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134話 穢れ無き湖に天馬は舞い戻った

前回のあらすじ

・恩田がフロライトを出発する

 白い翼をがむしゃらに動かし、俺は必死に空を飛ぶ。

 人間よりも大きな白いカラスは酷く目立つのか、時折地上から俺を指さし歓声を上げる人々の気配が感じられた。


 全力ではばたいて、日が沈み夜になっても、無いはずの体力が限界だと脳に警鐘を鳴らしても、俺はひたすら翼を動かした。再び日が昇り、遥か下にヒルドラインの城壁を見ても、立ち止まることなく、ひたすらに羽根を動かす。


 険しい山の上空を飛んでいるとき、ふと、あたりから羽音が聞こえてきた。

 驚いて周りを見ると、あたりに数羽のユニコーンがその翼をはためかせて空を駆けている。訳が分からず目を見開くと、ユニコーンは小さくいななき、俺にその背を見せる。


『何だ……?』


 訳が分からず視線をさ迷わせた俺に、ユニコーンは再びいななく。今度は先ほどよりも少し強い声だった。

 そこでようやく俺はこのユニコーンの意図を理解した。


『えっと、お前に乗れってこと……?』


 きっと、俺の言葉は通じていない。それでも、ユニコーンは、その長い馬首を縦に振った。

 俺は飛行速度を落として、ユニコーンの背中に止まる。


 すると、ユニコーンはすさまじい速度で空を駆け始めた。

 振り落とされないために、俺は慌てて人型に変形し、ユニコーンの馬首にしがみつく。真っ白な天馬のかける速度は、俺が必死こいて羽を動かすよりもはるかに早く、思わず小さく歓声を上げていた。


 そうしていると、森の下に美しい湖と、若々しい巨木が見えた。世界樹と、その湖なのだろう。魔王の欠片に侵され、汚れていたその湖は、あっという間にその美しさを取り戻したらしい。


 __空駆ける白馬は、険しい山脈を飛び越え、広大な平原へとはばたく。





 第4の聖剣である勇者がフロライトから旅立った直後。ウィルたち勇者一行は、テレポーターの修復を急いでいた。かつての記憶を思い出したウィルでも、イリシュテアまでの距離を短時間で移動するには、テレポーターを使うしかなかったのだ。


 黙々と作業を続けるアリアとアルフレッド。サクラは刻印の状態を確認し、修復作業を行っている。そんな中、ロア一人だけがウィルに話しかけた。


「ウィル。君は一体、何があったのだ?」

「はい?」


 そう話しかけられたウィルは、風魔法で動かしていた瓦礫を一旦どかし、ロアの方を見る。そして、困ったように眉を下げた。


「……いや、その、特には……」


 言葉を濁すウィル。失っていた記憶を取り戻したことは、サクラとロアには言っていなかった。記憶の中の異分子であるサクラと、かつては敵対さえしたロアに対してかける言葉が見えなかったからだ。

 それでも、そんなウィルの異変をロアは見抜いていた。


「何もないのに、アリアやアルフレッドとの距離がおかしいのか? それと、俺はあまり使わないようにはしているが、精霊から言葉の真偽を聞くことができる。……無理やり嘘をつくような真似はしないでくれ」


 ロアはそう言ってウィルを見る。優しい笑みを浮かべた口元とは反対に、耳はピンと張られ、瞳も警戒をしているのか、視線は鋭い。

 何もかもを見通すロアの視線に、勇者ウィルは思わず苦笑いをする。彼の記憶の中にあるエルフのルアノが死亡してからのロアは、おおよそいつもこの調子だった。村を追放されてからも、恩を返すために身ひとつでエルフの村の異変を探り、単身魔王の欠片の存在に気が付くことさえできたのだ。味方になるととてつもなく頼りになるのだが、敵に回られるとあまりにも厄介だった。だからこそ、ウィルはロアとだけは敵対したくなかった。


