表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/181

111話 願いを君に

前回のあらすじ

・ミニングレスと化したイリシュテアを討伐

・ウィル「……救えなかった」

・手『いや、そうでもないさ』

 日向に転がる血の気のない一本の手。その手は、どうやって発声しているのか全く理解はできないものの、意思疎通はできるようだった。


『ははは、すまないね、我々(わたしたち)が随分迷惑をかけたようだ』

「あー、いや、その、えっと……?」

「ウィル、私に助けを求められても困るわ」


 助けを求めるようにサクラを見るウィル。しかし、流石のサクラも申し訳なさそうに首を横に振ってそう言うしかなかった。いくらファンタジーな世界のゲームだったとしても、これは明らかにイレギュラーが過ぎる。


 そんな二人の反応に、真っ白な手は気前よく笑い言う。


『自己紹介しておこうか。我々(わたしたち)……いや、わたしはイルーシア。元勇者兼祓魔師のイルーシアだ』


 真っ白な手はそう言うと、ピースサインをして自己アピールをする。その言葉を聞いて、ウィルは納得したように口を開いた。


「あ、イルーシアさんでしたか」

『まあ、元イルーシアと言ったほうが正確なのだがね。わたしは今現在、アンデットであるミニングレスの一部分なわけだし』

「思ったよりもフランクね、貴方……」


 ピースサインを左右に振って言う真っ白な手……イルーシアに、サクラは思わず言う。イルーシアは軽快に笑うと、「元神父だったけど、威厳はないって言われてたからね」と小さく肩をすくめた。……肩はないが、なんとなく肩をすくめているような感じだった。


 一本の手を覗き込み、ふと、アリアが首をかしげる。


「あれ、イルーシアは影に戻るか天に帰るかしなくていいのか? というか、アンデットって直射日光ダメなのじゃあなかったか?」

『直射日光の方から答えようか。あんまり大丈夫ではないね。このままだと灰になりそう』

「だめじゃないか!」


 軽いイルーシアの言葉に、ウィルは慌てて聖剣を変形させ、日よけを作る。曇天になりかけていた空だが、ミニングレスが神殿の塔の影に引きずり込まれた後あたりから、徐々に日差しが出始めていたのだ。

 鉄板のような日よけの下に入ったイルーシアは、元気よく笑う。


『いやー、悪いねぇ。イリシュテアの奴が日光耐性あったし、わたしも(ミニングレス)の一部だから耐性あるかと思っていたけれども、どうやらないみたいだ。仲間外れは酷いと思わないかい?』

「その、一般的にアンデットは日光に弱い。ほとんどのミニングレスたちも神殿の影から出ようとはしていなかったから、おそらくそこまで気にしなくても良いかと……」

『ははは、そこまで気にしてくれなくてもいいよ、風に愛されたエルフ殿。わたしはミニングレス(彼ら)だが、同時にわたしはわたしでしかないからね』


 魔力不足が多少マシになったために、よろよろとしながら言うロアに、あっけらかんとした調子で手を横に振りイルーシアは言う。真っ白な手は生前銃を握っていたためか、皮は分厚い。しかし栄養状態は良くないらしく、どこか筋張った……というよりも、骨ばった手である。


 かなり友好的な手だけのイルーシアに、サクラは理解が追い付かないというように眉間にしわを寄せ、問いかける。


「えっと、何でイリシュテアたちと一緒に影に戻らなかったのかしら?」

『ああ、すまない。忘れていたよ。伝えておきたいことがあってね。

勇者殿。我々(ミニングレス)の暴走を阻止してくれてありがとう。わたしは彼等のいわばブレーキ役のようなものなのだけれども、人類のアホたちが神の教えを破るものだから、止められるものも止められなくってね。イリシュテアの奴も大分お(かんむり)だったから、結構手ひどいことになってしまった』


 イルーシアのその言葉で、ウィルの脳裏にはミニングレスのイリシュテアの全身を縛るようにして巻き付いていた銀の鎖が思い出される。ミニングレスは普段、彼が表に出ないように封印しているのだろう。


 イルーシアの言葉に驚いたのは、アルフレッドであった。彼は驚きを隠せないというように小さく息を飲んでから、イルーシアに問いかける。


「貴方は、神殿の判決で処刑されたのに、何故、ミニングレスを抑え込んでいたのですか……?」

『何故って……そりゃ、わたし、祓魔師だし神父だし、何より聖剣に選ばれた勇者だからね。人族を守ろうとするのは普通のことじゃあないかい?』

「僕に聞かれても困るのですが……」


 疑問形で返答するイルーシアに、アルフレッドは困惑したような表情を浮かべる。それでも、なんとなく察せられることはあった。イルーシアは、死してなおも祓魔師としての誇りを、神父としての役目を、勇者としての責務を果たそうとしていたのだ。あまりにも気高いその意志の強さに、アルフレッドはぐっと左手を握り締めた。


