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12話 罵倒と正論と

前回のあらすじ

・レッドドラゴン「殺されるかと思った」

・ゴブリン「めっちゃ殺された」

・兵士「何か勝手に怪我が治った」

 俺を鞘に戻したジルディアスは、ヒルドライン街へ向かう。

 相変わらず傷ついた人は多かったが、魔術師たちが回復魔法をかけ始めていたため、これ以上無用な死は無いだろう。


 すっかり荒れ果てた門前を歩くジルディアスに、周囲の視線が集まる。


「……何だ」


 突然の視線に、不機嫌そうに問うジルディアス。

 そんな彼に、戦士たちは格の違いを感じ取り、びくりと体を震わせると視線をさ迷わす。格上の戦士は盛大に舌打ちをすると、赤に汚れた口元をぬぐい、堂々と歩く。すると、ジルディアスを避けるように道ができる。


『すっげえ、モーセか何かか?』

「……馬鹿にしているのか何なのかわからん言葉を吐くな、魔剣が」

『うーん、今回のは煽り半分、尊敬半分くらいか?』

「良かろう。売られた喧嘩は買うぞたわけ!」


 不機嫌そうに吐き捨てるジルディアス。しかし、衆人観衆の中で聖剣をへし折るのは不味いと判断したのか、俺を折らずに深くため息をつくにとどめた。


 あれだけ激しい戦いをしていながら、ジルディアスには怪我どころか、服の破れも、擦り切れの一つもない。使った武器は、俺とワイバーンを落すために使った槍数本であるため、槍以外に消耗はなく、槍自体もおおよそ回収可能である。

 まさに、完勝である。


 そんなジルディアスの前に、割れた道の向こうからでっぷりと肥え太った男が近づいてくる。そして、その顔を真っ赤にして怒鳴る。


「待て、勇者! 貴様、なんてことをしてくれたんだ!」


『は?』

「?」


 意味の解らない言葉に、俺とジルディアスは同時に疑問符を浮かべる。何言ってんだ、こいつ。

 首をかしげている俺とジルディアスをよそに、肥満男はひたすらに唾を飛ばして怒鳴る。


「ワイバーンを空から叩き落してくれたおかげで、いくつの建物が壊れたと思っている! 道も壊しおって!」

「……? その程度で済んだのなら、問題ないのではないのか? 直せばいいだけの話だ」

「修理費用がどれだけかかるかわかって言っているのか!!」

「俺のした分であれば、おおよそ金貨50枚程度か? 長屋二棟に道路三つ、死傷者ナシ。この程度なら手当金を含めようとも白金貨までは行くまい」

「きさっ……!」


 あっさりと答えたジルディアスに、肥満男は額に青筋を浮かべる。


「その金貨50枚はどこから出ると思っている!!」

「領土に与えられた予算からだな」

「口を慎め、勇者風情が!」

「貴様こそ口を慎め、ヒルドライン卿」


 ざわつく兵士たちを横目に、ジルディアスは涼しい顔で言うと、すっと赤色の目を細めた。


「ヒルドライン卿。貴殿は先ほどから、俺に何を言いたい。有志で街を守ってやったと言うのに、何か文句でもあるのか?」

「だから! 貴様は町を破壊しただろうが!」

「町を破壊したのは俺ではない。ワイバーンだ」

「詭弁を言うな、勇者め!」


 怒鳴る男。そんな彼に、俺とジルディアスはため息をつくほかない。


『さっさと別の町に行こうぜ?』

「それもそうだが……一応、レッドドラゴンは殺しておかないと不味かろう。アレに羽がある以上、フロライトに来る可能性もある」

『自分の町の心配かー』


 割と外道なことを言うジルディアスに少しだけ呆れながらも、俺は目の前の肥満男にむかむかが抑えきれない。

 確かに、先ほどの戦いは防衛と言うよりかは殲滅と言ったほうが正しいような光景だった。しかし、ジルディアスは確かに、命を危険にさらして戦っていた。確かに、命のやり取りをしていた。