 そう思って、ただ沈黙し目を逸らす勇者ウィルに、ロアはぐっと己の拳を握り締めると、ウィルに問いかける。


「君は、この旅の記憶をすべて失ったのかい?」

「いや、違うよ。ほんとうに、気にしないでくれ。僕は大丈夫だ」

「君は、アリアやアルフレッドたちと喧嘩でもしたのかい?」

「してないって! 大丈夫だから!」

「君は、サクラに何か話すべきことはないのかい?」

「その、本当に、大丈夫だから……」


 淡々と投げかけられるロアの問い。ウィルの確信を問いただそうとするその質問に、勇者はただ、視線をさ迷わせることしかできない。嘘をつくのが、こんなにも苦しいことだとは思ってもいなかった。それでも、この嘘で多くの人が救えるなら、少なくとも、目の前のロアを傷つけなくて済むのなら、勇者ウィルは嗤って嘘をつける。


 だがしかし、そんな優しい嘘は、ロアには通じはしない。そして、その優しさの意味を、ロアは全て理解していた。


「……少し、話をしようか、ウィル」

「だめだよ。僕が手伝わないと、復旧が遅くなっちゃうよ」

「__あまり調子に乗らないでもらおうか。」


 苦笑いで言われたウィルの言葉に、ロアは目を細めて吐き捨てるように言う。そして、世界樹の枝をぐっと握ると、短く詠唱した。


「風魔法真位【レビテーション】」


 その瞬間、力強い風が巻き上がる。そして、崩れ落ちたあたりの瓦礫が巻き上がり、更地と化した路地に全て移動させる。あまりの出力に、作業していたアリアが間の抜けた悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。


 その様を見て、ウィルは思わず問いかけた。


「今まで、手を抜いていたのか……?」

「そんなわけがないだろう。本来ならこの程度の些事、精霊様に手伝ってもらうまでもなく自力でやるべきだから、普通に手でやっていたんだ。……後は、さっきまでは瓦礫をどかした後に置く土地もなかったからな」


 ロアはそう言って荒く息を吐きながら、世界樹の枝の杖を下ろす。強力な魔法を使ったにもかかわらず、魔力切れの症状は見えなかった。剣呑な視線は依然としてウィルに向けられており、勇者はただ背筋に流れる冷や汗を自覚するばかりだった。


「さ、勇者。話をしようか」


 笑顔でそう言うロア。しかして、その瞳は1ミリたりとも笑ってはいない。そして、杖の先は下ろされたものの、柄はしっかりと握られている。ウィルは苦笑いを浮かべ、首を縦に振った。




 アリアやアルフレッドたちから少し離れた場所へ移動したロアとウィル。といっても、復興途中のフロライトは損傷している建物が多く、酒場ですら青空の下で炊き出しを行うために家事を行っており、肝心の酒は酒精(アルコール)を燃やして明り取りに使うために接収されてしまっているため、提供はされていない。


 肉を頬張る男たちの手には、アルコールのないぶどうジュースか水。酔っぱらってはいないはずだが、生きて再会できたことへの喜びで声は大きく、笑顔にあふれている。


 そんな酒場の裏手。崩れた木製の家の窓枠だっただろう木材に腰かけるロア。ウィルは少しだけやりにくそうに頭を掻いて、酒場の壁にもたれかかった。


 いったん落ち着いたところで、ロアは優しくウィルに言う。


「君は、僕とであったころの君とは別人になってしまったのかい?」

「……いや、違うよ。僕は僕だ。ただ、いろいろ思い出してしまって……」


 そう言葉を濁すウィルに、ロアは次いで尋ねる。


「何年分の記憶を、どれだけ思い出したのだい?」

「……魔王を倒すまでの半年と、倒してからの数年間」

「なるほど。なら__」


 そこまでロアが言いかけたところで、ウィルは言葉を続ける。


「それを、823915回分。今は、823916回目の旅なんだ」

「……ふむ……思ったよりも、根深いな……」


 絶望的な回数を口にするウィルに、ロアは思わず言葉を濁す。彼の長い耳は、困惑で下げられていた。そして、その後に当然の質問を投げかける。


「どうやってやり直しを行っているんだ? 時を遡る魔法は存在していないだろう?」

「人間が使える魔法として時間遡行はない。これだけやり直しても、見つけることはできなかった。……ジルディアスさんさえも見つけることができなかった。多分、この世界に人間の技術で時間遡行を可能にする魔法は、存在しない」


 聖剣の柄をそっと触り、言い切るウィル。時間遡行は、この世界(プレシス)の運営に多大なる影響を与える。そのため、基本的には時間遡行のすべは人間ごときが使えるものではないのだ。

