11話 ヒルドライン殲滅(防衛)戦
前回のあらすじ
・女将「何か剣に話しかけている人が店に来た」
・恩田「投げナイフされた」
・ジルディアス「ワイバーンが街中に来てる、殺す」
弓に変形した俺を酷使し、ジルディアスは空から侵入してきたワイバーンを一方的に撃ち落とす。普通の矢なら通さないワイバーンの表皮も、魔法が付与された槍となると話は別だったのだろう。
屋根の上を駆けながら、槍を打ち上げるジルディアス。隣の道の中央に堕ちたワイバーンは、鈍い絶命の悲鳴とともに、絶大な破壊音を立てる。道は既に、逃げようとしている人々であふれかえり、混乱していた。
ジルディアスはそんな混乱した人々を一瞥すると、盛大に舌打ちをした。
「散るな有象無象ども……!」
『あー、確かに、ちょっと危ないよな。上からワイバーン降ってくるかもしれないし』
かなり誤解を生むようなセリフを吐き捨てるジルディアス。思わず同意した俺だが、実際そうだ。槍撃ちを乱発しないのも、魔法を使っていないのも、おおよそジルディアスの配慮であることはなんとなくわかっている。
木とレンガを混ぜたような街並みのヒルドライン街で魔法を使えば、最悪大火事になる。また、下手に地面がレンガに覆われているせいで、土魔法も使えず、風魔法を使おうにも人が集まり始めてしまったため、無用な怪我人を出さないようにするためにも使えない。
そのため、ジルディアスは矢を弓で撃つという迂遠な方法で、ワイバーンをちまちまと狩っていたのだ。
瓦と言うにはやや脆い屋根材を踏みながら、ジルディアスは建物と建物の間を跳躍する。何枚か屋根材が割れる音がしたが、まあ、緊急時だから許してもらえるだろう。
だが、次の瞬間、俺は思わず叫んでいた。
『おい、ジルディアス! 後ろ後ろ!』
「む?」
俺の声に、ジルディアスは困惑しながら後ろを見る。そして、かすかに眉を上げ、目を見開く。
輝かしい青空。眩しい太陽を覆い隠すかのように、赤色が映った。
まるで、太陽を固めたかのような、赤の鱗。堂々と広げられた翼。口の牙は一本一本がまるで剣のように鋭く。その鉤爪は死神の大鎌のよう。雄々しい体躯は空を覆い、眼下に見える人間は、おおよそ塵芥か羽虫のようにしか見えていないのだろう。
空には、赤色のドラゴンが、飛んでいた。
「……レッドドラゴンか……。」
屋根の上で足を止めたジルディアスは、弓に変わった俺を片手につぶやく。そして、迷うことなく槍を俺につがえた。
『おおおおおおおおい?! いやいやいやいや、あぶねえだろ!! した、人! 人いるから!!』
キリキリと引かれていく弦に、俺は思わず変形をして槍を体から外す。ジルディアスは、不服そうに俺を下げながら、言う。
「……有象無象数人の犠牲で国の危機が救えるのだぞ? そっちの方が安いだろうが」
『いやいやいや、安いとか安くないとかそう言う話じゃないっての!! 人命! いのちだいじに! ガンガン行かない!』
そう叫んでいる間に、レッドドラゴンはジルディアスの姿を認めたのか、吠えようとしていた口を閉じ、慌てて空へと舞い戻っていく。すごいな、ドラゴンには高い知性があるというのだが、本当のことだったか。この勇者(笑)のジルディアスから逃げるのは、賢明な判断だと思うぞ。
「……貴様がすさまじく失礼なことを考えているのはさておき、貴様、どう責任を取るつもりだ?」
『責任?』
俺の考えが見抜かれていたことに一瞬ぎくりとしたものの、ジルディアスの言葉に俺は首をかしげる。釈然としない反応に、不機嫌な勇者は盛大に舌打ちをした。
「たわけ。竜を逃がしたことについてだ」
『逃がしたって言うよりかは、お前にビビッて逃げたって感じじゃあないのか?』
