117話 相対せよ
前回のあらすじ
・光の妖精が現れた
第四の聖剣が鳥に変形し、金髪の女性とともに館へ向かっていた頃。
テレポーターでフロライトにやって来た勇者一行は、あたりから湧きだすインビジブルを薙ぎ払いながら、自警団本部を目指していた。
「剣技一の技【強撃】!」
サクラに貸してもらった【サーモグラフィー】の付与のなされたメガネをかけ、ウィルはインビジブルに魔力のこもった一撃を叩きつける。見えない暗殺者を聖剣の一撃で粉砕した彼は、油断なく周囲を警戒する。
神殿の中にあったテレポーターだが、結界の存在する神殿敷地内を出てしまえば、そこはもう戦場であったのだ。
両手剣を担ぎ、イリシュテアから合流したアルフレッドは、改めてフロライトの街を見る。規則正しく並べられたレンガはひびが入り、ところどころ浮き上がっている。神殿も襲撃にあったのか、ステンドグラスは割られ、結界も不安定になっている。大火事が発生していないのが奇跡といえたところか。
ところどころ壊れた故郷に、ウィルは悔しそうな表情を浮かべる。美しく規律正しいフロライトは、国賊によって荒らされてしまっていたのだ。
悔しそうなウィルを見て、アリアは心配そうに弓を握る。そんな視線に気が付いたのか、ウィルは無理やり笑顔を浮かべて、みんなに言った。
「はやく、自警団と合流しようか。その、みんなにいつものフロライトを案内できなくてちょっと残念だけれども」
ウィルは四人に背を向け、そう言うと、前も見ずに足を踏み出す。そして、大きめのレンガの浮き上がりに足を引っかけ、転びかけた。
間の抜けた声を上げて転ぶ直前で踏みとどまるウィル。どうやら、勇者は故郷の惨状に相当な心的ダメージを受けていたらしい。世界樹の枝の杖でレンガの地面を突きながら、ロアは小さく肩をすくめてウィルに言う。
「落ち着いてくれ、勇者。焦ってもいいことはない。……とはいえ、歩きにくいのは事実だな。__風の精霊様よ、我らに力を授けたまえ。風魔法真位【レビテーション】!」
風の精霊の力を借り、全員に対して数センチだけ地面を浮く呪文をかける。これで、地面の凹凸を気にせず移動できるようになった。
鎧と両手剣で結構な重量のアルフレッドは、あっさりと自分を浮かび上がらせた風魔法に舌を巻く。
「流石は風精霊の愛し子……素晴らしい援護魔法だな」
「はは、ありがとう。だが、精霊様の力を借りているとはいえ、そう長くはもたない。早く移動しよう」
素直なアルフレッドの感嘆に、ロアは少しだけ気恥ずかしそうに長い耳をひくひくと動かしながら、そう言う。表情はさほど感情を表に出していないが、ロアはどこか少しだけ嬉しそうであった。
風が背中を押す。
ウィルは拳を握り締めて決意を固めると、足を踏み出す。今度は、つまづくことはなかった。そのウィルの姿に、アリアはにっこりと笑顔を浮かべる。
そして、彼等は再び移動を再開した。
フロライト家の館の庭では、ジルディアスと光の妖精の戦いが始まっていた。
輝く光の槍が、展開される。魔法ではない。物質化した光が、槍を象っているのだ。
「……闇魔法3位【ブレイブハート】」
精神を落ち着ける魔法を紡ぎ、ジルディアスは高ぶる感情を抑え込む。そして、剣の姿の俺をつかむと、短く言葉を紡いだ。
「全力で戦う。簡単に砕けるなよ」
『……わかった』
いつもらしからぬ、真剣な様相のジルディアス。弱点属性の敵なのだ。さらには、神の息吹からできているという強敵相手に、油断できるはずもなかった。
『存分に後悔して、死ね!!』
光の妖精は激昂した様子でジルディアスを睨むと、指を鳴らして夜空に展開した光の槍を一斉に注ぎ落した。まるで流れ星のような幻想的な光景はしかし、醜い殺意に塗り固められている。
聖剣を構えたジルディアスは、短く息を吸うと、細く、深く、息を吐く。
「__!!」
そして、一斉に降り注いできた光の槍を聖剣で打ち払う。
光の結晶である槍と聖剣がかち合い、まるで花火のような瞬きが飛び散る。それさえもジルディアスを焦がし焼きつけるが、そんなことを気にしている暇もない。
