たい石の床に広がる血の匂いが混ざる空気を肺に押し込み、ひりつく視線と殺意、気配が肌を突き刺す感覚を覚える。

 生まれて初めての、感覚だった。


 砕けた肉体が、砕けたまま修復されていく。恩田裕次郎に魂を譲られ意志を持った聖剣の願いは、いびつな人を象る。

 それに気が付いたシスを模した怪物は、やさしい笑顔をその顔に張り付けたまま、魔導銃の引き金を引く。


 その瞬間、怪物の魔導銃は握っていた右腕ごと、真っ二つに切断されていた。

 怪物は張り付いたままの笑顔をそのままに、もう一丁の拳銃を握ろうとして、そのまま首を断たれる。冗談のようにすっぱりと切断された首は、軽やかに弾むと、どす黒い色の泡立つ液体に変わって消えて行く。


 突然現れた正体のつかめない脅威に、魔王はかすかに動揺した。動揺して、即座にその存在への攻撃を行い始めた。

 ソレの背後から、結晶のサーベルタイガーが躍りかかる。短剣のように太く鋭い牙を持ったそのケダモノは、人型の生物では絶対に死角となる背後から襲い掛かったのだ。

 にもかかわらず、聖剣は背後を振り向くことなく結晶のサーベルタイガーの首をつかみ、噛みつきを無理やりキャンセルする。そして、解読不能な言語で、呪文を紡ぐ。


______(光魔法第七位)________(ジャッジメント)】』


 黒結晶のサーベルタイガーからMPを奪い取り、強力な雷の魔法を周囲にまき散らす。焦げて砕けたサーベルタイガーの死骸を投げ捨て、周囲の欠けた黒結晶の獣たちに向かって、視線を向ける。__その首の角度は、明らかに人間ができるものではなかったが。


 元より目などない聖剣に、視界などあっても無くても意味はない。それでも、己の願いを支える魂がやっていた習慣に従って、首を動かしたのだ。うまくは真似できなかったが、なんとなく、敵との距離感を把握しやすい気がする。

 己の敵を滅ぼすため、願いをかなえるため、聖剣は一歩、前に足を踏み出そうとする。しかし、いびつな肉体ではうまくバランスをとることができず、なかなかうまく動けない。

 故に、聖剣はスキルを行使した。


__(変形)


 魂を持った聖剣はヒビの入った肉体を変形させて、その体を変異させる。

 一対の手。一対の足。顔は一つで、胴も一つ。目は二つ。口は一つ。鼻と両耳があり、使用する予定はないものの、内臓器官も一揃いある。黒の髪はそこまで長くはなく、雑に短い。

 プレシスの民族ではあまり多くはない黄色人種特有の肌の色に、黒色の瞳。その顔はお世辞にもジルディアス並みの美形とは言えない。ウィルドのように中性的な顔立ちではなく、ごくごく普通の日本人男性の顔立ち。


 聖剣が変異したのは、恩田裕次郎の姿だった。

【聖剣の願い】

 神代から存在する聖剣たちが幾人もの勇者とともに旅をしていく過程で抱くようになった願い。魂無き聖剣たちは願いを抱くことはあっても、その願いをかなえるための行動をすることはできなかった。



__何人目かの勇者が魔物との戦いに敗れ、聖剣は元の台座に舞い戻る。今までに一人たりとも、魔王を滅ぼすことはできなかった。今回も、勇者は魔王の元へたどり着けなかった。

 そんなとき、四番目の聖剣は空から落ちてくる魂を見つけた。

 魂無き空っぽな聖剣(にくたい)と、神のミスで肉体を失った(おんだ)との出会いが、剣の物語を変異させた。……剣の願いに狂わされた勇者の物語から、変異させたのだ。

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