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118話 神のかけら

前回のあらすじ

・光の妖精戦

 人の形に姿を変えた俺は、ジルディアスの指示通り、ユミルを守るために左手の刻印を意識する。肉体そのものが聖剣である以上、魔法の発動体はあっても無くてもそう変わることはないが、刻印だけは別である。


 己の肉体を何度も破損させて完了させた刻印は、光魔法に限っては威力を向上させる。祝福の効果倍増があるために、刻印なしの魔法よりもはるかに強力な魔法を行使することが可能となるのだ。


「とりあえずは……【ファストバリア】!」


 無差別に振りまかれる範囲攻撃に対処するなら、やはり、壁一枚あるのが一番安牌だろう。透明な魔力壁である以上、眩しいのには変わりはないが、その光が肉体を焼くようなことはなくなった。


 そして、手が空いた隙にユミルの様子を確認する。前線からは少し離れていたとはいえ、同じ庭にいたユミルは、若干その体に火傷を負っていた。かなり痛そうな様子にも関わらず、ユミルは心配そうに光の妖精と戦うジルディアスを見ていた。


「……わたしの、せいだ」


 ユミルの長い金髪が、さらりと地面にこぼれる。

 カイトシールドを使い捨てにし、光の妖精と殴り合いに近しい戦闘を続けるジルディアス。武器を使い捨てにするジルディアスとは対極に、光の妖精は呼び寄せた光精霊に自爆まがいの攻撃をさせ、身を守ったり攻撃に転用していたりする。


 花火のようと例えるにはあまりにも儚く哀れな光がはじけ、勇者の肉体を焼き焦がさんと最後の輝きをあたりにちりばめる。


 しかし、勇者は無情にも指輪の発動体を使って闇をあたりに引き寄せ、光魔法の効果を軽減し、盾を振るって面での攻撃でその光の爆破を完全に封じ込める。精霊の捨て身の一撃を完封しながら、それでも、勇者は光に焦がされる。弱点属性とは、つまり、そう言うことなのだ。


 どれだけ完全に対処しようとも、どれだけ完璧に身を守ろうとも、確実に、絶対に、最低限のダメージを喰らう。回避できる光の槍ならまだしも、範囲攻撃だと本当にどうしようもなかった。


 光の球から身を守り、光の妖精に片手剣が振るわれる。エルフの村で穢れに侵されたユニコーンと戦ったときには、回復が間に合わないほどの速さで首を斬り仕留めた。それでも、光の妖精にそれは通用しない。


 光の妖精は激昂した表情のまま防護結界を張り、死神の一撃を防ぐ。煌びやかな光に隠され、飛び散った火の粉はほとんど目立ちはしなかった。

 俺が使ったように、光魔法には身を守る魔法も存在する。光の魔力の結晶であるあの妖精が、バリア程度の魔法を使えないわけがないだろう。


 ジルディアスもそれくらいはわかっているため、即座に手元で刃を返すと、刺突でバリアを割り砕く。そして、今度こそ光の妖精を切り捨てようと片手剣を振りかぶり……光を浴び続けて剣が崩壊していることに気が付く。

 盛大に舌打ちをしながら、ジルディアスは片手で剣を握りつぶし、指輪の倉庫からもう一本剣を取り出す。

 そのころには光の妖精は完全に体制を立て直しており、剣を突き立てられるような隙は消え去っていた。


 人でないものと戦うために、神の要素を持ち合わせた敵と戦うために、必須となる強靭な武器。現状は、それこそ原初の聖剣と戦っていた時と大きく変化はない。しかし、決定的に違うところがある。それは、勇者が(聖剣)を持っていないことだった。


 砕け散る剣の金属片が、光に溶かされて赤熱した液体に変わる。

 無機物のみしか収納できないという特性上、全てが金属でできた盾は酷く熱せられている。身を守るための盾に己の腕を焼かれているのだ。


「【ヒール】!!」


 ジルディアスとユミルに回復の魔法をかけ、息を飲む。俺は自分の表情が引きつっていくのを理解した。

 原初の聖剣との戦いも、かなりぎりぎりだった。隔絶した実力と圧倒的に有利なアビリティを持っていたジルディアスですら、俺という折れない刃がいたからこそ勝利をもぎ取ることができたのだ。


 だからこそ、現状が絶望的なのは、よくよく理解できていた。


 バフは俺を折ったのがまだ残っている。それでも、あの時の戦いのように俺が壊れ続けながら直り続けているわけでもないため、火力が馬鹿みたいに強化されるようなことはない。


 だからこそ、ジルディアスは苦戦していたのだ。


 息つく暇すら与えられぬ苛烈な自爆。

 瞬きすらできない魔法の応報。

 一度のミスさえも許されない近距離戦。


 飛び散る光の破片に、砕ける剣と盾。短く消える精霊たちの儚い断末魔。幻想的というにはあまりにも物騒で、そして破壊を伴いすぎているその光景に、俺は自然と呼吸が苦しくなっていることに気が付いた。


 ジルディアスの表情には、依然不敵な笑みが残る。それでも、その赤色の瞳だけは雄弁に、余裕のなさを物語っている。


「……!!」


 何もできない俺は、ただ歯噛みをして回復と防護壁を維持する。

 実力もクソもない俺では、ユミルを守りながらジルディアスを助けるなどと言う芸当はできない。それでも、たった一つ。たった一つわかっていることがあった。

 死なせるわけにはいかない。ユミルも、ジルディアスも!


