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132話 勇者の誕生

前回のあらすじ

・イリシュテア地下牢で閉じ込められているジルディアス

・ウィルド「僕が呼ばなくても、みんな来てくれただろう?」

 広場に集まったのは、勇者一行、アルガダ子爵をはじめとする兵士一同、エルフの村の魔術師たち、それに、イリシュテアの祓魔師たち。そうそうたる顔ぶれの彼らに、俺は心の中でぐっと手を握り締める。


 これだけたくさんの人間がいれば、一人くらいは、勇者の素質を持っている人間がいるかもしれない。そして、ここにいる人間のほぼ全員は、戦い慣れた素晴らしい戦士ばかりなのだ。


「じゃ、みんな、よろしくね。僕は先に前線行ってくるから」


 ウィルドはそう言ってその肉体を変形させると、翼をもつ美しき怪物に姿を変貌させ、力強く羽ばたく。生理的に抜け落ちた羽は、光の粒子に変わって空気に溶け込んでいく。

 周囲の人間はウィルドの変貌にやや驚いたような、どこか納得したような表情を浮かべる。アルガダ子爵らはウィルドが前線で大立ち回りするところを見ていたため、彼が原初の聖剣だとなんとなく知られていたのだ。


 にっこりと微笑んだ原初の聖剣は、地上の戦士らに向かって言う。


「大丈夫。君たちは人間だけど強い。だから、もしも聖剣が引き抜けなかったからって気に病む必要はないよ。__神の代理として、君たちの幸運を祈っている」


 ウィルドはそう言うと、その肉体を戦いのために変貌させていき、そして、羽音とともに空へ消えていった。

 いなくなったウィルドと立ち替わり、勇者ウィルが俺の方へ近づく。そして、柄を握った。


「……うん、僕はダメみたいだ。既に聖剣を持っているからかな?」


 俺を引き抜けなかったウィルはそっと肩をすくめて、台座から離れる。

 次に、やって来たのは、着物姿の勇者サクラである。彼女はつかつかと台座に乗り上げると、杖を片手に詠唱する。


「火魔法第五位【ファイアジャベリン】!」

『うおおおおお?!! 何?! あっつ!!』


 阿呆みたいな悲鳴を上げた俺をよそに、俺と石の台座の隙間を破壊しようとしたサクラは、追撃と言わんばかりに杖を石の台座に叩きつける。流石は高レベル勇者というべきか、すさまじい火力だった。

 しかし、俺も石の台座も、傷一つつきはしなかった。まったく理解できないが、おそらく、見た目が違うだけであの翡翠の祠と同じような素材でできているのだろう。


 まったくもって傷つかない台座に小さくため息をついて、サクラは俺の柄を握り、そして、首を横に振った。


「……壊して持っていくのは無理そうね。私には引き抜けないわ」


 そして、サクラは台座から降りる。


 次に現れたのは、イリシュテア騎士団団長のアルフレッド。彼は恭しく台座に片膝をつくと。俺の柄に手を伸ばした。そして、思ったよりも強い力で俺を引く。


 ……数分頑張った末、しょぼんとした表情を浮かべ、アルフレッドはそっとつぶやいた。


「……無理か」

「あれま。まあ、気にしないでよ、わたしが抜いておくから!」


 明るくそう言ってサムズアップしたアリアは、俺の柄をつかんだつもりで普通にすっぽ抜け、間抜けにも後ろに倒れ込む。おいバカ、危ないぞ?!


