127話 ルールを破る
前回のあらすじ
・恩田「お前のかーちゃん、でーべそ!!」
・ジルディアス「__は?」
・恩田がルナティックジルディアスを殴る
茫然と仰向けに倒れ、朝焼けの空を見上げるジルディアス。彼の右頬殴られたせいで薄赤く腫れていた。
「……どういう、ことだ?」
砕け散ったバスターソードの破片を右手に握り締めたまま、ジルディアスはつぶやく。確かに、あのままバスターソードを振るえていれば、先ほどの状況でも確実に俺をしとめられていた。__ただ、お前はあることを忘れている。
「武器の破壊者って自分の武器にも適応されるって言ってたろ。お前、ちょっと俺を殺しすぎたな」
「ああ、最近は武器を破壊する回数が減っていたから忘れていたが、そう言うことか……」
俺の指摘に、肩をすくめて天を仰ぐジルディアス。
そう。後半のジルディアスは、俺が壊しに行っていないにもかかわらず、ほぼ一撃ごとに自分の武器を破壊してしまっていた。その分火力も上昇していたし、そのまま直葬されてもいたのだが、やはり、そこが一番の違和感だった。
強くなりすぎた力を、奴は制御しきれていなかった。だからこそ、挑発で意識を逸らされた直後、力加減を間違えて自分の剣をへし折ってしまったのだ。そこが、最大の隙に変わった。たったそれだけの話なのである。
「二発目は……まあ、剣が握れなくなるレベルで死に続ければワンチャンあるだろうな。つっても、素手で挑まれてたら勝ち目ゼロになるけど」
「そうか。なら、すぐにでも再開するか?」
「止めろよ、素手だと俺がお前のMP盗れるんだ、結局不毛だろそんなの!」
夜通し戦い続けていたせいか、俺の悲鳴じみた言葉を聞いたジルディアスはどこからしくもなく抜けたような声でクツクツと笑う。よくよく考えれば、イリシュテアでは俺の鍛錬に一睡もせずに付き合ってもらっていたし、ドラゴンで移動をしている間も休んではいなかった。シンプルに働きすぎたのだろう。化け物じみた体力を持っていたとしても、結局ジルディアスは人間なのだ。体力が尽きれば動けなくなる。
そして、ゆっくりと体を起こした。
「……良いだろう。アルバニアは殺さん。正直1ミリたりとも許せんが、殺したとてそう意味はないだろう」
「お、マジ?」
「まあ、また謝罪をしてきたら殺すが」
そんな物騒なことを言いながら、ジルディアスはさっさと服についた埃やら何やらをはらい、立ち上がる。荒れ果てた庭はずいぶんしっかり修理しないといけないことだろう。フロライト邸の庭を一度しかまともに見れなかったことに少しだけ惜しい気持ちを覚えつつ、俺は改めてアルバニアの方を見た。
どうやら、ゲイティスはインビジブルを呼び出してこの場から逃げ出したらしく、悔しそうな表情を浮かべてインビジブルをガンカタで(文字通り)粉砕するシスの姿が見えた。うわぁ、俺の推しつっよ。
双方戦闘が終わったところで、シスは俺たちの方へ駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、ユージさん!」
「あ、はい。シスさんも大丈夫ですか?」
「は、はい」
心配されたことに少しだけ驚いたのか、シスは少しだけ目を丸くして首を縦に振った。しかし、すぐにハッとしてジルディアスを睨む。
「あんまりユージさんに酷いことをしないでください。流石にさっきのは酷すぎます」
「いや、大丈夫だ、シスさん。どっちも譲れなかったから殴り合いになったわけだし」
「今回ばかりはこの阿呆の言うとおりだ。俺もこいつも意固地になっていた」
「うわ、素直にお前が原因認めるとキモイ」
「よし、死ね!!」
思わず口を突いて出た言葉に、ジルディアスは額に青筋を浮かべて俺の首を手刀で切り落とした。いくら俺を殺しまくってバフが乗っているとはいえ、
マジかよお前!