 絶対に、死なせはしない。





 酷く集中攻撃を受けたのか、かなり損傷の酷い自警団の詰め所にたどり着いたウィルたち勇者一行は、自警団の人々と合流して、改めてフロライト防衛線に参加する。

 そんな中、さりげなくサクラだけが一人、勇者たちの輪から外れようとしていた。


「どうした、サクラ」

「うっわ。……ああ、ロアね。びっくりした」


 たまたま怪我人を治療するために勇者一行から離れた場所にいたロアが、一人でどこかへ行こうとするサクラを見止めたのだろう。

 サクラは少しだけ困ったように視線をさ迷わせ、そして、苦笑いを浮かべてロアに言う。


「ごめん。ウィルには黙っていてもらえるかしら」

「……何をだ?」

「これから、シナリオをぶち壊すこと。……あの外道勇者は、多分父を恨んでいる。だから、私が止めないといけない。それでも、フロライトの街は守らないといけない」


 崩れ、ひびが入り、酷く痛み、今だ襲撃者への怯えが収まらないフロライトの街。それでも、自警団の人々は互いに声を掛け合いながら立ち上がっている。フロライトの騎士団だってそうだ。入り込んだ不届き者を切り伏せ、秩序を保つために、街を守るためにその血を流し、力を発揮している。


 彼女には、確信があった。__ウィルは、彼一人で勇者だから。アリアとアルフレッドという二人の正規の従者さえいれば、STOでのフロライト防衛戦は確実に乗り越えられる。さらに、ゲームでもアニメでも仲間にならなかったロアまでいるのだ。間違いなく、正規の物語を逸脱するような敗戦はしないと確信できていた。


 だからこそ、サクラは彼女だけが知る結末を変えるために、ウィルから離れることを決意した。

 不安でないかと問われれば、サクラは間違いなく不安だと答えるだろう。怖くはないのかと問われれば、間違いなく怖いと肯定するはずだ。


 だってそうだろう。サクラは、肉体こそゲームのアバターでしかないが、魂は、中身は、まだ学生の少女でしかないのだから。


 肉体が勝手に戦えるから、生き物は殺せる。それでも、血も悪意も死も恐ろしくて仕方ない。

 だがしかし、サクラはウィルを導くため、それを口に出すことはなかった。不安を口に出すことはなかった。野宿だろうと酷い環境だろうとも、不満をこぼすこともなかった。


 けげんな表情を浮かべ耳をへたりと下げたロアに、サクラは恐怖を噛み殺して、不安を殺して、笑う。

 そして、言った。


「大丈夫。私、強いから。ちゃんと、ハッピーエンドにしたいんだ。だって、そうじゃないと、悲しいじゃない」

「……予言か?」


 世界樹の杖をひび割れの入ったタイルの地面につき、ロアはサクラに問いかける。サクラは、STOのシナリオを知っていることを、ウィルにしか言っていない。他のメンバーにはかなりぼかした形でしか話せていなかった。


 だって、そうだろう。もしもこの世界がアニメ版の物語であるなら、この先に待っているのが地獄でしかないことになるのだから。まだ、全てのフラグを回避しきれていないのだから。


 サクラはロアに見えないよう、背中でぐっと拳を握り締めて言う。


「うん。そうだね。……この戦いは、私がいなくっても、みんなはこなせる。だから、私がいなくなったこと、ウィルには言わないでほしい」

「……そうか。なら、俺も手伝おう」

「言うなら、私も実力行使をするしか……え? 何て?」


 ロアの言葉に、サクラは思わず目を丸くする。そんな彼女に、ロアは首をかしげて耳を動かす。


「何だ? 君の予言では俺の存在は想定外だったのだろう? なら、侵略者たちの戦いに参加してもしなくてもさしあたりはないはずだ」

「いや、そうじゃなくって!」


 サクラは驚きを隠しきれず、頭を抱える。

 言われた通り、サクラの知るSTOのシナリオに、ロアが従者になるというものはない。それでも、ついさっきまで確かにウィルの従者として旅に同行していたのだ。ロアの援護魔法が無いと、もしかしたら連携に支障が出てきてしまうかもしれない。それだけはダメだ。


