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13話 ラッキースケベなんてなかった、いいね?

前回のあらすじ

・ヒルドライン卿「道壊しやがって! ふざけんな!」

・ジルディアス「金払えばいいんだろう?」(地面に金をまく)

・恩田「うわぁ……」

 高い高い煙突に、石レンガ造りの基礎の上に木造とモルタルのような素材でできた壁の建物の、公衆浴場にたどり着いたジルディアスは、先ほどの魔物の襲撃のせいか誰もいない受付に入ると、盛大に舌打ちをした。


「誰もいないではないか」

『いやまあ、当たり前じゃね? あれだけ騒ぎになれば風呂場の主人だって逃げるだろ』

「……それもそうか。しかたない、宿で布と桶を借りるか……」

『川で水浴びは?』

「もう日暮れだ。門が閉じたら入るのが面倒だろうが」


 無駄足だった、とつぶやきながら、公衆浴場から出ていこうとするジルディアス。その瞬間、俺は視界の端で何かが動くのを見た。


『ジルディアス、危ねえ!』

「?!」


 俺の声にびくりと体を震わせ、抜刀するジルディアス。すると、次の瞬間、小さな悲鳴とともに何かがべしゃりと地面に倒れた。

 ジルディアスは、眉を顰めるとおとなしく剣を鞘に戻し、皮の敷物の上に倒れたソレに向かって口を開く。


「……何の用だ、少年」

「な! うるせえ、泥棒! うちの金を盗みに来たんだろう!」


 そう叫んだのは、木剣を握った六歳くらいの少年。ジルディアスは眉をひそめて口を開く。


「風呂に入りたくて来たのだが?」

「親父なら風呂釜の火入れ中だ! まだ使えねえよ!」

「なら、せめて札を『準備中』に変えておけ」


 あきれたように言うジルディアス。へたくそに木剣を構える少年は、その言葉で驚いたように目を丸くして、パタパタと表を確認しに行く。そして、「あああああー!」と悲鳴を上げると、慌てて札を裏返す。


 そして、少年はきまり悪そうに目を逸らすと、ジルディアスに頭を下げる。


「その……悪かった。火事場泥棒かと思って、親父も仕事中だし、俺が何とかしないとって思って……」

「構わん。ちなみに、風呂場は何時に開く?」

「うーん……親父に聞かなきゃわからないけど、多分、あと十分くらいで風呂自体は使えるようになると思う」

「そうか。それなら待たせてもらう」


 ジルディアスはそう言うと、壁にもたれかかって薄く目を閉じる。


『えっ? 椅子に座らないのか?』

「たわけ。血で汚れるだろうが」

『ああ、なるほど? 少年にいらない布でも借りて敷けば?』

「……そうするか」


 まあまあつかれていたのか、ジルディアスは俺の言葉に小さく同意すると、壁から離れ、カウンター前の掃除をしていた少年に声をかける。


「少年、汚しても構わない布はあるか?」

「ん……ちょっと待っていてくれ、取ってくる」


 少年はそう言うと、自分の体よりも大きな箒を引きずってカウンター下から一枚の布を引っ張り出すと、清潔な布を一枚足してジルディアスに渡す。


「こっちの綺麗な方で軽く体ぬぐっておけよ。汚れたままだと風呂場が汚れる」


 少年はそう言うと、一緒に空の桶も取り出す。どうやら、ここで拭け、ということなのだろう。木桶を受け取ったジルディアスは、魔法で水を生成し、桶を水で満たすと、清潔な布を軽く湿らせ、血に濡れた顔と腕をぬぐう。すると、透明だった水はあっという間に赤黒く汚れてしまった。なるほど、このまま入れば、確かに風呂場が大変なことになってしまっていただろう。


 白色の布もあっという間に赤に汚れ、ジルディアスは小さく舌打ちをすると、俺に声をかける。


「魔剣。お前は確か、光魔法が使えたな? ならば、この汚れをどうにかできるよな」

『ん? 俺、スキルレベル1だから、まだヒールとライトしか使えないぞ?』

「……とことん使えぬな、貴様」

『大器晩成型なんですー! ゆっくり強くなるんですー! 生後一か月もたってないんですー!』

「やかましいわ、たわけ」


 言い訳する俺をばっさり切り捨て、ジルディアスは小さくため息をつくと、汚れた水を外の流し場に持っていくと、そのままざぶざぶと流した。そして、新しい水を生成し、ざっと汚れを落としたところで、トテトテと少年が駆け寄ってきた。


