136話 芸術の都の黒い霧は掃われた
前回のあらすじ
・サンフレイズ平原を移動
・メルヒェインの戦士クーランが移動を手助けしてくれる
クーランと別れ、サーデリアの首都、アーテリアの城壁前にたどり着いた俺は、城壁を飛び越える一つの箒を見つける。
その箒に乗っていたのは、絵の具で焼けただれた顔を金属製の仮面で隠した芸術家、アーティだった。
「君が第四の聖剣かい?」
「ああ。アーティ、怪我は治ったのか?」
「ボクはただの魔力不足だったからね。すぐ治ったさ!」
アーティはそう言って箒から飛び降りる。そして、俺に向かって手を伸ばすと、早口で言った。
「第四の聖剣様。オルガ準伯爵がキミの入国許可を出した。滞在期間は2時間以下、その案内役をボク、アーティが行う。__早く乗って!」
「お、おう!」
急かすアーティの言葉に背中を押され、俺は慌ててアーティの手を取り、古ぼけた箒に乗った。
その瞬間、アーティはさっさと魔法を詠唱する。
「風魔法第四位【フライ】!」
魔法の発動体である指輪は、忠実に魔力を古ぼけた箒に流し込み、次の瞬間、すさまじい速度で箒は空を飛び始めた。頬を撫でる風の感触と、急上昇する気圧差に、俺は思わず馬鹿みたいな悲鳴を上げた。
箒はすさまじい速さでアーテリア前に並ぶ商人や旅人たちの頭の上を通り抜け、白い城壁の開かれた扉を通り抜ける。頭の上数センチを城壁の白煉瓦が通り抜け、背筋にヒヤッとしたものが走る。いや、別にぶつかっても死にはしないけどさ。
箒にまたがったアーティは、雑多な建物がそびえる街を一気に抜ける。魔王の呪いにかかった狂気の芸術家が破損してしまった噴水広場は、もうすでに修理が済んでいるらしい。陶器の噴水は澄み切った水で満たされ、水の落ちる涼やかな音が聞こえていた。
真剣な表情で箒を操るアーティ。
密集した背の高い建物の群れの中、空を駆け抜ける人の技は美しく、俺は思わず歓声を上げた。
「すげえ……やっぱり、アーテリアの町って綺麗だよな……」
俺の感嘆の声に、アーティはニッといたずらっぽく笑うと、誇らしげに言った。
「当たり前だろう? 何人もの芸術家が、美しさを競うのだから!」
そう言って、アーティは高層アパートめがけて一気に加速する。そして、ポケットの中から小さな金属製の袋を取り出すと、その中から一枚の紙を取り出す。俺はその紙に見覚えがあった。そう前のことでもないのに、少しばかり懐かしい。あれは、花火の魔法陣だ。
建物の群れに向かって加速をしながら、アーティはその魔方陣を高く空に投げ飛ばした。
一拍遅れて、魔法陣は高らかな音とともに真っ白な光の花を芸術の都の空へ輝かせる。
その瞬間、一斉にアーテリアの町の窓が開け放たれた。
「うおっ?!」
色とりどりなカーテンが隠していた部屋が、窓ガラスが固く閉ざしていた部屋が、開け放たれる。窓を、扉をあけ放った住民たちは、笑顔でこちらに手を振っていた。
「ありがとう!! __行くよ、新しい勇者君!!」
アーティは笑顔で住民たちに礼を言うと、レンガ造りの芸術品のようなその建物に接近し、さらに加速する。かの芸術家は、魔王の呪いにかかってからさらに魔術の修練を積んだ。もう二度と、美しきアーテリアに危害を加えてしまうことがないようにするために。そして、穢れをはらう花火をより多く生産するために。
一気に加速した箒を正確に制御し、アーティは高い煉瓦製のアパートの窓枠をすり抜けた。
アーテリアは、芸術の街という特筆上、世界各国から数多くの画家や画家の卵が押し寄せてきている。だからこそ、密集した人口は縦に伸びる建物に住まうことで分散させられているのだ。地上を歩けば遠回りを余儀なくされ、空を飛んでも高い建物に阻まれるせいで蛇行を強いられる。
ゆえに、オルガ準伯爵はこう提言した。
アーティからの合図があったら、すぐに家の窓と扉をあけ放ち、直線の通り道を作る。柱や壁で通り抜けられない場所はあるかもしれないが、それでも、建物を回避するために蛇行するよりは短く移動できる。
「勇者君、頭下げておいて!」
アーティは力強くそう言うと、全身の魔力を意識する。
箒を操り、人家を飛びぬけ、誰のかわからない玄関を抜ける。そして次の家の窓枠をすり抜け、向かいのキッチンの窓から抜ける。それを繰り返し、空中での最短経路を駆け抜ける。人の家のソファが見えたかと思えば、次の瞬間にはすぐ真横にどこかの店の看板が通り抜ける。美しい絵画を飾ってある人家の花瓶が、アーティが通り抜けた風にあおられてくるくると回り、家人の顔を真っ青にさせる。屋上から俺たちを見る住人たちは、歓声とともに花びらをまき、手を振る。
そんな人々に見送られ、アーティと俺は突き進む。
そして、数分と立たずにイリシュテアへ向かう街路前の門にたどり着く。
花で飾られた門の前には、兵士たちが忙しそうに大量の荷物の入った木箱をを運んでいる。何をしているのだろうか。
