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113話 ハイスペックイケメン(ただし外道)

前回のあらすじ

・メイス、オルスらとともに移動し、フロライトに到着

・表門から入ると目立つため、城壁から侵入

 久しぶりにフロライトへ戻ったジルディアスは、兵士たちに指示をしてウィルドとシスを引き上げたあと、魔王スマイルを浮かべ、指輪から魔法の発動体である指輪を取り出す。そして、右手の人差し指に指輪をはめると、倉庫からとあるものを取り出した。


『うっわ、殺意たっか』

「当たり前だろう。俺の街を汚す阿呆にかける情などあるわけがないだろうが」


 大きく見開かれたジルディアスの赤色の瞳が、月明かりに煌めく。彼の右手に握られていたのは、剣のような刃もない、鞭のようなしなりもない、当然魔導銃のような殺傷性ある機構もない、ただの金属棒であった。当然、魔法の発動体を別に用意した以上、この金属棒がロッドのようなものであるわけでもない。


 しかし、取り出したその金属棒を見て、俺は思ったよりもジルディアスがガチギレしているらしいことを察した。……生かして帰らせる人間を、金属の棒で殴るようなことなどしないだろう。本気で手加減するなら素手かイリシュテア闘技場同様木の棒で戦うはずなのだから。


 鉄パイプのような……と言ってもジルディアスには通じないだろう。大きさ的には長さ1メートルを超えているくらい。というか、見覚えがあると思ったら、これテント用の支柱じゃねえか。


 この結構激しめの旅に耐えたテントの支柱は、重さや取り扱いやすさよりもとにかく頑丈さを重視した代物である。そのため、支柱はまあまあ太い。そして、中は空洞であるため、振り回すには結構便利そうだ。多分、テントの説明書にはテント以外の目的に使うなって書いてありそうだけど。


 まさしく鉄パイプだったその金属棒を片手に、ジルディアスはスッと目を細め、耳を澄ませる。そして、異音を聞きつけて、にいっとその笑みを深めた。


「そこか」

『えっ、どこ?』

「少し貴様黙っていろ。気が散る」

『はーい』


 ガチで冷たいジルディアスの声。俺は即座に返事をして押し黙った。今だと木っ端みじんにされるだけじゃ済まなそうだ。

 月明かりと町明かりの照らすフロライト。俺が刺さっていた石の台座のある広場も、少し遠くに見えている。中央広場は幾分荒らされてしまったのか、いくつかの家が崩され、台座もかなり損傷しているように見えた。


 ……城壁の上で、ジルディアスの腰の固定金具にいたせいでそこまでフロライトの街が見えていなかったが、結構町は酷い状態である。町明かりはカーテンの裏に厳重に隠され、普通ならこの時間でも酔っぱらいたちが楽しむ歓楽街もノラ猫が一匹、歩いているばかりだった。


 なるほど、ジルディアスがキレる理由も十分わかる。活気あふれていたフロライトの街はいま、散発的に起きるクーデターに警戒し、その帳を下ろしてしまっているのだ。


 口元だけに笑みを浮かべたジルディアスは、兵士とシスに短く命令する。


「屋敷へ向かえ。そっちの女は祓魔師で癒し手としても働ける。ならず者を皆殺しにしてから俺も向かう。__ああ、ロッカルは待機中の兵士と合流して巡回を続けろ。一人で巡回を行うな」

「は、はい! ヒュージ、ジルディアス様のお客様だ! 安全に城へ案内してくれ!」

「ああ、そいつらは護衛対象と考えなくても構わん。案内だけしておけ」


 若い兵士、ヒュージに命令したロッカルだが、ジルディアスはあっさりと言うと、ウィルドを一瞥する。


「ウィルド、余計なことはするな」

「うん。人間同士の内乱に興味はないからね。__この世界(プレシス)の害になるなら話は別だけど、ね」


 そう言って、ウィルドは損傷したフロライトの街を見下ろす。

 __ウィルドは、祠から復活した時と比べて、幾分表情が豊かになった。だからこそなのかもしれない。その言葉をつぶやくウィルドの瞳に、少しだけさみしさのような感情が見えたのは。


 ジルディアスはそんなウィルドに特に声をかけることも無く、金属棒片手に軽く手を振ると、そのままの足取りで城壁を超える。__おい待て、おいおいおいおいおい!!


