139話 前へ、前へ
前回のあらすじ
・ジルディアスがボロボロになりながら魔王城を目指す
・恩田裕次郎と合流した
ジルディアスとギリギリ合流できた俺は、とっととジルディアスの負傷を治し、改めて結界の外の怪物たちに目を向ける。
崩れた輪郭の定かではない怪物たちは、なるほど、シスが神前裁判の時に戦わされていた怪物にそっくりだ。穢れが酷い気がしたから光魔法で攻撃したが、判断はあっていたらしい。
そして。
「ようジルディアス、どれくらい治った?」
「全回復まではあと二割……いや、二割少しだな。内臓の直りが遅い」
そう答えるのは、古びた石畳に座り、光魔法を行使し続ける魔道具を腹部にあてているジルディアス。魔石で駆動し、起動さえしてしまえばあとは魔石に残った魔力を消費しきるまで動き続けるというごく単純な仕組みの魔道具は、魔法の並列展開という何気に難しい作業をナシにしてくれるため、かなり便利だ。問題は、光の妖精に反逆し光魔法が全く使えないジルディアスはこの魔道具の起動ができないという点だけで。
口から土の塊を吐き捨て、魔法で創った水で口の中をゆすぐ。俺が木っ端みじんになっても死なないのは、あくまでも肉体が聖剣だからであって、対するジルディアスは生身の人間である。普通に考えたらこれだけの拷問を受けていたら死ぬはずだ。
俺は思わず顔をしかめてジルディアスに言う。
「エグイな……つーか、普通消化器系丸ごと切除されたらショックで死ぬだろ……」
「相手に殺す気がない限り麻酔なしの外科手術くらいまでなら耐えられる。死にはしないからな」
「普通は耐えられねえんだよ。多分俺でも剣に戻るくらいにはダメージ負うぞ?」
そんなことを言い合いながら、俺はガシガシと頭をかく。
正直、怪我さえ治ればジルディアスが目の前の怪物たちに負けるビジョンはまるで見えない。あれくらい素手でも勝てるだろコイツ。
とにかく、ジルディアスの負傷を治しながら、持ってきた収納の指輪を投げ渡す。何が入っているかは全て把握しているわけではないが、おそらくかなり多めの武器がしまい込まれているはずだ。
指輪を受け取ったジルディアスは、適当に何本かの武器を引っ張り出し、小さく舌打ちをする。
「目録は無いのか? 何が入っているのか把握できないと使いにくい」
「うん? あー……急いで用意したから、多分ねえな」
「使えない駄剣め」
「仕方ねえだろ、時間無かったんだよ」
ファストバリアを維持しながら、俺は小さく肩をすくめる。そんな俺をよそに、指輪の中から適当なロッドを取り出したジルディアスは、やや呆れたようにつぶやく。
「工房の最新作……白金貨を使いでもしたのか、もったいない……」
「え? その短い物干しざおみたいなの、そんなに高いのか?」
「お前は……いや、何も言うまい」
割と的確に見た目を表現したつもりの俺の台詞に、ジルディアスは頭を抱えて言う。言われると本当に物干しざおにしか見えなくなってきたのか、小さく舌打ちをして「物干し竿……」とつぶやいた彼は、とにかくその杖に魔力を込める。そして、不機嫌そうな表情を浮かべて俺にいう。
「魔力ポーションはあるか?」
「あ、渡し忘れていた。ってか、内臓は全部戻った感じか?」
「ああ。消化器系はほぼ全回復した。肝臓だけまだ微妙に治りきっていないが、まずは魔力を回復しておきたい」
「わかった。つっても、無理だけはすんなよ?」
どうやら、魔法を行使しようとしたはいいものの、魔力が足りていなかったらしい。俺が持ってきたカバンの中から魔力ポーションを引っこ抜いたジルディアスは、その液体を一気に飲み干す。よほどマズかったのか、数秒間ぐっと眉を寄せたままだった彼は、ガリガリと首元をひっかいてからもう一本カバンからポーションを取り出す。どうやら、まだ回復量が足りていなかったらしい。
魔力ポーションを立て続けに二、三瓶開けたところで、ジルディアスは改めて物干し竿に酷似したロッドに手を伸ばす。……一応、俺が知る由もなかったことだが、このロッドはフロライトでも有数の高名な錬金術師が作った代物らしく、オリハルコンとミスリルの合金でできているらしい。ずいぶん魔力伝導率が良いのか、彼は素早く魔法を編み上げる。
「一掃する。闇魔法第4位【ダークジャベリン】」
短くそう宣言した彼は、光の盾の外に漆黒の槍を呼び出す。容赦の欠片もない多量の槍に、俺は思わず苦笑いをした。
「相変わらずえげつないな」
「さっきまでは不本意ながらかなり痛めつけられたからな。__仕返しだ。くたばれ!!」