「まあ、否定はしないが、アレはここで仕留めなければ被害を出す類の存在だろう。火山のないこの地帯にレッドドラゴンがいるなど、悪夢以外に何があるのだ?」
『えっ? いないの?』
「む?」
俺の反応に首をかしげるジルディアス。
どうやら、レッドドラゴンは基本的に火山の近くや砂漠にすむドラゴンであり、森林地帯には生息していないのだとか。生態系が大きく崩れた時のみ、食事をとったり生活の場を確保するために火山から降りることもあるのだが、高温の体に炎の吐息をもつドラゴンでは、森林火災を巻き起こしてしまうという。
『あー……もしかして、森の方向に逃げていったの、ヤバい感じ?』
「やばい感じもクソもなくヤバいわ、たわけ。町なら多少の火災で済むが、森林火災だといったいどれだけの雇用をなくすことになると思っている!」
不機嫌そうに吐き捨てるジルディアス。だが、俺も言わせてもらおう。
『でもさ。だとしても、直近で人が死ぬってわかっていて、その原因がお前になるってわかっていて、見て見ぬ振りできるほど俺も人間捨てていないよ? 俺に一切非がなかったとは言わないけど、でも、判断を間違えたとは思っていない』
いまだに混乱の残る町。逃げ出す人々の悲鳴や罵声、泣き声が下から聞こえる。しかし、何故か、一瞬音が消えた。
ポカンとした表情を浮かべるジルディアス。数秒立って冷静になって、すっげえ恥ずかしいことを言っていると気が付いて、さっきの言葉をなかったことにしたい俺。
先に口を開いたのは、ジルディアスだった。
「……貴様、魔剣だろうが。人ではない」
『いや、そうだけどさ、そうじゃなくて……』
想定外の言葉に、俺は頭痛を覚えた。いや、頭なんてないけどさ。
「剣に戻れ。ワイバーンはドラゴンについていくだろうが、ゴブリンどもはそうはいかん。接近戦をする」
『おっけー。どういうのがいい?』
「どういうの……多少重くても構わんから、とにかく大きな剣になれるか?」
『重さを変えるのはまだできないんだよ、悪いな』
俺はそう言いながら、できる限り大きめの剣に変形する。一応、彼自身に何やら考えがあるとは分かっているため、余計なことは言わない。いつもの姿よりも多少不格好にはなるものの、腹の部分を薄くし、大剣に変わる。
不格好な剣に、ジルディアスは眉をひそめて問う。
「貴様、折れたりしないだろうな?」
『そこはまあ、気合いと復活で……』
「……ないよりはましだと考えておく。」
ジルディアスはそう言い捨てると、薄くなって折れやすくなった俺を、気前よくへし折って魔力をよこす。当然滅茶苦茶痛いが、まあ、仕方ないと判断し、俺は復活のスキルを発動した。
屋根の上を駆け抜け、国境の壁の前へと移動したジルディアス。
境界壁は、かなり悲惨な状況になっていた。
耳に触る、ゴブリンのがなり声と人間の怒号。絶命の悲鳴に、苦痛のうめき声。酸鼻を極めるその光景に、俺は酷い吐き気を覚えた。
一瞬のうちに奪われていく命。間髪開けずに消えていく命。
次の瞬間、ゴブリンと戦っていた兵士のうち一人が、雑に作られたこん棒で殴られ、地面に倒れる。怒号と悲鳴で、もはや彼に気が付く人はいない。
俺はハッとして、魔法を行使していた。
『【ヒール】! ジルディアス、さっさと戦え!』
「……言われなくともわかっておるわ、たわけが!」
回復魔法を使った俺に、ジルディアスは一瞬気をとられるも、即座に戦闘を開始した。
俺がヒールをかけた男に追撃を加えようとするゴブリンに、ジルディアスは指輪からナイフを取り出し、投擲する。まっすぐと投げられたナイフは、ゴブリンの左目に突き刺さり、そのまま命を奪う。