「にぎゃっ?!」


 地面に倒れる前にロアの風魔法に助けられたアリアは、耳をへたらせてがっかりとした表情を浮かべる。どうやら、彼女もだめだったようだ。

 台座から落ちかけたアリアをしっかりと立たせ、二人と入れ替わりにロアが俺の前に立つ。そして、そっと柄に触れた。

 さほど力を入れることもなく、軽く上に引っ張り、そして、ロアは小さくつぶやく。


「引き抜けないな。というよりも、勇者を選ぶのは、剣ではなく台座の方だったか……」


 その言葉に、俺はハッとする。そう言えば、最初の聖剣の儀式のときも思ったが、俺は別に選んで他者を勇者にすることはできない。というか、こんな非常時ならだれでもいいから勇者にしてしまいそうなものだが、それでもそうなっていないということは、勇者を選別しているのは俺ではなく台座ということになる。……何か、途端に格好悪くなったな。


 そして、ルアノ、アルガダ子爵と続き、ヒルドライン街の兵士たち、イリシュテアの祓魔師一同の全員が聖剣の儀式に挑戦する。しかし、いずれの人間も、俺を引き抜くことはできず、申し訳なさそうに台座から降りていく。


 次々と挑んでは俺を引き抜くことができず、降りていく戦士たち。嘘だろ、一人ぐらい勇者になれる奴がいたっておかしくないじゃないか!

 抜けやすいように刀身はできる限り細くしてある。それでも、台座はがっちりと俺を固定しているらしく、引き抜けるものは誰もいなかったのだ。


 若干焦りの感情を覚える俺の前に、シスがゆっくりと歩み寄る。

 シスは少しの間俺を見上げた後、そっと口を開く。


「ユージさん。私では役不足かもしれませんが、すこし、お話をしてもいいですか?」


 そう言って、シスは言葉を紡ぐ。

 青空の下、シスの凛とした声が響く。返事をしてもその声が届くことはない俺に、彼女はまっすぐと語りかける。


「私は、イリシュテアの孤児院で育ちました。生まれてすぐに孤児院の前に遺棄されていたらしく、イルーシア師匠に拾われて、祓魔師になるための修業をつけてもらいました」


 彼女が語るのは、かつての身の上の話。処刑された勇者イルーシアを師匠に持つ彼女は、他人を救うために聖職者として……『祓魔師』として生きていた。


 冬のうららかな日差しが、冷たい空気を温める。フロライトの復興のため忙しく働く人々も、この優しい日差しに笑顔を浮かべる。つらくても、酷い状況でも、人々は笑っていた。


「人類のために体を張り、職務に命をささげた師匠の背中を見て、私も『正しくありたい』と思い続けてきました。……だからこそ、どれだけ差別されても、理不尽な言葉を投げかけられても、私は見て見ぬふりをして、祓魔師として貢献し続けようと思っていました。

 そんなときに、ユージさんと出会いました」


 そう言って、彼女はゆっくりと俺の側へ歩み寄る。そして、俺の柄に手をかけた。

 __その瞬間、今まで忌々しいほど俺を縛り付けていた台座が、ゆっくりと動いた。石の台座が、シスを勇者だと認めたのだ。


 するりと動いた聖剣に、周囲の人間からどよめきが広がる。

 彼女が勇者なのか。俺がそう思ったその時、シスは、俺の柄に手をかけたまま、言葉を続けた。


「ユージさん。私は、ずっと守る側にいました。ずっと守る側だったので、守られるということがどういうことなのか、知らなかったのです。だから、貴方が助けてくれようとしたとき、守る人間が守られない事実に気が付いてしまいました。……いえ、祓魔師が守られていないことに、ようやく気が付いてしまったのです」


 戦闘にも耐えられる頑強なシスター服が、フロライトの乾いた風で揺れる

 告白するように、懺悔するように言葉を紡ぐシス。そんな彼女に、俺は返事をすることもできず、ただその告解を聞き続けた。


「私は、イルーシア師匠がイリシュテアの人々を守って来たからこそ、祓魔師として差別され続けてでも町を守り続けることを間違っていたと認めたくありませんでした。それを否定されてしまえば、私の信ずる正義が間違っていたということになってしまいますから。それだけは、できませんでした。