『ふっざけんな、ちょ、落下系は無理……ああああああああ?!!!!』




「まっ……?!」


 さほどジルディアスのことを深く知らないのだろう。若い兵士、ヒュージは目を見開いて驚く。そして、慌てて助けようと城壁に駆け寄る。しかし、次の瞬間、突然肩をつかまれヒュージは制止させられた。

 肩をつかんだのは、巡兵長のロッカルだった。彼は、苦々しい表情を浮かべており、夜のフロライトの町へ自由落下するジルディアスの背中を見ていた。ヒュージは焦ったようにロッカルへ言う。


「た、助けないと……!」

「いや、ジルディアス殿は問題ない。引き続き職務に励むぞ」

「そんなわけにはいかないですよ!! ジルディアス様って確か、フロライト家のご長男様ですよね?!」

「そう言えば、そんなこと言ってましたね……」


 そばで二人のやり取りを聞いていたシスもまた、ロッカル同様渋い表情を浮かべてつぶやく。実際、イリシュテアの祓魔師たちの移民も認めてくれるとは言っていたために、やんごとなき身分の人間であるとは理解しているつもりだった。だからこそ、ヒュージの言いたいことも理解できる。アレは、はたから見れば投身自殺にしか見えない。


 ロッカル巡兵長は、思い出したようにヒュージに言った。


「ああ、そうか。お前は聖剣の儀の後から入兵したのだったな。ジルディアス殿は、俺たち一般兵とは違う。あのお方は……そうだな……」


 闇夜に堕ちていくジルディアス。そして、その直後、彼の周りに夜の月明かりのような、冷たく、白銀の魔力が放出されるのが、()()できた。


「【ウィンドステップ】」


 ジルディアスの低い声が紡ぐ、短い詠唱文句。その詠唱に導かれた白銀の魔力は彼を包み込むように動くと、やがて彼の足元に見えない床を作り出す。紡がれた魔力でできた床を駆け抜け、やがてジルディアスは町へ消えていく。


 優秀な魔術師でも二の足を踏むような技巧をあっさりとこなして魅せたジルディアスに、ヒュージはポカンとした表情を浮かべる。そんなヒュージに、ロッカルは苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「あのお方は、我々の常識と比べるのはおこがましいほどの、規格外なのだ」

「まあ、城壁を登れるなら、降りることもできますよね……マネはしたくないですけれども」

「僕もできるよ!」


 ニコニコと笑って言うウィルド。そんな彼に、シスはそっと肩をすくめて首を横に振った。


「そうですか、ウィルド様。私は願い下げです。……ユージさん、大丈夫かしら」

「四番目は平気さ。破損しても死にはしないし、多分四番めも僕と同じことができるよ。それよりも、君は大丈夫かい?」


 笑みをそのままに、そうシスに問いかけるウィルド。シスは怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。


「? 何がでしょうか……?」

「ほら、そこ」


 ウィルドはそう言って、城壁の向こうの方を指さす。その瞬間、全てを理解したシスは、兵士二人に叫んだ。


「総員警戒! 新手が来ました!」


 そして、即座に二丁拳銃を構え、透明な虚空に銃弾を発砲した。

 訳が分からず、茫然とする二人の兵士。しかし、魔力で創られた弾丸は、確かに虚空に()()した。


 赤色の体液が、あたりに飛び散る。同時に、醜い絶叫が城壁に響いた。

 何もなかった虚空が、突然揺らぐ。そして、次の瞬間、まるで人間から生皮を剥ぎ取り、筋肉と骨だけにしたような怪物が、現れた。その正体を、シスは看破していた。


「魔法生物、インビジブル……肉体変異の状態から、おそらくアサシン個体……」

「なっ……?! インビジブルの生成はセントラル国法に抵触するぞ……?!」


 透明な皮膚……いや、背後の景色を完全に写し取り、完璧に視覚から消え去る能力を持つ、魔法生物。おびただしい数の人体実験の果てに狂った魔導士たちの造り出した、最悪な暗殺者(アサシン)である。

