115話 むかしむかしの話
前回のあらすじ
・フロライト騎士団のクラウディオと合流
・光の妖精
クラウディオと合流した後、俺たち三人はフロライトに侵入したインビジブルやクーデター犯たちを討伐し、急ぎ足でフロライトの館へ向かった。フロライトの館っていうと随分他人行儀に聞こえるが、要するにジルディアスの実家である。
ちなみに、俺は足が遅いというわけではないが、人外体力のジルディアスたちと一緒に走るのはあまりにも馬鹿馬鹿しかったため、聖剣の姿に戻っている。何でクラウディオはジルディアスと並走できているんだろうな???
結構なスピードで館へ向かうジルディアス。通り過ぎる街は、襲撃者から身を守るためにぴったりと厚手のカーテンを隙間なく閉じ、息を殺していた。ジルディアスは静かな町を見て、不愉快そうに舌打ちをした。
そういえば。移動している今の間に、俺はジルディアスに質問した。
『なあ、光の妖精の話、何なの?』
「貴様は知る必要はない……と言いたいところだが、俺の婚約者と殿下が危険に巻き込まれる可能性がある以上、話しておいた方がいいのだろうな……」
ジルディアスはやや面倒くさそうに、ため息をつく。そして、彼の過去を話し始めた。
光の妖精との因縁は、まだ母上が生きていた頃からだった。
当時から闇の精霊の愛し子で光魔法が苦手だった俺は、魔法の勉強会に耐えかねてフロライトのそばの森に逃げた。__授業内容? ひたすら光魔法を使わされるだけの呪いじみた授業だ。
一応当時から光魔法以外の魔法は使えた。だが、他の属性の魔法が行使できる分、光魔法だけが使えなかったのが良くなかったのだろうな。その点だけは母上も大変悲しがっていた。
それでも、できないものはできない。完全に光魔法が使えなくなる前までは結局、蝋燭一つ分よりも小さな光を数秒間出現させることしかできなかった。
話を戻そう。勉強会から逃げたその森で、俺はユミルと出会った。
昔のユミルは、光の妖精の花嫁……いや、妖精の所有物だった。森にいたのは、たまたま妖精の庭から逃げおおせたからだ。
両親の元へ帰りたいというユミルの願いを聞いて、俺はできるだけ協力しようと思ったのだが……まあ、今フロライトに彼女がいることからも察せられるだろう。ユミルの両親はもう1000年以上昔に死んでいた。妖精の庭とプレシスは時の流れが違ったのだ。
要するに、ユミルは神代の人間だ。現代の人間ではありえないほどの量の魔力を体内に保有することができ、神託を受けることもでき、ついでに妖精や精霊との親和性も高い。
だからこそ、神殿の人間もユミルを引き込もうと躍起になっていたようだが……フロライト家はそこそこ権威がある。母上のこともあり、否と言えばユミルを手元に置くことはできた。
思い出すように言葉を紡ぐジルディアス。広場にたどり着いたところで、彼は敵の気配に気が付いたのか、手に持っていた鉄の棒を指輪にしまい、鞘から俺を引き抜いた。そして、一見何もないように見える場所を、横なぎに振り払った。
その瞬間、小さな悲鳴とともに、光が爆ぜる。
『うっわ、何だ?!』
俺が切り裂いたものは、不可視の小球。切り裂かれた光の球は、レンガ敷きの広場の地面に転がる。どうやら、あれが光の精霊であるらしい。
俺の刃先を確認し、ジルディアスはスッと目を細める。
「精霊を切ると大抵剣の方がダメになるが……光の精霊に対しては貴様が有効だな。クラウディオ、お前は先に屋敷に行け」
「おう……相変わらず、ためらいなく精霊様を殺すな……」
ドン引きしている様子のクラウディオ。しかし、指示には従うのか、前線を離脱して、彼はフロライトの屋敷へ向かう。彼の言葉を聞いてなんとなく思い出したけど、そう言えば精霊ってエルフたちの信仰の対象じゃなかったか?