 空のバケツを抱えた少年は、ジルディアスを見つけると、思い出したように声をかける。


「あ、アンタ。親父が湯沸いたって」

「わかった。で、貴様は何をしているのだ?」

「何してるって……見たままだろ。掃除のための水を汲んでる」


 あっさりと答えた少年は、ジルディアスの横を通り抜け、井戸で水をくみ上げようとする。ジルディアスはそんな少年のバケツをすれ違いざまに取り上げた。


 少年は驚いたような表情でその場に立ち止まると、眉を吊り上げてジルディアスに噛みつく。


「いきなりなんだよ! 木剣で殴り掛かったのは謝っただろ?!」

「違う。貴様、見たところ水魔法の才能があるのに、なぜ使わん」

「は? 魔法の才能なんて、半成人の儀式でしかわかんないだろう?!」

「わからなくとも使えるものは使っておけ。簡単な術式なら教えてやる」


 ジルディアスはそう言うと、鞘の付いたままの俺を使って地面に何やら文字と記号を書く。地面のじゃりじゃりで微妙に体と鞘が擦れて痛いが、何か気まぐれでいいことをしているっぽいからとりあえず口出しせずに見守ることにした。


 乾いた地面に描かれたのは、曲線と直線が組み合わさったような図形。フリーハンドであるにも拘らず、ずいぶんきれいな直線である。


 さっさと図形を書き上げたジルディアスは、茫然と見ていた少年をちらりと見て、教師の真似事を始めた。


「水魔法は基本的に、生活にも戦いにも使える利便性の良い魔法になりやすい。炊事洗濯掃除、風呂に農業。人の暮らしと水は切っても切れ離せん。

 また、水も使い方次第では武器になる。窒息させるもよし、鋭く磨き上げ敵を切り裂くもよし、質量で吹き飛ばすもよしの利便性の高さ、さらには、上級魔法にはなるが、水魔法を極めた先には、身体を回復させる魔法もある」

「でも、火魔法の方がカッコいいし、そっちの方がよかった……」


 唇を尖らせて、年相応な本音を言う少年。そんな彼に、ジルディアスはあきれたように言う。


「何を。今貴様が働いているこの場はどこだと思っている。確かに、浴場では火も使うが、一番使うのは水だろうが。

 さて、先ほど書いた術式は、水魔法の最基礎、【クリエイトウォーター】だ。魔法の魔の字も知らぬおこちゃまでも、魔力さえあればコップ一杯程度の水が生成できる」

「なっ、誰がおこちゃまだ!」

「ほう、自覚しているではないか」


 頬を膨らませて怒る少年に、ジルディアスはニタリと笑うと、地面に書いた直線と曲線の組み合わさった図形……術式に手を当て詠唱する。


「水魔法一位【クリエイトウォーター】」


 すると、次の瞬間、バケツの上にバスケットボール一つ分くらいの大きさの水が現れる。水の球は、一瞬宙に浮きあがるも、重力に従って地面へと落ち、バケツにその水を満たした。


 魔法に目を丸くして驚く少年。バケツから跳ね上がった水滴が、夕日を反射させてキラキラと輝く。少年の黒の瞳もまた、水に反射してか、光に反射してか、磨き上げられた黒曜石のように輝いた。


 驚いている少年に、ジルディアスは言葉をかける。


「これがクリエイトウォーターだ。魔力が無い者でない限り、術式を描いて魔力を込めれば、最下級魔法ならだれでも使える。ただ、不慣れなものが使うと、魔力が定着せずに消えてしまうため、飲料にすることができなかったりもするから気をつけろ」

「すごい……おじさんに見せてもらったときよりも、たくさんの水だった……!」


 素直に尊敬している少年。そう言えば、こいつ、光魔法以外全部の属性に適性があるんだったっけ?