 シスは小さく舌打ちをして、深く息を吐く。そして、目を細めて渾身の力で真横の虚空を殴った。


「オォォォォォォ!!」


 頬を陥没する勢いで殴られ、醜い悲鳴を上げるインビジブルアサシン。そんな魔法生物に、シスは申し訳なさそうに言う。鋭い爪を携え、おそらくは後ろの二人の兵士を殺そうとしていたのだろう。

 痛みでうずくまるインビジブルアサシンの後頭部に魔導銃の銃口を突き付け、シスは悲しそうな表情を浮かべ、言う。


「……実験の果てに生み出された貴方に罪がないのはわかります。けれども、貴方の存在は……いえ、何人たりとも他者を害そうとするのは、神の教えに反するのです。貴方の来世に幸在らんことを」


 引き金が引かれ、破裂音が一つ。

 そして、苦痛に呻くインビジブルアサシンの声は、消えた。


 ぱっと見の印象とは全く異なるような、とてつもない戦闘能力に、ロッカルとヒュージは目を白黒させる。茫然としている兵士二人に、シスは少しだけ考えたあと、口を開いた。


「インビジブルアサシンは視認不可能な魔法生物です。ですが、体温まではごまかすことができません。サーモグラフィ(温度探知)の魔法を使って巡回してください」


 その言葉に、若い兵士ヒュージは表情を引きつらせてシスに問う。


「そ、その、さっき、サーモグラフィ使っていましたか……?」

「いいえ? 使っていませんが」

「な、ならどうやって」


 その質問は、おおよそ、インビジブルアサシンを仕留めた方法を問うものだろう。シスは少しだけ困ったように首を傾げ、そして、答えた。


「私は聖職者ですので。神の御導きに従ったまでです」

「シスはね、半分くらい直感だけど、魔力の動きを見切ったんだよ。インビジブルアサシンの透過には少なからず魔力使っているから、それの揺らぎでとらえたんだ」


 聖職者らしい言葉の濁し方をするシスに、ウィルドが楽しそうに説明を付け加える。その言葉に、シスは照れくさそうに「いえいえ、そんなすごいことはしてないです。勘です」と付け加えた。

 小さく咳ばらいをして、シスはヒュージに声をかける。


「ともかく、ジルディアスさんの屋敷……いえ、フロライト家に向かいます。案内を頼んでもよろしいでしょうか?」

「は、はい!」


 そうしてシスとウィルドはフロライト伯爵邸へ向かった。

【インビジブル】

 魔法生物。分類的には人造人間(ホムンクルス)の一種で、皮膚の下に魔力を走らせることで完全に視認不可能になることができる。

 とはいえ、透明になる能力も個体差が激しく、強化個体……『アサシン』の名前を冠する個体や『ハイインビジブル』などでなければ、激しい運動を行うと透過の魔法がとけてしまう。透過能力と鋭い爪以外は数いるホムンクルスの中でも弱いほう。透明化が凶悪過ぎる。


 ちなみに、皮膚は透明化できても、上からかぶった液体や布までは透明化できないため、水やペンキをかけて場所をあぶりだすこともできる。もちろん、返り血でも透明化を解消させることはできるが、基本、インビジブルに一撃を加えられているということは半死半生の一撃を喰らっていることと同義であるため、いかにしてインビジブルの存在に気が付くかが勝敗を分ける。

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