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120話 最強の勇者

前回のあらすじ

・光妖精が戦意喪失

・第55の聖剣の勇者ゲイティスが、現れた

 吹き抜ける凍えるような夜風と、満天の星空の下。ジルディアスはスッと目を細め、ほぼ金属の棒と化した剣を握る。

 目の前にいるのは、魔王の欠片を持った外道殺人鬼ゲイティス。その行いは、勇者としての素質を持ちながら、その本質は限りなく人でなしであり、正義の欠片すらも存在してはいない。


「……」


 依然険しい表情でゲイティスを睨むジルディアス。彼の足元で腰を抜かした光の妖精は最早戦闘不能である。故に、勇者はただ何をすることもできなかった。いや、何もしないことをしていた。


 己の脅迫の言葉通り、何もしないジルディアスに、ゲイティスは飽きてきたのか面倒くさそうに言う。


「おい羽虫、いい加減にしろよ。こいつの件はお前が言い出したことだろォ?」


 ジルディアスに刃を突き付けられた光の妖精は、ゲイティスのその言葉に額に青筋を浮かべ、怒りを露わにしながら怒鳴り返す。


『お前が殺せってボクは何度も言っているだろう!! さっさとやれよ人間!』

「はー、話になんねえわ。……仕方ねえな、俺ちゃんの仕事だけ先に終わらせるか」


 ゲイティスはそう言うと、息も絶え絶えのアルバニアの高級なシルクでできたシャツの襟をつかむ。元は白かっただろうその布地は、哀れにも赤黒く汚れてしまっていた。

 殺人者のその行動に、ジルディアスはやや目を見開く。そして、小さく舌打ちをして、もはや剣とも呼べないような剣を振りかぶり、肉薄する。


「死ね……!」

「うおっ、あぶな?!」


 確実に殺すという気迫を持って振り下ろされた鉄の塊。男のそっ首を狙ったその強烈な一撃は、しかして、どす黒く穢れた聖剣によって受け止められる。

 激しく飛び散る火花。殺意のこもった勇者の瞳と、愉悦に表情を歪めた外道の殺人鬼。もはや、今のジルディアスにとって光の妖精など敵ではなかった。今の忌むべき敵はただ一人、目の前の殺人者に他ならない。


 とてつもない殺気を放つジルディアスを、ゲイティスはけらけらとあざ笑って黒の刃を振るう。崩れた剣でその一撃を受け止めた勇者は、そのまま振り下ろされた刃を受け流し、切り返しで再度首を狙う。

 しかし、ゲイティスは余裕な表情でその一撃を回避した。


 首の横を鉄の棒が通り抜け、ゲイティスの入れ墨だらけの肌が月明かりに照らされた。

 そして、ゲイティスはニタニタと笑いながら、ジルディアスに言う。


「なあ、聞いたぜアンタの過去。何だってそいつを庇うんだ?」

「……依頼人の身元がバレるようなことを言い始めていいのか?」

「構いやしねえよ。この状況さえ作れば、もう勝ち確だからな」


 不敵に笑むゲイティスと、光の妖精との戦いで消耗し余裕のないジルディアス。……ゲイティスはこれを狙っていたのだろう。光の妖精との戦いで死亡、もしくは消耗した隙を狙い、屋敷に手をかける。彼の口ぶりからして、この反乱と光の妖精はつながっている可能性がありえた。__いや、実際、つながっているのだろう。


