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142話 崩世の勇者

前回のあらすじ

・ダンジョン【if】戦

・サクラは己の精神を削って戦っていた

 ロアたちダンジョン【if】攻略組は、黙々と階層を進んでいく。

 強力なサクラの魔法と物理攻撃、そして、ロアの正確無比な援護魔法により、消耗はかなり少ないまま、98階層のボスエリア手前までたどり着く。あたりのモンスターを蹴散らしたサクラは、武器の手入れとMP回復をしながら、何の感情もなく次のボスへ挑むための扉を見る。

 この先のボス……サクラの記憶が正しければ、【アルフレッド・ダークサイド】を討伐することになる。その次が、最後のボスにして最悪の裏ボス、【ルナティックジルディアス】に挑むこととなる。


 少女はキリキリと、胃が痛むのを感じる。口に手を当てれば、酷い吐き気を直感し、すぐにぐっと唾液を飲み込んで嘔吐を抑え込む。

 今までは、大丈夫だった。これからも、大丈夫でありたい。無事にこのダンジョンをクリアしたい。そう思っても、己ができるかどうかすらわかりはしない。酷い緊張が、少女の首を容赦なく絞めた。


 だからこそ、細い声で、サクラはロアに向かって言う。


「……ロア、次のボスは私一人で倒すから」

「大丈夫なのかい?」


 不安そうにサクラの方を見るロア。

 そんな彼に、サクラは不器用に笑って言う。


「レベリングでアルフレッドはさんざん倒したのよ。むしろバフがかかっているほうが力加減間違えて苦戦しちゃいそうだから、危なそうな時だけ介入してほしいの」


 手元でくるりと杖を回し、そう言うサクラ。なかなかのパワーワードに少しだけ困惑した表情を浮かべたロアをよそに、サクラはボスエリアに続く扉を押し開ける。


 そこにいたのは、黄金の装飾を身に纏い、強い光の魔力をその身に宿したアルフレッドだった。断じて黒水晶に侵され、闇落ちした姿ではない。


 そして、不敵に笑んだアルフレッドは、黄金の両手剣を構え__次の瞬間、風の弾丸を腹部にあてられ、壁に叩きつけられる。

 杖を握り締めたサクラは、ノックバックの強い【ウィンドジャベリン】を無詠唱で紡ぎ、立ち直ろうとする黄金のアルフレッドにそのまま追撃を加える。


「【ジャッジメント】、【ファイアジャベリン】!」


 光魔法と火魔法の攻撃。殺意を持って紡がれる魔法の連打に、対物理の重装備であるアルフレッドは回避をすることもできずにただ蹂躙されるほかない。何とか壁から起き上がれても、追撃とばかりにノックバックの付いた【ウィンドジャベリン】を的確に喰らわされ、またも壁に戻る羽目になる。


 魔法によって一方的に蹂躙された黄金のアルフレッドは、ダンジョンの生み出した意思無き再現体であるにも拘らず、どこか涙目で三分もすれば空気に溶けて消えて行く。


 大量の魔法を紡いだサクラは、MPポーションの中身を飲み下しつつ、小声でぼそりとつぶやく。


「……アルフレッドはダークサイドでも物理特化で魔法には弱かったからね。光魔法を使わせる暇もなく魔法連打しとけば勝てるのよ。むしろ、ウィンドジャベリンにバフがかかると、貫通属性帯びちゃうから、ノックバックで済ませるならバフなしで挑むべきなのよね」


 死んだ目でそう呟いた彼女の脳裏によぎるのは、対ルナジルのためのレベリングでのアルフレッド・ダークサイド狩りの光景。フルパーティでの秒速周回のおかげでレベルこそ上がるものの、ほぼ同じ作業の繰り返しという地獄のような虚無を乗り越え、今のステータスがあるのだ。……もう一度やれと言われたら、絶対に断るが。


 そして、サクラは深く息をついて、ロアの方を見る。


「……次が君の言う、鬼畜裏ボスとやらかい?」

「うん。本気で気を付けて。ぶっちゃけ守れない」


 ロアの問いかけにサクラはあっさりと答えて、空っぽになったMPポーションの瓶を捨てる。瞳に疲れをにじませたサクラは、空気に溶けて消えて行ったアルフレッドの死体のあった場所を見る。このダンジョンの壁は慈悲の欠片もない魔法の連打を喰らってしまったおかげで、酷く抉れ破壊された壁を踏みながら、サクラは前へ進む。


 緊張した面持ちのまま、ロアも世界樹の杖を握り、99層へ続く魔道具へ手を伸ばす。


 そして、二人は、最後の強敵の前に立った。




 球体の水晶に触れた二人は、すさまじい気迫を肌に感じ、即座に互いの武器を構え前を見上げた。


 今まではただ広い空間だったそのボスエリアは、現在、透明なガラスが敷かれた壁一つない空間に様変わりしていた。天井はなく、ガラスの下も上も夜の中で、あたりは星を散らばしたような、とても幻想的な空景だった。

 全体的に薄暗いが、地面となっている透明なガラスが淡く発光しているため、まったく見えないわけではない。ガラスにはつなぎ目の代わりに幾何学模様の光の線が不定期に駆け抜けており、月はない。魔術師二人……そして、この床の素材と同じガラスの様なものでできた台座を守るようにして、一人の人物が、新月の夜空に立っていた。


