125話 【最強の悪役】ルナティックジルディアス
前回のあらすじ
・ジルディアスの過去回想
・ジルディアス「殺す」
・恩田「とりあえず、頭冷やせよ馬鹿野郎」
「__ぶん殴ってでもお前を止めてやる」
勢いに任せてそう啖呵を切ったはいいが、正直なところ、俺には勝機がまるで見えなかった。
月明かりに照らされ、深紅の瞳に青色の光を混ぜ込んだジルディアスは、本気で父アルバニアを殺そうとしている。どうにかしてアルバニアを守りながらジルディアスを止める必要があるのだが、ぶっちゃけると、俺ではまずジルディアスには勝てない。シンプルに力量が違いすぎる。
俺の挑発に、ジルディアスはクツクツと喉の奥で笑い声をあげる。そして、砕けた片手剣を放り捨てると、指輪から新しい剣を取り出し、吐き捨てるように言った。
「やれるものならやってみろ、駄剣が!!」
「駄剣じゃないですー、俺には恩田裕次郎って名前がありますー!」
「下らんことを言うな、ド阿呆!」
馬鹿みたいなことを言い返しつつ、俺も警戒心を持って変形を行い、右手に片手剣を作り出す。勝てないとしても、負けるわけにもいかないのだ。絶対に!
先手を奪ったのは……いや、この言い方は正しくない。剣を構えることもなくただ突っ立った状態のジルディアスに、俺は雄たけびを上げて切りかかる。
ジルディアスに教えてもらった通り、上段に構えて、振り下ろす。
聖剣のこの身から繰り出された一撃。ただしかし、俺には、ジルディアスがこの攻撃を鼻で笑ったところしか見えなかった。
次の瞬間、剣先があまりにもあっさりとジルディアスの持つ鋼の剣に弾かれる。そして、喉仏のあたりに剣が突き刺さる感覚が広がった。
「がふっ……?!」
喉を貫通した鋼の剣。そして、青の月光をその瞳にうつしたジルディアスは不敵に笑みを浮かべ、短く言った。
「死ね」
夜風が、吹き抜ける。
喉に突き刺さった剣は右斜め下に切り落とされると、帰す刃で完全に俺の首を刎ねた。
遠のく意識を無理やりつなぎ止め、俺は復活スキルを使う。
しかして、慈悲という言葉など存在しないジルディアスが空気を読むということはない。復活で無防備になった腹部に剣が突き立てられ、そして、左手の指輪の発動体に魔法を詠唱した。
「闇魔法第5位【ダークジャベリン】」
展開される影の槍。穂先は当然俺に向かっている。武器の破壊者のバフの範疇であるこの攻撃は、原初の聖剣であるウィルドさえ貫いた。当然、俺が喰らえば即死では済まない。
だからこそ、俺は左手の刻印を意識して即座に詠唱した。
「【ファストガード】!」
正面から飛来してきた影の槍に対応し、展開された金色の障壁。気持ち多めに魔力を込めたこともあり、何とか影の槍を受け止めきる。そして、役目を終えた金色の障壁は衝撃に耐えきれず砕け散った。
金色の破片が夜闇に溶けきるよりも前に、俺は腹に突き刺さった剣をそのままに、俺は思いっきりフロライト邸の砕けたレンガの地面を踏み込んだ。
ジルディアスに右手には剣が、左手は魔法の発動をしたためにすぐに攻撃に転用できないはずだ。吐きそうなほど痛い腹をそのままに、俺は右腕の剣を腰だめに体当たりをした。
捨て身の攻撃に、ジルディアスは面倒くさそうに舌打ちをすると、腹に突き立てた剣から手を放し、素手で俺の顔をつかんで突進を無理やり止めた。そして、力を込めて俺の頭を握りつぶそうとする。
生理的に受け入れられないような強烈な痛みをこらえ、俺はジルディアスの足を狙って剣を振るう。しかし、先ほどの好機を見逃してしまえば、もう目の前の悪役に隙などは存在していなかった。いつの間にか左手に握っていた短剣で卑怯なその攻撃はあっさりと受け止められ、むしろ受け流す刃で脇腹のあたりを裂かれた。
脂肪どころか筋肉の層もあっさりと切断され、しかし、肋骨の骨を滑ってギリギリ内臓まで傷つけることはなかった。
あんまりにも容赦のないジルディアスに、俺は血を吐きながら笑ってしまう。
「やべえ、内臓出そう」
「くだらないことを言っている暇か?」
「いんや、まだお前ぶん殴ってないし、暇じゃない、な……!」
俺はそう返事をしながら、行儀悪くジルディアスの脛を蹴る。流石に予想外の行動だったのか、初めてジルディアスの目が見開かれた。こうなってしまえば、いっそ剣も邪魔だ!