流石に人型を保てなくなった俺は、聖剣の姿に戻る。深々とため息をついたジルディアスは、俺を鞘に戻すと、つかつかと魔王の呪いに侵されたアルバニアの元へ歩み寄った。
アルバニアは今もなお呪いにあらがっているのか、目や口からぼとぼとと黒い液体をこぼしている。そんな彼を一瞥し、ジルディアスは小さく舌打ちをした。
「仕方があるまい。さっさと呪いを解いて国賊どもを葬り去るぞ」
『はいはい。__ん?』
薄生返事をした俺だが、ふと、ロアたちと目が合う。剣になった俺を物珍しそうに見ているロアだが、何故か耳が不思議そうに傾げられている。そして、杖を携えたサクラは何故か頭を抱えて何かを考えていた。
「えっと、その、恩田、だったかしら? それともユウジ?」
「この駄剣の名前は、恩田裕次郎だが」
「わかったわ。ありがとう。えっと、恩田さん、でいいかしら」
『呼び捨てでいい。アンタも転生者なんだろ?』
思わず聖剣の姿のまま声を出した俺だが、やはりというか、サクラには聖剣の状態では俺の声が届かないらしい。返事がないことに首を傾げたサクラに、ジルディアスは小さく舌打ちをして言う。
「呼び捨てで構わないと言っていた。あとは、お前も転生者かどうか確認をしていたな」
「あ、そうなの。……うーん……私が転生者かどうかは今一つわからないのよね。アプデ終わってゲームしようと思ったらSTOの世界に来ていたから……」
困ったように肩をすくめるサクラ。そして、話が逸れてしまったのだと気が付いたのだろう。小さく咳き込んで、話を元に戻した。
「あのね、できれば、アルバニアさんの治療を私たちにさせてほしいの」
「ふむ……この駄剣なら確実に魔王の呪いを解けるが、何故だ?」
サクラのその言葉に、ジルディアスは至極真っ当な質問をする。確かにそうだ。一応俺にはオルスとアーティの魔王の呪いを解いた実績がある。それにもかかわらず、わざわざサクラは自分たちが魔王の呪いを解くと言ったのだ。
その問いかけに、サクラは淡々と答える。
「重度の魔王の呪いを解ける人が、たった一人だと困ると思うから。私は貴方がどんな状況で聖剣に転生したかは知らないけれども、もしもあなたがいなくなったら重度の魔王の呪いは誰も解けなくなってしまうわ。そうなる前に、解呪できる人を増やしておきたいの」
彼女は、彼女なりにこの世界のためになることを考えてきていた。何のためにこの世界に来たのかも、考えていた。
最初はただSTOのアニメ版の世界に来てしまっただけだと思っていた。それでも、この世界の人々に触れて、会話して、旅をするうちに、それが誤りだと理解した。
__この世界はSTOの世界ではない。ここはSTOに酷似した、確固たる一つの世界なのだ、と。
シナリオに縛られていた彼女は、旅の過程で教えてもらってもいない正解にたどり着いたのだ。だからこそ、サクラはより一層恒久的なハッピーエンドを望んだ。訳も分からないうちにこの世界に来てしまったのだから、逆に訳も分からないうちに現実に戻ってしまうことも考えられたのだ。だから、この世界に、ウィルたちに、共に旅をする友人たちに、不義理を働きたくなかった。
サクラの言葉を聞いたジルディアスは、ふん、と小さく鼻を鳴らすと、あざ笑うように言葉を吐いた。
「……なるほど。まあ、一理ある。しかし、解呪はできるのか?」
「ええ。実際に魔王の呪いに対してしたことはないから、確実ではないけれども、勝算はあるわ」
その言葉に、ジルディアスはもちろん俺も驚いた。マジで?! ぶっちゃけ俺もどうして俺だけが重度の魔王の呪い解呪できてるかわからないんだけど?