 台座の上にあるのは、空っぽな聖剣の台座。アレに聖剣を戻せば、きっとこの先に進むことができるはずだ。


 それでも、そんなことをこの夜空の守護人が許すわけがない。


「__よく、ここまで来たね」


 澄んだ声が、挑戦者である二人に投げかけられる。その声を聞いたサクラは、表情を引きつらせてつぶやく。


「……やっぱり、私の記憶とは違うわね」

「当たり前だよ。このダンジョンは、この世界(プレシス)もしも(if)を再現したものなんだ。ぼくと同じ立場じゃないのなら、敵が変わって当り前だ。……といっても、最後のこの階だけは、演算機が導き出した最後の敵たるものが現れるのだけれどもね」


 そう答えた彼は、光の走るガラスの地面を一歩、また一歩と踏みしめ、二人にその姿をはっきりと見せた。


 薄汚れた簡素な旅装束に、急所と必要な部位だけに配備された金属製の部分鎧。長いマントの裾は擦り切れ、長い間使い古していることがわかる。腰には剣の鞘が固定され、彼の右手にあるその剣は、明らかに鞘よりも大きい。

 手には頑丈な革の手袋が、見えている首元にはいくつもの傷跡が見え隠れする。全身を覆うようについた引き締まった筋肉は、彼が長い長い旅の果て鍛え上げたものなのだろう。


 その表情は少年というにはやや歳を取りすぎ、大人というにはまだ子供の純粋さを消せていない、青年そのものだ。そして、そんな彼の頭には、もうボロボロになった赤色のバンダナが巻き付けられていた。


 彼の姿を見たロアは、ぐっと耳を下げて呻くようにつぶやく。


「よりによって、最後の敵は君か、ウィル」


 そう言われた旅装束の青年……ウィルは、変形させた聖剣を握り、うっそりと微笑んで首を縦に振る。


「ああ。ぼくは、【世界(プレシス)の反逆者】ウィル・ブレイバー。君のものではない聖剣の導きによって、望む未来を迎えるために神の演算機に手を付けた勇者(せいぎ)のなれの果てだ」


 __ガラスの下の星屑が一つ、流れ星のように空の下へ落ちていく。

 もはや自警団のマークさえもかすれて消えた赤色のバンダナを今だ身に着けたウィル……否、勇者ウィル。

 世界の平和を願い、数多の人間の幸せを望み、魔王を倒す旅に出た少年の行きついた最果て。人を切り捨てることもできず、すべてを救うには器が足りなくて、醜い世界に絶望するには人々を愛しすぎた怪物のなれの果て。

 それが、ウィル・ブレイバーだった。


 神の演算機に触れた彼は、何千何万と世界をやりなおした。全ての人が笑顔で終わる結末を求めたのだ。それが大罪であり、世界の摂理に干渉することだと分かっていながら。

 8年以下の年月をただ繰り返すだけの壊れた世界(プレシス)を創り出した張本人は、星の瞬きの様な美しい聖剣を右手に握り、改めて口を開く。


「申し訳ないけれども、ぼくの正義のために、ぼくの望む未来のために、演算機を破壊させるわけにはいかない。この先に進むなら、僕が君たちを殺す」

「……まったくもって矛盾しているわね。みんなを救うって言ってんのに、私たちは対象外なのかしら?」


 勇者ウィルの言葉をせせら笑い、サクラは問いかける。その言葉に、勇者ウィルはにっこりと微笑んで答える。


「別に構わないさ。次にやり直すときには、君たちがぼくの敵にならないように調整すればいい。……安藤桜、いくら君が演算機を破壊するために呼ばれた異界の勇者だったとしてもね」

「……やっぱり、私がこの世界に来た理由は、アンタの暴走を止めるためだったのね」


 納得したように、それでも、その表情を悔しそうに歪め、サクラは言う。

 彼女は何のためにこの世界に来たのかわからなかった。この世界(プレシス)のバグである魔王をウィルが討伐できることは、STOのシナリオを持って証明されていた。

 ならば、二章のシナリオである原初の聖剣を止めるためかとも思えたが、それもイレギュラーである恩田たちのおかげですでに解決している。そうでなくとも、ゲームのシナリオにできるなら、原初の聖剣の敗北は決まった未来なのだ。


 なら、他の脅威は? 何故この世界は滅びの危機にさらされているのか?

 __答えは、簡単だった。プレシスは滅びの危機にさらされているのではない。永久に未来が与えられない世界と化していたのだ。


 己のエゴイズムのために世界の未来を奪い続けた勇者は、濁りきった瞳でサクラとロアを見る。


「__悪いけど、未来がどれだけ地獄でも、クソみたいな結末を迎えるとしても、エンディングそのものを取り上げるアンタの姿勢は気に食わないわ。私の望むハッピーエンドのために、アンタを倒す!」

「……大罪云々の話ではない。君は、長い長い時の果てに正気を失っているように思える。いい加減眠ると良い」


 世界から未来を奪った反逆者である勇者ウィルに、サクラとロアは堂々と啖呵を切る。

 そんな二人を前に、勇者ウィルは悲しそうに微笑んでつぶやく。


「どうして、人間は分かり合えないのだろう。__誰も悲しまなくていい世界のために、君たちを排除させてもらう」



 __世界の未来を奪う勇者を前に、世界の裏側を救う戦いの火蓋は、切って落とされた。






__二つの世界の脅威との戦いは皮肉にもほぼ同時に始まった。

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