握っていた剣を放し、光の粒子に帰す。そして、右拳を握り締めて、ジルディアスに殴り掛かった。
武器を放棄した俺に、ジルディアスはニッと口元に深い笑みを浮かべる。そしてその拳を体さばきで躱すと、カウンター代わりに伸び切った俺の右手をつかみ、そのままねじ折った。
骨と間接の砕ける鈍い音が、夜闇にこだまする。同時に、俺もこらえきれずに絶叫を上げた。畜生、神経へし折れたからクソ痛い!!
涙さえ浮かびそうなほどの苦痛をこらえ、左手に魔法で光の槍を出現させる。例の光の妖精みたく物質化しているわけではないが、それでもかまわない。
それを見て、ジルディアスは邪悪な笑顔を浮かべる。
「そうそう。ずっと前から気になっていたのだがな」
「なに? 俺が強い理由とか?」
「黙れお前はクソ雑魚だろうが! そうではない。お前の左手の刻印の話だ!」
ふざけた俺の言葉に、ジルディアスはピキリと額に青筋を浮かべる。気を逸らしたすきに、とにかく一撃入れようと光の槍を振るう。武器では防げないその魔法攻撃に対し、ジルディアスは俺の左手を足でけり上げることで対処する。的確なジルディアスの蹴りは俺の左手首を捉え、骨を砕いた。ヤバい、骨逝った!
即座にジルディアスから距離を取り、スキルを発動させる。
「【復活】!」
即座に両腕を復活スキルで修復し、体勢を立て直そうと顔を上げる。その次の瞬間、背中から影の槍が俺の頭蓋を貫通した。どういうことだ、ジルディアスは、発動体なんて使っていないはず……?!
そこまで考えたところで、俺は自分の左手に気が付く。そして、己の体が夜闇に纏わされていることに気が付いた。
「……マジか」
「ふむ、割とあっさりと気が付いたようだな」
ニッと凶悪に笑んだジルディアスは、指輪などもはや不要なのか、左手から魔法の発動体の指輪を外すと、片手でちぎって捨てる。その代わり、赤色の瞳を輝かせ、スッと手を真横に伸ばした。
その瞬間、ジルディアスは魔法の発動体など一切持っていないにも関わらず、光の妖精との戦闘で荒れ果てた庭に大量の影の槍が出現する。あんまりにも理不尽な光景に、俺は思わず表情を引きつらせてジルディアスに怒鳴った。
「お前、触ってねえのに俺を発動体に使ったな?!」
「正解だ。が、触っていないというのは正確ではないな」
「まあ、そうだろうよ……!」
ジルディアスの言葉に、俺は思わず悪態をつく。それもそうだろう。ジルディアスの背中には、彼にもたれかかるようにしてニタリと不敵な笑みを浮かべる、闇の精霊がいたのだから。
闇の精霊は、月明かりだけが照らす薄暗い庭を尖った不可思議な形をした靴で踏んでいる。普通の人間の視野では見えないはずだが、仮にでも聖剣である俺には、見えていた。精霊が踏んでいるのは、夜闇でつなげられた俺の影だった。つまり、ジルディアスは精霊と影を挟んで俺を発動体として使ったのだ。
俺はどんな姿かたちをとろうとも、その肉体は聖剣に他ならない。そして、聖剣はそこいらの杖や発動体よりは相当優れた発動体である。ついでに、俺の左手にはほぼ光魔法専用にしか使っていなかったものの、威力増強の刻印が施されている。
こんな絶望的な状況に、俺は頭部を損傷したまま思わず笑った。
「お前と俺、相性悪すぎるだろ!」
その言葉に、ジルディアスは高笑いをすると、片手に持っていた剣をへし折り、指輪の倉庫から両手剣を取り出す。そして、さも面白いと言ったように話す。
「今に始まった話ではないだろう。正直に言おう。俺は貴様ごときが光魔法を扱えることが気に食わなかった。幼少のころから求めて切望して渇望してたまらなかった光魔法を、お前ごとき雑魚が使えることがな!」
「器ちっさ! 俺だってスキル二倍の祝福もらったのに、転生したら聖剣だったんだぞ?! 自由に歩けて話せて動けるお前がうらやましくない訳ないだろ!」
ジルディアスの独白に、俺は思わず言い返す。
不本意とはいえ、共に旅に出た俺とジルディアスは、どっちもかけたところばかりだった。途中で同じくかけた原初の聖剣が加わり、誰も満ちることなく今の今にたどり着いた。
だが、きっとそれで構わない。足りないなら、三人のうちだれかが満たせばいい。三人のうちだれもが足りていないなら、力任せに前に突き進めばいい。そうやって、無理やり旅路を歩んできた。