そして、ジルディアスは俺を構えると、詠唱をする。
「方向指定、魔力制御、闇火混合魔法第三位【ダークフレア】」
その瞬間、真っ黒に燃え上がる炎がゴブリンたちに襲い掛かる。すさまじい絶叫とともに、戦士たちの驚きの声が響く。
不格好な大剣を構えたジルディアスは、戦々恐々としている戦士たちに向かってただ、言った。
「ワイバーンはいない。後は有象無象だけだ。__くだらないところで死んでみろ、俺が殺してやる!」
がなるような声に、あまりにも冷酷で理不尽な言葉に、俺はあきれが隠せない。死んでいるのに殺すって何? こいつだとできそうだと思えるのがちょっと腹が立つけど。
しかし、町を守るために戦っていた戦士たちは、まるで脳内に麻薬を打ち込まれたかのように、雄たけびを上げる。
__すっげえ、これが、カリスマってやつなのか?
突然現れた強力な味方に、黒色の炎同様、一気に志気が燃え上がる。
今にも倒れそうだった若い男も、既に傷まみれの壮年の男性も、魔力が付きてボロボロだった魔術師も、ただただ、戦う意志を抱く。先に見えた勝利を目指し、駆け出す。魔術を紡ぐ。武器を振るう。
圧倒的な熱量に気圧されながら、俺はできることを考える。
『__俺も、戦えたら……』
「たわけ。貴様は俺の剣だろうが!」
ジルディアスはそう言いながら、前線に突撃していく。金属不足で妙に軽い大剣を振るい、ゴブリンを切り倒す。切れ味のいい大剣は、数匹のゴブリンをまとめて物を言わぬ肉塊に変えた。
舞い散る血煙。視界を覆う赤。
ジルディアスは、歯をむき出して不敵な笑みを浮かべる。
「余力があるなら、ヒールでも唱えていろ! 魔力なら回してやる!」
『マジで?! すっげえ助かるわ!』
想定外の言葉に、俺は思わずそう言いながらも光魔法を行使する。できるだけ、人が死なないことを祈りながら。
ジルディアスは俺に回復を任せると、周囲を気にせず、一気に魔物の軍へと突撃する。
容赦なく大剣を振り回すジルディアス。一振りされるたびに、最低でも二つの命がこの世から消え、いくつかの肉片が吹き飛ぶ。時折魔法を詠唱し、数を減らすことも忘れない。
『多対一が随分得意だな?』
「これくらい出来ずに王族の護衛など務まるか」
『王族回り物騒過ぎない?』
あっさりと答えたジルディアスに、思わず口を挟む。なんだかんだ言って王太子も命を狙われているし、ジルディアスも神殿からにらまれているらしいし、ぶっちゃけ物騒が過ぎる。
「まあ、本職は一対一が基本だが……護衛は基本的に多対一が多くなるからな。代理決闘以外は多対一よ」
『代理決闘……字面から物騒がにじみ出ているな』
「貴様、もしかしなくとも語彙力が貧弱だな?」
気の抜ける会話をしながらも、ジルディアスは次々に町へと押し寄せるゴブリンたちを切り伏せていた。俺も負けじとヒールを使い続けるが、何分範囲回復をすることができないため、効率が悪い。
__少し遠くにヒールするの、台座に突き刺さっていた時によくやっていたな……
降りかかるゴブリンの血に吐き気を催しつつ、俺はそんなことを考える。MPはジルディアスが肩代わりしてくれているため、基本的に死にそうな人をヒールするだけの簡単な仕事だ。
そんな消化試合をしばらく続け、夕焼け空が見え始めたころ、完全にあたりは地と肉塊の海に変わり、ゴブリンの襲撃は終わった。
驚くべきことに、まだまだ体力のあるらしいジルディアスは、顔についた返り血をぬぐいながら、俺に言う。
「鞘に戻す。さっさと元に戻れ」
『はいはい。大分MPを使った自覚あるけれども、大丈夫か?』
「む? 誤差の範囲だろう。死者蘇生でもしない限り問題はない」
『死者蘇生できるんだ』
驚く俺に、何のことなく頷くジルディアスは、「まあ、神殿の影響でするものはほとんどおらんがな」と続け、俺を鞘に戻す。シンプルながらに高級品だった旅の衣装は、既に血で重く赤く染まっていた。
『【ヒール】』
「……俺は怪我をしていないが?」
『いや、かけておけば、多少の疲労も回復するんだろう? 俺はほとんど何もできていないし、これくらいはな』
「武器が戦力になろうとするのが誤りだとは分からんのか……」
あきれたように言うジルディアス。
防衛戦は、人族の勝利で幕を閉じた。
『ゴブリンについて』
STOにおいて、ゴブリンとは最下級の魔物に位置する。
分類的には魔物化したサルが進化したものだと判断されており、知性はあるものの、子供の悪時柄程度の知能があるのみで、識字能力は見られない。雑食で、人間も食べる。
つわものぞろいの魔物の中では有象無象と判断されるものの、人類にとっては十分に脅威な魔物であることには変わりがない。