正面から突っ込んできた光の槍を縦一振りで切り払い、心臓を狙った斜めの一撃を切り返しではねのけ、卑怯にも後方から頭蓋を狙った一撃をバク転ぎみに回避する。
息をつく間もない激しい武器と剣戟の応報。しかし、この攻防は圧倒的に攻撃すらできないジルディアスが不利であった。
槍と聖剣のかち合う甲高い金属音を響かせ、ジルディアスは小さく罵倒を吐き捨てると、聖剣を魔法の発動体にして、呪文を唱える。
「闇魔法第5位【ダークジャベリン】」
光妖精のまばゆい太陽のような輝きのために、範囲は狭くなったものの、その分濃くなった影。そこから、魔法で創られた槍が現れる。
鈍い輝きとともに、闇の槍を射出される。
しかし、影から現れた槍のほとんどは強烈な光妖精の光でかき消され、光妖精には直接的なダメージを与えられなかった。とにかく、相性が悪すぎた。
光にかき消されたダークジャベリンを見て、ジルディアスは盛大に舌打ちをすると、降り注ぐ光の槍を回避しながら聖剣に怒鳴る。
「魔剣、本数増やせるか?!」
『本数? 分裂したら本体以外消えるから、無理……いや、双剣までならいける!』
「なら、双剣になれ。らちが明かん、近距離戦だ……!」
ジルディアスはそう言うと、ぐっと聖剣を握って魔力を流しこむ。そして、聖剣は変貌した。
二本の剣の中央を鎖でつないだ、二本一対の刃。中央をつなげることで無理やり一つの武器として消失しないようにしたのだろう。鎖でつながれた双剣を握り、軽く振るうついでに槍を払い落とす。一刀両断された槍を視界の端で確認し、ジルディアスは満足そうに微笑んだ。
「よし、いったん死ね」
『シンプルにクズなんだよなぁ……』
聖剣に短くそう宣告したジルディアスは、鎖でつながれた双剣の剣どうしを打ち合わせて、両方ともへし折る。砕け散った刃の先は光の粒子に還元されて消えていった。
復活スキルで即座に元の形を取り戻した聖剣を携え、勇者は地面を強く蹴って駆け出す。今までこの豪勢な庭を飾っていただろう白い庭石は、彼に踏みしめられたために哀れにも大きなヒビが入った。
殺意に焦がれた瞳をそのままに、彼は聖剣を握り締める。
「契約を果たせ、光の妖精!!」
ジルディアスはそう叫ぶと、光の妖精の方へ突っ走る。
光の妖精は、馬鹿みたいに突っ込んでくるジルディアスを鼻で笑い、光の槍を放つ。太陽を押し固めたような眩い輝きの槍が、無慈悲にも無謀な勇者を襲う。
しかし。
「一度しのいだ攻撃をわざわざ喰らうとでも?」
勇者は凶悪に笑んでそう言うと、双剣でもって射出された光の槍を切り払う。並大抵の武器なら槍に触れるだけで崩壊してしまうが、ジルディアスが持っているのは、神の背骨の混ざった聖剣。そう簡単には破壊されない。
輝ける光の槍は、ジルディアスの技量と聖剣の衰えぬ圧倒的な切断力で木っ端みじんに粉砕された。
光の妖精の顔からあざ笑うような笑みが消える。代わりに、その口元は恐怖にひきつった。
「永久に妖精の園に引きこもっていろ……!」
低い声でそう怒鳴り、一気に間合いに踏み込んだ勇者は、光の妖精の細い首を狙う。研ぎ澄まされた、殺意滲む一撃。普通の戦士なら、避けることも防ぐことも敵わない。
それでも、光の妖精は、まごうことなく神からできた存在であった。
『ふ、触れるなー!!』
光の妖精がそう叫んだ瞬間、とてつもない量の魔力が吹き荒れる。屋敷の結界が崩れ、妖精の近くにあった植木は哀れにも焼き払われる。当然、光属性を帯びた魔力波は、容赦なくジルディアスを焼き焦がし、そして、吹き飛ばす。
「ぐっ……!!」
『ジルディアス!! 【ヒール】!』
ギリギリのところで聖剣をクロスして防御態勢をとれたジルディアスだが、かなり深手を負ったらしい。低いうめき声が口から漏れていた。
聖剣は驚きを隠しきれず、思わずそう叫びながら回復魔法を唱える。もはや魔法の形を成していない魔力波だとしても、光属性が弱点であるジルディアスには致命傷になりかねない一撃であった。
吹っ飛ばされたジルディアスは、光で焼けて焦げた庭木に捕まり、何とか体制を立て直す。光魔法での傷は回復しても、苦痛やダメージまでは取り払えない。