 恩田はギリッと奥歯を噛みしめると、ユミルに言う。


「ごめん、自衛できるか?」

「は、はい。結界程度でしたら、心得があります」

「なら、悪いけど少し待っていてくれ。ジルディアスを助ける」


 その言葉に、ユミルはかすかに目を見開いた。


「__貴方は、もしかして、どこかの国で名高い治癒師だったりしたのですか?」

「いや? そうじゃないが」

「なら、高名な祓魔師ですか?」

「一応祓魔師名乗っているけど、職歴二週間以下だな」

「……? それなら、ジルディアス様とともに旅ができるような凄腕の戦士なのですか?」

「光の妖精から逃げる時の情けない様子見てただろ。そんなわけがない」


 次々投げかけられる問いかけに、恩田は淡々と答えていく。そして、光の妖精の攻撃を受けて崩壊しかけていた肉体を復元させ、念のために光魔法で結界を作ってから歩き出す。

 あまりにもあっさりとした恩田の返答に、ユミルは困惑したように眉を下げ、最後の質問をする。


「じゃあ、貴方は、一体何……?」


 その問いかけに、恩田は一瞬だけ動きを止める。

 少しだけ。ほんの少しだけ考えてから、彼は、応えた。


「俺は、あのバカの武器(せいけん)さ」


 そして、口元に笑みを浮かべ、恩田は全速力で駆け出す。


「ジルディアス!」

「……!」


 叫んだ俺の声に反応したのか、ジルディアスはゲイティスの腹を蹴り、距離をとると、剣を反転させ手後方に突き出す。


「おい待て、馬鹿野郎!!」


 思わず間の抜けた声をあげる恩田。次の瞬間、恩田は慌てて変形を行った。

 その体を光に溶かす。柔く、蛍のような金の光が、夜空に消える。幻想的な光景はそう長くは続かず、恩田の体はやがて聖剣に変わった。


 地面に向かって倒れかけた聖剣をつかみ、ジルディアスは面倒くさそうにつぶやく。


「一発殺したほうが手っ取り早いだろうが」

『手っ取り早くねえよ! 普通に痛いんだからな、アレ!!』


 全力で文句を言う聖剣を右手に持ち、ジルディアスは小さく咳き込みながら崩壊した片手剣を左手で砕く。容易にへし折れた金属棒は、哀れにも焦げた庭に投げ捨てられ、もはや未来永劫剣としての役割を果たしはしないだろうことが予想できた。


 整ったジルディアスの相貌。その口端からたらりと垂れてきた血に、聖剣は慌てて回復魔法を行使する。


『【ヒール】。こんなクソつまんねえところで死ぬなよ、ジルディアス!』

「当たり前だ、たわけが」


 焼けかけていた肺がもとに戻ったのか、ジルディアスは凶悪に笑むと、何のためらいもなく聖剣をへし折る。常人には聞こえぬ声で悲鳴をあげる聖剣を無視し、聖剣に魔力を注ぎ込んだジルディアスは、ゲイティスに向かって言った。


「よくもまあ、俺の家にずかずかと土足で踏み入ったな。__最終的に生きては帰さん」

『最終的って何だよ』

「尋問する必要があるだろうが」

『あー、なるほど?』


 聖剣が口を挟んだせいで、妙に締まらないものの、ジルディアスのその宣告を聞いたゲイティスは、ヒクリとその口角をひきつらせた。そして、同時に思い出す。司教バルトロメイの言葉を。


__貴様はヤツを殺し損ねれば必然的に死ぬ。アレは敵対者に対する容赦などはない。一度刃を向けられれば、相手がどれだけ命乞いをしようとも容赦なく首を刎ねるだろうな。


 あの時は話半分に聞いていたその言葉。

 しかし、聖剣を構えた勇者ジルディアスを前にして、ようやくその言葉の重みに気が付いた。


 死にかけていれば万に一もないと思っていた。最悪死んでいなくとも己なら勝てると思っていた。そう、一対一なら、勝てると踏んでいた。


「ひでえな……クソ司教、最初から言っておけよ……!」


 焦げ付いた植樹の庭。本来なら庭に咲き誇った花が月明かりに照らされ、幻想的な風景になっていたはずの、荒れ果て朽ちた庭園。そこに、赤の瞳と銀の髪が煌めく。月明りに照らされた聖剣が、魔力を帯びて淡く輝く。