 イルーシアはおそらく、その意志の強さによって、アンデットになり果てたのだろう。死してなお人類のために守護を続ける彼は、何て高尚なことだろう。

 そう思ったアルフレッド。しかし、次に吐かれた言葉で、アルフレッドはその表情を歪めた。


『__そんなきれいごと言ったところで、わたしはそう思い込んでるだけの悪霊に過ぎないのだけれどもね。正直言うと、聖都市イリシュテアの人間がどう死のうとさほど興味はない。ぶっちゃけミニングレスの総意としてはイリシュテアを滅ぼしたいわけだし』


 そう言ってにっこりと微笑むイルーシア。

 ……アンデットは、生前の執着が原因で発生する悪霊の類である。聖都市イリシュテアの強力なアンデットの多くは、過去に大量虐殺され、今もなお差別され続けている祓魔師である。

 彼らは、町や人々を守るという大義を抱き、祓魔師となる。そして、処刑されるその時に、己の過ちに気が付くのだ。こんな街に守る理由などないことを、こんな人々を守る理由などないことを。

 だからこそ、強烈な無念を胸に残し、死していく。無念の内に死んだ人間は、やがてアンデットに堕ちる。


 人々どころか街全てを恨んだイリシュテアのようなアンデットが多くいる中、祓魔師イルーシアだけは異質であった。

 処刑されてなお、人類を守護しきれなかったことを悔やみ、それが原因でアンデットと化した。その時点で、通常の精神ではありえない。普通なら、死ぬときには流石に処刑人を守っていたということを後悔するはずなのだから。


 ふと、ロアはあることを思い出して、イルーシアに問いかける。


「……今回、ミニングレスが顕現した理由は、君が守護を弱めたからなのか……?」


 その問いかけに、イルーシアはうっそりとした笑い声をあげる。

 その笑い声に、勇者一行は確かに恐怖を覚えた。同時に、思い出した。彼が、アンデットであることを。人類を守る人類悪(アンデット)であることを。


『……まさか。人類があんまりにも神の教えを守らないものだから、うっかり縛る鎖の力を弱めちゃったけれども、最終的にわたしの封印を強引に解いたのはミニングレスたちの総意さ。街に被害が出る前に、わたしだってきちんとイリシュテアを再封印しただろう?』


 少しの間返答を遅らせ、イルーシアは答える。

 その返答を聞いて、ロアの背筋にぞくりと冷たいものが走る。


 ミニングレスが復活するか否かは、本当にイルーシアのさじ加減一つで決まるのだと。同時に、聖都市イリシュテアの存続もまた、イルーシアの思うがままであると言うことも。

 もしも、魔王の討伐を切れ目としてイルーシアがミニングレスたちの封印を弱めれば、おそらくあっさりとミニングレスたちは復活し、イリシュテアの街を蹂躙することだろう。祓魔師たちの離別した今、アンデットを討伐できる人間はそう多くないのだから。


 表情を引きつらせる勇者一行に、イルーシアはクツクツと笑いながら言う。


『そんなに不安がらないでくれ。わたしは人類がきちんと神の教えを守り、ヒトとして生き続けている限りミニングレスを封印し続けるさ。愚かしくも神の教えを破り、豚の如く誰かの作った平穏を貪り喰らい、怠惰にふるまい、学びを得ず勤勉なものを排除しようとしなければ、ね』


 その言葉に心当たりのあったアルフレッドは、ぐっと胸のあたりに手を押し当てる。彼もまた、祓魔師が守り続けていたイリシュテアの平穏を知らず、心の底では差別の意識を持っていた一人なのだから。

 そして、思い出したようにイルーシアは言葉を続ける。


『そうそう、神の教えを守れそうにないなら、イリシュテアから出て行くのも選択肢としてはアリだと思うよ。ミニングレスは己たちを神殿の教えの元に殺されたんだ。なら、イリシュテアに住まう人間たちに神の教えを守ることを要求するのは、当然のことだろう?』

「……そうか」


 イルーシアの言葉に、アルフレッドはすっかり肩を落としてそう言う。彼は敬虔な信者ではあるものの、ミニングレスという神殿の生み出した最悪の怪物を目にした今、信仰を続けられるか不安があった。

 とはいえ、アルフレッドの立場はイリシュテア聖騎士団の騎士団長。おいそれと国外に出られるような立場ではないのだ。困ったような表情を浮かべるアルフレッドに、ウィルはふと、声をかける。


