表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/181

141話 タワーオフェンス

前回のあらすじ

・ジルディアスと恩田が魔王の前に到着

・割と楽勝

 ジルディアスたちが魔王との戦いに挑み始めたころ。サクラたちはダンジョン【if】の階層を進み続けていた。


「風魔法第5位【ウィンドジャベリン】」

「【強撃】!」


 【if】に現れるのは、階層ごとにボスが、道中には透明な結晶でできた怪物が行く手を阻む。序盤の結晶の怪物は、それこそスライムやホーンラビットといった道中でも何度か倒した雑魚敵ばかりだ。

 それでも、階層を進み続けていくごとに、その難易度は上がっていく。


 透明な結晶でできた動くどくろを杖で砕き、サクラはぐっと奥歯を噛みしめる。まだ全然ソロでも行ける階層だ。ゲームで作り上げた完璧な肉体(ステータス)のHPはグリーンラインであり、五分の四ほどの余裕がまだある。

 それでも、心配になることはあった。……それは、今までの階層で現れたボスに関することだった。


 階層を踏破した証の、見上げるほど巨大な門。豪華絢爛な扉には傷一つ曇り一つないダイヤモンド。その意匠はちょうど、魔王の城のそれと正反対の清廉さを誇っていた。


 サクラは緊張した面持ちのまま、その扉を手で押し開けた。


 体育館を三つつなげたような広い空間。その中央に鎮座するのは、純白のユニコーン……ではなく、全身に黒色の結晶を生やした、魔王の呪いに侵されきったユニコーン。

 怪物を前に、サクラはぐっと眉を顰めてつぶやく。


「……やっぱり、初見の敵ね……」


 黒水晶に侵されたユニコーンは、ガラスをひっかいたような奇妙な鳴き声を上げ、侵入者であるロアたちをカッと見開いた目で睨む。そう、サクラの記憶にあるダンジョン【if】の敵と、現在の敵は大きく異なっていたのだ。


 杖を構え、サクラは短く息を吐きながら呪文を詠唱する。

 ここは第20層。本来なら、純白のユニコーンが敵となって出現するはずだった。第10層でも、強化レッドドラゴンが敵になるはずだったのに、魔王の呪いに侵されきり、全身が結晶になったレッドドラゴンが敵となっていた。


 自身とロアに強化魔法をかけたサクラは、全力で黒結晶のユニコーンとの間合いを詰める。本来のユニコーンならば魔法特化であり、遠くの間合いで戦うのは非効率なのだ。

 そして、そんなサクラの記憶通り、黒結晶のユニコーンも角の先に禍々しい光を灯し、あたりの空間に魔法陣を成形する。


「ジャベリン来るわ! 警戒して!」

「もちろんだ、【ミサイルプロテクション】!」


 サクラの忠告に従い、ロアはサクラと自身に風の加護を付与する。本来の【ミサイルプロテクション】の役割は、弓矢や投石などの遠距離攻撃を風でもって命中率を下げるものであり、ほぼ必中に近しい魔法にはさほど効果がない。しかし、風の精霊の加護を得ていることと、ロア自身の膨大な魔力を魔法に付与することで、近接攻撃でなければほとんどの攻撃から身を守る強固な風の盾を創り出したのだ。


 風の盾を身に纏ったサクラは。向かい来る光の槍をかいくぐり、黒結晶のユニコーンに肉薄する。これだけ穢れているにもかかわらず、ユニコーンは光魔法を操るらしい。

 とはいえ、光魔法なら問題がない。ジャベリン系の単純火力は、土魔法のジャベリンが最も強く、影響が残りやすいのは火魔法だ。光魔法は風魔法のジャベリンの次。つまり、直撃してもそう痛くはない。そして、光の妖精に反逆したジルディアスは例外として、人族には弱点属性がない。


 風の盾を貫通し、目の前へ飛んできた光の槍を、サクラは杖で打ち払う。

 砕けた光の破片が腕を少しだけ焦がすが、動きを止めるほどの痛みではない。むしろ、驚いたのは魔法を物理で破壊された黒結晶のユニコーンの方だった。


 その好機を、サクラは逃しはしなかった。


「杖術三の技【付与(エンチャント)強打(スマッシュ)】!」


 杖に魔力を流し込み、闇魔法を付与する。そして、魔力のこもった一撃は、黒結晶のユニコーンの頭蓋を捉えた。


 鈍い音が響き、黒結晶のユニコーンの頭蓋が凹む。

 頭部を破壊されたユニコーンは、悲痛な叫び声をあげると、そのままその場に倒れて痙攣を始める。

 サクラは顔についた返り血を服の袖で拭い、小さく息をついた。


「次、行くわよ」

「……ああ。相変わらず、君は強いな」


 プレシスにいればそこそこな脅威であろう黒結晶のユニコーンを一撃でもって仕留めたサクラを見て、ロアは肩をすくめて言う。自己バフをかけて敵を殴るというその手法は、魔術師というよりは戦士と言うべきだった。