 そこをすべて無視し、意味のない罵詈雑言を浴びせかけるこの男に、好感が持てるだろうか。否、持てない(反語)。


「何をぶつぶつ言っている、勇者!」

「……気にするな。さて、俺には貴様が何故そこまで激怒しているかわからぬが、金が必要だというなら置いていく。それでよかろう?」

「ほう、出せるのか?! 金を出せるならさっさと出せ!」


 突然態度の変わった肥満男に、ジルディアスは面倒くさそうにため息をつくと、指輪からジャラジャラと金貨を取り出す。当然、有機物である布の袋なしで。


 __マジかコイツ。


 俺は、表情が引きつるのを感じ取った。

 取り出された金貨は、重力に従って地面へと零れ落ちていく。きらきらと、やや傾き始めた太陽の光を浴び、緊張のせいか、周りの緊迫感のせいか、無駄にゆっくりと金貨が落ちていくように感じられる。


 地面に小さな山を作った金貨をちらりと一瞥し、そして、ジルディアスは口を開く。


「これで金貨50枚だな。一応、足りなかった時のために白金貨も加えてやる」


 ジルディアスはそう言うと、白色の金属の貨幣を一枚取り出し、親指で弾く。ちゃりん、という軽い金属音の後、肥満男の足元にそのコインを転がった。当然、落ちた先は地面だ。


 まあ、当たり前のことだが、地面に金をばらまかれ、肥満男は真っ赤な顔でジルディアスを睨む。


__なお、信じられないことに、こいつはそれを素でやっている。おおよそ、嫌味の意味も煽りの意味もこの行為には込められてはいない。


 俺は慌ててジルディアスに怒鳴る。


『てめっ、ばっ、バッカ!! 何煽ってんの?! 馬鹿なの?! 死ぬの?!』

「へし折るぞ貴様」

『それどころじゃねえだろ、このバーカ!!』


 興奮して語彙力の消し飛んだ俺に舌打ちしつつ、ジルディアスは顔を真っ赤にしている肥満男に向かって口を開く。


「これで問題なかろう。一応、山に逃げたレッドドラゴンは明日倒す」

「……」


 問題なかろう、じゃない。問題しかない。

 肥満男は、もはや怒りで脳の血管が切れないかどうか心配になるレベルである。俺に普通の体があれば、気まずさのあまりとりあえず平謝りしていたことだろう。発端はこいつのせいだが。


『くっそ、お前に謝れっつっても、120%しないだろうから、一応言っておくけど、マジでドラゴン倒したらさっさとこの町出ていくぞ!!』

「貴様に足は無かろう。連れていくのは俺だということを忘れてはいまいか?」

『マジでそんなことを言っている暇じゃないっての、このバーカ!』

「……もう少しひねった罵倒の仕方を知らんのか、貴様は」


 あきれたように言うジルディアスだが、もはやそんなことを気にしている暇はない。ついに、怒りが限界突破したのか、肥満男が怒鳴り声を上げた。


「あの勇者をとらえろ! 不敬罪で首を切り落としてくれるわ!!」


 そう怒鳴る肥満男だが、ジルディアスの奮闘ぶりを見たばかりの兵士たちは互いに目を見合わせ、そして、顔を青くして目を逸らした。当たり前だが、あれだけの戦闘能力を持つ狂人に、誰がお近づきになりたいとも思わないらしい。捕縛なんてもってのほかだ。


「誰が狂人だと?」

『お前だろ。貴族に喧嘩売るとか、馬鹿なの?』

「何を。そもそも俺は……」


 突然小声で独り言を話し出したジルディアスにじれたのか、肥満男が醜い怒鳴り声を上げる。


「貴様ら、何故この不敬者をとらえん! ワシはアルガダ・ヒルドライン子爵だぞ!」


 貴族であることを名乗る肥満男。しかし、それに対してジルディアスは、あっさりと切り返す。


「そうか。俺はジルディアス=R=フロライト。非常識な貴様はわからんかもしれぬから一応言っておけば、フロライト()()()の長男だ。現在は勇者をしている。……で、何用だ?」