不敵に笑み、そう宣言したジルディアスは、展開した黒の槍を慈悲なく射出する。結界を割ろうとその爪を、牙を、角をぶつけまくっていた怪物たちは、黒の槍に貫かれ、耳障りな断末魔とともにその命を抹消される。
飛び散った黒い肉片や骨、何らかの体液は乾ききりヒビの入った地面にどす黒くしみこむ。草木も生えない不毛な大地に放棄された死体は、長らく残り続ける羽目になるだろう。
本能のままに__否、呪いの操るままに【魔王】を繁殖させようとする怪物たちは、痛みさえも感じられないのか、それとも感じたうえで怒り狂っているのか、壊せもしない金の結界をひたすら攻撃するが、既に回復しきったジルディアスの敵ではない。
「これくらいなら、まとめて殺せるな。【グラビティ】」
凶悪な笑みを浮かべた彼は、地面に胡坐をかいて座った姿勢のまま、物干し竿の様な杖に魔力を込める。上等な発動体と圧倒的な闇魔法の才能が組み合わさった結果、近くにいたすべての怪物たちが重力によって圧殺された。
響く絶叫と肉が潰える吐き気を催すような音が、あたりに飛び散る。やめろ、R18Gもいいとこだ。
「相変わらずえげつないな……」
「さっきも聞いたが」
「それしか言えねえだろ」
折り重なった死体のいくつかは俺が張った結界を押しつぶすような形になってすらいる。イリシュテアでレベリングをしてなかったらおそらく結界は破壊されてしまっていたことだろう。
あたり一帯の命と言えない命が潰えたあと、俺はようやくファストバリアの呪文を解除する。
乾ききった地面は既に血なのか他の体液なのかわからない液体でぬかるみ、折り重なりつぶれた死体は見るも無残な姿となっている。鼻を突く異臭に思わず顔をしかめた俺をよそに、ジルディアスはさっさと歩きだす。
「行くぞ。……魔王を殺し次第、フロライトに帰る」
「! ああ、そうだな! シスも待ってるし」
そうして、俺たちは闇妖精の城……魔王の居城へと足を進めた。
ダンジョン【if】に挑むサクラとロアは、適当に装備を整えたところでフロライトの地下水路へ向かう。買い込んだポーションを箱からストレージにうつしつつ、眉を下げたサクラは、あらためてロアに言う。
「言っておくけど、【if】は滅茶苦茶難易度高いから、本当に気を付けてね。レベルカンストしてる私でも、ルナジル戦でダース単位死んだし……」
「……生き返ったのか?」
「……死ぬような思いして撤退したし」
ゲーム感覚で言った言葉をサクラは慌てて言いかえる。ロアは不思議そうに首をかしげるも、小さく肩をすくめて杖を肩にトントンとあてる。なんとなく嘘とも真実とも言えないあいまいなラインな返答だったのだ。
とにかく、地下水路へ移動した二人は、黙々と奥地へと向かい、かつて百番目の聖剣が突き刺さっていた広場にたどり着く。浅く澄んだ水がたまったその広場には、小さな魚やエビの様な生物が近づいてきた足音に驚いて奥地へと逃げ出す。
天井から差し込んでくる日光に照らされたその水路で、ロアはあたりを観察してからサクラに問いかける。
「ここで何をするんだ? というよりも、ここは……?」
「ここは私とウィルの持ってた聖剣があった場所。そこに、私の聖剣を戻せば__」
サクラはそう言いながら、杖に変形させた聖剣をかつて聖剣が刺さっていた台座に戻す。その瞬間、水路の行き止まりが、歪みだす。
そして、レンガでできた水路の壁の前に、一つの球体が現れる。素材はまるで何で出来ているかわからない。しかし、確かにロアは直感していた。それが、この世界には存在しない素材であると。
ガラスでも水晶でも何でもない輪郭だけが感知できる透明な球体を前に、サクラは小さな声でつぶやく。
「相変わらず見えにくい入り口よね……こんな入り口で鬼畜ダンジョンだとは思わないでしょ……」
「その程度の扱いなのか???」
間の抜けたサクラの感想に、ロアは頭を抱える。明らかにこの世のものではない球体を前にしてこの台詞なのだ。さらには精霊の加護からも彼女が嘘を言っているわけでないことはわかる。豪胆と言えばいいのか、単に無神経なのか。
そんな風に悩んでいるロアをよそに、サクラはロアに言う。
「ここから地獄だから気を付けて。……ここじゃ、デスルーラなんてないし、死んだらそこでおしまいだから」
「……?」
「ごめん、やっぱ気にしないで」
首をかしげるロアに、サクラは少しだけ顔を赤くして言った。
ぴちょん、ぴちょんと、水が落ちてくる音が聞こえている。
冷たい地下水路の水の温度を感じながら、サクラは透明な球体に手を伸ばす。
「行こう。……最悪、死ぬ前に転移アイテム使って逃げてね」
「わかった」
そうして、二人はダンジョンの中へ入っていった。