そんな俺の心配をよそに……というか、まるで気にする様子もなく、ジルディアスは俺を発動体に、呪文を詠唱する。
「闇魔法第8位【グラビティ】」
みじかな詠唱の直後、周囲の重力が一気に増す。同時に、小さな悲鳴とともに光が地面に叩きつけられ、魔石を残して消えた。光の精霊の弱点は闇魔法であるため、効果は抜群なのだろう。
そして、グラビティに耐えきって見せた光の精霊の首を、聖剣の刃がとらえる。冗談のように軽やかに吹っ飛んだ妖精の首は、やがて光の粒子にかわって消えていった。
あらかた戦闘を終えたジルディアスは、小さく舌打ちをして言う。
「小粒ばかり……足止めにもならんあたり、陽動か、それ以下か……」
『え、ヤベえじゃん! 早く行かねえと!!』
「わかっている。__仕方ない、あまり好きな移動方法ではないが、えり好みしている暇ではないな」
ジルディアスはそう言うと、俺をレンガの床に突き立てる。金属がこすれて、普通に痛い。
そして、ジルディアスは短く詠唱した。
「影魔法第7位【シャドウダイブ】」
短い詠唱。その直後、彼の体の輪郭が、完全に消えうせた。
『うぉわっ?! 何だ?!』
ジルディアスの体が、夜闇に溶け込む。そして、地面の影にとぷんと小さな波をたて、彼は完全に消えた。……俺を放置して。
『えー……マジかよ』
星明りの輝く広場。影に溶け込んで移動をしたジルディアスにおいて行かれた俺は、剣の状態のまま、天を仰いだ。月がきれいだ。
先にフロライトの屋敷にたどり着いていたシスは、見えない暗殺者たちに苦戦を強いられていた。
見事な装飾の庭を破壊しないよう、出力をおさえながら、魔導銃の引き金を引く。魔力で創られた弾丸は、あやまたずインビジブルの頭蓋を砕き、短い絶叫と銃の発砲音を夜闇に響かせる。
「きりがない……!」
「わ、わ、わ……ひぃっ?!!」
新人のヒュージは、インビジブルの頭がはじけるたびに、情けない悲鳴を上げる。兵士である彼は、対人戦ならまだしも、見えない敵と戦えるほど熟練していなかった。
シスが戦っている間も、ウィルドは困ったように首をかしげながらインビジブルを指でつついていた。
「うーん……これはあんまりこの世界にはよくないなぁ……。でも、人間同士の内乱だからな……」
どうやら、人造人間の処遇について、原初の聖剣としての立場を計りかねているらしい。破壊するのは簡単であるものの、それは人間の内乱に首を突っ込むことと同義。魔王のかけら並みに害をなすならば迷うことなく滅ぼすのだが、ホムンクルスはプレシスにとって致死性の害悪ではない。原初の聖剣がわざわざ下すべき相手でもないのだ。
ともかく、戦場とかしたフロライトの屋敷の庭で、まともに戦えるのはシス一人である。控えめに言って地獄だ。
シスはぐっと首から下げた二重丸のエンブレムを握り締め、込みあがる緊張を飲み下す。今はとにかく、戦いを続けなければ死ぬ。彼女も、ここまで連れてきてくれたヒュージも。
酷い味のMPポーションを飲み下し、シスは緊張をほぐすために息を吐く。そして、引き金を引く。
そんなことをしていると、屋敷の扉が開き、中から銀髪碧眼の青年がシスに呼び掛けた。
「君、こっちへ!! 魔道具を使っているから、インビジブルは入り込めない!」
「ありがとうございます!」
無勢に多勢であると判断し、シスは自身に【バイタリティ】の魔法をかけると、ヒュージを抱え、ウィルドの首根っこをつかんで屋敷へかけこむ。エントランス前の柱を通り抜けた瞬間、何かが固い壁にぶつかるような音が響く。
「わあすごい。たくさんいるね」
「ひ、ひぃぃぃぃいい?!」
後ろを振り返らず扉を通り抜けようとするシスに対し、彼女に首根っこをつかまれたウィルドは、ニコニコと微笑んで結界を指さす。そして、それにつられて後ろを見てしまったヒュージは、今日何度目かの情けない悲鳴を上げた。
結界に阻まれたインビジブルたちは、ぶつかった拍子に透過が解除されたらしい。醜い絶叫を上げて恨めしそうにシスたちを睨むホムンクルスの姿は、大の大人でも失神してしまいそうなほどに恐ろしい。……マイペースなウィルドは何故かインビジブルたちに手を振っているが。
二人はともかく、屋敷の中へ入れてもらえたのは僥倖だ。シスは、扉を開けてくれた青年にお礼を言おうと、顔を上げる。
「申し訳ありません。想定外に数が多く、てこずってしま……ジルディアスさん?」
青年の顔を見て、困惑した声を上げるシス。
そして、青年もまた、驚いたように言う。
「はい? えーっと、兄をご存じなのですか?」
そんな青年の相貌は、ジルディアスの表情から必死さと殺意とけだるさと……とにかく、もろもろの負の感情を取り払い、その瞳を碧眼に変えれば、あの第四の聖剣の勇者そっくりだった。
青年は眉を下げて微笑むと、改めて自己紹介した。
「初めまして、シスター。僕はルーカス・フロライト。フロライト公爵家の次男です」
__勇者の因縁が、フロライトの街へ災厄を引き起こそうとしていた。
【神代】
人族の中でも長寿なエルフでさえ代替わりしているほど遥か昔。その時代は神がまだ存在していたこともあり、世界中には魔力が満ち溢れ、願いを言うだけで魔法が発動されていたという。
当然、その時代にいた人族たちは相応の魔力を体内に取り込んでいたため、現代のプレシスの人族よりもはるかに高度な魔法が使えていたとされている。
ちなみに、神代初期にウィルドの反乱、神代末期に魔王の件が他の神にバレ、追放されている。魔王は世界創世の時に創り出された。