 気をよくしたのか、ジルディアスは不敵に笑うと、今度はバケツに手をかざし、短く詠唱する。


「風水混合魔法3位、【フリーズ】」


 詠唱の直後、バケツの中に入っていた水が一瞬にして凍り付く。そして、ぱきん、と言う軽い音の後、氷は砕けて消えた。空っぽになって少しだけ冷えたバケツを少年に返し、指輪から金属製のロッドを取り出したジルディアスは、少年に手渡してやってみるように促す。


 少年は、少しだけ迷った後、ロッドを受け取ってバケツにかざす。


「えっと、何て詠唱だっけ?」

「水魔法一位【クリエイトウォーター】だ」

「み、水魔法いちい、【クリエイトウォーター】」


 緊張しているのか、かなりカタコトに詠唱を終えた少年。すると、バケツからあふれるほどの水が生成され、地面を少し濡らした。

 初めての魔法に目を輝かせる少年。すっげえ、人を殺さない魔法なんて、久々に見た気がする。アイツ、基本的に魔法使うときは敵を殺す時だからな……


 ジルディアスは珍しく機嫌が良くなったのか、ニッと笑顔を浮かべると、少年に言う。


「なるほど、発動体が良いとはいえ、初めてでここまでとは……貴様、なかなか才能があるな」

「そ、そうなのか?」

「俺がわざわざ嘘をつくとでも?」

『確かに言わなそう』


 俺に余計な一言に、ピキリと額に青筋を怒鳴り言うジルディアス。盛大に舌打ちをした彼は、深くため息をつくと、俺を鞘から引き抜き、そして容赦なくへし折った。


『いってええええええ!!』

「貴様は学習しないつもりか、たわけ」

「えっ? アンタ、どうしたの?」

「気にするな、魔剣が余計なことを言っただけだ」

「魔剣……これが?」


 首をかしげる少年。割と容赦なくジルディアスから流される魔力に促されるように、俺が復活のスキルを発動させると、急に直った俺に少年は小さく悲鳴を上げる。そんなぎょっとしなくてもいいじゃん。


 へし折れた俺の切片は、空気に溶けて消えていく。その様を見たジルディアスは、剣を鞘に戻すと、少年に言う。


「ともかく、魔力が尽きぬ程度に、毎日練習すると良い。基礎魔法は練度次第でさまざまに応用できるからな」

「うん、わかった!」


 少年はにこにこと笑うと、並々に水の入ったバケツを持って公衆浴場へと向かう。


 比較的機嫌が良さそうなジルディアスに、俺は声をかける。


『お前って案外、子供好きだったりするのか?』


 その言葉に、ジルディアスは首を傾げ、眉を顰める。


「は? 何を言っている。才能ある種を腐らせるなど、愚か者の所業だろうが。流石に俺ほどの才能は無いとしても、あの少年はいずれ魔導士になりえる。それに一枚かんだだけだ」


 あまりにもあっさりと言い放たれたその言葉。俺は、そんな彼にため息をつくことしかできなかった。


『うわぁ……その本音がなければただのいい話だったのに……』


 俺の言葉を無視し、ジルディアスは汚れた布を軽く水で洗い流してから、公衆浴場へと向かった。

 ちなみに、俺はカウンターに預けられ、浴室内を見ることはできなかった。べつに、野郎の裸は見たくもないけど、ちょっと残念。

【魔導士について】

 魔導士とは、魔術を研究する研究職のようなものであり、業務体系的には大学の教授に近い。

 具体的には、自分の得意分野の魔術を研究し、論文を提出したり、その傍らで魔術を学びたいものに自らの技術を教えたりする。

 ただし、大学と異なる点は、魔導士は偏屈なものが多く、国には所属すれども、まとまった公社などで研究を行っていることが少ないため、一部の例外を除いて、大学のような校舎がない、という点である。


 唯一の例外は、【英雄生産校】、【人類の英知】の二つ名のつく、ソフィリア魔術大学である。学園そのものが国の役割を果たしており、まさしく学園都市国家と言えるその学園では、有力な魔導士が教鞭を振るい、己の技術を高めるための研究などを日夜行っている。

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