 しかして、例外も存在する。

 ウィルはぐっと拳を握り締めて言葉を続ける。


「でも、演算機ならある。演算機は神様がこの世界に置いて行った遺物で、それを使えば決まった時間から人生をやり直すことができる。……ただ、欠点があって、今までの記憶(ログ)を取り戻せるタイミングは、権限がない人間は魔王を滅ぼすまでは完全にランダムなんだ」


 そう言ってウィルはうつむく。今回の記憶(ログ)を取り戻すタイミングは、いつもに比べれば遅い。それでも、サクラという転移者や恩田の存在があったために、まだこの世界(プレシス)の現状はマシな方だった。

 魔王を滅ぼした、というウィルの言葉で、ロアは怪訝な表情を浮かべる。


「何故、何度も世界をやり直したんだ? 魔王を滅ぼした後に、何があった?」


 その問いに、ウィルは悲しそうに答える。


「……一番最初の旅は、魔王を倒した後に戦争が起きた。イリシュテアがフロライトを滅ぼすために原初の聖剣を解き放った。その結果、イリシュテア軍も周囲の国も滅んで、何人もの勇者が国も過去も因縁も捨てて原初の聖剣を討伐した。それでも、あまりにも多くの人がなくなって、その後も色々な国が戦争を起こして……誰も、幸せにならなかったんだ。だから、演算機のあるダンジョン【if】に挑んで、世界をやり直した」

「……共通の敵がいなくなれば、戦争が起きるのはまあ当然と言えば当然なことだな。やり直しても、変わらなかったのか?」

「ああ。僕がやり直せるのは、僕が勇者になったころからだから、ジルディアスさんを勇者にしないっていう一番重要なターニングポイントをどうすることもできない。それでも、ジルディアスさんに演算機を使ってもらったこともあるんだ。……そしたら、彼は婚約者のユミルさんを元の時代に帰らせるために使おうとして、どうすることもできなかった」


 ユミルさんも救いたいけれども、そうすると、完全に世界が詰んでしまうから、と目を伏せつぶやくウィル。ウィルは、何度もジルディアスと対峙をしたことがあった。……否、どの人生でも、魔王以上にジルディアスが最後の関門となっていた。


 ある時は、ダンジョンの最奥地、演算機を使わせないために守る門番として。ある時は、魔王として。ある時は、最愛の婚約者を奪われた復讐者として。どれだけ返り血を浴びても、罵声を浴びても、己の正義を貫く彼は、世界をやり直し続ける卑怯なる勇者に、幾度も刃を向けた。


 それでも、ウィルの救いたい【みんな】の中には、ジルディアスも含まれていた。彼の言動がどれだけ極悪でも。彼の性格がどれだけ苛烈でも。彼はただおのれに正しくあり続けていた。だからこそ、何度やり直しても何度やり直しても救われない世界の中、ウィルは歩みを止めることはしなかった。


 ひとえに、この世界(プレシス)を救うために。

 ひとえに、この世界(プレシス)で涙を流す人を一人でも少なくするために。

 ひとえに、人を助ける人になるために。

 勇者ウィルは、何千回、何万回と世界を巻き戻してでも、ハッピーエンドを探し求めた。人間ごときが神の遺した演算機に触れることが大罪だと分かっていた。世界を破壊しかねない蛮行だと理解できていた。そうだとしても、彼は彼のエゴイズムに従って己の正義を突き進んだ。


 ……ジルディアスの、見方によっては勇者特攻であるオリジナルスキル【武器の破壊者(ウェポンブレーカー)】は、己の望む未来のために演算機を使い続ける勇者ウィルを止めるためのようなものだった。

 結局、正義も悪も、立場によって異なっていただけに過ぎない。勇者ウィルも見方によっては悪人であり、極悪非道ながらも己を貫いたジルディアスもまた正義ではあるのだから。


 勇者ウィルは困ったように微笑んで言葉を紡ぐ。


「ともかく、今の僕は確かに今までの旅の記憶がある。それでも、今回の僕が死んだわけではないよ。……ただ、前の僕の所業のせいで、君との話し方や距離感がちょっとわかりにくくなってしまって。アリアやアルフレッドの死ぬところも何度か見てきているので……不自然にならないように気を付けます」

