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14話 朝と目覚めと出撃

前回のあらすじ

・少年「泥棒かと思った」

・ジルディアス「違うわたわけ」

・恩田『下心なければいい話だったのに……』

 空が見えるほど薄っぺらい生地のカーテンの奥から、日が出る。

 ジルディアスは、太陽の日差しが部屋に差し込むとほぼ同時に目を覚ました。


「……」


 朝に弱いのか、憎々し気に薄っぺらいカーテンを睨みながら、ジルディアスはのろのろと布団から這い出ると、空のコップをつかみ、おざなりに呪文を唱え、コップの中を水で満たす。


 一晩中やることも無く、変形とヒールを繰り返し練習していた俺は、そう言えば、こいつも人間だったのか……と一瞬でも思ってしまった。

 ほとんど寝ぐせの付いていない銀の髪をさらりと撫で、ジルディアスは水を一息に飲み込む。


『おはよ。今日はドラゴン退治か?』


 朝の挨拶をした瞬間、ジルディアスはピクリと体を硬直させ、目を細め周囲を警戒する。突然の行動に困惑する俺をよそに、しっかりと目が覚めたのか、小さく舌打ちをすると、サイドテーブルに転がしたままだった俺に目を落とし、つぶやくように言う。


「……ああ、魔剣か」

『だから、俺は魔剣じゃないっての。てか、お前、朝弱いのか』

「就寝の概念のなさそうな貴様には分らん話だろう」

『あるわ、バーカ! まっとうに人間していた時期の方が長いっての!』


 眠たそうに目をこするジルディアス。彼は俺の言葉を無視し、あくびしながら着替え始める。割と朝に弱いのか、野営でないため体が休められていたのか、動きは緩慢で、どこかうつらうつらしている。


 朝の支度を整えたジルディアスは、朝食を宿で済ますと、俺をつかんで宿の外に出る。どうやら、有言実行で竜を倒しに行くつもりらしい。感覚として少し遠めのスーパーに買い物に行く程度の気軽さだが、まあ、ジルディアスだから仕方がないだろう。


 しかし、一応装備にも気を使っているのか、今日の服は指輪から取り出したローブである。無機物のみの収納となっている指輪に入るということは、おおよそ鉄か何かの糸で織られた布でできたローブなのだろう。重そうだ。

 金の糸の刺繍の施された、魔術に耐性のあるローブを身にまとい、少ない荷物を抱え、ジルディアスは軽く息を吐くと、面倒くさそうにそのまま歩き出した。


『そのローブ重そう』

「フルメイルの類と比べれば可愛いものよ。全力で動くなら、そもそも装備をしないに限るが、レッドドラゴンは範囲魔法を使ってくるからな……」


 ジルディアスはまだ寝ぼけている街を一人歩きながら言う。雨戸と言うべきか、シャッターではないが、確実に店が開いていないと分かる扉の閉められた大通りは、まだ人々が活動する時間ではないからか、夜間や夕方のようなにぎやかさはなく、どちらかと言うと閑散とした雰囲気に包まれている。


 人の暮らしの証である人の声や、朝食の香り、それに、どこからかにぎやかな笑い声もまだ起きない子供を起こす母の怒鳴り声も聞こえてくる。

 朝早く店を開き始めているパン屋を横目に、ジルディアスは何のためらいもなく眠たそうな門番に身分証明書を見せ、そのまま門の外へと出ていく。


 つい昨日魔物の襲撃のあったこの地は、魔法の炎によって地面が焦げていたり、抉れていたりしている。流石に死体は片付けたのか、多少の異臭はするものの、ゴブリンの頭が地面に転がっている、ということはなかった。


 そして、夜通し作業をしていたのか、騎士団の何名かが朝当番の人間と交代を行っていた。手に持っているのはシャベルであるため、おそらく整地や掃除、魔物の死体処理などを行っていたのだろう。


『大変そうだな……』

「何を言うかたわけ。民の税で飯を喰らっている者が怠惰でどうする」


 俺の素朴な感想に、ジルディアスはあきれたように言う。

 えっ、何? 騎士団って、公務員みたいな感じなの?

 大分ファンタジーの薄れてきている現状に、俺は小さくため息をついた。夢が無いな、本当に。


 そんなことを考えていた俺を置いて、ジルディアスは俺を鞘から抜き取ると、何のためらいもなくへし折る。何故かもう、いつものような感じがしないでもないが、普通に痛いから声をかけてからにしてほしい。


 俺をへし折って身体能力を上げたジルディアスは、軽く準備運動をすると、そのまま走り出す。裾の長いローブでよく転ばずに走れると思ったが、まあ、口に出すとまた折られそうなので言いはしない。


 街道をしばらく走り抜け、時折魔物の残党を瞬殺し、文字通り駆け足で山のふもとまでたどり着く。道中に現れる魔物ごときでジルディアスが苦戦するはずもなく、まるで本当にショッピング感覚である。もちろん、移動が駆け足であることを除けばだが。


 若干焦げ臭いにおいの漂う山にたどり着いた俺とジルディアスは、いったん足を止めて山を見上げる。まだ大規模な山火事にはなっていないものの、山頂からは黒々とした煙が立ち上っていた。