 サクラは空気に溶けて消えていく黒結晶のユニコーンの死骸を超えて、フロライトへの侵略にも用いられていた球体の魔道具に手を伸ばす。階層と階層をつなぐこの魔道具を見るのももう何度目か。


 少女の胸中に広がるのは、これからどんな敵が出てくるのか、という恐怖。そして、果たしてロアを守り抜くことができるのかという吐き気を催すほどの緊張感。


 ……サクラとて分かっていた。ロアはサクラが守らなければならないほど弱くはないことを。彼がいてくれているおかげで、かなり楽にダンジョン【if】の攻略ができているということを。

 正直、強力な風魔法の援護魔法はとてつもなくありがたい。被弾が無ければないほど、回復を挟む必要がなくなるため、単純に攻略速度が上がるのだ。


 だからこそ、これから訪れる地獄へ彼を連れ込むのが、心苦しくて仕方がなかった。


 元のシナリオなら、彼はエルフの村を追放され、世界を放浪していたはずだった。その未来は巫女のルアノの蘇生と第四の聖剣の勇者たち……ジルディアスと恩田たちによって覆され、彼はあくまでも厄介払いのついでにウィルたちの旅の手伝いを申し出てくれただけなのだ。


 できるなら彼を危険な目に遭わせたくない。……そう思うこと自体彼への侮辱であるとは理解していた。それでも、彼女はそう思わずにはいられなかった。


 何故なら、この先に現れるのは、ルナティックジルディアス。己が散々辛酸をなめさせられたあの強敵なのだから。軽率に「ついてきてほしい」などとは言えない。それがたとえ、己の死と引き換えになったとしても。

 ……いや、そうではない。


__ロアを……仲間を死なせるのが、怖い。


 心の中でつぶやいたその言葉。それが、サクラ自身の心臓を強く縛り付ける。

 肉体がいくら強くとも、サクラの魂は現代日本で育まれた少女のものでしかない。そんな彼女が、他の世界のために誰かを犠牲にしかねない事実に、耐え切れるはずがなかった。


 イリシュテアの時も、ミニングレス=イルーシアの依代から先にとどめを刺そうとしたように、彼女は仲間が傷つくところを見るのを避ける傾向にある。……否、現代日本で育っていれば、そう考えるのは当然だった。ただ、同じく日本で育ちこの世界に転生した恩田と違うのは、彼女自身は死んでも復活などできないこと。その点ひとつにかかっている。


 恩田裕次郎が他者を守るために己の肉体の損傷をいとわないように、サクラは仲間を守るために己の精神の損傷をいとわなかった。

 怪物と敵対するのが怖くないわけがなかった。生物の死を当たり前に見るのを恐れないわけがなかった。何日、何か月と続く長旅を彼女の心が耐えられるわけがなかった。__それでも、彼女は弱音ひとつ吐かなかった。文句ひとつ口にしなかった。

 そんなことを、通常の日本人のただの少女が、耐えられうるのか? いくら肉体が無事だったとしても、心は取り返しのつかないほどに崩壊してしまわないのか?


 しかして、少女は耐えきった。……耐えきってしまった。

 学生という身分で大人にまだ保護してもらう時期だというのに、知り合いも友人も家族もない地に強制的に飛ばされても、他者の悪意にさらされても、凄惨な戦いの場を見ても、傷つく仲間を見ても、仲間を傷つける敵を見ても、己では勝てないかもしれないジルディアスを見ても……イリシュテアで、イルーシアという正義の行き着く末路を見ても。

 崩壊する心の悲鳴に耳を塞ぎ、弱音を噛み殺す。心の苦痛は肉体には反映されないから、どれだけ苦痛でも、パフォーマンスに影響は出ない。笑顔の仮面を張り付けていれば、彼等(ウィルたち)には気が付かれない。そうやって、崩壊する心を隠して、旅を続けていた。__たった一人の例外を除いて。