首を傾げた俺に気が付いたのか、アーティが説明する。
「最近、イリシュテアの方から難民がやってくることが多くて。ボクの作った花火が役に立ってくれるのはうれしいけれども、負傷している人も多いから、いろんなところでお仕事が増えているんだよね」
そう言って彼はそっと門の前の仮設住宅を指さす。そこには、かなり多くの人々が新しく住まい始めていた。確かにアーテリアを出発する前はなかったはずの仮設住宅地帯であるため、シスの裁判以降イリシュテアから出て行った人が多いのだろう。
そんな門の側で箒を急下降させたアーティは、地面すれすれでブレーキをかけ、安全に降り立つ。……安全と言っても、普通に頭を強く揺さぶられてかなり気持ち悪くなったのだが。
数分ぶりに地面に戻った俺は、改めてアーティに礼を言う。
「ありがとう、アーティ」
「いや、ボクにお礼を言うのはいいさ。__にしても、ウリリカのやつ、遅いな……」
「うん?」
小さくぼやくアーティ。そんなとき、視界の端に大きなピンクのリボンが見える。次の瞬間、そのリボンを付けた人物は高らかに悲鳴を上げて、たまたま出っ張っていたレンガに足をとられてすっ転ぶ。
リボンを付けた人物……ウリリカは、涙目で顔を上げながら、俺たちに向かって言う。
「アレンさんの作品を受け取りました! ギリギリ間に合ったみたいです!」
そう言うウリリカの手には、小ぶりなアタッシュケースのようなカバン。中身の魔道具が破損しないよう、特別に頑丈なものを用意したのだろう。転んだせいで擦りむいた膝を少しだけ痛そうに撫でながら、ウリリカはそのアタッシュケースを俺に渡す。
「アレン……っていうと、イリシュテアの港の魔道具屋の?」
「はい! ダメもとでアレンさんに魔道具の作成依頼をしたら、受けてもらえました! お知り合いなのですか?」
「うん、まあ、俺が一方的に師匠だと思っている」
懐かしい……つっても、少し前に出会ったくらいなのだが。壊されたとはいえ、ウィルドの光魔法から身を守る魔道具を作れた自称超一流の錬金術師のアレンは、どうやらイリシュテアからアーテリアに移動していたらしい。
かなりぎりぎりの依頼だったため、アーティは安堵したようにため息をつくと、思い出したようにつぶやく。
「良かったー……そう言えばジジイはどこ?」
「誰がジジイだ、小童!!」
相変わらずの馬鹿でかい声。その声の方向を見てみれば、白髪の紳士が息を切らしながら北の門に走ってくるところだった。もちろん、彼は元審査委員長のオルガ準伯爵である。
オルガ準伯爵は息を切らしながら俺たちの側へ駆け寄ると、貴族の礼をする。整った所作に茫然としていた俺に、オルガ準伯爵は口を開いた。
「ハア、ハア……済まない、勇者。アーテリアからは、持続回復の魔道具と、アンデットの多いイリシュテアへ向かうための光魔法の魔法陣を支給する。ゲホッ……頑張って、くれたまえ」
「ああ。アーテリアの協力に感謝する。ありがとう!」
固い鞄を受け取り、俺は笑顔で礼を言う。そして、そのまま白いカラスに変形しようとして……慌ててちょっと大きめの鷹に変形しなおした。カラスのままだと、流石にカバンを持てなかったのだ。
そして、第四の聖剣は芸術の都から飛び立った。
場所は変わり、フロライトの広場。ようやく復旧作業が終わったテレポーターを前に、ウィルたち勇者一行はこれからの方針を固める。
サクラとロアの二人は、ウィル、アリア、アルフレッドの三名を見て、少しだけ不安そうに尋ねる。
「本当に、大丈夫なのね?」
「はい。……むしろ、負担の大きいダンジョン【if】を任せることになってしまって、申し訳ないくらいです」
そう言って目を伏せるのは、魔王の居城へと向かう予定の勇者ウィル。
彼はこれ以上世界を巻き戻さないようにするため、ダンジョン【if】の最奥にある演算機の破壊を決意した。しかし、もしも演算機を前にしてしまったとき、ミニングレスやほかの変えようのない犠牲者のために時を戻してしまいかねない。ある種の潔癖とでも言うべき完璧主義ゆえの全て救うまで許せないという心持故に、サクラとロアの二人に演算機の破壊を頼んだのだ。
不安そうに眉を下げるウィルに、サクラは苦笑いをして言う。
「いいのよ、少なくとも私はカンストしてるし、ロアも手伝てくれるっていうから。それに、もしもの時の脱出用アイテムもスタック単位で残ってるし」
「だから、何でそんな貴重な魔道具を大量に持っているのだ……」
あきれたように言うロア。ダンジョンから脱出するための道具、【転移水晶玉】を大量に持っているサクラは、ぐっと眉を下げて「だってダンジョンから出るのに楽だったし……」とつぶやく。エリア間を転移するわけではないため、転移水晶玉は店で購入することもできたのだ。
こうして、ウィルたち勇者一行もまた、魔王の居城へとその歩を進めた。