深手を負ったジルディアスを見て、光の妖精は再び調子を取り戻す。
『ざまあみろ! 人間ごときがボクに逆らうからこうなるんだ!』
そう言ってけらけらと笑う光の妖精。
しかし、そんな妖精に対し、ジルディアスは片手で聖剣を砕きながらその瞳に力を籠める。
「四の五の言っていないでとっととかかってこい。俺はこの後国賊どもを掃討しなければならないのだぞ」
光の妖精という大敵を前にして、そう言いきって見せたジルディアス。
上質な素材でできた鎧さえも破壊するような光の魔力を喰らってなお、ジルディアスはその力量に陰りを見せはしない。慢心にも近しい圧倒的な自信と誇りをもってして宣言する勇者に、光の妖精はその表情を歪めた。
『……余裕ぶるなよ、人間が!!』
光の妖精はそう吠えると、光の槍を収束させ、精霊を呼び寄せる。どうやらいくら光の槍の火力が高くとも、回避されては無意味だと判断したのだろう。先ほどジルディアスさえも回避に失敗した範囲攻撃を軸に戦うようだ。
キラキラと星屑のように瞬く光の精霊たち。目に見えるほど濃密な魔力を纏った妖精たちは、キャラキャラと楽しそうに声を上げている。……まるで、今現状血みどろな争いをしているとも知らないかのように。
範囲攻撃を見切ったジルディアスは、初めて表情をひきつらせた。
「……聖剣。確実に、ユミルを守れ」
『おいおいおいおい、どういうことだ……?!』
訳が分からず目を丸くして(双剣である今目などないが)言う聖剣。しかし、そんな聖剣の声を無視し、ジルディアスは金髪の女性の方へ聖剣をぶん投げた。
間の抜けた悲鳴をあげる聖剣は、やがて花壇だったのか、柔らかく耕された土の上に突き刺さる。残念なことに、今まで咲き誇っていただろう花々は、全て光に焼き尽くされてしまったようだ。
『おい待て、ジルディアス! ユミルちゃんなんてどこに……?!』
「……? 女はこの場に一人しかいないだろう?」
きょとんとした表情を浮かべ、金髪の女性のそばに突き刺さった聖剣に言うジルディアス。その言葉で聖剣は再びしっかりと金髪の女性を見て、ようやく気が付く。
『えっ?! もしかして、髪の毛の色変わった?!』
「ああ……まあ、そうだが」
あきれたように俺を一瞥したジルディアスは、指輪から盾と片手剣を取り出す。当たり前のように婚約者の髪色が変わったことに納得していることよりも先に、聖剣は、片手で持つような重さではない完全金属製のカイトシールドを当たり前のように持つジルディアスに、あきれの感情を覚えるしかなかった。
ユミルを守るためにわざわざ己の身を守る聖剣を投げ捨てたジルディアスを、光の妖精はせせら笑う。
『そんな人間が作ったおもちゃでボクに勝てるわけないだろ!』
「そのおもちゃにかつて負けたのはどこのどいつだ?」
『……調子に乗るなよ、人間!!』
どうやら、光の妖精は本人はかなり煽る割に相当煽り耐性が低いらしい。聖剣という絶対的なアドバンテージ……もとい、命綱を放り捨ててもなお不敵な表情を変えないジルディアスに、光の妖精は激昂を隠すことさえもできない。
とにかく、己の役割を放り投げられた聖剣は、慌てて変形すると、ジルディアスに向かって強化魔法をかける。
「【バイタリティ】、【インテリジェンス】! 絶対死ぬなよ?!」
「誰に向かって言っている」
ジルディアスはあっさりとそう返事をすると、再び光の妖精と相対する。
そして、目もくらむような閃光が、あたりにまき散らされた。
【妖精の園】
大体の妖精は、プレシスから世界半分ほどずれた人工的な異界、【妖精の園】に存在している。属性ごとに園が作られており、神代に生まれた妖精たちが楽しく生きる楽園だと言われている。
時折、人間が妖精の園に招かれることもある。そうした人々は『妖精と結婚した』と表現され、男性なら花婿、女性なら花嫁とされる。そのため、主に貴族の家系図には時折『死亡』などのほかに『花嫁』と書かれていることもある。
基本的に、妖精の園に招かれた人間は、帰ってこない。
神殿の教えでは妖精の園は楽園とされていて、そこに招かれた人々は永遠の命を与えられ、永久に幸せに生き続けるのだという。