だからこそ、俺はジルディアスの狙いが見えていた。同時に、俺の狙いもジルディアスは見抜いているのだろう。
「__貴様の心がへし折れるまで、殺し続ける!」
「__てめえが諦めるまで、耐久し続ける!」
ほぼ同時に叫び、俺たちは同時に踏み込んだ。
降り注ぐ影の槍を光の盾で防ぎ、ジルディアスの手を無理やりつかんで魔力を奪い取る。奪い取った魔力で砕けた頭蓋を修復した直後、ジルディアスが両手剣を左手だけでふるい、俺の右足と左手を切り離す。それでもほぼノータイムで復活を行使し、つなぎ合わせた左手で指先に光を集約させる。
「【レイ】!」
「チィッ!」
効果抜群の光の一撃を回避したために、追撃の機会を逃したジルディアスは俺から距離をとると、とてつもない筋力と絶技で大剣に闇の魔力を注ぎ込む。業物であるはずの大剣ですらその強大な魔力に耐え切れず、悲鳴を上げていた。
俺を破壊するたびに、俺を殺すたびに、ジルディアスの火力は上がっていく。それでも、俺は死なない。俺は折れない。なら、どちらかが諦めるまで、泥仕合を続けるだけなのだ!
荒れ果てたフロライト邸の庭園。支配する夜闇と、それに抗う光の粒子は、ダンスというにはやや物騒で、不格好な戦いを続けた。
恩田とジルディアスが血みどろな争いを繰り広げるさなか。
アルバニアに魔王の欠片を飲ませたゲイティスは自分から注意が離れたのを幸いに、さっさと夜闇に紛れて撤退を決め込もうとしていた。
アルバニアがどうなろうとも、恩田が聖剣である以上死にはしない。なら、この人外の戦いに無理矢理介入するよりも、後で闇討ちを狙ったほうが安全に楽しめると判断したのだ。
鼻歌混じりにフロライト邸の庭から離れようとするゲイティス。
だがしかし、次の瞬間、彼は舌打ちをしてその場を飛びのいた。
ゲイティスの足元。えぐれて捲れた芝生に、光の焦げが突き刺さっている。その原因に、心当たりはあった。彼はいらつきに表情を引きつらせ、ヒビの入ったフロライト邸の屋上を睨む。
「__外してしまいましたね」
短くそう言ったのは、短髪の祓魔師、シスである。屋敷で使用人を皆殺しにしようとしたゲイティスを止めた、忌々しい人間だった。
シスの姿を見とめたゲイティスは、めんどくさそうに口を開く。
「物騒な女は面白くねえんだよ、帰れ」
「残念ながら、私に帰る場所はありません。故国は捨てました」
「なら俺ちゃんに構わずとっとと失せろよ。てめえのせいで俺は虐殺しそこなったんだぞ?」
「貴殿の蛮行を防げたようで何よりです」
二丁拳銃を構えたシスは、油断なくゲイティスを見下す。インビジブルの襲撃で浮足立っていたフロライト邸を強襲したこの男は、不機嫌そうに舌打ちをすると、穢れた聖剣を引き抜き、シスを睨む。
「気に食わねえな。サクッと殺してやるよ!」
「悔い改めなさい、殺人鬼!!」
外道な殺人鬼とイリシュテア最強の祓魔師が激突する……その時だった。
「間に合った?! それとももう遅い……?!」
「おそらく間に合ったようだ!」
そんなことを言い合いながら、たどり着いた二組の男女。一人は和装の女性で、もう一人はエルフの神官。その二人を、シスは見たことがなかった。しかし、恩田たちは彼等のことを知っている。
敵対するゲイティスとシスを見て、エルフの神官……ロアは言う。
「そこの祓魔師の方! 助太刀しよう!」
「状況はよくわからないけど、まだアルバニア生きてるわよね?! このフラグさえ折っておけば、後は何とでもなるの!」
聖剣の杖を片手に、サクラも言う。
__ようやく勇者が、合流した。
【ルナティックジルディアス】
ダンジョンifに出現した、最盛期のジルディアス。一部終了時点で最強のボスであり、裏ボスとしても最強格。挑戦推奨人数はフルパーティを意味する4人で、カンストパラメータで挑んでも勝てる保証はない。
極度のストレスで月狂いになった。普段は見守るだけの闇の精霊が完全にジルディアスに味方するため、高火力の闇魔法に注意しなければならない。また、定期的にバフ消しを使ってくるクソ仕様。回復技がないのが唯一の救いである。