 サクラは、ちらりとロアの方を見る。


 風の精霊の加護をもつハーフエルフである彼には、言葉だけの嘘は通用しない。だからこそ、本音で話さざるを得なかった。年齢的にも己よりも年上で、弱音を吐いても笑って聞いてくれる。くだらないことを話しても許してくれる。それが、サクラの心が完全に崩壊しきるのを寸前で止めていた。


 この世界に転移した理由がわからない。この世界から元の日本に帰れるかわからない。そもそも、【安藤桜】の体がどうなっているかもわからない。

 いくつもの不安を抱え、崩壊寸前の世界のプレッシャーを感じ、幾度となく命の危機にさらされた。そして、これから行く先は、無駄に頑丈な己の肉体ですら勝利できるかわからない。心は既に敗北しているのだ。死にに行くのと変わらないのにもかかわらず、果たして、これからの未来のあるロアを連れていくべきなのか。


 ぐらりと、心臓が揺れる。

 もしも、今空気に溶けて消えて行っている黒結晶のユニコーンの死体が、ロアだったとしたら? そうでなくとも、他の仲間だったとしたら?

 そうだったとき、【安藤桜】の心は、耐えられるのか??


 心の死と肉体の死は同義ではない。

 実際に、肉体は死に続けている恩田裕次郎は、心が折れていないからこそ、聖剣に人格を売り渡していないからこそ、その身が『第四の聖剣』だったとしても『(恩田裕次郎)』としての人格を保ち続けている。


 逆に、肉体は完璧で死ぬだけの理由もないサクラはどうだ?

 STOのゲーム内のデータをそのまま引き継ぎ、旅の過程でゲーム内のルールという枷も外れた。その力量は、場合によってはジルディアスに匹敵するかもしれない。__心が伴っていれば、だが。


 長旅と限界状態の持続で、彼女の心は摩耗していた。いっそ心をこの身に売り渡してしまったほうが、技量的にも上位になれるのではないかと思えるほどに。


 それでも、己の心を保っていたのは、ただ彼女の意地に他ならない。

 この世界に連れてこられた理由がわかるまで、死ぬ気にはなれない。元の世界に戻るまで、死ぬ気にはなれない。ハッピーエンドを迎えるまでは、死ぬ気にはなれない。いくら心を摩耗させても、決定的な場所は譲らなかった。


 だからこそ、彼女は己の精神の限界を超えて、『彼女(安藤桜)』の人格を保っていられたのだ。

 サクラ(パラメータ)ならきっと、こんな地獄でも笑っていられる。それでも、まだ彼女は彼女だから。苦しんだ表情を隠し切れなかった。


 ……そんなサクラを、ロアは心配そうに見つめていた。

 そして、ロアは、苦しんだ彼女の表情のうち、口角がほんの少し上がっていることに気が付く。


__笑って……? いや、違うか


 ロアは長い耳を横にぴんと張り、次の階層へ進む。

 まだ、先は長い。

【パラメータ:サクラについて】

 サクラは、安藤桜がMMORPGゲームソードテールオンラインで作成したパラメータの一つである。

 そのステータスはSTO内のゲームデータの中でもトップクラスであり、ほとんど課金をしていないため火力はそうでもないが、純粋なプレイヤースキルのみで測ればかなり強者の部類に入る。……しかし、決してトップではない。


 彼女は、ただ恩田裕次郎と同様に、ただ大いなる不運と少しの幸運に加えて、他人のためにあることのできる人間性を持ち合わせているだけだった。そして、ほんの少しだけ強い精神力……プレシスという世界の破滅のプレッシャーに少しの間だけでも耐えきれる心の強さがあるだけだった。





???「まあ、ぶっちゃけて言うと、吾自身、心の有無なんて重要な問題じゃないと思ってるけどね。原初の聖剣しかり、強靭な肉体とあとは権限さえあれば世界の一つや二つ救えるさ。で、権限を付与した肉体を送り込むのに魂が必要で、肉体(うつわ)に適合した魂で都合のいいのを選んだってだけ。

 思考やら思想やらはあっても無くても、って感じだけど、権限が無かったらそもそも世界を救う資格すらないからね。その点、ジルディアス君は割と都合よかったけどねー。ホントにさ、闇の妖精も精霊も世界の反逆者君も、余計なことしてくれたよねー」

???「……本当にアンタマジで1ミリたりとも反省してねえな。今は人間の体なんだろ? いつか刺されて死ぬぞ。つーか死ね」

???「ははは、享楽的に行こうよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