 目の前で見てしまえば、彼とて理解するしかなかった。


「二対一じゃねえか、しかも後ろに一人、援護要員置きやがって!」


__恩田裕次郎が聖剣であり、事実上この戦いが二対一であるということを。




 剣戟の音と、まるで激しい舞踏をしているかのように断続的に続く地面をする音。自然と、言葉はなかった。

 襲撃者であったはずのゲイティスは最早軽口をたたく暇もなく、無作法な襲撃者相手にジルディアスは口をきく気もない。だからこそ、互いにその瞳が雄弁にモノを言っていた。


__ラスボスに回復つけるんじゃねえよ……!


 ゲイティスは心の中でそう叫びながら、黒く穢れた聖剣でジルディアスの太ももを狙う。腕は防ぎやすいとしても、足は比較的剣で守りにくいのだ。

 しかし、近衛兵として王太子にその剣を捧げ、今の今まで勇者として旅をしていたジルディアスに、そんな小細工は通用しない。


 剣の腹で突きを受け止め、押し下げられるような反動を利用し、そのままその刃を切り返す。想定外の強烈なカウンターに、ゲイティスは盛大に舌打ちをして呪文を唱える。


「【ファストバリア】」


 光の障壁が聖剣の一撃を防ぎ、一部砕けた障壁が光の破片に変わって消えていく。その防御を見たジルディアスは、クツクツと喉奥で笑い声をあげ、言う。


「ああ、そうだったな、貴様は光魔法が使えるのか!」

「ああ、そうだぜ。だって俺ちゃん、天才だからな?」


 ゲイティスはひきつった笑顔でそう言うと、聖剣を片手で持ち、片手で身に着けたローブの留め具を外す。ローブの内側には相変わらず錆びたり血が付いたり汚れたりした数多くの武器が縫い付けられている。それらは、錆が付いているにもかかわらず、その刃は不自然なほどに研ぎ澄まされ、切れ味はよさそうだった。


 そして、短く詠唱した。


「光魔法第4位【バイタリティ】、土魔法第3位【ジャイアントアーム】、火魔法第2位【ファイアエンチャント】」

「……!」


 強化魔法を重ね掛けし、穢れた聖剣に炎を灯すゲイティス。ジルディアスは少しだけ目を見開き、即座に対処をする。

 バイタリティは筋力と体力を補助する魔法であり、ジャイアントアームは攻撃力上昇。ファイアエンチャントは文字通り武器に炎を宿す。


 それらの強化魔法に、ジルディアスは一つの最適解を持ち合わせる。同時に、今まで使ってこなかった魔法でもあった。


「闇魔法第3位【ディスペル】」


 みじかな詠唱の直後、黒の聖剣に灯った炎が、ふっと消えた。同時に、強化した肉体が突然力を失い、ゲイティスは間の抜けた声を上げた。


「どういう、ことだ……?」

「魔力の流れを乱し相手の自己強化魔法を打ち消す、初歩的な強化解除魔法だ」

「ちげえよ、何で俺様の完璧な強化魔法がいっぺんに消えたのか、聞いてんだよ」


 ゲイティスの口調から、ふざけた感覚が、消える。放出されかけた魔力に反応したのか、全身の入れ墨がいびつに滲みだす。彼の全身から、初めてひっ迫した殺意があふれる。

 ひりつくような殺気を前にして、聖剣はようやく気が付く。今初めて、ゲイティスは本気を出したのだと。


 殺意のこもった、金の瞳。フードの隙間から見え隠れする赤みがかった黒髪。

 己に絶対的な自信を持っていたゲイティスは、炎のかき消えた黒の聖剣を握り締め、確実に殺すという意思を込めて吐き捨てた。


「ああ、そういや、お前闇精霊の愛し子か。だから闇魔法に強化がかかって俺ちゃんの強化魔法もあわれ全消しされた感じ? __俺様は精霊の愛し子どもは嫌いなんだよ。反吐が出る」

「そうか。同意見だな。俺も貴様のようなクズは反吐が出るほど嫌いだ」


 銀の剣と、黒の剣が月明かりに照らされる。

 しかし、黒の剣と聖剣が打ちかうことは、この後二度となかった。何故ならば、不気味に笑んだゲイティスは後ろに下がり、あろうことか魔王の欠片を後ろで倒れていたアルバニアの口の中に押し込んだからである。


 ジルディアスが、小さく息を飲む。

 次の瞬間、黒色が、瀕死のアルバニアを包み込んだ。

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