 守るということは、守られる人間よりも前に立つことになります。後ろさえ……守られているイリシュテアの人々さえ見なければ、職務に打ち込むことができるのですから。敵のいる前さえ見続けていれば、見たくもない現実が見えなくなりますから。たとえ、後ろから投げかけられるのが応援の言葉でなくとも、石や凶器のような言葉をぶつけられても、見えないなら心は痛まないのです。


 それでも、貴方に守られて、前に一人、誰かがいることに気が付いて、私は初めて後ろを振り返ってしまいました。みとめがたい事実を初めて直視しました。仕方がないとあきらめていたことが、前を向いているからと言い訳をしていたことが、『怠惰』でしかなかったのです。

 諦めていなければ、差別にさらされて石を投げられた彼は居なかった。

 見て見ぬふりをしなければ、住む家に火をつけられた彼女は居なかった。

 ……前を向くふりをして現実逃避していなければ、イルーシア師匠は処刑されることなどなかったのですから。


 もっと言葉に出すべきだった。いやなことは嫌だというべきだった。それでも、行動をしようとするには、遅すぎました。積み重なった悪意のせいで、もう私たちの言葉は彼等には届かなくなってしまっていました。だから、私が選択できるのは、『イリシュテアの人々を見捨てる』__つまり、過去の私のして来たことを全て否定することを選択するしかなくなっていたのです。


 ……当然ですが、これはユージさんのせいではありません。私たちイリシュテアの祓魔師たちが、長い間現実逃避をし続けたために起きたことですから。そして、先ほど私たちは『イリシュテアの人々を見捨てる』という言い方をしましたが、申し訳ありません。少し正確ではありません。『守るべきイリシュテアの人々がいない』からこそ、『イリシュテア』を見捨てたのです。守るべきものがないなら、私たちはわざわざ石や罵詈雑言を投げつけてくる彼らの前に立つ義務はないのですから。


 誰かが前に立たなければ……いえ、ユージさん。貴方が私に『生きてほしい』と、『頑張ってくれ』と言ってくれたからこそ、私は初めて祓魔師として人類を守るという目的以外に、生きる理由を見つけました。応援してくれた貴方のために、生きたいと思えたのです。


 貴方は私に現実を見せてくれた。

 貴方は私を助けてくれた。

 貴方は私に目的をくれた。

 だから私は今、惰性以外の理由で生きて居られている。祓魔師として、聖職者としての義務以外の理由で生きていられるのです。


 それだけじゃない。貴方が、この街の現実を私を通して伝えてくれたから、他の祓魔師たちも『祓魔師を止める』という選択をとれるようになった。もしも私が単純に死にかけて、祓魔師としての活動を継続できないという理由で辞めたとしたら、きっとみんなは……ほかの祓魔師たちは、今までの人生を否定するようなことはできなかった。守るべきものがない街だったとしても、きっと守り続けていた。


 忘れないでください。

 貴方は、貴方が思っている以上に、たくさんの人を救ったのです。


 ヒルドライン卿からも、ルアノ様からも、貴方とジルディアスさんの話を聞きました。

 剣の姿でも、他人のためにあろうとした貴方は、貴方自身がどう思おうとも『正義』に他なりません。人の姿になって持ち主であるジルディアスさんに逆らってでも道を違えないように導き続けた貴方は、間違いようもなく『正しい』姿だとしか思えません。少なくとも、それはここにいるすべての人が……ユージさんたちが救ってきた、助けてきた人々が肯定することです。


 貴方は、私に言いましたよね。『弱くてごめん』と。__私は否定します。

 貴方は強い。

 貴方は、人のために何かしようとする、強さを持っている。


 だから。だから。だから!