 少し苛ついているのか、多少棘のある言葉で言うジルディアス。ちなみに、半分くらいは素である。……上から目線の口調とか。

 己が文句を言っている対象が自分よりも身分が上だと気が付いたアルガダ子爵は、今まで赤かった顔が一瞬にして白に変わる。


「用がないなら、俺は帰らせてもらおう。返り血を洗い流したいのでな。それと__」

「は、はいぃっ?!」


 表情を凍らせたアルガダ子爵。そんな彼に、ジルディアスは吐き捨てるように言う。


「勇者は不可侵的存在であり、王族以外は不敬罪の対象にはならない。よって、たとえ俺でなかったとしても、勇者は不敬罪には問われることはないだろう。__貴様の言動を見る限り、他の勇者にも同様のことをしたことがあると見た。以降下らないことをしてみろ、勇者として神殿に告発させてもらう」


 冷たい赤の瞳に睨まれ、アルガダ子爵は小さく悲鳴を上げる。ジルディアスは不機嫌そうに舌打ちをすると、そのままヒルドライン街に足を踏み入れる。アルガダ子爵は、ただ顔を真っ青にして、額に脂汗をにじませていた。





 ヒルドライン街に入ったジルディアスは、宣言通り宿に戻ると、そのまま公衆浴場へと向かった。防衛線が終わった反動で、ある程度混乱は収まったのか、人々は怪我をした人の手当てをしたり、武功を上げた戦士をほめたたえたりと一種の祭りのようになっていた。


 荒々しく石畳を踏みしめるジルディアスに、俺は声をかける。


『随分不機嫌だな?』

「……これが、俺以外だったらと考えたときに、腹が立っただけだ」


 ジルディアスは吐き捨てるように言うと、眉を寄せる。


「今回は、あの愚か者よりも俺の方が身分が高かったからよかったものの、平民の勇者だったら、どうなっていたことか。……腹立たしい。だから、いまだに魔王が滅びていないのだ」


 随分いらいらとしているのか、ジルディアスはそう言うと盛大に舌打ちをした。やや浮足立った街並みと対比するように、彼の怒りと不満のボルテージは上昇していく。


「ああ、腹立たしい。こんな下らんことをする阿呆がいるから、俺が勇者などどいう役目を押し付けられることになったのだ……!」

『落ち着けよ。お前だって大概態度悪かったし、あっちにも何か勇者関連で悪いことがあったんじゃあないのか? 横暴な態度の勇者に町を破壊されたとかさ』


 どんどん不機嫌になっていくジルディアスをとりなすように言えば、彼はじろりと俺を一瞥すると、眉間に指をあてて深く息を吐いた。


「……貴様に言っても無益なことだったな。聞かなかったことにしろ」

『まあ、それでいいならそうしておく。でもまあ、何があったんだろうな……?』


 つぶやくように言った俺に、ジルディアスは小さく鼻をならす。

 夕日の赤と、ジルディアスの服にこびりついた返り血の赤が、混ざり合って随分目に痛かった。

『勇者の不可侵』に関して


 勇者は、神が認めればどんな身分の人間でも、どんな性別の人間でも、どんな民族でも変わりなく誕生する。そのため、人族の住まう国は魔王討伐のために協定を結んだ。それが、勇者不可侵である。


 具体的な内容は、魔王及び魔物を討伐するための入出国の不要、身分違いの人間と会話する場合においての不敬罪の撤廃、支援金の支給などである。


 しかし、魔王討伐が長期化している今、強力な力を持つ勇者の立場を悪用するモノや、逆に、勇者を利用しようとするものが相次いでいる。

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