そんな俺の考えがジルディアスにも伝わったのだろう。ジルディアスはあきれたような視線を俺に向けている。やめろ、普通に罵倒されるよりもその視線の方が心に来る。
そんな俺たちをよそに、サクラは説明を続ける。
「__正直、私は今までここがSTOっていうゲームのアニメ版の世界だと思っていたの。だから、私の知っている常識にとらわれていたわ。聖剣……恩田が重度の魔王の呪いを解呪できるのも、そう言う設定があるのだと思っていたの」
「……何が言いたい?」
けげんな表情を浮かべ、そう問うジルディアス。確かに、突然ゲームだのアニメだの言われても意味が解らないことだろう。それでも、サクラはジルディアスの冷たい視線に心折れず、言葉を続けた。
「つまり、私は勝手に自分の限界を定めていたの。……でも、今ならできるはず。魔王の呪いって何らかの異常状態だと思っていたけれども、解呪に使われたのは、ヒールでしょ。異常状態の解除なら、光魔法第4位の【キュア】が使われているはずなの。__そこでわたしは根本的な勘違いに気が付いたの」
サクラはそう言って、自分の杖に手を伸ばす。そして、緊張をほぐすために深く息を吐いてから、ロアに言う。
「強化魔法【インテリジェンス】をお願い。恩田の能力は確か、スキルの効果2倍って言っていたから、私も同程度の効果を発揮する魔法が使えれば、魔王の呪いを解呪できるはず」
「……まて、何をするつもりだ?」
表情を引きつらせ、サクラに問うジルディアス。しかし、サクラはその問いには答えずに、言葉を続けた。
「魔王がどういう存在か、アニメでもゲームでも一部時点では明かされなかった。結局魔王を破壊してそれで一部はおしまいだった。でも、考えて考えて、気が付いたの。__アンデットには、ヒールやエリアヒールなんかの回復魔法が、攻撃魔法に変わるって」
『あ』
その言葉に、俺は思わず間の抜けた声を上げた。
サクラは、サクラなりに魔王の正体にたどり着こうとしていた。__そうだ、固定観念にとらわれていたのは、彼女だけではない。俺もだ。
俺は、神から聞いた情報だけで、魔王は追放されたこの世界の神が面白半分に造った何らかの生き物だと思っていた。だから、魔王がどういう存在なのかなど、深く考えてはいなかった。
答えの代わりに、サクラは呪文を紡いだ。__イリシュテアでミニングレスのおぞましきエンブレムを打ち壊した、あの光魔法を。
「光魔法最終位【パーフェクション】!」
『ぐ、が、ァァァァァアアアア!!!』
苦しそうに絶叫するアルバニア。しかして、徐々に彼の体にへばりついた黒の結晶は崩れ落ちていき、やがて彼はごぼりと口から黒い粘着質の液体を吐き出した。
黒色の液体は、やがて空気に溶けてきていく。そして__
「げほ、げほっ!! な、何が……?」
茫然とした様子で咳き込むアルバニア。その声は、正常に聞こえていた。つまり、アルバニアの魔王の呪いは、完全に解呪されていた。
瞳孔を大きく開き、驚きを隠せないという表情を浮かべるジルディアス。思わずアホっぽい声を上げてしまった俺。
白色の清廉な光が荒れ果てたフロライト邸の庭を照らす。朝日が、見えてきた。
サクラは、「やっぱり」と小さく声を漏らすと、確信したように言葉を紡いだ。
「……魔王の呪いは、生物を生きたままアンデットにするもの、みたいね。その上で、生きたままアンデットにする能力を体に生えた結晶を介して感染させることができるみたい」
その言葉に続くように、アルバニアの脈や状態を確認していたロアも口を開く。その耳は、真剣そうなその表情につられてピンと立っていた。
「呪いの重軽はおそらく、どれだけ肉体がアンデットに置き換わってしまったかの割合なのだろう。ヒールなどの肉体に直接害を与えない魔法でアンデットの部分を殺しきれるのが軽症、重症になると、肉体とアンデット部分が癒着していて肉体もろとも殺しきらないと解呪しきれない、と言ったところか」
ロアはそう言って、無事に人に戻ったアルバニアに手を伸ばす。
__つまり、パーフェクションをアンデットを倒すために転用すれば、魔王の呪いでアンデットに置き換わった体を殺し、そしてそのまま回復をすることで殺さずに解呪ができる、ということだろうか?
『うっわ、割とパワープレイだな……』
「……そうだな。どうやらお前はそのパワープレイを知らず知らずのうちに使っていたようだが。そして、これは福音だな」
驚きながらも、小さく息をのんでつぶやくジルディアス。その言葉に、俺はハッとした。
そうだ。パーフェクションを使える人間は、そう多くはない。しかし、俺たち転生者以外にも、存在する。つまり、今この瞬間、この世界において全ての魔王の呪いは脅威ではなくなったのだ!
【魔王の呪い】
__情報が開示されました。
魔王の呪いは生物を生存したままアンデットにするというものである。また、その呪いは感染し、根源である魔王が存在する限りその異常状態は繁殖し続ける。
この世界の定義として、アンデットは無念の内に死に、穢れを帯びることで発生するモノ、となっている。そのため、生存したままアンデットに変貌することは、この世界の定義から外れ、魂を損傷、および消滅させることにつながる。完全に魔王の呪いに浸食されてしまえば、その魂は魔王に喰らいつくされ、消失する。
この定義から外れた魔王こそが、世界の摂理に干渉する凶悪なのである。
__???「いやー、吾もさ、こんなことになるとは思わないじゃん? でも面白いからつい放置しちゃって。そしたら吾の権限でも消去できなくなるくらい成長しちゃってさ。うっかりうっかり」
__???「そんなんだからアンタ、プレシスから追放されたんだろ」