 ユージさん。私は、きっと酷いことを貴方にお願いします。最低だと罵ってくれても構いません」


 長く、長く、紡がれた言葉。

 感情が高ぶったせいか、シスの頬はやや紅潮し、瞳は若干うるんでいる。それが悲しみからくるものなのか、怒りからくるものなのか、それともまた別の感情なのか、俺にはわからなかった。


 シスは、俺の柄から手を放す。

 そして、俺に、言った。


「__ユージさん。貴方が、勇者になってください。怠惰で、薄汚れて、どうしようもない私よりも、貴方の方が、勇者となる資格がある」


 あんまりにも、無茶難題だった。

 それでも、気が付けば、俺は剣の体に、力を込めていた。


__思い返せば、俺が俺自身を『聖剣』だと自覚するよりも前。一番最初の勇者選定の儀式のときに、できていたことだった。


 己の肉体を細くして、石の台座から抜けやすくすること。そして、逆に、肥大化させて石の台座にしがみつくこと。それができたということは、そもそも、俺が(せいけん)でなく、(恩田裕次郎)なら、ひとりでに石の台座から抜け出すことが、できるはずだったのだ!


 シスが俺のことを、(恩田裕次郎)だと認めてくれたから。そして、どうしても彼女に言いたいことがあったから。


『【変形】!』


 叫ぶ。誰に聞こえることが無いと分かっていても。

 酷い頭痛を無視して。魂から何かが剥離していく苦痛を無視して。限界だと思っていたその一線を、無視して。


 風が、凪ぐ。金の粒子が、肉体を構築する。

 肉体が、変貌していくのを、魂が理解した。いや、魂の変化が、肉体に反映されたのを、脳が、肌が、腕が、足が、肺が、耳が、目が、体のすべてが、実感した。


 気が付くと、俺の右手には、聖剣の柄が握られていた。手を放すことは、できない。それはそうだろう。俺は間違いなく聖剣(おれ)で、同時に俺は(恩田裕次郎)なのだから。

 台座に突き刺さった聖剣の柄を握り締め、俺は、ぐっと涙がこぼれないように口を横に引き絞ったシスに、言う。


「なあ、シスさん。いくつか、否定しておきたいことがある」

「……何ですか、ユージさん」


 震える声で、シスは俺を見る。今までなら、後ろめたさと気恥ずかしさで、きっと目をそらしてしまっていたかもしれない。それでも、今なら見れる。彼女の告解を聞いて、奥底にあった感情を聞いた今なら、まっすぐと、彼女の目を見れる。


「シスさんは、怠惰なんかじゃない。薄汚れてなんていない。こんなクソみたいな現実を直視して、行動した貴女がどうして怠惰なんだ。俺なんかが直視するのが悪いと思えるほど眩しい貴女が、どうして薄汚れているんだ。それだけは、違うと言わせてくれ」


 俺のその言葉を聞いたシスは、驚いたように目を丸くする。

 それでも、その次の瞬間には、俺の言葉に賛同するように祓魔師や戦士たち……この場にいるすべての人々が手を叩いて声を上げる。


 今までこんな歓声を受けたことのないシスは、驚いたように視線をさ迷わせる。そんな彼女の手を左の手で握り締め、俺はシスに、そして、この場にいるすべての人々に向けて、言う。


「__初めまして、って言ったほうが良いのか? 俺が、従者兼祓魔師兼聖剣兼、勇者の、恩田裕次郎だ!」


 そして、俺は右手で握り締めた聖剣の柄を、引き抜いた。

 研ぎ澄まされた鋼の、機能美に溢れる、神の背骨の混ざった剣。それは、確かに石の台座から抵抗一つなく抜け、俺の右手に収まっていた。


__俺が、勇者になったのだ。

 もしも、彼が己を【聖剣】だと認識し続けていれば。もしも、彼に言葉をかけるものがいなければ。もしも、今までの積み重ねが無ければ。きっと、彼以外が、勇者となっていただろう。


 それでも、彼は勇者となることを選んだ。__否、きっと、聖剣であったころから、勇者となる素質はあったのだ。ただ、運命の悪戯で数奇な道をたどる羽目になっていたために、今の今まで自覚することはできなかっただけなのだ。


 かくして、聖剣で、勇者ジルディアスの従者で、祓魔師で、転生者の勇者は誕生した。

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