『うわ、何で山火事が……?!』


 驚く俺に、ジルディアスはあきれたように言う。


「たわけ。この森に逃げ込んだのは、レッドドラゴンだぞ。この程度で済んでいることの方が奇跡だ」


 ジルディアスはそう言うと、指輪から金属製の杖を取り出し、地面に模様を刻み始める。かなり大掛かりな魔法をかけるつもりなのか、時折呪文をつぶやきながらガリガリと地面を杖で抉る。


 大体半径一メートル程度の円を描き、そこに読みにくいが『降雨』やら『範囲指定』やらなにやらの文字が書き込まれる。

 貴族らしく字の上手いジルディアスにしてはずいぶん悪筆な文字に首をかしげている俺をよそに、陣を描き終えたらしいジルディアスは、大きくため息をつくと、文字を踏み消さないように移動し、円の中央へと立つ。


 そして、杖を空に掲げ、最後の呪文を唱える。


「水魔法最終位、【天候操作(ウェザード)】」


 ジルディアスの厳かな呪文の直後、陣から黒色の粒子が巻き上がり、空へと立ち上る。

 かなり魔力を使ったのか、相当体に負担がかかったのか、一瞬ふらりとしたジルディアス。倒れる前に杖をつかみ、何とか転倒は免れたが、お世辞にも体調がよさそうには見えない。


 だがしかし、ジルディアスの体調と魔力と引き換えに、魔法は正しくその効果を表した。


 晴れ渡っていた空が、突如、分厚い雲に覆われる。

 今にも落ちてきそうな錆色の雲が、澄み渡った青を覆い隠し、そして、ついに一滴の雫が空から落ちる。


 パタパタ、ぱらぱら、雫が、降り注ぐ。


 それと同時に、山の頂上の真っ黒な煙に、白色が交じりだす。どうやら、雨水が炎で蒸発し、それが煙に交じったのだろう。__つまり、炎が、鎮火され始めているということだ。


 ジルディアスはしゃべる余裕もないのか、ふらふらと陣から出ると、バックからまるで海の青を閉じ込めたような色の液体の入った小瓶を取り出す。そして、その瓶の中身を一息に飲み干した。


『何それ?』

「……魔力ポーションだ。流石に全快とはいかないものの、レッドドラゴンと戦うのに必要なだけは回復する」

『えっ、まさかお前、このまま戦いに行くつもりか?』


 明らかに弱っているジルディアスに、俺は思わずそう言う。俺の言葉にジルディアスは不愉快そうに表情を歪めるが、それに以前のような覇気は感じられない。むしろ、憔悴したジルディアスには一定以上の人間味を感じられ、同情の感情しかわかなかった。


『いいから、休んでおけよ。山火事はどうにかなっているんだから、少し休んでも結果は変わらないだろ?!』

「……」


 ジルディアスは無言で舌打ちをすると、俺の言葉に従ってか、記号と文字の描かれた円から這い出て、近くの木にもたれかかった。割と限界に近かったらしい。


 俺の言葉に従ったことに困惑が隠せない俺に気が付いてか、ジルディアスは深くため息をつくと、口を開いた。


「……雨で、ドラゴンが弱るまでだ。住処から離れた竜が危険であることには変わりはない」

『ハイハイ。いいからとっとと休もうな?』


 降り注ぐ雨に打たれながら、ジルディアスは重たい灰色の空を見上げる。金属の糸で織られた布は水をはじくのか、ある程度雨合羽に近い働きをしてくれたものの、冷える体を温めることはできない。


 残りカスみたいなMPでジルディアスにヒールをかけつつ、俺は復活で元の剣に戻る。魔術によって作り上げられた雨雲は、まだまだ消える気配を見せてはいなかった。







「親父親父親父! 俺にも魔法、使えた!!」

「あー……? エル坊、ちょっと後にしてくれ。帳簿つけてんだ」


 キラキラした目で水で満ちたバケツを掲げる少年に、カウンターで書類とにらめっこしていた中年の男性が言う。男性は、書類仕事が苦手なのか、頭を抱えながら売上表と書類を睨みつけている。


 そして、諦めたのか一区切りついたのか、ペンを置いて顔を上げた中年の男性。がしがしと赤髪を指でかきながら、男性は首をかしげて少年に問いかけた。


「……お前さん、その金属棒、どっから持って来たんだ?」

「棒?」


 親父の言葉に首をかしげる少年エル。そして、少年はサッと顔を青くして左手に握りっぱなしだったロッドを見る。


「やっべ! あいつにこれを返さないと!」

「客の物かよ! エル坊、仕事はいいから、さっさと返して来い!」

「わーってる! 多分、高級街の方だよな……?!」


 夕暮れの町、少年エルは、バケツを放り出して店の外に走り出す。

 ガシャンとも、ゴシャンとも聞こえる音が地面に転がり、親父はカウンターから思わず立ち上がって怒鳴る。


「おいコラ、エル! 店が濡れ……てねえ?」


 転がったバケツ、そして、一滴たりとも存在していない水に、親父は首をかしげる。そして、元々バケツには水が入っていなかったのだと自分を半信半疑で納得させ、ため息をついてアルが転がしたバケツを拾いに、カウンターから離れた。

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