 眉間にしわを寄せながら、サクラは小さく唸る。


「とりあえず、落ち着こう。えっとね、私は、みんなが思っているよりも割と強いほうだと思う。それは大丈夫?」

「光魔法の最終位の【パーフェクション】を使える人間が弱いとは思えないが」

「そりゃそうだね。うん、そうだ。でもね、そうじゃない。なのね、一番重要なのは、ウィルの方。ウィルが主人公なのだから、彼が戦いで負けるとかは本当にダメなの」

「主人公とかなんだとかよくわからないが、別に君が思っているほどウィルも弱くはないだろう?」

「弱くないからって別行動していいわけないじゃない! ジルディアス相手よ? 貴方が危ないじゃない!」

「第4の聖剣の勇者相手なら、君一人だって同じことだ。むしろ一人よりは二人の方がマシなはずだろう?」


 サクラの言葉に、淡々と返答するロア。あまりにも正論なその言葉に、サクラは反論のすべを失う。

 正論だ。確かに、間違いなくロアの言葉は正しい。それでも、サクラはその言葉を肯定することができない。


 表情を取り繕うことすらできず、サクラは首を横に振る。そして、その口から臆病な()の本音が漏れた。


「だめ。来ないでロア。私は仲間が怪我するところを見たくないの」


 情けない笑みが、サクラの口元に浮かべられている。本当はずっと、心苦しくて仕方がなかった。

 ウィルたち勇者は、本気で魔王を倒すために旅をしている。にもかかわらず、サクラ一人だけ、覚悟ができていなかった。どこか心の中で今だ、『所詮ゲーム』だと思ってしまっていた。


 それでも、サクラは見たのだ。ウィルが、反乱軍のせいで傷つき荒れたフロライトを見て、本気で悲しがるのを。悔しがるのを。怒るのを。


 そんな彼の姿を見て、サクラは初めて悔しくなった。もっと、できることはなかったのか。もっと、何かできなかったのか。最初からレベル上限というチート(不正)と言われても仕方がないような状況から始まり、それでも、彼女は彼女が思うようにシナリオを変えることができていなかった。


 理解していた。今の今まで鬱イベントが発生していないのは、ジルディアスの聖剣……もう一人の転移者がそのフラグを回避していたからだ。そうでなければ、とっくの昔に鬱イベントのせいですべては破綻し、サクラにできることといえば魔王を安全に討伐することくらいだったはずだ。

 いや、それさえも怪しい。STOのファンで原作ゲームもアニメも小説もファンブックも、全てに目を通したサクラでさえ、アンデットのイリシュテアの正体は知らなかった。思い返せば、フレーバーテキストやちょっとしたイベントで示唆はされていた。それでも、あんなにも血塗られた過去が聖都市イリシュテアにあることなど知りもしなかった。


 ストーリーで示唆されていなければ、どんな戦いになるかまるで予想できない。それはつまり、サクラの唯一の強みであったゲーム経験済みの知識が生かせないことに他ならない。


 そんな危険な状態になりえるかもしれない戦いに、サクラは知っている人たちを……異世界から来た己を受け入れ、ともに旅をしてきてくれた仲間たちを、シナリオから外れた戦いに巻き込みたくなかった。


 まっすぐとロアの方を見るサクラ。その手には、いつの間にか杖に変形した聖剣が握られている。彼女の瞳は、ついてくるなら倒すと言わんばかりに警戒しきっており、ロアは小さく肩をすくめた。


「一つ」

「……?」


 ロアが、口を開く。

 突然の言葉に、サクラは眉間にしわを寄せる。


 ロアは、耳をぴんと横にたて、言葉を続けた。


「一つ、君は勘違いしている。仲間が傷つくのが嫌だと君は言ったな。__それは俺だって同じだ」

「……。」


 冷たい夜風が、フロライトの街を通り抜ける。

 元神官のロアは、まっすぐとサクラの目を見る。そして、ゆっくりと、言葉を続けた。


「何度も言う。ウィルとアリアは強い。アルフレッドだって相当強い。それに、彼等は自警団の方々と一緒に居る。……この状態で、一人離れようとする君が一番怪我をしそうだということは、誰にだってわかるだろう?」

「……そうね」


 サクラはそっと目を逸らし、首を縦に振る。それでもまだ、肯定するわけにはいかない。サクラは、杖を構えてロアに言う。


「それでも、ごめん。私は他人が傷つくのを見るよりは、自分が怪我する方が何倍もマシなの」

「そうか。君やウィルならきっとそう言うだろうとは思っていたよ」


 向けられた敵意に反応を返さず、ロアは小さくため息をついた。その耳はある意味呆れたと言いたげに下げられている。そして、彼はポケットの中からあるものを取り出し、サクラに見せた。


 それは、何かの葉の閉じ込められた琥珀石。それを一粒、サクラに投げ渡すと、ポケットの中からもう一つ取り出して、サクラに見せる。


「持っておいてくれ。一度だけ死に瀕するような攻撃を無効化する。完全に肉体を回復させるから、怪我はしない」

「……待って、私、こんなチートアイテム知らないのだけれども?」

「君の言うちーととやらが何かは知らないが、これはエルフの村でもほとんど生産されていない神事用の魔道具だ。本来の魔道具の用途として使うことはほぼない上、村から外に出されることもまずない。__例外は、俺だけだ」


 そして、ロアは今だ貴重なアイテムに目を白黒させているサクラに言う。


「フロライトの屋敷だろう? 早く行こう。ウィルたちに見つかるぞ」


 そう言って、ハーフエルフはニッと不敵に笑んだ。

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