「いや、そう言うことが言いたいのではないのだが……まあいい。精霊信仰の都合上、俺としてはあまり時を戻すと言った禁忌に触れてほしくはないが」

「……止めはしないのですね」


 あっさりと言ってのけたロアに、ウィルは目を丸くしてつぶやく。

 そんなウィルの反応に、ロアは首をかしげて言葉を紡ぐ。


「別に君を止めたところで、今までやり直してきた世界の数々が元に戻るわけではないのだろう? さらに言えば、これから世界をやり直す気はないはずだ」


 瞬く星空の下、表の酒場の笑い声がここまで聞こえてくる。飲み物の中に酒精は入っていないはずであるにも関わらず、彼等はずいぶんと楽しそうだった。

 ロアのその言葉に、ウィルはぐっと手を握り締める。


「何でそう言い切れるのですか?」

「何でと言われても……そうだな、君が世界をやり直す理由がないというのが一番か? 今のところ、悲劇らしい悲劇が起きたと言えば、連行されたジルディアスくらいだろう。話に聞いたデミミニングレスとやらは俺たちではどうしようもない。イリシュテアもやり直せるのが君が勇者になった直後からだというなら、どうにもしようがないはずだ」

「それは……そうだけれども」


 ロアの指摘に、ウィルは視線を泳がせながらも肯定の言葉を紡ぐ。結局のところ、いくら勇者ウィルでも、救える人間と救えない人間がいる。血にまみれた過去を持つイリシュテアの救済は今のところ不可能であり、過去の因縁のせいで液体恐怖症になったアーティを救うこともできない。そして、それ以外の救えるはずの人々は、ジルディアスと第四の聖剣が全て救っている。


 だからこそ、今回の人生ではウィルはやり直しをする理由はまだない。ジルディアスがイリシュテアに連行されていったところは何度も見たが、イリシュテア内部で殺されたことは一度たりともない。聖剣を剥奪され、その上で魔王と戦わされ、命を散らされるのがいつもだった。


 だからこそ、ジルディアスはまだ殺されていないという確信があった。

 勇者ウィルは薄く目を閉じ、ロアに言う。


「速攻でテレポーターを修理して、イリシュテアに向かう。ジルディアスさんが魔王に殺されるよりも先に魔王を倒しきれば、ハッピーエンドだ……!」


 開かれた勇者の瞳は、力強い決意の輝きが閃いていた。

【恩田裕次郎が第四の聖剣になれた理由】

 主人公である恩田裕次郎が、何故これほどタイミングよくジルディアスの主要武器である第四の聖剣になれたのか。その大部分の理由は、単純に恩田裕次郎の運がなかったから、という説明でおしまいになってしまうのではあるが、それ以上に大きな理由がある。


 それは、勇者ウィルが聖剣を手にしてから何万回と世界の時を巻き戻されていたことにある。

 STOの登場人物であるジルディアスは本来、一部終了時点で死亡が確定しているはずだった。__つまり、この物語を描いた作者は、ジルディアスの末路を、勇者ウィルの戦いを、最低でも一度は見てきたはずなのだ。

 それでも、恩田裕次郎が転生したのは、ジルディアスが勇者に選ばれる直前である。魔王は討伐されておらず、レッドドラゴンも依然魔王の呪いにかかったまま。普通に考えれば、STOのシナリオは一部が完結している以上、そんなことはありえないはずだった。


 その理由は簡単。勇者ウィルが何千、何万回とシナリオを繰り返していたからである。『誰も悲しむ人がいない世界』を目指し、旅をやり直してきたがゆえに、世界(プレシス)は滅びはしないものの、先に進むことができない世界と化していた。

 そんな世界が正常なはずもなく、魔王という一番のバグが依然残り続け、システム的にもかなり穴が多いために恩田裕次郎という魂をねじ込むだけの隙間があってしまったのだ。そして、ねじ込まれたその時が、たまたまジルディアスが勇者になる直前__つまり、何千何万回とくりかえされた勇者選定の儀の一週間前だった、というだけなのだ。


 恩田裕次郎と桜が来てしまった世界はゲームのSTOでもアニメ版の方でもない。一人の勇者のために未来を失った『異世界(プレシス)』なのである。

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