「あの、よかったら、僕の従者になりませんか?」

「うん? いいのかい?」

「はい。前線維持する人少ないですし、少し手合わせしただけですが、貴方の実力は確かなはずです。あと、その、こんな事実を知ってしまったらイリシュテアに居づらいかもしれませんし……」


 少しだけ言葉尻を濁したウィルの申し出。アルフレッドはその申し出に、少しだけ苦笑いを浮かべながら、ぺこりと頭を下げた。


「頼む。君の従者にしてほしい。家族は説得してアーテリアあたりに引っ越すことにするよ」

『ああ、別に君の家族とかそう言うレベルのきちんとした信者ならちゃんと人間とカウントしているさ。ミニングレスは人間は基本的に襲わないし、まあ、有事の時には神殿に駆け込めば生きていられると思うよ?』

「いや、単純に俺が国外に出た責を家族が問われそうだからだ」


 イルーシアの助言にそっと首を横に振り、アルフレッドは残念そうに肩をすくめた。やるべきことはたくさんある。とにかく、今は行動を始めなければならない。


 そして、ある程度言うべきことを言い終えたのだろう。闘技場のフロアに転がった一本の手は、小さく手を広げ、最後の言葉を伝える。


『そうそう、わたしの一番弟子に、わたしみたいになるなって伝えてもらえるかい? あの子はなんだかんだ言ってすごくいい子だからね。放っておくと本当にわたしのような狂ったアンデットになりかねない。ある程度人間には醜いところがあって当たり前だってわかっていてほしいからね』

「一番弟子……シスさんのことかしら?」

『ああ……生前の記憶があいまいなんだ。多分、そんな名前だったはずだ。じゃあね、勇者たち。君たちの旅時に幸在らんことを』


 白色の手は、悔しそうにぐっと拳を握り締め、そう答える。そして、手は、やがて日よけの聖剣の影に溶け込んで、完全に消えていく。

 勇者たちは少しの間イルーシアの消えていった影を見つめ、そして、黙って闘技場を後にした。




 勇者一行がフロライトの動乱に気が付いたのは、翌日の朝のことだった。

 故郷がフロライトであるウィルは、己の故郷を守るため、祖国セントラルへ戻ることを決める。

 そして、どうやって戻るか、ということで、サクラはあるアドバイスをした。


「イリシュテアの神殿には、テレポーターがあったはずよ。それでフロライトに直行できるはず」


 しかし、そのアドバイスに疑問詞を抱いたのは、イリシュテアが地元であるアルフレッドだった。


「いや、確かに神殿にはテレポーターがあるが、起動するにはかなりの魔力がいるはずだ。そんなものすぐ集められるのか?」

「うん、だって町から町の瞬間移動は課金コンテンツだったけど、運営から定期的に供給あったし」

「……? 何を言っているんだ?」


 サクラのメタなセリフに、アルフレッドは首をかしげる。しかし、数秒後にはサクラがストレージから出してきたものを見て、表情を引きつらせていた。


「テレポーター用の課金アイテム……たしか、『高純度魔力結晶』だったかしら?」


 宿屋の机の上に無防備に転がされたのは、見る角度によっては虹色に輝く、1センチ立方の水晶。それを見て、ロアは眉間に手を当てて、強い口調でサクラに言う。


「今すぐそれをしまいたまえ。ちょっとの衝撃で破裂しかねないものをおいそれとよそに出すんじゃない!」

「えっ、そんなに危険なものなの?!」

「当たり前だろう!」


 そして、ウィルたち勇者一行は、ジルディアスたちから少し遅れて、フロライトへ向かう方法を入手した。

【イルーシア】

 かつてイリシュテアの祓魔師であり、勇者であり、神父だった男。人類を守るという理想を抱えたまま死に至り、人類の守護者という立ち位置を拗らせた結果、とんでもないアンデットになった怪物でもある。

 生前は本当に聖人じみており、だからこそ神殿も他の有力な権力者が出ることを恐れ、勇者であるイルーシアを処刑するという暴挙に出た。普通、こんな理不尽にさらされれば神殿を恨んでもおかしくはないものだが、それでも人類守護の未達成を嘆き、やがてアンデットになっている。普通にやべー聖人。普通、他人に殺されたらその人恨むんだよなぁ。


 アンデットとしての力そのものは弱いものの、その聖人さから他のアンデットを抑え込む抑止力のアンデットとなっており、影にミニングレスを引きずり込んだ鎖はイルーシアの意思そのものでもある。


 ちなみに、イルーシアは実のところ、最初の祓魔師であるイリシュテアのかなり遠い血族であり、ひいひいひいひい爺さんくらいまでさかのぼるとイリシュテアとの血のかかわりがあることがわかる。若干名前が似ているのもそのせい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